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ネオ京都人  作者: 巫女日光
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時代の変化に驚くモノ達


第一章人間らしい妖


 今日は人生最高の日だ。高校一年生、七月二十三日、大暑、そして午前六時四十分。学校のある日は目覚ましが鳴るまで眠り続けているが、今日に限ってそんな事は無い。布団の上に寝転びながら窓から差し込んでくる光が、部屋に舞う埃をくっきりと浮かび上がらせているのが見える。昨日の私ならこんな事に気づかなかったが、今日からはしばらく気づこうと思えば気づける事だろう。

 今日から夏休み。高校一年生の夏休み。中学生までの狭いエリアの夏休みではない。その気になれば京都から大阪、名古屋、果ては東京まで行く事が出来るだろう。高校生は自由なのだ、どこまででも行く事ができる、学区などに最早縛られる事もない。

 この約四十日間にどこに行けるか、どこまで行けるか、またはどれだけダラダラできるかを、頭のスッキリしている今、思い巡らせる。大河さん、小夜ちゃんの予定はどうなのだろうとか、考えれば考える程、頭が冴えてくる。

 時刻は七時を超えた位、昨日の私は一階に降りて朝の食パンを食べている頃合いだ。お父さんは変わらないが。まだまだ時間に余裕がある、ごろごろとベッドの上で寝返りをうつ、贅沢な時間だと理解している、が、同時になんて勿体ない時間の使い方だとも思う。

 十分ほどぼーっとした後、私は起きる事にした、部屋から出て階段を降りた所で、お父さんがトイレに入ろうとしている場面に遭遇する。

「ちょっと待って、私を先に入らせて」

「・・・・・・早く出てくれよ」

 優しいお父さんは大抵の事は譲ってくれる、家はかかあ天下なのだ。三月まではお兄が居たが、大学進学と同時に家を出て行ってしまった。元からお母さんの権力が強かった我が家では、男軍は圧倒的に不利な状況にある。

 お母さんはお兄より私を可愛がった、というのも子供の頃、私とお兄はお母さんが怖かった。質実剛健という言葉がなかなかはまる、あと正々堂々も。嘘なんぞをつこうものならそれは激しいお怒りを授かった。

 そんな家庭環境だがお兄は割としたたかに育っていった。仲間同士で遊んでいる時でも仲裁役の様なポジションに居た。気の合った友達同士でも子供だから少しのいざこざですぐに喧嘩に発展する。そんな時に嘘を付く。皆が仲良くする為に、必要な嘘をつく。実際私はそういう場面を見たことがある。

 私はお兄のそういう所を素直に好きだった。でもお母さんはそれを許さなかった。

「嘘をつかずとも仲直りする方法はあったはず」

 お母さんの言う事も正しい、それは私にもわかる。でもその時にお兄はお母さんに言い訳をした。結構な言い争いになり、お母さんがヒートアップしそうな時にお父さんが間に入って場を収めてくれた。その時からお兄はお父さん側に寄ったと思う。

 でもその時お母さんも少し考えが柔らかくなったのをお兄は多分わかっていない。お父さんと私は気づいているが。

あきら、まだかかるか」

 高校生になった女の子にはもう少しデリケートな発言をして欲しい。

「今出るよ」

 お父さんとすれ違う、もう少し時間をおいて欲しいが、お父さんの立場もわかるから何も言わない。

「あら、早いわね」

「ごろごろ寝ているのも勿体ないかなと思って」

「あら感心、その心掛けは褒めてあげるわ」

 私のパンはまだ用意されていないらしい、自分で食パンにバターを塗り、トースターに入れて焼く。隣の部屋でお父さんの着替えが終わり出社の時間になった。七時三十五分、私もだいたいお父さんと一緒に出るが今日からしばらく見送る側になる。

「じゃあ行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 お母さんは毎日きちんと見送ってくれる。私達兄弟が居ない時分はお出かけのチューは絶対にやっていたと思う。家を出て少し歩き、路地を左に曲がるまで見送ろうかと思ったが、台所から「チーン」と高い音がなったので途中までの見送りとなった。

 お母さんは私が勝手にしているのを見ると、洗濯物を洗濯機に入れる仕事にとりかかった。私はテレビを点け、いつもは見られない芸能ニュースを見ながらパンを食べる。いちごジャムを塗りたくりコーヒーを注ぎながら時間を気にせず優雅に食べる。余裕があるためか椅子にどっしりと座り、背もたれに体をあずける。時間に余裕のある生活はなんて素晴らしい。私は将来、会社員などではなく、家でできる仕事に就きたいと切に思う。

 芸能ニュースも終わり、そろそろ八時になる。私は隣の部屋に携帯を取りに行く。メールが二件入っており、いずれも大河さんからだった。

「本日は十時丁度の電車に乗りますので晶さんもその時間に合わせて乗ってください」

 円町で十時なら、こっちじゃあ十分か十五分位のやつか。

「今日はとっても楽しみです」

 大河さんは顔文字、絵文字を使わない。見た目通りのイメージだ。

「了解、私も楽しみです」

 と、大河さん相手にはこれで良い。

 

 部屋に戻り、ベッドに横たわり今日行く廃墟の事について考えた。本日、」私と大河さんは京都のとある廃墟スポットに遊びに行く事になっている。期末テストの勉強の為、私と大河さんと小夜ちゃんは図書室に集まり英語の勉強をしていた。三十分ほど経って小夜ちゃんの集中力が切れ、図書室を彷徨い始めたのをきっかけに私と大河さんもその神輿に乗ってみる。普段あまり利用しない図書室はそれもう新鮮に、魅力的に見えて置いてある本の一冊一冊が少し面白そうに見えてくる。

 図書室を隅々まで、本を目移りしながら歩いていると私の興味を引くタイトルを見つけた。

 「日本の廃墟」

 これだ、と思った。手に取ってパラパラと目を通す。廃墟の写真がカラーで写っており、説明文が端っこの方に小さく載っていて、廃墟の画像の邪魔をしていない。テスト勉強だったけどこの本の魅力に抗う事は無理だと割り切った。

「晶さん、その本は」と、大河さんは本に興味を持ち、

「晶ちゃん、今はテスト勉強中なんだよ」と、小夜ちゃんは私をからかう様に言った。自分が一番先に集中力が途切れたくせに。

「日本の廃墟~、またまた渋いのをチョイスしてきたねぇ~」

「晶さん、廃墟に興味がおありなんですか」

「うん、騒がしい場所のさ、静かな瞬間っていうのかな、裏の顔っていうのか・・・・・・なんか特別なモノを見たって感じがしないかな」

「う~ん、あ、誰も居ない学校とかそんな感じかな」

「そうそう、そんな感じだよ。」

「でも、夜の校舎は静かですけど・・不気味な雰囲気が私は慣れませんね」

「違うよ、大河さん、誰も居ない昼の校舎が良いんだよ。普段私達が当たり前の様に授業を受けている教室に、誰も居ない。それは夜という場面では無く、私達のよく知っている昼の場面でないと駄目なんだよ」

