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DA:-SEIN ~御伽奇譚~ 「依り代」  作者: 藤乃宮 雅之
3/6

~妖 来訪~


 翌日の日曜日。

 六月を目前にして、昨今の温暖化の影響か朝10時にして気温がぐんぐんと上がって来ていた。

「はぁ~。まだ梅雨前なのに、暑くなりそうね。」

 巫女装束の河合(かわい)美智子(みちこ)は猫目気味の目を細めて空を仰ぐ。

 作法通りに後ろで束ねた髪がふわりと風に揺れる。

 東の空には入道雲が立っていた。

「あら、ミケコちゃん。お散歩?」

 拝殿の回廊の欄干の上を三毛猫がゴキゲンに長い尻尾を立てて歩いて来た。

 美智子に頭を撫でられて、ミケコは気持ちよさそうに目を細める。

 しばらくミケコをかいぐりした美智子は、拝殿回りの掃き清めの後、朱の鳥居の方へと竹箒を引っ提げて向かった。

 十二段の石段を下り、石灯篭の列のある参道に立って前を見ると、その先の朱の鳥居に白杖を持った少年が立っていた。

 中学生ぐらいのこの少年は濃い色の丸サングラスをかけて、ちょっと顎を出して空気の匂いを嗅いでいる。

「ご参拝の方ですか?」

 美智子は近寄りながら声をかける。

「はい。こちらが、黒田(くろだ)(たか)(ひろ)さんが禰宜(ねぎ)をされている(げん)綴宮(ていぐう)でよろしいですか?」

 少年は落ち着いた感じで美智子の問いかけに答えた。

「はい。黒田は今、社務所で執務しております。・・・あら、お一人? 保護者の方とかヘルパーさんとかはおられないの?」

 美智子はきょろきょろと辺りを見回す。

「はい。一人で充分に動けますから。でもここの階段はウワサ以上ですね。上ってびっくりしました。」

「まあ? 目が不自由なのに、それはたいへんだったでしょ? 手水場(ちょうずば)へご案内するわ。」

 美智子はそっと肩に手を添えて(いざな)った。

「ありがとうございます。あなた、優しいんですね。」

「しっかりしてるわね。中学生ぐらいに見えるけど、おいくつ?」

 話をしながら手水場の前に案内すると、美智子は柄杓(ひしゃく)を取って水をすくい、少年の近くへと掲げる。

少年はにっこりと笑って白杖を小脇に抱えると、顔を美智子に向けた。

「お気持ちは嬉しいですが、手水中はこちらを見ない方が良いですよ。」

「? それじゃ、あなたがお水の場所が判らないでしょ、ほら、手を出して。」

 少年はちょっと困った顔したが、握った手を差し出して、その掌を開いた。

「きゃああああああっ!」

 美智子は叫んでそのまま崩れ落ちた。

「あ~。だから言ったのに・・・」

 申し訳なさそうな顔をした少年は両掌の真ん中にある大きな目をぱちぱちと瞬かせて、美智子を見つめた。


「やあ、久しぶりだね。一報くれたら迎えに行ったのに。」

 気絶した美智子を客間に寝かせた黒田(くろだ)(たか)(ひろ)は、その妖の少年と『談話室』で向き合って座った。

 談話室とは社務所の奥に位置する十二畳ほどの部屋で、神前結婚式や地鎮祭、棟上げ式などの一般的な神事の話から退魔調伏、霊障相談と言ったコアな話を進める際に使う部屋である。

