STEP2-3 各国代表との出会い~奈々緒の場合~(下)
遥希さんは、ミーナの頭をふわりと撫でた。
さっきのことがまるでまぼろしであるかのように、なんとも優しい、ほんわかとした笑顔で。
「オオカミに赤頭巾ちゃんに猟師か。たしかにそのとおりだね、ミーナちゃん。
いや、まいったね。完璧に毒気を抜かれてしまった。
すまなかった、るーちゃんさん。
姉のこととなるとどうしても、頭に血が上ってしまうんだ。繰り返さないよう、気をつける。
……許してくれるとうれしいのだけれど」
そしてアズにむかい、誠実に頭を下げて手を差し出す。
アズも特にからむことはなく、素直に握手に応じた。
「お、おう。まあ暴走シスコンはうちの騎士長で慣れてっから、気にすんな。
こっちこそ、姉上に悪かったな。よろしく、遥希」
「よろしく。
そっちのしゃべり方もカッコイイよ、るーちゃん?」
「……よせやい」
「あっはっはっ。これにて一件落着ですね!
さすがはミーナさん。心優しく可愛い貴女がいれば、きっと世界の平和も遠くない!」
いつの間に現れたのか、竜樹国代表・風さんがミーナの肩を優しくたたいて笑っていた。
知的な切れ長の目、端正な顔立ちの貴公子様はどこへやら。くったくのないさわやかな笑いぶりに、こちらも思わず笑顔になってしまう。
よく通るほがらかな声が響けば、会場はいっぺんに明るい雰囲気に。さざめきが復活し、そこここで和やかな笑いも起きた。
「……というわけで、私にも姫を紹介していただけますか、レディ?」
すると姫ことエリカはばしっと突っ込みを入れた。
「あんたとあたしはとっくに知り合いでしょっ!
ったく、ユーユーはたまーにわかんないこというんだからっ。
あ、ほらあんたたちも初対面でしょ?
こっちはもとクラスメートの風 宇航。あたしはユーとかユーユーって呼んでるわ。
となりのピンクのパンダは副官の九。
ほらジゥもちゃんっと顔見せなさい! タダでさえ覚えてもらいにくい顔してるんだから!」
「ひどいですねぇ姫君ー。ほらこんっなにイケメンじゃないですかー。
どうも、若の“影”の九です。私のことはあんまり気にしなくて大丈夫ですよー、なんたって“影”ですからー。仕事と書いて若のストーキングに命かけてますよろしくー☆」
ぱこ、と頭部をはずしたパンダの中身は、なるほど、確かにハンサムだ。
ユーさん同様の艶やかな黒髪。ほにゃんと笑うと糸目になっちゃうけれど、どこか儚げな、それでいて……うん、たしかになぜか、印象に残りづらい顔かもしれない。
っていうか、エリカに紹介されるまで俺、彼の存在をスルーしてた。
でっかいパンダのきぐるみなのに。それも、黒い部分が蛍光ピンクの。
俺がおもわず彼を凝視していると、アズが突っ込みを入れていた。
「いやストーキングっておい??」
「ははっ。彼はしょーもない冗談が好きでね。気楽に笑ってやってくれたまえ。
それと彼は、我ら風の一族の中でも特に能力に優れていてね。
その気になれば全裸でアユーラ建国記念広場を踏破できると豪語しているよ。
もっとも私が知らないうち、もうやっているのかもしれないけどね?」
「いーえいえまだですよー。そのときはぜひ、若にもご覧頂きたく」
「やめなさいあんたたちっ! アユーラ出禁にするわよっ!」
するとユーさんは胸に手を当ててひざまずき、よよと嘆きのポーズをとった。
「ああ、姫っ……『出』国『禁』止とは強引な!
この身を哀れなかごの鳥になどされずとも、心はとっくに」
「はいはい、戯曲『クロイトゥーネ』第三章、勇士ゲルドの独唱ね。
まったくあんたたちは、あいもかわらずお金と知識と教養と能力を無駄遣いして!」
「……奈々緒」
そんなハイレベルすぎるやりとりに目を奪われていると、ロクにいがそっと声をかけてきた。
「すこし向こうで話していたんだが、騒がしくなったので見にきてみたんだ。
心配はなさそうだね」
「うん、ありがとう、ロクにい」
『よーし、場が和んだところで、ビンゴ大会はじめるよー!