「でも晶さんはその廃墟の事を知っているのですか」

「いや、知らないけどね」

「でも、なんとなく私わかる気がするな~」

 小夜ちゃんは少し舌足らずなのか「私」が「わし」って言っている様に聞こえる時がある。

「ちょっとした異世界なんだよね」

「そうそう、人が居るのが当たり前の場所で、周りには私一人、その時の静寂ってほんとに静を感じるんだよ」

「静かな場所が良いというのはわかります。私も平日の神社のひっそりとした感じは好きですよ」

 少し違うが大体あってる。

「私は夜のビルの屋上とか良いと思うな~、夜風が気持ち良さそうだし」

「それも良いね、街の光をぼーっと眺めていたいかな」

「今度三人で眺めに行こう、場所は晶ちゃんが探しといてよ」

「この図書館に「日本の夜景」って本があるかもしれませんね」

 テスト勉強をほっぽり出して好き勝手話していたら午後五時位になっていた。それぞれの好きな場所や、自分だけが知っている秘密の場所を明かしたりと、熱の入ったお喋りをしていたみたいだ。

「では夏休みに皆で、晶さんのお気に入りの廃墟に行ってみませんか」

「お気にの場所ってのは特にないんだけど、前々から知っていた、とある廃墟が京都にあるんだけど」

「では夏休みの初日に、早速行ってみませんか」

「ん~私はパスね、私、バイトの面接に行こうと思ってるんだ。それと・・・・・・」

「それと」

「虫、むっちゃ多そうじゃん」

 それを言われたら仕方ない、大河さんは行く気だし、二人でもいいか。


 虫よけスプレーは持っていった方が良いだろうな。動きやすい長ズボンと、Tシャツ、我ながらラフな格好だ。ハンカチと腕時計、飲み物とお昼はコンビニで買えば良いかな。・・・・・・廃墟最寄り駅にコンビニ位はあるだろう。

「そろそろ出ようかな」

 部屋から出ると、お母さんが洗濯物を干す為に二階に上がって来る場面に出くわす。

「夏休みの朝って、普通は宿題をする時間よねぇ」

 下手糞な演技をしているが、目はかなり真剣に言っている。

「今日は大河さんと一緒に、朝から遊ぶ約束をしていたんだ、明日からちゃんとやるから、今日は見逃して」

「・・・・・・まあいいわ、昼まで寝ているより、よっぽどマシね」

「というわけで行ってきます」

「夏休みだからって、調子に乗って危ない場所に行くんじゃないわよ。」

「大丈夫、静かな場所に行くだけだから」

 嘘は言っていない、危険はほんの少しあるかもしれないけど、もう中学生じゃないんだし、本気出したら東京行けるし。昨日の夜、偶々テレビでDVの番組を見たせいか、ああやって心配してくれるのはありがたく感じる。

 だから親にはできるだけ嘘はつかない様にしよう。


「晶さんこっちですよ。」

 電車に乗り、大河さんを探していると、向こうが私を見つけてくれた。普段は制服姿しか見ないので、赤いスカートと、ポニーテールを結んでいる真っ赤なリボンが、大河さんのイデオロギーを新たに作り出していく。

―大河さんって赤がこんなに似合うんだ―

 ほとんど制服姿しか見た事がないからか、赤という色が物凄く映えて見える。

 大河さんは高校生になって初めてできた友達だ。「桜乃 大河」、私の苗字は「式見」、名簿順で私の一つ前である。入学式が終わり、私は自分のクラスである六組に向かった。中学からの友達も何人か居たが、親しかった友達はそれぞれ別のクラスになってしまった。六組には同じ中学なのは知っているが、ほとんど話したことない人が二人いるだけだった。しかも男である。席も前から二番目、教師からは程よく見やすい場所だ。「はずれかな」と思い始めたその時、前の席に人が座った。

 黒髪の長いストレート、美容室などでは作れない、生生しい漆黒の黒髪ロング。

 「綺麗だな~」「この黒髪を見ながら勉強するのか~」と片肘をつきながら思っていると、

「こんにちは」

「あ、ええ、こんにちは」

にこやかに、朗らかに、相手に対して嫌味を全く感じさせない笑顔で私に声を掛けてきた。

「私、「桜乃 大河」と言います。これから宜しくお願い致します」

「あ、私は「式見 晶」です。よろしく」

 大河さんは一番前の席で左右は男子、もちろんその男子達にも丁寧な挨拶をした。

 大河さんは見た目通りの人ではなかった。挨拶にしても丁寧ではきはきしている。なんというか、京女によくあるねっとりしたあの感じが全然ない。さっぱり系京女だ。

 話相手はもっぱら私になる。授業が終わると足を右に回し色々と話しかけてきた。今日の授業の事やお弁当の事、昔はソフトボールをやっていた事などほんとに色々と話してくれた。私は自分の事を話すのがあまり得意ではない、その為、新しい友達を作るのにはかなり手こずる方だ。そういう事なので大河さんの存在は本当にありがたい存在だった。私は四月が終わるまでには、なんの気兼ねもなく隣に居られる事ができた。

 お昼も大河さんが机をこっちに向けて一緒に食べる。

「中学の友達は、バレー部に入りました、この学校は女子のソフトボール部が無いみたいなので」

「大河さんは皆と一緒にバレー部に入らなかったんだ」

「高校生になったら、何か別の事をやろうと思っていたんです、晶さんは何か部活動はやられないのですか」

「あ~・・・・・・今のところは何も考えてない」

 というか、私は別に部活をやる気はない。

「では、放課後にでも一緒にどの様な部活があるか・・・」

「大河さんの中学の人って、結構ここに来ているの」と最後まで言わせず遮った。

「友達ですか、結構別れましたね。私達はここか、北野の方かどちらかに別れるのが多いので。それでも多くの友達と一緒ですよ」

 やっぱり、全員が一緒ってわけにはいかないものだよね。ま、地元に戻るといつでも会えるか。新しい出会いを求めるなら、適度に分かれた方が良いのかもしれない。そのお陰で大河さんにも出会えたわけだし。


「それで、どこまで行くのでしたっけ」

「かなり北の方。園部を超えてもう少しの所だよ」

「私、嵯峨野線では亀岡より北は行ったことがないですね」

「私もそれ位までかな。舞鶴の方は花火大会が結構あってさ、皆の予定があったら行ってみない」

「ええ、凄く楽しみです。小夜さんにも連絡しておきますね」

「あ、私が言うよ。言い出しっぺがやる方が良いからね」

 すぐに園部行きの電車が来た。それほど混雑はしておらず、私達は扉に近い場所に座る。サラリーマンのおじさんが、こっちをチラリと見たのがわかった。ま、大河さんを見たんだろうな。

 電車はトンネルを抜け、保津峡の自然豊かな風景を写している。陽光が山の緑と川の水をキラキラと演出させている。この光景は何時見ても良い。大河さんも窓の外の光景を見て優しい笑顔をもらしていた。

 電車は私達を乗せてひたすら進む。段々と民家も少なくなっていき、山の緑が周りを囲ってきた。いつの間にか私達の車両には私と大河さんしか居なくなっており、前の車両にも一人二人の姿が見えるだけになっていた。そして目的の駅に着く。

