無職のおっさんはRPG世界で生きていけるか!? 外伝
「本日未明、神奈川県某市の住宅で男性の遺体が見つかりました。警察はこの家に住む遠野コウさん三十歳とみて両親に事情を聞いています」
「遠野事務次官」
細長い顔でメガネを掛けオールバックの男性が、呼び止められて振り返る。背広は一つのよれも皺も無く着崩れも一切無く、神経質な人物に見える。
「……ああ久遠か」
「例の件を聞いて直ぐ来たんです」
久遠と呼ばれた若々しくはつらつとした単発の男性の言葉を聞き終わる事無く、遠野と呼ばれた男性は向き直り歩き始めた。
「……辞任するんですか?」
「当然だろう。こんな事になればメディアは押し掛けてくる」
「でも遠野事務次官がした訳じゃ……」
「俺は知っていながら放置した。両親が生まれてからずっと兄を疎んじている事を。そして私も加担したに等しい」
「だからって……。遠野事務次官はそういう問題を解決する為に今まで必死に働いて来たじゃないですか」
「はは……他からすれば他人より自分の家族を何とかしろよって思われるのは間違いなしい、私もそう思う。幾ら偉そうな事を言っても無意味だ」
長い廊下の突き当たり。大臣室と書かれている扉をノックする遠野。その遠野を止めようと久遠は手を伸ばしたが、結局触る事が出来ず一歩下がり一礼してその場を去った。久遠にも遠野の気持ちが解る気がしたからだ。自分にも弟が居て同じような境遇だった。いつ自分もそうなるか……いやまだ何とかなる自分のところは。遠野の後姿を見て久遠も覚悟を決めた顔つきでデスクに戻る。
「失礼致します」
二回ドアをノックをし、どうぞという低い声が返って来たのを確認して中へ入る。あまり大きな入れ替えをしたようには見えないようにし、なるべく質素にという要望を元にそれでも大臣としての品位を失わないクラスの備品を揃えた部屋。整えた遠野自身はそれを見ると感慨深い気持ちになった。が、その気持ちを振り払い中に入る。
「こっちだ遠野君」
低く優しく呼びかける声が左からする。遠野がその方向を見ると、大臣の机の前にあるソファーに腰掛けている、白髪をオールバックにした彫りの深い紳士が手招きしている。
「大臣、御話しが」
「ああ知っている。それについて私も話があるんだ」
それはまるで天気の話でもするような軽い返事で遠野は違和感を覚えた。懲戒は無いにしても退職勧告位はされるものと思っている。それにはとても思えない雰囲気だ。
「御話とは」
「やぁどうもどうも」
大臣の前に見知らぬ男がいた。高くすらっとした鼻筋に幼さが残る顔立ちとは少し不釣り合いな切れ長で上がり気味の目とぼさぼさの金髪。背が高くなく青年よりは少年という感じで、白いワイシャツにワインレッドのネクタイ、茶色のベストに茶色のスラックス。大臣室には凡そ似つかわしくない人物だ。
「彼は」
「ああ彼の事は聞かないでくれ。君は彼の話だけを聞けばいい」
「まぁまぁ大臣。これから協力してくれるかもしれないんですから。僕の名前はクロウ。クロウ・フォン・ラファエル。種も仕掛けも無い魔法使いさ」
立ち上がりおどける様に礼をした少年をいぶかしむ遠野。それを見て大臣は苦笑いし
「おいおいあまり失礼な顔をするな遠野君。彼は君を救ってくれると言うんだ。本来なら君は人生で彼に会う事は有り得ない」
「大臣はご存じで?」
遠野の言葉を無視し大臣は前に向き直る。
「約束を守れば良いのだな」
「勿論です。僕は世俗何てどうでも良いんで。それよりそちらこそ約束を守ってくださいよ。この件は貴方達も絡んでいるんですから」
「約束?」
「そうです遠野事務次官。僕に協力してくれればこの件全て無かった事にできる。誰も思い出す事は無い」
「どんな約束を?」
「今貴方が辞表を出そうとしている件全てですよ」
遠野はポケットにしまった辞表に手を当てる。まだ見せてないはずなのに。それに思い出す事は無い? 無かった事にできる? それは一体なんだ?
