2.
「えええええ!?」
目が覚めると、薄暗い見覚えのない部屋にいた。震える手を見ると、シワシワではないすべすべのきれいな手。頭を触ると髪の長さも質も違う。
心臓がドックンドックンと大きな音を立てていた。強烈な違和感のせいで、吐き気が抑えられない。呼吸が自分でも分かるくらいハァハァと音を立てている。何十年かぶりの過呼吸になってしまいそうだ。
「ユーリちゃーん。どうしたのかなー?怖い夢でも見たのかな?」
見覚えのないベッドの上でパニックになっていると、突如、女の人に声をかけられた。どうやら隣で寝ていたようで、私の背中を優しく撫でている。
「え…?」
「お姉ちゃんになったと思ってたけど、まだまだ赤ちゃんなのかしら。ほら、抱っこしようね」
「え…あの…」
「んー?どうしたー?」
今度は男の人がムクリと起き上がった。
「うわぁああっ」
思わず叫ぶと、悲しそうに「パパが嫌いになったのぉ…?」と呟く
声が聞こえた。
パパ…?
どういうこと?
「あなた達は誰ですか?私は日本人の……日本…の…えっ…?」
私が口を開くと、どうしてなのか、2人の様子が変わった。しばらくの沈黙のあと、女の人がキャーッと奇声をあげた、ら
「何この子、何喋ってるの??ねぇあんた、今変な言葉しゃべったよね?」
「うん…たしかに喋った!!」
「もっかい話して、ママにもう一度話してみて?」
「え、だから私は…日本から来た…」
「うわーーーー!本当に話した!これは大変なことになったぞ」
「うちの子は第二のレイ様になるかもしれない!」
「やっぱり私に似たのよ!」
「いんや、俺のなかの秘めた才能が受け継がれたっ」
2人は、私を半ば放るように置くと、パジャマ姿で手を取り合ってベッドの上で踊りまくっている。
どうやら、私は2人が話す言葉がわかるのに、2人は私の言葉が分からないらしい。
「これは、レイ様にお手紙を差し上げなければならないわよね!?」
「そうだよぉーー、どうしよう。お返事来るかな!?」
「くーるに決まってんでしょお!?」
「ワタシ、ステルノ?」
ピタッと2人が止まる。
「ワタシ、ダレ、デスカ。ワタシ、ステルデスカ?」
「捨てるわけないでしょ!!何言ってるの!」
「そうだよ、こんなかわいい僕の天使ちゃんを捨てるわけないよぉ〜」
父親らしき男の方はもう泣いている。
「ワタシ、ココデスカ」
「そうよ、ここよ!レイ様、分かる?」
「ワカラナイ」
「レイ様は…そうねぇ、起業家であり、天才発明家であり、国民的アイドルであり…うまく説明できないわね」
「まぁ、偉い人だよねぇ。教科書にのるような」
「そう。その方はね、違う世界からやってきた天使のような方なのよ。前々から、必ず自分以外にも違う世界から来るとおっしゃっていて、そういう人が現れたら必ず知らせてくれと。一緒に世の中の役に立つことができる、すごい力を持っている。自分の時みたいに、小さな子供が変な言葉を突然話し出したら教えてくれって」
「それが、君なんだよ。かわい子ちゃん」
「アワナイ」
「え!?!?」
「アワナイ、アワナイアワナイ!!」
涙が止まらなくなった私に、2人が慌ててなだめすかし、そしてぎゃーぎゃーと夫婦喧嘩を始めた。
「そもそも、パパが追い出すみたいに言い方したのが悪いのよ!」
「君だってそんな感じだった!パパが悪いみたいに言わないでっ」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ2人を見ていて、妙に冷静になった私は、恐ろしいことに気づいた。
どうやら、ここは日本ではないどこかで、私は見知らぬ子供になっていること。そして、それは私だけではないこと。レイ様と呼ばれる、謎の人物はこの世界に漂着した先輩で、私を含め誰かが来ることが分かっていたということ。
「一体、何がどうなってんだか…」
2人は私の独り言を聞くとピタッと止まり、ニンマリとこっちを見た。
「やっぱり、うちの子は天使ちゃんなんだわ…どうりで他の子より群を抜いてかわいいはずよ」
「僕も!どう客観的に見ても天才的にかわいいって結論になってたんだ」
「でも、ユーリちゃんが嫌ならレイ様に会わなくていいわ!」
「え、どうするの…?」
「お手紙だけ書いて、会いたくないそうですって伝える!」
「天才じゃん…」
ツッコミ不在の夫婦漫才を見せられ、私はふかぶかとため息をつくと両親らしき人に「ネル」と伝えた。
ああ、何十年も忘れていた人のぬくもりであったかい布団。今日はもう、とりあえず寝てしまおう。