 駅を出て愕然とする、コンビニすら無い様など田舎だった。お昼ご飯をコンビニで買おうと思っていたが・・・・・・さて、どうしようか。

「大河さん、お昼どうしようか」

「私、お弁当を作ってもらってきたのですけど、晶さんは持ってきてないのですか」

「え、ほんとに。お母さんになんて言って作ってもらったの」

「明日は晶さんと廃墟に行くと伝えたんですけど」

 まじか、普通親に言うかこんな事。

「良かったら、お弁当をお裾分けしますけど」

「ありがとう、ほんと助かるよ」

 大河さんは良い人だ、私も良い人にならざるを得ない。


 駅を出てコンクリートの道を西に行く。車道の端に白線が引いてあるが、車の駆動音は何も聞こえない。私達は堂々と道の真ん中を歩いている。前も後ろも見通しが良すぎて車が来たらすぐにわかる。今、私達の眼前には舗装された道しかない。上を見ると木々の葉叢が刺すような夏の光を上手く遮ってくれている。黄緑の葉がキラキラ光って見えてとても美しい。道の左側は谷になっており、川の水が勢いよく岩にぶつかりながら流れている。飛沫の白い色が見ているだけで清涼感を与えてくれる。まだ蝉の声は聞こえない、代わりに鳥の鳴き声が程よく聞こえる。

 大河さんは一歩一歩進む毎にこの景色を楽しんでいる。道端にいる昆虫などを良く見つけては、私に報告してくれる。蟷螂など葉と同化していて、私には見つける事が困難だったが大河さんは良く見つける。目が良いのだろうか。

 コンクリートを進むと山の方に進む道がある所にまで着いた。この道を進むと、私の目的地である廃墟に行ける。細かく言うと「廃村」だ。平成の少し前位までは村としての機能はまだあったみたいだが、平成に入ると少子化という正に現在の問題にぶちあたり、どうしようもなくなって、廃村になってしまったようだ。だから何か事件が起こったとか、幽霊が出るとかそういう類の心配はしなくていい。インターネットのレヴューを見ても、「綺麗なままの家が残っている」や、「初心者お勧め」など、物騒な言葉は何も載っていない。

「早く行きましょう」と大河さんは鷹揚に欠けている。でも今の私も少しテンションが昂っているらしくノリノリで「オッケー」と返答する。

 これは獣道と言うべきか、昔は手入れされていた道なのだろうが、今は草木が好き放題に伸びていたり、こっちの方は雨でも降ったのか泥濘が所々あり非常に歩きづらい。ただ山は急峻ではなく穏やかな道のりが続き、岩肌に附いた苔が夏の暑い気候を和らげてくれているみたいで、つらい道程には思わなかった。

「晶さん、お茶飲みますか」

「いや、まだ大丈夫。村に着いてから貰うね」

「村ですか、廃墟ではなかったのですか」

「ああ、実は・・・・・・」

 大河さんにあらかたの説明をし終わった頃に、

「あ、今、茶色の屋根みたいなモノが見えましたよ」

 とうとう目的地に着いたか、家屋が何軒か見えてきた。

「あら、随分と綺麗ですね」

「ほんとだね、もう少しボロボロだと思っていたけど」

石造りの階段も、木の門も、竹でできた塀も綺麗なものだ。廃村というにはまだ新しすぎたのか、「廃」という空気がまだかなり薄い。

「晶さん、家の玄関には鍵がかかっているみたいですよ」

「まじかぁ・・・・・・戸とかもボロボロになっていて自由に入れると思っていたのに」

 他の廃墟マニアや荒くれ者が色々といじっていて、壁などに落書きが施されたりしているものと思っていた。実際には家自体が綺麗に保っており、近所のあまり通らない道に迷い込んだのと変わらない様な気さえしてきた。

「晶さん、どうします。どこか座れる場所を探してお昼にしますか」

「そうだね、そうしよう」

 大河さんがお弁当を持って来てくれたのは本当にありがたかった。この廃村がなんだか微妙な存在だった事で、話題にしようにも空気が持たないかもしれない。それならば大河さんのお弁当を褒めていた方が、互いにまだ良い空気を保てそうだ。

「シートを持ってきたら良かったですね。そこまで頭が回りませんでした」

 家屋の扉も鍵が掛かっていて入れない。私の想像では入り口もボロボロで、スプレーで落書きされているものかと思っていた。一階建ての建物ばかりだが、ガラス窓で大分私達の時代に近い。

「この大きな道は村を越えて山の方に続いていますね、ここは街道の町だったのでしょうか」

 森が近いせいか、村全体が鬱蒼とした空気に包まれている気がする。空から刺す日差しは暖かいはずなのに、なぜだろう、村の上には何か日を遮る膜の様なものでもあるのだろうか。

「あら、あそこの家は二階建てですね、横にある東屋の様な建物は離れですかね。素封家の家なのかしら」

 確かにあの家だけ周りの家に比べて格段に大きい。村長の様な人が・・・・・・


 バタン


 ・・・・・・何だ、今の音。

「大河さん、今、その音が聞こえなかった」

「いえ、特には聞こえなかった様な」

 いや、確かに聞こえた。人工的な音だ。こんな廃村では自然に鳴らない音。なんだ、何か居るのか、もしかして浮浪者でもいるのか、この村に勝手に住み着いているのか。もしそうならかなりやばい、早々にここを立ち去ろう。

「大河さん、なんかやばそうだし、早めにここから出た方が良いと思う」

「・・・・・・何かそういう気配を感じたのですか」

「さっき何か・・・・・・なんていうか、誰かが窓を閉めた、様な音が聞こえたんだ。もしかしたら誰か居るのかもしれない」

「私達と同じく廃墟を見学しに来た人では」

「いや、今まで見てきた家は全部がきちんと施錠されていた。そりゃ誰かが勝手に家に侵入して住み着いているとか、そういう可能性は否定しないけど」

「なるほど、少し危険な人物が・・・・・・」


 ガラガラ


 また音が聞こえた、大河さんも今度は聞こえたみたいで、辺りを鋭い目で見渡している。

 今度は閉めた音じゃない、多分何かを開けた音だ。開けたという事は、こっちに来るか、はたまた観察する為か。危険すぎる。大河さんの顔を見て、目でここから出る様にサインを送った。それを察した大河さんも素早く踵を返す。

 私達は早歩きで道を引き返す。

「人が居るのでしょうか」

「わかんない、でも何か危険な感じがするから、早く出よう」

 私の我儘のせいで、大河さんが危険な目に合うのが怖かった。もし何かあったら、大河さんの家族になんて言おう。わからない、まだ想像もできない。

「私達はかなり村の奥の方まで行っていたのですね、早く・・・」

「あっ」

 村の入り口近くの民家の窓が・・・開いている。首の辺りに寒気が走る、それと同時に冷たい汗がじわりじわりと噴き出てきた。

 元から開いていたか、いや、そんな事はなかったはず。村に入った時、私達はもの珍しくこの村を見渡していたはずだ。窓が開いていたのなら覚えているはず。

「あの家、確かめますか」

「駄目。出るよ、ここから」

 怪しい家から距離をとりつつ村の出口を目指す。やっぱりネットの情報は当てにならない。何が初心者向けだか、充分危ないじゃないか。「・・・・・・ん」

 

 女がこっちを見ている。


「ひっ」大河さんが思わず声を漏らした。私は声こそ出なかったが、女と目が合ったまま固まってしまった。

 向こうもこっちを見ている、が、得体の知れぬ威圧感が向こうからこちらに押し寄せている。無表情の様に見えるが、心の余裕がある様に見える。瞬きもできず固まっていると、向こうの目が少し笑った様に見え、