『気』が(こも)って苦しくならないように天井は高めに設計されている。

「そうですね。崇弘さんが確か十六歳の頃でしたっけ? 僕ら『手の目』の里にホームステイして修行してたのは。」

 少年は懐かしそうに閉じた目尻を下げて微笑み、勧められたお茶をすすって、ふうと一息ついた。

「お兄さんのキクニサカヅキは元気かい? そっちの世界での『鬼狩り』部隊に転属になってから、しばらく会えてないんだ。」

 その言葉を聞くと、少年は表情を曇らせた。

「・・・実はそのことで相談に来たんです。」

「あまり良い話じゃないみたいだね?」

「はい。兄さんは先の任務で正倉院から盗まれた殺生石を探索していました。回収には成功したんですが、伊勢に届ける前に何者かに襲われて奪われてしまったんです。」

「何っ? 彼程の()()れが・・・相手は?」

「判りません。兄さんが『熱視線』を浴びせたそうですが、後発部隊からは骸も殺生石も見当たらないとのことでした。」

「彼は?」

「手傷を負って里で治療中です。しばらくはこちらには出て来られません。」

「そうか・・・僕も今は神社の執務中なのですぐには動けない。日が暮れて、業務が終わったら『里』への案内を頼めるかい?」

「はい、ありがとうございます。兄さんも喜びます。」

 少年は嬉しそうに口元をほころばせた。


 源綴宮のある丘は、頂上に拝殿・本殿・摂社を祀っていて、その建立物以外は鬱蒼とした林で覆われている。

 本殿の裏手の近く。

林の中ではある程度開けて平坦な場所に、両腕にトンファーを構えた頼光が姿勢を低くして周囲を伺っている。

 右後方の茂みがガサリと鳴って山伏装束の鴉天狗が木刀を手に飛び出し、その一拍ほど後に左のブナの樹の上から同じような格好の鴉天狗が、大上段の構えで木刀を振りかぶって飛び降りて来た。

 頼光は右後方に向き直ると同時に、右トンファーで木刀を受け流し、左トンファーを回転させて相手の右脇腹を打ち据える。

 そのまま右に半回転して上空から振り下ろされる木刀を右トンファーで弾き、着地した相手が左切り上げを放つ前にサイドステップを踏んで右足刀を胸元にねじ込んだ。

 頼光の後方に回った脇腹を打たれた鴉天狗が、八相の構えから突きを繰り出し踏み込む。

 頼光は振り向きながら右トンファーを反転させて木刀の刀身を打ち、切っ先の進路を変える。

 そのまま左半歩進み、反転させた両手のトンファーで相手の両こめかみへと打ち込んだ。

  クチバシを大きく開け、ニワトリのような声を漏らした鴉天狗ががくりと膝を折る。

 頼光が振り返る。

後方から八相に構えたもう一人が迫る。

 八相構えから袈裟斬りの軌道にびゅんと木刀が振られた。

 頼光は大きく踏み込み、左トンファーで相手の手もとを受け止めて、そのまま右トンファーの短方で腹部に突きを 打ち込む。

 木刀がカラリと地面に落ち、そのままガックリと鴉天狗が地面に伏した。

 そのまま二人の鴉天狗は光の粒と化して姿を消した。

「きゃあー。天使さま、すごいすごい。」

 コウモリの翼をぱたぱたさせて、ダークレッドのビスチェドレス姿の小柄な女の子が飛び付いて来た。

 セミロングの赤毛から、ちょこんと牛のような角が覗き、(やじり)型の尻尾(しっぽ)がぴこぴこ揺れている。

「うわっ、アリナンナ来てたのか?・・・て言うか、式神ってそんなに自由に出て来れるの?」

「そんなの知らないわよ。でも、天使さま、ニンゲンの姿のままで妖魔二体相手に出来るなんてすごいです。それもそんな棒きれ二本で。」

「ぼ、棒きれ・・・。これは『トンファー』と言って、空手の武具の一つだよ。T字型になった握りを操作して防御や攻撃を行うんだ。ヌンチャクや(さい)より僕はこれが性に合ってるんだ。」

 頼光はくるくると右手の得物を振って見せた。

「これでも夢魔ですもの。ヌンチャクは香港の映画スターの影響で、その夢を見てる男の子が多く居たから知ってるわ。でもその武器は私、初めてかも。」

 アリアンナは興味深そうにその手元を覗き込んだ。

「トンファーや釵は空手の体術との併用が必須だからかな。ウチの糸州(いとす)流みたいに『古流空手』の流れを汲む流派じゃないと、武器術を教えてくれる道場は多くないんだ。」

