エイプリルフール
サラブレッドは走る為に生まれる。強い馬、弱い馬。大きな馬、小さな馬。能力や外見は様々であるが、唯一の存在意義は「他より速く走る事」である。
一
もう何回、何十回、いや、何百回、打ったか分からない。530メートルの右鞭。
理屈ではない。
論理ではない。
ペースではない。
展開ではない。
理では、ない。
府中の2400に、言葉は要らない。
「これで最後だ!お前だ!お前がダービー馬だ!
どれだけ負けを繰り返そうが!
どれだけ駄馬だと罵られようが!
あのゴール板を過ぎれば!お前が最強なんだ!」
「疾れーーっっっ!!」
『勝ったのは!勝ったのは、なんとエイプリルフール!大波乱!大波乱です!!』
実況の声が、10万人を飲み込んだ府中競馬場にコダマする。
東京優駿。日本最高の舞台を一着で駆け抜けた「最も運の良い」馬に対して、その歓声は、余りにも小さかった。
ポツン、ポツンと、喜び叫ぶ人がほんの少しいる一方、観衆のほぼ全ては、呆気にとられていた。
最低人気。単勝、400.1倍。普通なら、誰も買わない。いや、買えない。
9戦2勝。前走、皐月賞18着。主な勝ち鞍、ジュニアカップ(不良馬場)
前脚は外向。後肢はガタガタ。馬体重380キロ。前走から−18キロ。
レース前、調教師は言った。
「今日は回ってくるだけでええよ。お前の初めてのダービーや。何も考えんと、気楽に走らしたらええ。」
せんせい、そんな事言っちゃダメだ。
勿論分かってる。
馬はぼろぼろ。騎手はアンコ。相手はこの世代最強の17頭に、最高の17人。明らかに場違いだ。
でも、せんせい。馬は一生懸命走るんだ。人間の考えなんて知っちゃいない。
3年前に、コイツは、走る為に生まれたんだ。初先さんが悩み抜いて選んだ種馬を、牧場自慢の肌馬にツけて、凍えるような寒さの日も、茹だるような暑さの日も、晴れの日も、雨の日も、春夏秋冬、毎日育成されたんだ。
あんまり見栄えが悪いもんだから、買い手がつかなくて、仕様がないから初先さん自身が馬主になってさ。初先さんは笑ってたよ。この世界に居ればこういう事もある。コイツは真面目に走るから、自分の食い扶持くらいは稼いでくるかもな。なんて。
せんせいの厩舎に入ったのも、初先さんとせんせいが幼馴染だったから、仕方無くだ。コイツ自身は全然期待なんかされて無かった。
名前も適当に決めたって、初先さんは言ってた。
四月一日に産まれた、両親の体躯からは考えられない、馬鹿みたいに見栄えがしない馬だから、「エイプリルフール」
でも、でも今はどうだ。
こんな、痩せっぽちの、誰にも勝利を望まれていなかった、駄馬だと蔑まれていたばかっぽが、ダービー馬だ。
偶然?幸運?
一番人気が出遅れたから?
偶々インの良いポジションに入れたから?
直線を向いたら、偶々前の馬がササッて、一番良いコースが空いたから?
そもそも、中間、雨模様が続いたから?
違う。
違うだろ。
コイツが、エイプリルフールが、一番強かったからだろ!?
二
「なあ、エイプリルフール。見ろよ。あのスタンド、客の顔を。
みんなびっくりしてるぜ。お前が、お前なんかがダービーを勝っちまったことに。そんで、俺みたいなアンちゃんが、ダービージョッキーになっちまったことにさ。
ははっ!どいつもこいつも間抜けな面してやがる。笑えるぜ。お前が勝つのを信じてたのは、俺だけだったってことだ!エイプリルフール!お前も笑ってやれ!見る目の無いヤツら、わざわざ府中まで、ご苦労様!ってな!」
最高だ。痛快だ。快感だ。
府中に来た10万人に。テレビで見てる100万人に。日本中、いや、世界中のホースマンに。
最高のエイプリルフール(四月馬鹿)を見せてやったんだからなあ!
「あっはっは!最高だぜっ!なあ!エイプリルフール!ダービー馬だぜ!お前が!なんて似合わねー称号だよ!そんで俺が、ダービージョッキーだ!こっちもまるで似合わねー!