「あら珍しいですね、こんな場所で人と会えるなんて」

「あの、貴方もこの廃村に遊びに来た方でしょうか」

「・・・・・・ええ、まあそんな所です」

「なら今すぐ引き返した方がいいですよ、この廃村には誰か居るのかもしれません。私達も危険を感じて引き返す所です」

「へえ、この村に人が居るなんて初めて聞いたわ。私はここによく来るけど今まで人と会った事なんて一度もなかったけど」

 女、いや学生か。見た事もないどこかの学校の制服を着ている。この辺りの者なのだろう、ここにもよく来るって言っているし。

「いや、でも、今さっき、確かに家の窓が開いていて・・・・・・ねえ、晶さん」

「うん、すぐそこの家なんだけど、来た時は窓が閉まっていた様に思えるんですけど」

「不思議な事もあるものですねぇ」と、女は、いや、女子学生は涼しげに笑っている。

 この格好、セーラー服というやつか?私の今生きている時代では中々お目にかかれないモノが目の前にある。この辺りの田舎ではまだこの格好が主流なのだろうか?この黒のセーラー服に合わせて漆黒のロングヘアー、そして白い陶器の様な肌がより一層彼女の雰囲気を際立たせている。

 黒だ。イメージカラーは黒。どことなく陰の気配を感じさせる。が、逆に肌の白さも強調されている。こちらはとても綺麗な陽である。今彼女は古民家を見て微笑んでいるがその横顔に一縷の危なさを感じる。あまり関わり合いになりたくないと私の直感が訴えている。

「ねえ、よろしければ、その窓の開いている家、少し探検してみませんか」

「いえ、危ないと思いますので、ここは直ぐに下山するのが良いと思いますよ」

「大丈夫ですよ、こちらは三人も居りますし。それに私こう見えてボクシングが得意なんですよ」

 この人は馬鹿なのか?男が本気で襲ってきたなら、ボクシングを習っていようが関係ない。力づくで勝てるわけがないだろう。

「いえいえ、危ないので帰ります」と、女の横を通り過ぎようとした時、

「大丈夫ですよ、私かなり鍛えていますから」と私の行く道を腕で遮ってきた。まだ現状の危なさをわかっていないのか、女はニコニコと笑っている。その腕を押し退け様と・・・・・・押し退けようと・・・・・・?

 動かない。肌の触感はわかる。皮膚は柔らかい、私と同じように標準の女性の腕だ。だが、動かない。彼女は普通に姿勢よく立っているだけで特に力を入れて踏ん張っている様な素振りはない。ただ目の前の進路を防いでいるこの腕、ピクリとも動く気配がない。動かせれる感じがしない。

 大河さんが不思議そうに私を見ている。女はニコニコと私を見ている。瞼を閉じながら笑みを浮かべているが、その裏の瞳は笑っているのかどうか・・・・・・・。

「ね、私結構力持ちでしょう?」

「あ・・・・・・そ、そうですね、そうかも?」

「今のでわかったんですか晶さん」

 大河さんが後ろをチラチラと見ながら聞いてくる。そうだ、今は危険な状態なのだ。

「あの、じゃあ私達が駅に着くまで一緒に居てくれませんか?ボディーガードという事で」

「ボディーガードだなんて、今そこの家を見てみて何もなければゆっくりと森林浴をしながら山道を歩けるじゃあないですか」

 間髪入れずに言葉を被せてくる。確かにそれも一つの案だが。

「あなたはどう思いますか、侍の様な方」

「私は桜乃大河と申します。侍の様なんて初めて言われましたわ」

「それは失礼しました。私は「華月」と言います。大河さんはどうですか、三人も居ますし、何よりここは廃村、人なんているはずがないのですが」

「でも現に窓は開いておりました、やはり誰かが居られると私は思うのですが」

「もしかしたら私達と同じ趣味を持つ仲間が勝手に侵入をして、窓を開けたが閉め忘れて帰っていっただけなのかも知れませんよ」

「可能性としては・・・・・・無い事はありませんが」

「でしょう?それにこれは私達の出会いに神がくれた奇跡なのかもしれません。家の中、見てみたいと思いませんか」

 見てみたいよ、それはもう。だが・・・・・・

「わかりました、では少しだけ見てみましょう」

「大河さん!」

「晶さんも一度中を見てみたいのでしょう?電車の中でそう仰ってらしたじゃないですか」

「でも危ないって!」

「大丈夫、華月さん、お願いがあるのですが、家の中を入る時は華月さんが先頭に立っていただけませんか?私達にはボクシングなど格闘技の経験がありませんので」

「ええ、ええ、いいですよ。私に任せて頂ければ大丈夫です、任せて下さい」

 華月さんは嬉々として窓の開いている場所に向かっていった。私と大河さんは訝しげに後に付いていく。いざとなったら彼女を置いて逃げる、なんて事をできるわけがない。危ないと判断したら彼女の意見も関係無くこの廃村から逃げよう。大河さんも同じような事を考えているらしく、お互い目で分かり合えた気がする。

「到着しましたここですね♪部屋の中はそんなに汚れていないみたいですよ」

 華月さんの後ろから中の様子を覗き見すると、そんなに汚らしい事はない。靴を脱いで入るのは流石に無理だが、土足で入るのは少しバツが悪い気がしないでもない。

「入りますよ」

「晶さん、誰も居ない、と思いましょう」

「そ、そうだね、部屋を見た限り誰かが使っていたような気配は無いから・・・・・・ね」

 何もない部屋の奥、左右に伸びる廊下がある。今、私達が居るこの部屋は太陽の光が射し込んで明るいのだが、廊下の方はずんぐりと薄暗い。

 廊下の奥を見てみたいが、覗き見しようと首を出したすぐ横に誰かが隠れていて、私達を捕まえる瞬間を待っているのかもしれない、など不吉な想像が頭から離れない。

「あら、右正面のドアはトイレですね。そこで行き止まりみたいですよ。」

 そうか、右側は安全なんだな。左右から挟み撃ちに合う可能性はなくなった。

 部屋の入り口から左側を覗き込む。左手側にドアが二つ、奥の方は障子になっている。すぐ左の部屋の正面が玄関の様だ。玄関から右に曲がり右手の壁にもドアが一つ、この平屋には計四つの部屋と厠があるみたいだ。それぞれの部屋のドア((障子)は閉まっており光が廊下の方に入ってこない、玄関から微小な光がやんわりと入り込んできている、それが私の感じる美しさという概念に、なんと一致している事か。この廊下を見られただけで廃屋に侵入した甲斐があるといえる。廊下もそこまで傷んでいない、ただ華月さんが足を忍ばせていくと「ぎぃぃ」と軋む音がする位だ。白壁も年季の入った染みが滲み出ている位で崩れるという危険性は感じられない。空気は表よりヒンヤリと、ああそうだ、学校の普段入らない理科準備室とかそういう場所と同じ類なのかもしれない。