 アリアンナにちょっとレクチャーをしていると少し離れた木陰から優しい面持ちの、がっしりとした体型の男性が姿を現した。

 白の小袖に紺色袴の装束が、風格をより強めている。

「ふむ。頼光の組手は2年ぶりに見たよ。腕を上げたな。」

「ありがと、父さん。その『修練の珠』は良い訓練になるよ。しかし、鞍馬がよくそんなアイテムを貸してくれたね。」

「天狗衆の意向だそうだ。おそらく魔王尊のご命令なんだろうな。」

 この男性、(みな)本義(もとよし)(あき)は、右手に乗せた漆黒の掌大の珠をチラリと見て、苦笑いを浮かべた。

「お、おおおお父様? わたくし、天使さ・・・頼光様の式神となったアリアンナと言う夢魔でございますっ。よろしくお見知りおきを。」

 頼光にじゃれついていたアリアンナが、慌てて片膝を突いて(こうべ)を垂れた。

「ああ。頼光や崇弘から話しは聞いてるよ。それに食事を作ってくれているんだってね、ありがとう助かるよ。息子のことをよろしく頼むね。」

「は、ははは、はいっ。よろしくしちゃいますっ。」

「何言ってるの?」

 頼光がツッコミを入れた時、義晃の(たもと)から着信音が聞こえて来た。

「うん? 崇弘くんか。ちょっとすまんね。」

 義晃はスマートフォンを引っ張り出すと二人に背を向けて数歩離れた。

「・・・うん? そうか正倉院の殺生石が・・・解った。明日は非番だったな、里ではつのる話もあるだろう。のんびりしてくると良い。うむ・・・」

 話を終えて戻って来た義晃に頼光が不思議そうに尋ねた。

「崇弘さん、里帰り?」

「彼の旧友に会いに行くそうだ。場所が場所だから緊急招集には応じられないって連絡だ。」

「正倉院の殺生石って?」

「ああ・・・あそこにはいろいろなモノが保管されてあるからな。長くなるからそのうち話すよ。・・・ではもう一戦行くぞ。お前の訓練記録を珠に憶えさせておくのがレンタル条件だからな。」

「解ってるよ、父さん。」

 義晃が右手に漆黒の珠を乗せて、深く、ゆっくりと息を吹きかける。

 珠の表面が薄く曇り、ぼうっと淡い光を放つ。

 義晃の前に光の粒が集まり、三人の鴉天狗の姿を形作った。

 山伏装束の鴉天狗たちは頼光に一礼すると茂みや木立ちの陰に身を隠した。

 義晃とアリアンナは2~3メートル離れ、頼光は一度ひゅんとトンファーを振って低く身構えた。



 真新しい応接セットに長い黒髪を後ろで束ねた青年、(よし)(しげ)(やす)(まさ)が50代ぐらいの夫婦と向き合って座っていた。

 黒ずくめの保昌とラメ入り布帛のシャネルスーツのご婦人との色の対比が鮮やかに映える。

「どうぞ。お外は暑いので、よく冷えた麦茶をお持ちしました。」

 水色がかった銀髪の女の子が、トレーから琥珀色のガラスコップをそれぞれの前にコトリと置いた。

 後ろで長い髪を束ねて青いリボンを飾っているこの女の子は、ニコリと微笑んで隣室へと戻って行った。

「本日はどのようなご用件でしょうか?」

 落ち着いた口調で語りかけ、テーブルの上に大きめのスケッチブックを開いた保昌はペンを構えた。

「はい。探偵さんに調査をお願いしたいのは、息子の事なんです。」

 7・3分けで、見るからに公務員な雰囲気の男性が口を開いた。

 派手さは無いが、仕立ての良いスーツにボタンダウンのワイシャツという出で立ちの彼は、眉間に深くシワを刻んだ。

「先日の土曜日なんですが、息子がクラスメイトの二人と一緒に、高島駅近くのコンビニ駐車場で倒れて病院へ搬送されたんです。病院に駆けつけると、そこに居た警察から息子に大麻使用の容疑があると告げられました。」