いいぜ、エイプリルフール!世界中の誰に望まれない勝利でも!この俺、ダービージョッキーさまが!お前を褒めてやるよ!やったな、相棒!お前は最高のサラブレッドだぜ!さあっ!勝ったヤツだけに許される最高のレース、ウイニングランだ!お前も、勿論俺も初めてだ!ゆっくり、ゆっくり味わおうぜ!」
エイプリルフールの息が上がる。全身から汗が滴り落ちている。
分かるぜ。全身全霊で走ったんだ。大丈夫だ、エイプリルフール。俺も一緒さ。もう右腕が上がんねーよ。足もガタガタだ。
スタンド前に戻ると、申し訳程度に歓声が上がる。と、同時に、怒号のような、動揺のようなものが、観衆から溢れ出す。
ゴール前には、外れ馬券が散乱し、馬場造園家が必死にそれをかき集めていた。
地下馬道へと向かうと、漸く、小さく手拍子の音が聞こえた。
「ほらよっ!東京観光の土産だ!」
鞭を観衆に向かって投げつける。歓声が上がりそこに一気に人が群がっていく。
「大事にしろよ!俺様の、貴重なGI初勝利の鞭だからなあ!」
地下馬道を降りながら、迎えに来た関さんと握手を交わす。
「関さん!ダービーだ!コイツがダービー馬で、俺がダービー騎手で、関さんがダービー厩務員だ!」
「ばぁが。ダービーぎゅうぶいんてなんだよ。もっどほがにいいがたねえのが。」
関さんは顔をクシャクシャにして泣いていた。
全く。初めて会った時から、あんたは泣き虫だったな。コイツが初出走した時に泣いて、未勝利を勝った時に泣いて、ジュニアカップを勝った時に泣いて、さっきの、ダービーのパドックを、アンタとコイツが歩いてた時も、もう泣いてたじゃねえか。
「馬鹿で悪かったな!俺は中卒だから横文字には慣れてねーんだよ!でもな!その馬鹿のお陰で、アンタにたんまり金が入ってくるぜ!喜べ!」
関さんはまだ、馬鹿みたいに泣いている。
「いいか、関さん!今日からコイツはダービー馬だ!扱い方には気をつけた方がいいぜ!」
俺が囃し立てる。
「お前に言われねえでもわがってらあ!いぐらでも敬っでやるぜ!良くやっだな!フール!」
関さんが、尚も泣きながら、エイプリルフールの鼻を撫でる。何度も、何度も。
三
「回ってくるだけでええゆうたんに、あんなに鞭でシバきおって。なーに考えとるんや、阿呆。」
せんせいがゆっくり歩み寄ってくる。
「俺は何もしてないぜ。せんせい。馬が良かったから、俺は掴まってただけだ。ラクーに府中を一周して、2分半後にはダービー優勝だ。」
おどける俺。
せんせいは、エイプリルフールの鼻を撫でながら溜息を一つつき
「まあ、そういうことにしといたるわ。わしにもぎょーさん金が入って来よるから、今日はそれで勘弁したる。」と嘯く。
ははっ。せんせい、落ち着いてるように見えても体が震えてるのがバレバレだぜ。
「それより初先さんにはよう御礼ゆうて、後検量や。お前は知らんかもしれんがなあ。GI勝ったら、口取りと表彰式、あとお前はインタビューもあるんや。やからはようせい、この阿呆。」
「口取りと表彰式はせんせいも一緒だろ。大体せんせいだってGI勝ったこと無いじゃん。偉そうに。にひひ。」
日頃いじめられたお返しだ、ジジイ。今日は俺がアンタをいじめてやる。いじめ倒してやる。
「ワシの事はええんや!阿呆!」
はいはい。さっさと済ませて来ますよーっと。
着順指定エリアの一着の所に入る。にひひ。俺が一着だ。改めて、気持ちいい!