「玄関の鍵、開けておきますか?」

「開けられるなら開けておいた方がいいんじゃない、すぐに逃げられる様にさ」

「でも、この家を出る時はきちんと施錠しておかないと駄目ですよ」

「大河さんの言う通りですね、帰りはまた開いていた窓から出ましょう。

 さて、この部屋の中を覗いて見ましょうか」

 華月さんはさも楽しそうに玄関正面の部屋の前に歩を進める。このドアの裏側に何も無い事を祈る。

「開けますよ」とドアノブに手をかける華月さん。大河さんと私はドアから少し離れた所で身構える。ぎいぃという音も無くそのドアはすんなりと開いていく。その隙間から夏の日差しが暖かさと共に射し込んでくる。

「何も・・・・・・ありませんね」

 部屋の中は白い壁にフローリングの様な木の床、やはり時代的に新しい廃村だ。窓ガラスも埃こそこびりついてはいるが、まだまだ掃除をすればなんとか綺麗になりそうだ。

「この部屋、いい部屋ですね。白いカーテンを付けて、ここにテーブルを置いて、素敵なお茶会でもできそうです」

 大河さんもこの部屋の陽気にあてられたのか、少し気が緩んでいる。まだこの家は完全に白ではないのだ。窓は確かに閉まっていた・・・・・・と、思うんだが。

「大河さん、残り二部屋慎重に調べようよ」

 私の顔を見て、再び警戒モードになった大河さん。まだ安全は保障されていないのだ。

「では、次の部屋を見てみま・・・・・・あら、奥の部屋は台所のようですね。ドアの所から向こうの部屋が見えますよ」

 確かに流し台の様な物がこの部屋から斜めに見える。華月さんがさっさと台所に入って行くので私達も続けて入っていく。流し台の他には何もない、いや古びた換気扇はあるがそれだけだ。この部屋は少し薄暗くさっきの部屋に比べて涼しい。冬はかなり冷えそうだ。

「残るは一部屋ですね」

 台所の出口の斜め前に障子がある。この部屋だけ和室なんだろうか、いや、この家が建てられた時代を考えるとさっきみたいな部屋の方が珍しいのではないか。

「二人とも準備はいいですか」

 華月さんがもう引手に手を掛けている。大河さんも準備ができているみたいだ。私だけ心の準備が・・・・・・

 ガラっと勢いよく障子が開かれる。そこには・・・

 誰も居ない。そして何もない。ただの六畳程の和室である。窓は隣の部屋を同じ様な引き違い窓で外の森の様子がよく見える。日の光も・・・・・・あれ?

 外が良く見える、というか窓が綺麗だ。なんでだろう、隣の部屋は埃がかなり溜まっていたのに、目線を下の畳に向ける、畳を踏んでも埃があまり出ない、いやほとんど出ない。

 誰か掃除をした?もしくは誰かが住んでいた?・・・・・・住んでいる?

「大河さん、出よう、早くここから」

 大河さんは居なかった。私のすぐ左後ろ辺りに居たはずだ。だが振り向くと誰も居ない、沈黙がそこには居た。障子の隙間から見える廊下、こんなに薄気味悪かったか?よくこんな所を通ってきたものだ。と思っていた瞬間後ろから両手首を鷲掴みにされた。

「え!!は、華月・・・さん!?」

 華月さんは何も答えない、両手で私をしっかりと抑え込み、後ろから覆いかぶさろうとしている。ボクシングで鍛えたのか華月さんの手は全然離れない、これは普通の握力じゃあないぞ、私の様な小娘でも乱暴に外そうとすれば少しは指に隙間でもできるはずだが、ガッチリ動かない。

「ちょっ!いい加減に離せ!」

 肩を振り上げ肘を相手の体に入れているが動じない、軽くあしらわれている。窓ガラスを見ると私の後ろにピッタリと張り付き私の反抗する動きを軽やかにかわしている、目はよく見えなかったが口元は・・・・・・歪に笑っている様に見えた。

 泣きそうになった。どうしようもないと思った。私は反抗する力を徐々に弱めていき腰を下ろそうと思ったが、華月さんは膝で私のお尻を持ち上げて座らせてもくれない。

 私は今窓ガラスの正面に立っている。ここからだと私達の姿がはっきりとガラスが見せてくれている。華月さんはすっかり大人しくなった私の首筋に顔を近づける。なんだろう、何をする気だろう。

 チクッとした痛み、など感じない。何かが優しく私の首の中に挿入されたのはわかる。窓ガラスには華月さんが私の首にかぶりついている。ああ、咬まれている。その光景を凝視している。動けない、瞬きもせずに・・・見ている。華月さんが窓ガラス越しに私を見た、私も彼女の目を見る。満足しているというニンマリ顔、女の実にいやらしい顔がそこにあった。

 ・・・・・・なんだか足に力が入らない。頭の中が熱くなり視界にフィルターが掛かったるように、ふと外の緑が滲んで見える。意識はまだはっきりしているが腕が・・・肩より上にあげられない、だるい。だるい、だるい。体を彼女に預けてしまう形になってしまうのが恐ろしかったが、どういう事か私を抱くその腕は優しく感じる・・・・・・・



 意識が戻ったのは、大河さんの声ではなく、太腿の裏辺りに感じる木のささくれがチクチク痛かったのが原因だろう。目が覚めると大河さんが私を起こそうと肩に手をかけて揺さぶろうとしていた。

「おはよう」

「晶さん、大丈夫ですか!」

 私の事を心配してくれていたのが切にわかる、目に涙が溜まっているからだ。もっと真面目に起きれば良かった。・・・あれ、ここはどこだっけ・・・。

 あ

「大河さん、華月は何処に行ったの」

 やばい人間が居るのに、何を呑気に寝ぼけていたんだ私は。やばいぞあいつ、かなりやばいぞ。

「目が覚めたみたいね、気分は大丈夫?貧血というのかしら、恐らくそれだから死にはしないはずよ」

「あんた、何者なの。」

 大河さんもこの得体の知れないものを警戒している。睨みつけている。

「ただの人間よ、混血だけど」

「嘘をつきなさい、それともう一人、私を後ろから襲った人はどこに居るの」

 も、もう一人こいつの共犯者が居るの!? なら、華月一人の今この瞬間全力で逃げるべきだと私は思う。大河さんは華月の顔を睨んでいる。その睥睨は何時もの利発的な顔からは想像できなかった人間の裏の顔である。だが冷静さを失っているのはまずい、なんとか私の意図を伝えなくては・・・・・・と、その時、

 「みしっ、みしっ」と廊下の方から私達の「ぎいぃ」とウエイトの違うモノが此方へと向かって来る音が聞こえ始めた。ああ、駄目だ、男が来たならどうすればいい? 大河さんもスポーツをやっていたとはいえ、私より少し握力が強い位だ。男の本気の腕力には絶対敵いっこない。ああ、私があの時無理にでも帰ってしまえば良かったんだ。

「おや、まだこの子等逃げとらんのかい」

大きな手が障子の竪桟を掴み、そのまた大きな巨体がのっしりと姿を現す。あああ、怖い!どうしようもなく怖い!身長が百九十近くあるんじゃないか?その手も私の顔を簡単に潰せる位大きいのではないか?

