14、湖
湖にピクニックへ行く日、ジルがシェリーを迎えに来た。
「シェリー様、準備は出来ていらっしゃいますか?」
「はい、ジル様」
シェリーが表へ出ると、馬に乗ったジルが微笑んでいた。
「あら? 今日は馬車はどうしたのですか?」
「はい、置いてきました」
シェリーは驚いて言った。
「ジル様、私も馬に乗れというおつもりですか?」
「はい、その方がシェリー様も退屈しないでしょう?」
ジルはにっこりと笑った。
「まあ、そうですわね。自分で馬を走らせた方が退屈ではありませんし」
「それに、馬車は目立ちますから。国境を抜けるときアルバート様に見つかるかも知れません」
ジルがちいさな声でシェリーに言うと、シェリーはため息を吐いた。
「あの方の名前は聞きたく有りませんわ」
「そうでしたか。失礼致しました」
ジルは余り気にしない様子で、馬に跨がった。
シェリーも馬に乗り、ジルの後についていった。
「今日は、森を抜ける道を通り湖に向かいましょう」
ジルの言葉で、シェリーの心は軽くなった。
「そんな道があるのですか?」
「はい」
ジルは馬を走らせた。シェリーもその後を追った。
国境の森を抜けると、草原が広がり、その先に湖と林があった。
「そろそろ、王子達が見えてくるはずです」
「そうですか……あの日傘の場所ですか?」
「そうです、そうです」
ジルは馬を走らせるスピードを緩めた。シェリーも馬を歩かせる。
「お待たせ致しました、ユリアス王子、セリシア王女。シェリー様をお連れ致しました」
「こんにちは、シェリー様。馬に乗れるのですか?」
ユリアス王子は驚いてシェリーにたずねた。
「馬に乗るのは得意ですわよね、シェリー様」
セリシア王女が笑って言った。
「馬車よりも速いですから」
シェリーは馬から下りると、ユリアス王子とセリシア王女にお辞儀をした。
「お久しぶりです、セリシア王女、ユリアス王子」
「かしこまらなくて大丈夫ですよ。今日はピクニックを楽しみましょう」
ユリアス王子の整った顔が、にっこりと微笑んだ。
「あら、二人は知り合いだったの?」
セリシア王女がユリアス王子に尋ねたが、ユリアス王子は微笑んだまま何も言わなかった。
シェリーは顔が赤くなるのをごまかそうとしたが、ジルに言われた。
「ユリアス王子、貴方の美しい顔はシェリー様を魅了してしまいます。お気を付け下さい」
「まあ、ジル様、そんなこと言わないでくださいませ」
シェリーはジルのことを軽く睨んだ。
「お兄様は、活動的な女性と大人しい女性はどちらがお好みですか?」
「そんなこと、分からないよ」
ユリアス王子は笑うだけで、質問には答えなかった。
「それでは、お茶の用意を致しましょう」
ジルはそう言うと、ユリアス王子たちののっていた馬車から、ティーポットと簡単な食事をとりだし、並べ始めた。
「どうぞ、お召し上がりください」
ユリアス王子がシェリーに食事をすすめた。
「ありがとうございます」
シェリーは紅茶を飲んで、ちいさな甘いパンを摘まんだ。
「美味しいです」
「よかった。私もいただきますわ」
セリシア王女も食べ物に手を伸ばした。
「それでは私も食べましょう。ジルもたべませんか?」
「いただきます」
ユリアス王子とジルも食事を始めた。
湖には鳥が浮かんでいる。
空は青く、風が心地よい。
「ユリアス王子はお忙しいのではありませんか?」
シェリーが訊ねると、ユリアス王子は笑って答えた。
「たまには息抜きも必要です」
ジルが言葉を続けた。
「息抜きばかりのお嬢様もいらっしゃいますがね」
「まあ、そんなこと有りませんわ」
シェリーがジルに言い返すと、セリシア王女は楽しそうに笑っていた。