エイプリルフールを降りると、初先さんが歩み寄って来た。なんだ、アンタも泣いてるのか。
「涼くん。凄かったなあ。俺は感動した。エイプリルフールと、涼くんの姿に。」
「ありがとうな、初先さん。俺はこんないい馬でダービーに出れたんだな。初先さんには感謝してもしきれねーよ。ホント、アンタは最高の馬主だぜ!」
「いやいや。涼くん、君はスゴい。
正直、僕はほとんど期待していなかった。クラシック登録をしたのも、血統的に、もしかしたら距離が延びて良い所が出てくるかも、と微かにだけ思ったからだ。偶々入ったジュニアカップの賞金を、浪漫に使うのも良いと考えてね。
だけど、君は全力で追ってくれた。府中の直線を、君とエイプリルフールは全力で走ってくれたんだ。ただの小さな牧場長の為に、ね。」
よせやい!照れるじゃねえか。
「いやいや、初先さん。俺は何もしてないよ。頑張ったのはコイツ。コイツを褒めてやってよ。」
俺はエイプリルフールを指差し、笑う。
「涼くん。口ではそういうけど、君の右手は違うみたいだよ?」
初先さんが笑う。
右手?何の話だ?んー、だけど、そういや、さっきから湿っぽい感覚が有るんだよなあ。
俺は自分の右手の平を確かめる。なんだこれ?
、、、血だ。
血でべっとべとじゃないか。
俺はそんなになるまで鞭を打って、手綱をしごいていたのか。
それが分かった瞬間、急に右手に痛みが走りだす。これはあれだ。アドレナリンてやつだな。
「大丈夫大丈夫!こんなんツバつけときゃ治るって!じゃ、さっさと検量行って来まーす!」
恥ずかしい恥ずかしい。さっさと退散だ!
四
検量室に入ると、騎手仲間から歓声が上がる。
「よう!ダービージョッキー!気分はどうだ!?」
「今日の飯は奢りだな!肉食おう肉!」
「涼。お前もう二十歳やろ。酒を飲め酒を。」
うるせーやい。誰の金だと思ってやがんだ。コイツら。
無視して計量台に乗る。
「計量OK」「東京11レース。確定」
はいはい裁決員さんお疲れサマー。俺様はダービージョッキーだからな。これからやることがいっぱいあるんだい!先ずはインタビューだ。カメラさん。この生意気な顔をしっかり全国に広めてくれよ!
「放送席、放送席、勝利騎手インタビューです。葉月涼騎手に来ていただきました。
葉月騎手。GI初勝利が、なんと日本ダービーです。今の気持ちをお聞かせください。」
「あのー、、えーと、、素直に嬉しい、というか、、」
クソっ!頭が悪いのがバレバレじゃねーか!山本さんや辻さんはこんなのを今まで何十回とやって来たのか。おそろしー!
インタビューが終わった。生きた心地がしない。全国に広めてくれとか思ってスイマセン。ホント勘弁してくれよ。
しかし、しかし、俺がダービージョッキーねえ。なんか随分あっさり勝っちまったけどよ。よく考えたら可笑しな話だよな。
だってさ。現役で3000勝もしてる山本さんも、毎年リーディング上位を争ってる高橋さんも、ダービーだけは未だに勝って無いんだぜ。他の重賞は数え切れないくらい勝ってるのに。
あの、いつもは怖いくらいに冷静な戸田さんでさえ「ダービー勝ったら騎手なんか直ぐやめてええわ。でも、勝つまでは絶対辞めれん。」なんて、メッチャ気合い入ってたもんな。
それに比べて、俺だ。
俺はまだデビュー3年目のアンちゃん。山本さんにも高橋にも、勿論戸田さんにも程遠い存在だ。現実として、あの人達は俺より上手い。そんくらい馬鹿な俺でも分かる。
大体さ。あんたらのせいで、何個勝てるレース落として、何回馬主さんに怒られたと思ってやがる。毎回毎回馬鹿みたいに頭下げてさー。そもそも謝るの嫌いなんだよ、俺。
とにかく!先輩達に比べたら、俺は技術も経験も圧倒的に足りてねー。気持ち。気持ちだけは、誰にも負けねーつもりだけどさ。
なんか、変な気分だ。腹の中で、気持ち悪い感情がぐるぐるしてやがる。
、、ホントに俺で良かったのか?
今日勝つべきなのは、俺じゃなくて、そういう人達だったんじゃねーか。このレースに掛ける思いみたいなもんが、俺より強い人は沢山いたんじゃねーか?
うわ、、なんか俺、空気読めないヤツみたいじゃん。どうしよう。ダービー勝ってこんな気分になるなんて、それこそ馬鹿だ。こんな頭の悪いヤツが勝っちまって、ホントにごめんなさい。先輩方。
、、いや。
いやいや、まてまて。
考え方がおかしいだろ。俺。
今年のダービーを勝ったのはエイプリルフール。それは事実だ。
俺の気持ち、技術、経験云々に関係なく、今日一番強かったのはエイプリルフールだ。そうだよな。
そうだ。そうだよ。それだけは。それだけわさ。
例え、山本さんだろうが、高橋さんだろうが、戸田さんだろうが、他の誰だろうが、絶対に文句は言わせねーよ。それだけは譲れねーよ。
なんかいろいろ考えちまったけど、今は全部忘れよう。さあ、いよいよ口取りと表彰式だ。動画じゃ無様だったけど、カメラの前ならバッチリ決めてやるぜ。悔しい思いをした、他の17人の分まで、バッチリな!