「へえ、大人しく観念して座っているのか、はたまた、血が少なくなって立てないだけなのか」

「血はそこまで吸っていないので、もしかしたら私の眷属にする事ができたのかもしれません、お母様」

 お、お母様?確かに体のパーツのそれぞれが大きいだけで、髪の毛はロングのくせっ毛、しかも金髪だ。一応それだけ見れば女に見えない事もないが、格好がスカジャンにジーパンとどうにも男らしく、しかも似合っていて格好良い。

「私達をどうする気ですか」

 少し怯えているのか、大河さんの声にも先ほどの覇気がない。だが目つきは鋭いままだ。

「華月、お前説明はまだしてないのか」

「ええ、まだです、お母様」

 説明?実はこの二人も廃墟ハンターで、ただ私達二人をからかっただけというごく僅かな期待を持ってもいいのかな。

「なあ、お嬢ちゃん達」と、この巨人はその場に勢いよく胡坐をかいた。続いて華月も涼しげに横に正座をする。大河さんと目を合わせる。とりあえず相手の言い分を聞こうと目で話し合った。

「実はな、この華月をお嬢ちゃん達が通っている学び舎に通わせてやって欲しいんだ」

「「は?」」

 華月は目を瞑りただ静かにそこに座っている。

「私達だけじゃ、どうすればこの子を正々堂々と契約できるかわからないもんでね」

「正々堂々とはどういう事ですか、子供は義務教育で中学生までは必ず学校に行くものでしょう、もしかして出生届を提出していない・・・とか」

「いやぁ、私達はそういうのが全然わからないんだよ、人間じゃないし」

「・・・何」

「私と華月はね、あんた達の言葉では纏めて妖っていうんだっけ、人間じゃあないんだよ」

 はっはっはと、このお母様は豪快に笑っている。華月は相変わらず澄ましたままだ。

 だが、このお母様の冗談で私の心は多少冷静さを取り戻したらしく、

「へえ、人間じゃあなく妖怪なんですか、ではその証拠を見せてくださいよ。」

「ん?証拠?証拠ねえ・・・なんかやって欲しい事あるかい」

「お母様のお力をお見せしてやればよろしいかと」

「お嬢ちゃん達、なんか堅いもの持ってないかい」

「それでは、これを」と、大河さんは十円玉を財布から取り出し、その大きな手に恐る恐る手渡す。

「おお、この鋼材知っているよ、昔人間が使っていた武器だねぇ」

 と、銅を懐かしいのか裏表をじっくりと眺めたり、表面の凸凹をさすったり、折り曲げたり、それをできるだけ真っ直ぐに戻したり、それはまるでただただ大人が子供に昔の自慢話、ありがたいお言葉をかける様な雰囲気で実に和やかに行われた。

 大河さんは目が点になっている、その様子を見ているだけでわかる、あれは本物の十円玉だと。

「これで、何をしようかねぇ、そうだこれをもっとペシャンコにしてみせようか」

「お母様、彼女達はもう十分わかったみたいです」

「あ、そうなのかい。それじゃあこれ返すよ」お母様から大河さんにそのモノは渡された、私も近づきその折れ曲がったであろう部分に触れてみる、折れ線を確認した。やばい、この人達本物だ。

「で、信じてくれたのかい」

「あぁ・・・はい」


 そこから話はトントン拍子で進んでいき、結局私達はこの華月という妖怪を預かる事になった。学校にも通わせてやって欲しいと。私達のどちらかの家に下宿させてやって欲しいと。

「さて、どうする、大河さん」

「さあ・・・どうしましょうか」

 まだ太陽は私達に厳しい日差しをさしている。時間は現在午後二時三分。

「で、私はどちらの家にやっかいになればいいのかしら」

 この日を待っていた、という感じだ。私達に少々上から目線の満面の笑みを見せ、「さあ、さあさあ!」と迫ってくる。さっきまで大人しくしていたのは演技だったのか、こっちが本当の彼女なんだろうか。

「あの、華月さん、もう一度確認したいのですが」

「なんでも聞いてくれていいわよ」

「私達二人と家族に危害を加える事は絶対無いんですよね」

「ええ、それは確約するわ。私は人間達の文化を体験したいだけなの。何故人間はここまで発展できたのか、人間は・・・まあ、その他にも色々知りたい事があると言っておくわ。

 だから私は貴方達に危害を加えない。それは私の目的の害になる事だから」

「ほんとに信用していいのかなぁ」

「むしろ私の方が心配しているのよ、私を恐ろしい所に引き渡さないかと」

「いや、そんな事はしないけどさぁ、どうしよう大河さん」

「どうしましょうね晶さん」

 私達二人だけでどうにかなる問題ではない、ほんとに家まで連れて帰るのか。無理だろう。急に「この娘が居候になります」などと言っても親はまともに受け付けるはずがない。

「どうしましょう、今からこっそり隠れ住める秘密基地を探すしか・・・・・・」

 大河さんが恐ろしい事を喋りだした。ペットを飼うんじゃないんだよ。人型の妖怪なんだよ。

「やっぱり・・・・・・正直に話すしかないよね、華月、一回戻ろうか」

 

「あ、お母さん、あのさ、今日の夜って皆でどっか食べに行く事ってできないかな。え、無理?そこをなんとかさ、お父さんも帰って来てからさ、え、あ・・・・・・じゃあさ、私がお父さんに直接電話してさ、早く帰ってきたらいいでしょう?え、なんで今日なのかって、そりゃ・・・・・・今日しかないからだよ、え?場所は・・・・・・ほら、あそこに「さと」があったでしょ、そこでお願い。うん、ごめんね急にこんな事言って、じゃあまた後で」

「そちらもオッケーですね」

「うん、うちの家族も大丈夫そう」

 私達の提案にこの妖怪の親子も乗ってきてくれた。私達二人で親を説得するのは無理だ、だったらどうするか、この妖怪達が直接親を説得すれば良い。子供が子供の面倒を見るなんて間違っている。子の面倒を見るのは親である。それは人間も妖怪も変わらないはずである。というわけで、人間二人と妖怪二人は仲良く麓の駅まで歩いて行く事になりました。駅までの道中彼女達は色々な事を話してくれた。お母さん妖怪の名前は「柴乃」というらしい、そしてなんと鬼と吸血鬼のハーフだと言っている。妖怪の世界もいつの間にか国際的になっていたのか、そういう新種がかなり生まれてきているらしい。そして娘の華月さんは、鬼と吸血鬼、そして人間とのハーフらしい。つまりはクォーターだ。柴乃さんは、それはそれはとても強い妖怪らしい。鬼と吸血鬼、前者はとてつもない力持ち、後者は様々な特殊能力を持っているのを知っている。その通りなのか?と聞いてみたら「試してみるか」と笑い返されたので遠慮しておいた。葉月さんが

「お母様を怒らせるのだけは止めておきなさい」と、強めの口調で窘められた気がした。

 鬼を怒らせるのは止めておいた方がいい、鬼を怒らせるのは賢い人間のする事ではない。私達はその事はよくわかっている。日本でもかなりポピュラーな妖怪だからわかっている。そしてもう一つ、吸血鬼の事も大体の事はわかっている。わかっているからこそ気になる出来事が私の脳裏から離れない。