みんな、最初に配ったカードは持ってる? なくしちゃった人は取りにきてねー』
そのとき、会場にセヴァーンさんの声が響いた。
壇上のセヴァーンさんを見れば、彼女はにっこり、笑い返してくれた。
* * * * *
俺とアズは、ロクにいのサブということでここに来ている。
だから、望めばそれぞれ一人部屋ももらえたのだが、技官枠で来ている亜貴とで三人部屋をもらった。
理由はもちろん、アズの“エスコート”のためだ。
名目上は、アズが改造夜族であるから、万一体調が変化したときすぐ対応できるように……ということになっている。
パーティーも終わり、部屋に引き上げるとアズは言った。
「悪いな、二人とも。
しんどくなったらいつでもスリープモード使っていいからな?」
「そんな……」
スリープモード。首に巻かれた制御環に特殊なチカラを流し、強制的に眠らせるという機能だ。
一度俺も試しにやってもらったことがあるが、とても抵抗できるものじゃなかった。
これだけの制御力があれば安心、ということでもあるが、俺としては正直、いい気持ちはしない。
どれだけ過去の悪行があっても、アズはやはり、俺にとっては大事な友。
前世において、いまのサクやんと同じような位置にいた人物、それがアズなのだ。
そんなやつに、首輪を巻いたうえ、無理やりに眠らせるなんて。
まるで、遊び終えたおもちゃのスイッチでも切るように。
考えるたび気持ちがずしっ、と重くなる。
「試しにさ。ほんの短い時間でも、それ外しちゃダメなのかな。
だって、いつかは外す日がくるんだよ。
それに、アズはそんなヤツじゃないのに……。」
しかし蒼馬兄弟はそろって首を横に振る。
「今それをしてなんかあったら、失われるのは梓の信用だけじゃない。
俺も梓を信じてる。けど、今はまだ早すぎるんだ」
「俺はお前らとは違う見解だがな、こいつをはずさねえ方がいいってな賛成だ。
それこそ、俺を装ったニセモノが無体やらかすかも知れねえ。そのときにこいつで記録される行動ログはいちばんの証明になる。
それに俺は、おまえらが思ってるほどマトモな男じゃねえ。だから今はまだ、こいつがねえと困るんだよ」
「そんなことない。アズはマトモだろ? すくなくっとも今の“梓”は!」
「ちょ、近い近いっ!
言わなかったっけアレが俺の本性だってさー……」
「きいたけど、それより前にこれもきいた!
『ナナはそういうこと考える対象じゃない』って!」
アズはなぜか、あわてて距離をとろうとした。だが、俺はさらにつめよった。
そういうこと、がなんなのかはわからない。だが、文脈からしてよくないことのはず。
俺はそのころアズの敵だった。つまり奴は敵にさえ、よくないことを考えてなかったってことになる。
それが、いいヤツじゃなくてなんだというのだ。
本性といっていたのはそう、作戦上のペルソナということにすぎないのだ。
しかしそういうとアズは、意味不明なごまかし方をしてきた。
「いやっそれはだなっ、それとこれとはまた別でだな!」
「どう別なんだよ!」
思わずむきになりかけたそのとき、亜貴が割って入ってくれた。
「よしよし、ここはおにいちゃんが説明しような。
――梓はな、末期のもふもふ病なんだ!」
「もふもふ……病?」
その、聞き覚えのない変な病名に、俺たちの疑問の声がハモった。
しかし、大きくうなずいた亜貴が口にする、さらに恐ろしい未来予想は俺を驚かせた。
「そう。
モフれそうなやつを見るとモフりたくてたまらなくなるんだ!
それは犬だろうが猫だろうが兎だろうが、狐だろうが鳥だろうが人間だろうがお構いナシだ。
奈々緒は髪の毛サラサラでいい感じだしなー。梓からすればたまんないんだよねー。
それとか咲也も本音言うとモフり倒したくってたまらないんだ。そうだよね梓ー?」
「い、いやっ?! えっとあのそのそれは……」
「ねえ奈々緒。俺の超かわいい梓にモフモフされたいって気持ちはわかる。
でも、白昼堂々人前で、絵ヅラ的にヤバいくらいにモフり倒されたい?
それとかモフモフのされすぎで足腰立たなくなって、せっかく信用を得られる仕事のチャンスをフイにしたい?
解き放たれた己の欲望のままに、大事な親友がそんな難局に遭うことを、梓が望んでると奈々緒は思う?」
「あ、……」
そうだ、そういうことなのだ。
だというのに俺は、自分の気持ちだけで突っ走ろうとした。
俺を思いやってくれるアズの気持ちを、そうして無視しようとしてしまったのだ。
「……ごめん、アズ。
俺のこと、考えてくれて、なんだよな。
俺なら大丈夫、っていいたいけど、うん。
みんなのまえでモフり倒されるのはやっぱ、恥ずかしいし……
なによりこのチャンスを、ぜったいフイになんかしたくない。
やっぱ、アズはしっかりした、いいやつだよ。
うん、俺、皆に相談してみる。おまえがもふもふ病を治して、適度なもふもふで幸せになれるように。
亜貴、ありがとう教えてくれて。一緒にがんばろうな、アズ!」
「えっとあのう……はい……」
俺たちは固く握手した。
アズはちょっと歯切れが悪かったけど、きっと照れているのだ。
一方の亜貴は、めちゃくちゃ上機嫌だった。
「奈々緒、それについては俺にまかせてくれ。そのために俺がいるんだから。
奈々緒はまず、ロク兄さんをしっかりフォローしてやってくれよ。
つーわけで梓~? 後でおにーちゃんに肩もみなー?」
「ふぇーい……。」
前回サブタイトルが2-3……となっておりましたが、2-2でした(内容はあってます)
こちらが2-3です。大変失礼致しました!
また投稿直後に気付き、独立記念広場→建国記念広場と訂正いたしました。
いろいろ申し訳ありません……。
2019/05/04
この「部分」初出の要ルビ名(人名・地名など)にルビを追加いたしました。
遥希