あれ?せんせいがいない?、、せんせいだけじゃない、、?関さんもいない、、?ん、、?初先さんまで、、?
道でも間違えたか?辺りを見回す。
やっぱり、いない。いろんな関係者でごった返してはいるけど、せんせい達がどこにも見当たらない。
「せんせー?関さーん?どこー?」
大きめの声で呼びかけてみるが、俺の知ってる顔は現れない。
、、何か嫌な予感がする。
心臓が早鐘を打つ。ダービーを勝った興奮からではない。不安の表裏だ。
幸か不幸か、俺の勘てのは結構当たるらしい。
「せんせー!関さーん!初先さーん!どこー!」
叫びながら、人混みをかき分け探す。違うよな。杞憂だよな。
よく考えろ、俺。
10月デビューで、ダービーまでほとんど休まず9回も走った馬だぜ。調教も坂路でビシバシやってるけど、終わったらケロッとしてる、馬格は無いけど体重は落ちない、丈夫さだけが取り柄の馬だぜ。それが、万が一にも
「万が一、にも、、」
「はは、、レース中もレース後もおかしいところなんて無かったじゃねーか。ウイニングランまでしたんだぜ。歩様もいつもみたいにゴトゴトはしてたけど、別に、、ゴトゴトは、してたけど、、」
いやいや、あるわけねー。俺が場所を間違えてるんだ。せんせいも関さんも初先さんも、黙って先に口取りに行きやがったな。
そう自分に言い聞かせる。
その時
「涼!はよ来い!」
せんせいの声に背筋が凍る。
まさか。まさか!
五
「、、せんせい、、今、なんて言った、、?」
「、、やから、、パンクや。」
ありえない!ありえない!ありえない!
「せんせい!なんで!?だって!一緒だった!いつもと一緒だったよ!レース前も!レース後も!」
「前捌きは硬くて、後肢はゴトゴトしてて。いつもの、いつものエイプリルフールだった!」
せんせいは顔を上げない。
「ワシもそう思うた。エイプリルフールの後肢が動かんのはいつものことや、と。
やから気づくんが遅れた。
ええか、涼。
エイプリルフールは、左後肢の複雑骨折や。予後不良や。もう助からん。もう歩けん。」
このクソジジイ!
「せんせいのヤブ!骨折なんてそんな訳あるかいっ!だって!だって!今立ててるじゃん!コイツは四本脚で立ててるじゃん!全然痛そうにしてないじゃん!」
「やから気づくんが遅れたとゆうたやろ!分かれど阿呆!」
「アホはどっちだ!せんせいはコイツに乗ったことが無いからわからないんだ!コイツは丈夫なんだ!入厩してから今まで調教をこなせなかった日はないじゃん!ちゃんと一日四本追ってたじゃん!坂路で!」
俺の隣で関さんがなんか言ってる。アホみたいに泣きながら。んなもん知るか!
「皐月賞の後もそうだ!超ハイペースに巻き込まれて、バッテバテ!レース後にボロッボロの濡れ雑巾みたいになってても、月曜日にはもうケロッとして、カイバ食ってたじゃん!」
俺は叫ぶ。いつのまにか涙が溢れていた。アホ!男なら泣くんじゃねー!俺!
初先さんが諭す様に言う。
「涼くん。もういい。もういいんだ。
君は何も悪くない。悪いのは私だ。皐月賞後に馬体が減っていたのをわかっていながら、先生に、せっかくの記念だからダービーを使いたいとワガママを言った、私。この私が、自分勝手な馬主が悪いんだ。」
「初先さんはそれでいいの!?だって、、だって、!コイツはダービー馬だよ!?今年の3歳で1番強いんだよ!?
ダービーを勝ったんだから夏はゆっくり休養!
秋に神戸新聞杯をぶっちぎって!
菊花賞は大本命だ!
今日の新聞には一つも、白三角すらついてなかったコイツが!
秋にはグリグリだよ!?