「あの、華月さんはさっき、その、私の血を飲みましたよね」

「ええ」と、涼しげに微笑みを零す。

「あの~、それってさ、私も・・・・・・もしかして吸血鬼になったり・・・・・・する」

 大河さんも首をさすっている、やられたか。

「さあ・・・どうなんでしょうね」

「さあ、どうなんだろうな」と柴乃さんが会話に入ってくる。

「人間の血ってのは厄介なもんでな、私達妖怪の力を高めてくれるのはいいんだがねぇ、その血が体内に宿っていると私達の体に悪い影響を及ぼすんだよ」

「というと」

「私が人間の血を吸うと、問題なく支配できる。絶対に逆らえないさ。でも葉月は違う、私の血が混ざっているから相手を支配できるはずなんだが、効いているのかどうかよくわからない。それに私達鬼の力もあまり感じない、弱弱しいと言った方がいいか」

「お母様っ」

 華月さんは若干苛々している。

「成程、人間の血が、華月さんに宿っている鬼と吸血鬼の力を弱くしているのですね」

「まさかこんなに弱いとはね、飲む分には最高だが宿す分には最悪だ。はっはっは」

「華月さんは、私達の血を飲んだ時何か手応えはありましたか」

「・・・・・・」

 華月さんはむすっと黙っている、手応えは無かったんだろう、が、私はわかる。微かかもしれないが相手を支配する吸血鬼の特性は確実にある。それは

 私が普通にこの人達と会話をしている今、この瞬間が確実におかしい。私の信条は平穏平和、妖怪だ?鬼だ?吸血鬼?そんなふざけたものが居るはずない。だのに、私は今、自然にこのおかしな現実を受け入れている。頭の中ではあり得ないと私の脳が警鐘を鳴らしているのに、何故だろうか、やんわりとこの二人の存在を受け入れようとしている。これはその力のせいだと言ってもいいだろう。これは相当に厄介な能力なのではないのか。


 柴乃さんは山を下り電車に乗り、私達の指定した場所まで、私達の知らない事を話してくれた。昔は人間と妖怪が同じ日本に住んでいた事、日本に鉄砲が伝来してきて、いよいよ戦が始まるのかと緊張がはしった事、ところが人間はその火薬を妖怪に使わず同じ人間に矛先を向けた事、その様子を見て高天原という所に居た偉い神様達が「あいつらやべーよ、一緒の世界にいない方がいいんじゃないか」と会合で話合われた事、そして幾人かの神様が其の身を尽くして似て非なる世界を作り出し人間をそちらの世界に移し替えた事、つまり今私達の世界は十六世紀辺りから異世界になっていた事など、人間が苦笑してしまう様なとんでもない話をしてくれた。

「人間は神様に見放されていたんですね」

「まあな、鉄砲などができる以前から、人間は同族を殺しすぎだ」

 ま、仕方ないかな。今は昔ほどではないが一応きちんとした法律がある。昔はなぁ・・・・・・。

「どうして人間は人間を殺すの、妖は他の妖を襲うことはあるけど、同族は殺さないよ」

「何故と言われましても」

 人間の本質の問題を私達小娘に問われてもどうしようもない。もっと、なんというか、人生を経験を積んだ人に聞いて欲しい。

 山を下りている時に柴乃さんは私に妖の事、妖の世界の事などを大雑把に教えてくれた。華月は大河さんに人間の事をひっきりなしに聞いていた。まず学校の事、生活の事、電車の事など、遠巻きに人間を見ていたらしく、興味津々だ。

「私にも友達百人できるかしら」

 吹き出しそうになった。華月は人間一人一人に友達が百人居ると思っているのだろうか。チラリと後ろを歩いている華月の顔を見てみる。小学一年生の子供、まさにその様な笑顔を零しているではないか。そんなモノを見てしまったからか、私は無碍な返答をグッと飲み込んだ。

「ありがとね」

 柴乃さんは小声で私にそう言った。


 駅に着いた頃には華月と大河さんはかなり打ち解けていた。私達の分の切符を大河さんと一緒に買いに行った。

「どうやらあの子には懐いたみたいだね」

「そうですね、大河さんもいち早く悪意がもう無い事に気づいたみたいですし」

「で、晶ちゃんはまだあの子の事は信用してないのかな」

「さあ、さっきの笑みを見たからか、少しは信用してもいいかなと思っていますが」

「あの小屋で、貴方達を騙した事、あれは悪かったと思っているよ、でもね、あの子も必死だったんだよ。あの子にはどうしても人間の仲間が必要だったからね。」

「華月に咬まれましたけど、私達はあの子の僕の様なモノになったんでしょうか」

「それがよくわからないんだ、私が晶ちゃんの血を吸うと確実に私のモノになるだろうが、あの子の場合はよくわからない。それなりの力は備わっているはずなんだが、どうなんだろうねぇ」

 このよくわからないというのがかなり私の中で不安材料になっている。この二人の事をすんなりと信じている自分、私が妖なんてオカルトなものを素直に信じているこの状態が、葉月の能力を信じざるをえない事態を生んでいる。柴乃さんがすっぱりと否定してくれたら無いと断言してさえくれたら私もプラスの方向で忘れていけるのに。

「あの子も一度人を血を吸った事がある。晶ちゃん達よりもうちょっと大人の女だった」

「で、結果は」

「また明日会いに来いって、命令を下したみたいだが、来なかったみたいだな」

 よし、それなら良い。華月には人を支配できる能力はない。決定。

「まあ、それなら良いです」

「はは、安心したかい」顔に出ていたみたい。


 京都市内に着き、指定のファミレス「さと」に向かう。何度かここには着た事があるので知っているが、奥の方に大家族用のスペースがここにはある。周りにも仕切りがしっかりと施してあり、外に声が漏れる事はあまりなさそうだ。

「晶、どうしたの急に外食しようだなんて」

「実はそれには深い訳が」と丁度言い訳をしようとした時に

「大河さん、どうして急に外食をしようと思ったの。それに外に食べに行くならもう少し良い所に・・・・・・」

 と、私の方を、じゃなくてお母さんの方を見て動きが止まった。

「あ、貴方、月代「つきよ」じゃない」

「もしかして、陽子「はるこなの」

 わが母、式見月代と大河さんのお母さんは知り合いだったのか、お互い吃驚した面持ちで硬直している。

「晶さんのお母様と私の母は知り合いみたいですね」

「なんていうか、偶然って凄いね」

「でも何かしら、お互い動かないわよ」

 ほんとだ。五秒位固まっている。私の父と、大河さんのお父さんもその光景を不思議そうに眺めている。

「あらあら、随分お久しぶりですね月代さん」

「ええ、もう二度と会わないと思っていたんですけどね陽子さん」

 あ、これ、もしかして仲がよろしくないパターンなのでは。

「変わらないわねぇその吊り目、相変わらず貴方と話すと睨まれているようで威圧感が凄いわぁ」

「陽子も相変わらずスレンダーな体形ね、昔から何も変わっていないのが羨ましいわ」

「おほほほほ」

「あっはっはっはっは」

「・・・・・・吊り目」

「・・・・・・ぺちゃパイ」

 あ、ストレートに言った。


 私のお母さんと、大河さんのお母さんは同じ高校の生徒だったらしい。二年と三年、同じクラスで共に青春を謳歌したみたいだ。が、さっきのやりとりを見る限り、仲はそんなに良くはなかったのだろう。お互い久々に会ったらしく、高校時代の相手の黒歴史の様なものを声高らかに発している。