「遠野君余計な事を考えるな。彼に任せればいい。彼に任せれば君の引きこもりの兄の事は無かった事になる。そうすれば君がそれを出す必要は無いんだ」
「ど、どういう事ですか大臣」
「本当は強引に取っても良いんだけどね。出来れば穏便に済ませたいんだ。話は簡単。君の御兄さんの遺体をこっちに回して欲しいんだよ火葬しないでさ」
「何を言ってるんだそんな事が出来る訳無い」
「出来るんだよ遠野君。君がうんと言えば。病院は既に手配済み。君がうんといえば通常の処理を済ませた後彼の手に来るようにね」
「何故そんな事に」
「知る必要はないって大臣は言っただろう? それとも君もこちら側に来たいのかな?」
大臣と少年は共に遠野を見る。その瞳はどこか怪しさを含んでいた。確かにここまで上り詰めるために決してクリーンなままでは無かったし、そんな人は居ない。それは誰も同じだ。だがこれは……。
「まぁまぁ。クロウ君それまでにしてくれたまえ。彼は優秀な人物だ。これからも国の為に尽くしてくれる」
「そうですか。大臣がそれほどまでに目を掛けている人物なら賢明な判断が出来るでしょう」
「……遺体を渡して何をする気ですか」
「知りたいかい?」
それは黒く澱んだ瞳の中に小さな光が見え遠野を引き付けた。
「やめたまえクロウ君」
大臣の声で遠野は体と心の自由を取り戻す。冷や汗が全身から溢れ出るのを感じる。生まれて初めて感じる果てしない恐怖心に捉われた。
「今更小奇麗な事を言うんじゃないだろうね遠野事務次官」
「し、しかし……!」
「たかが引きこもりの兄と愚かな両親の為に君の全てを捨てるのか? 君が目指している政策で多くの人が救われるというのにそれを捨てると言うのか?」
「確かに私が目指している政策が実現すれば、多くの兄のような人たちを救えるはずです。ですがその兄を捨てて」
「遠野事務次官はまるで処女のような脳味噌をしているね」
「悪を為しても悪に成りきれないのが彼の魅力だ」
「君はゲームをした事が無いのかい?」
「ゲーム?」
「そうゲームだよゲーム。あれも敵を切り殺して自分の目的を達成している。小さい頃から教えられているはずだ弱肉強食を。君の兄は負けたんだよ世界に人の世にそして両親にね」
「だからといって……」
「君の思いの始まりである事は理解するけど、いつまでもそれに捉われていては先が広がらない。より広く物を見たまえ」
「大臣まで」
「第一何を悩む必要があるんだい? 遺体だよ遺体。君の両親が殺した兄の遺体を、荼毘にふして消し済みにする元人だった物。それを僕にくれれば良いだけなのに」
「そんな……」
彼の言う事は最もだと遠野も頭の中では理解していた。もう死んだ人は帰ってこない。後は灰にして墓地に入れるだけ。それ以外に何も無い。だが目の前の得体のしれない少年に兄の遺体を渡すなんて。遠野の理性がそれを許せないでいる。
「遠野君返事をしたまえ」
「遺体を僕に渡してくれるね」
「はい」
はっとなる遠野。自問自答をしている最中に大臣の呼びかけにいつも通り反応してしまった。あまりに単純な手に引っ掛かったと気付いた時には既に遅かった。彼の視界はぐにゃりと歪み始めた。
「あまりに姑息だがね」
「どんな形でも流れでも”所有権者が了承した”という形が重要ですからね。我々には契約は絶対。時にはその魂すら良いように操れる。……遠野事務次官約束するよ、貴方の兄の遺体は有効活用する。何より君が成したい事の一端を担えるからね」
「う、そだ……」
「嘘じゃないんだ。何れ世界的にそれが実装されればあらゆる人が救われるかもしれない。まぁ君はもう次の瞬間覚えてないだろうから教えておくけど、あくまで利害の一致であって僕の目的はそこには無いんだ。偶々僕のしたい事とこの世界のお偉いさん方の意見が合致しただけでね。ちょっと強引だけど遺体の鮮度が落ちると魂が本格的に離れちゃうって先生がいってる。今ならギリギリ間に合うんだ悪く思わないで」
「おいおいもうその位で」
「そうでした。じゃあね遠野事務次官。もう会う事は無いけど御元気で」
遠野の視界は全ての形を失いブラックアウトした。
無職のおっさんはRPG世界で生きていけるか!?の初期稿で、迷って無くしたものを上げてみます。小説家になろうでは初動の早さが大事なんだなと思い削ったのですが、それでもまだ削り足りなかったなぁと今になって思います。こんな感じだったのかと思って読んでいただければ幸いです。