それで期待通り圧勝!
俺はインタビューで言うんだ!
「天才が最強馬と出会っちゃいました」って!
その次はジャパンカップに有馬記念!
来年はドバイ!キングジョージ!凱旋門賞!
まだまだ走り足りないよ!
まだまだ走り足りないんだよ!コイツは!俺は!
俺たちは!!」
「いや!もう走らなくてもいいっ!!
だって!ダービー馬だ!
天下のダービー馬だ!
もう走れなくたって!
種付けは出来る!
コイツを着けたいって女が馬鹿みたいに集まる!
初先さんに馬鹿みたいにお金が入るんだ!
そしたら初先さんは楽が出来る!
もうお金に困らない!
デカい牧場に頭を下げる必要も無い!
日本一の牧場主になるんだ!
そうだろ!」
慟哭は止まらない。
「関さんだってそうだ!
うだつの上がらないバツイチのおっさんが!
日本一の厩務員になるんだ!
今日入るお金で借金返してさ!
そしたら嫁さんも子供も戻って来て!
また幸せに暮らせるんだ!
菊花賞勝ったら!
あのオンボロからサヨナラして!
ベンツでもフェラーリでも買ってさ!
厩務員ってこんなに儲かるんだぜって!
知り合いみんなに自慢して回るんだろう!」
「そんでせんせいだ!
昔の知り合いってだけで駄馬を預かっちゃってさ!
キッツい調教いっぱいして!
新しい馬主さんから「あいつは馬鹿だ」なんて言われてさ!
本当はもっと良血を預かった方がいいなんて分かってるのに!
古い縁を大事にするんだって偉そうに言って!
20年以上調教師やってさ!
勝った重賞はたった一つだ!
そんなアホ調教師が!
コイツのお陰で、ダービートレーナーだ!
もっと優秀な調教師はいっぱいいるけど!
今年のダービーを勝ったのはせんせいの馬なんだ!
分かるだろ!競馬は勝ったヤツが一番正しいんだよ!
だから!やっと!
やっとせんせいの古臭い考えが!
一番正しいって証明できたんだ!」
「みんな!みんな!コイツのお陰で生きてるんだろ!違うかっ!?違わないよなっ!!」
「だから!だから、、
頼むよ、、コイツを、、殺さないで、、」
俺は土下座する。
誰に?
せんせい?
関さん?
初先さん?
違う
エイプリルフールに六
不意に、頬に温かいモノがあたる。なんだこれは。
エイプリルフールだ。
エイプリルフールが俺を舐めていた。
長い舌を伸ばして。
エイプリルフールの鼻面を触る。温かい。暖かい。コイツは、今、俺を慰めようとしてくれている。
「ごめん、、ごめん、エイプリルフール。
一番悪いのは俺だ。
お前の脚が痛い事も知らずに。
偉そうにウイニングランなんかして。
アホ面下げてインタビューなんか受けて。
馬鹿みてーに笑いながら。
口取りに行こうとしてた。
お前の事なんか何も考えないで。
本当に、、本当に、、ごめんなさい!!」
謝ることしかできない。
本当はありがとうって言いたい。
一緒に喜びたい。
またお前に乗りたい。
でも。
もう無理なんだ。
ごめん。
ごめん。
馬は頭が良い生き物だ。人間が今何を考えてるかなんてすぐ分かっちまう。
だからエイプリルフールは泣いた。
脚が痛いからじゃない。
死ぬのが怖いからじゃない。
俺たちが悲しんでるから。
エイプリルフールは泣いたのだ。
七
その後の事は覚えていない。
エイプリルフールは馬運車に乗せられ、どっかに行った。それだけだ。
記憶が有るのは、次の日の新聞を見たときだ。
「奇跡のダービー馬、死す」
て書いてあったっけ。
凄いよ。エイプリルフール。どのスポーツ新聞も、お前が一面だぜ。
もし俺がコソ泥したって、どうせ後ろの方の下品でエロッペー記事の横に追いやられるだけなのにさ。
せんせいがよく言ってたよ。
「競馬は上手くいかんことばっかりや。」
「だから、面白いんやな。これが。」て。
なあ、エイプリルフール。
お前はどうだった?
お前は、面白かったか?
お前は、楽しかったか?
俺?
俺は。
馬鹿だから。分かんねーや。
書きたい物を書きました。転生モノ、ハーレムモノは自分には書けないけれど、この分野だけは譲れませんでした。