「すいません、うちの母がお恥ずかしい所を」

「こっちこそ、まさかお母さん同士が知り合いだったなんて夢にも思わなかったよ」

「ねえ、こんな状態でもきちんと説得できるのでしょうね」

 華月が不機嫌な様子で聞いてくる。

「大河さん、とりあえずお互いのお母さんは放っておいて、お父さんから紹介していこう」

 両のお父さん方はお互いにこの状態を理解しておらず「娘が世話になっています」など、大人のビジネスマナーの様な会話をしている。まずはここからだ。


 奥の席に着く。私達、式見家の対面に桜乃家が座り、私の横に華月、大河さんの横に柴乃さんが対面で座る形になった。

「で、この会食は一体何なのでしょうか」陽子さんが高圧的にお母さんに会話を投げる。

「私だって知らないわよ、晶、これは一体どういう事なの」

「あの、実はですね、この隣に居る華月ちゃんと、そちらに居られる柴乃さんが」

「ああ、いいよいいよ、私が代わりに説明するよ、というか私がした方が良いだろう」

 柴乃さんは今日あった出来事を鮮明に話した。自分達が妖という事も含めて。

「はあ、妖ねぇ」

 陽子さんが真っ先にこの話を疑ってかかった。お母さんは

「あんたは、危険な所に行って」と激怒しながら私の頭に拳骨をくらわした。陽子さんの前で恥をかかせてしまったのがまずかったか、かなり本気で殴られた。

「あの、柴乃さんですか、妖なんてそんな非現実的な」

「ええ、わかっていますよ、証拠を見せます。すみません、十円玉を貸して頂けませんか」

 大河さんのお父さんが十円玉を柴乃さんに渡す。そして昼間私達に見せた様にくにゃりと十円玉を真っ二つに折り曲げた。

 大河さんのお父さんは本当に驚いていた様だ。それはもちろん折り曲げた物が本物だと知っているかで、私の両親はまだ疑っている。もしかしたら大袈裟な仕込みなのかもしれないと。陽子さんは・・・・・・まだ全然信じていない様に見える。

 折り曲げた十円をお母さんとお父さんが「本当か」「何かそういう手品なんじゃ」と疑り深く調べている。と、その時、

「お待たせしました、赤ワインです」と注文の品が届く。ウェイトレスがその場で栓を抜こうとすると 、

「ああ、そのままで結構です。栓抜きだけ置いておいて下さい」

 何をするのかと皆の視線が葉月に集まる。皆の視線を一身に集め、

「突然こんな話をしてもすぐには信じて頂けませんよね、まだ夜は始まったばかりですし、ワインでも飲みながらゆっくりお話を聞いて頂けませんか」

 にっこりと笑いながら右手の人差し指と中指を立てて・・・・・・立てて?

 その二本の指が他の指と比べて長く見える、いや長くなっている。そして指と爪の細胞が入れ替わっていくように、鋭く大きな爪がそこに現れた。私達は身動きが取れずただただ妖の一挙手一投足を見ずにはいられなかった。

 葉月は左手にワインのボトルを持ち、その大きな爪で首の部分を二度ほど小突き、「ふっ」と気合を入れてその指を水平に薙いだ。恐らく人間が聞いた事がない「キュピーン」という音、ワインボトルが鋭利すぎる刃物で切られた様なこの音。

「どうぞ」とお父さんのグラスにワインを注ぎ、次にお母さんと大人達に注いで回っていった。

 その光景が有無を言わさず妖二人と食卓を囲んでいるという事を認めざるを得なかった。丁度ワインを注ぎ終わった後に続々と料理が運ばれてくる。ウェイトレス達はまさか夢にも思っていまい。今、このファミレスの一角で人間と妖が一緒にご飯を食べようとしている事を。


「で、どっちの家に居候をさせて頂ければ」

 二時間は経っただろう。この時間で華月はにこやかな振る舞いと、どこで覚えたのかお父さんズに非常に有効な小悪魔的な甘え方で接していき、二人の頑なな? 心を溶かしていった。

 柴乃さんはお母さんズに自分達は私達に対しては迷惑をかけない、むしろ人間と妖の橋渡しという偉大な事をやって頂けると信じている、などと二人の社会的貢献を擽る様な言い回しをしている。妖も人間も大差ない気がしてきた。そんな中で大河さんと目が合った。サーロインステーキを口の中で頬張りながら笑顔で右手を振って来る。純粋だと素直に思った。


 時間が過ぎていくにつれ端の一角は賑やかな談笑で包まれていった。そして、

「宴もたけなわではございますが、子供も居る事ですし、そろそろお開きに致しませんか」

 陽子さんが手を叩き、その場を仕切る。私達三人はそれぞれの定位置に戻る。

「華月さんは家で預からせて頂きます」

 結局はそうなったか。お母さんはその事に不満げな様子だったが、「家にはまだ使っていない部屋が一つありますので」と、陽子さんは柴乃さんの方を見ず、お母さんの目を見ながら言葉を発している一幕を見てしまっていた。特に表情を変えなかったがあれはかなり腸煮えくりかえっているだろうと思っていた。でもお母さん、私はこれで良いと思っているよ。家は部屋に余裕も無いし、何より華月が来たら一人の時間が完全に無くなってしまうだろう。それが私にとっては一番大事な事だった。試合に負けて勝負に勝った、ちょっと違うか。

 大河さんは華月の事をどう思っているんだろうか。私達を騙して血を吸われて隷属しているだけなのだろうか。華月は嬉しそうに大河さんと話している。大河さんも特に・・・・・・普通だ。左下を見る、大河さんが不快に感じる時に出るジェスチャーは今だに出ていない。


 帰り道、お父さんとお母さんに聞いてみる。

「まあ、信じられないけど信じるわ。私達に危害を加えないというのは本当みたいだしね」

「え、なんでわかるの」

「柴乃さんは終始私達二人に礼儀を尽くしてくれていたわ、ふふ、まあお世辞にも上手い礼とは言えないけどね」

「ああ、そうだな。華月ちゃんも無理して私達に話を合わせてきたよ。それが可愛らしくてね。」

「ええ、あまり表情には出さない子みたいだけれど、態度にはもろに出ていたわ。不器用な子なのね」

「はっはっは、可愛いじゃないか」

「晶はどうなんだ」

「私は、そこまでまだ、信じれていない」

「それは、騙されて血を吸われたからか」

お父さんはしっかりと私を見据えて聞いてきた。その事を言ったんだ。

「さっきお前たち三人を見ていたけど、なんというか、上手い事回っている様に見えた」

「ええ、そうね。貴方の事だからまだ完全には信じれていないんでしょうがそれで良いんじゃない」

「そうだね、むしろ大河君だったかな、あの子の方が危険に感じる。純粋なんだな」

「ま、あんたは縁の下の力持ちね」

 お父さんとお母さんは暗くなった路地を楽しそうに話しながら歩いている。あの短い時間の中で彼等の人となりを計り切ったのだろうか。

 私達の家は山に近い所にある、さっきまで居たファミレスの辺りに比べれば程よく空気が涼しく感じる。山もすっかり暮色に染まっており何時もの夜が始まろうとしていた。びゅうと一際強い風が吹いた。おかしいな、夏の蒸し暑いこの夜にしてはさっきの風はえらく冷たかったな。








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