 間髪を入れずご婦人が身を乗り出して保昌に迫った。

「ウチのナイトに限って薬物に手を出すなんてありえませんわ。きっと他の二人の不良のとばっちりを受けているに違いありません。」

「あ、ちょっと待ってください。ナイトとはご子息のお名前で?」

 スケッチブックにメモを走らせていた保昌が顔を上げた。

「はい。『騎士』と書いて『ナイト』と読みます。あの子は心根(こころね)の優しい子だから、クラスの落ちこぼれを見捨てずに付き合ってあげていたと言うのに。こんなことに巻き込まれるなんて・・・」

 エルメスのハンドバックからディオールのハンカチを取り出して、ご婦人はさめざめと泣き始めた。

「このままでは息子に前科が付いてしまいます。薬物使用の嫌疑が冤罪であることを証明していただきたいのです。」

 よよと泣くご婦人の肩を抱いて、その男性が保昌を見つめた。

 保昌はスケッチブックを睨みながら、手にしたペンをくるくると回した。

「う~ん。冤罪の証明と言われましても、私は弁護士では無いので法的にどうこうは出来ません。私、探偵が出来る事は、事実関係を調べて、ご子息が『傍に居ただけで、薬物反応は副流煙によるものである』という裁判用の資料をまとめる事ならば可能です。」

「お願いできますか?」

「先ずは事実確認をしてみない事には・・・警察の見解やご子息の交友関係など把握しないと何も始まりません。それに・・・」

「それに?」

「それに事実関係を調査していて、ご期待に沿えない事柄が浮上する場合も多々あります。」

「まあっ! 私のナイトちゃんがそんな事をしていると思って? あの子はそんな事をするような人間じゃありません!」

「・・・調査での一般論を申し上げただけです。万が一そういう事象が出て来ても受け止める覚悟はお有りですか?」

 激高する婦人をスルーして保昌は隣の男性の方に顔を向けた。

「・・・良いでしょう。どうであれ、息子に起こった事を私達夫婦は何も知らないのです。」

「分かりました。では先ずはご子息の身辺調査という件で捜査を行います。冤罪立証用の資料作成は、その次の任意契約という形ではいかがでしょうか?」

 正面の夫婦から承諾を得ると、保昌は傍らのインターホンの受話器を取った。

「ササメ。身辺調査の調査費用の資料を持ってきてくれるかい?」

『はい、解りました、保昌サマ。』

 程なくして、ブルーのファイルを手にした水色銀髪の女の子が隣室からやって来て保昌の隣に座り、ファイルの資料の説明を始めた。


 夫婦が契約を交わして立ち去り、探偵事務所の外まで見送って来たササメが先ほどの相談室の扉を開けた。

 保昌は自分の椅子にどっかりと体を預けて少し上を見ていた。

「保昌サマ。お疲れですか?」

「ん? ササメ、ノックぐらいしてくれよ。」

 眉をひょいと上げて、保昌はおどけて見せた。

 ササメは開いた扉の内側を軽く二回叩くと、話を続けた。

「この話、気が乗らないみたいですね?」

「ん・・・まあね。あんな母親が幅を利かせている家庭じゃあ、子供がマトモに育つとは思えん。第一『騎士』と書いて『ないと』と読む、なんてキラキラネーム付けられたんじゃあ、子供としてはペット扱いされていると感じても不思議は無いね。甘やかされて育った分、世の中をナメていても驚かないよ。」

 保昌は毒づいて腕を組んだ。

「この話、お断りしますの?」

 ササメが首を傾げる。

 髪のリボンがふわりと揺れた。

「いや。とっとと身辺調査を終わらせて、あなたのトコの息子は、あなたたちがカスだと思っている連中と何ら変わりがないよと教えてやるよ。・・・それじゃぁ、高島駅のコンビニのトコから当たってみるか。」

 保昌は大きく伸びをして席を立った。

「保昌サマ。私も一緒してよろしい?」

「ん? そうだな。今のところは依頼も落ち着いていることだし、ずっとデスクワークじゃ退屈だろ。いいよ。準備しておいで。」

「はあ~い♪」

 ササメはうきうきしながら隣室に入って行った。




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