STEP2-2 各国代表との出会い~奈々緒の場合~(上)
センティオ諸島最北の島、ナルセ。その北岸に浮かぶ大型客船マリン・ジュエル号。
ここは、これからの調査の拠点となる場所だ。
俺たちはいま、その大広間に集合していた。
ユキマイ、朱鳥、アユーラ、竜樹、そしてセンティオ。
各国チームメンバーたちの、顔合わせ会だ。
チームリーダーとサブはもちろん、各種技術者、専門家。
あわせれば、200名は優に超えている。
ホスト国代表のセヴァーンさん――ひとつに束ねた黒髪、すらりと長い足、小麦色の肌がスポーティーな、頼れるお姉さんといった雰囲気の女性だ――の挨拶が終われば、立食パーティー形式に整えられた会場は、たちまちにぎやかなことになった。
「あなたが勇者ナナキ? へえ、ずいぶん勇ましそうじゃない。
おひろめパーティーの日は一体どこに隠れてたの? 探したのよ、どんな子なのか見てみたくって!」
最初にかけられたのは勝気そうな少女の声。振り返ると、鋭い光がちかりと目を刺す。
彼女の胸元のペンダント――赤いカメオを縁取る金属が、ちょうど照明を反射したのだろう。
しかし、赤地に白く浮かび上がる少女のレリーフを見たとき、俺はどきりとした。
睨みつけられた気がしたからだ。
えっ、と思って二度見すれば、特に異常なところはない。
髪を高い位置で結い上げた、高校生くらいの年頃の少女は、どこかあどけなさをのこした顔立ちですましているだけ。
気のせいだったのか。となれば、ひとの胸元をいつまでも凝視しているのは失礼だ。
なんとか視線を引き剥がしてみれば、きらめく紺碧が俺を見つめていた。
繊細ながらも、意志の強そうな、ぱっと明るい顔立ち。
赤いリボンに束ねられ、ゆるやかに光の螺旋を描いて垂れるツインテール。
リボンとそろえたのだろう、赤い花のようなワンピース。
――そこにいたのは、カメオがそのまま命を得たかのような、気の強そうな美少女だった。
「えっと、あなたはたしか、エリカ・エトワール……」
「そうよ。アユーラのチームリーダーをしている……
……っ『アユーラ』・エリカ・エトワール!
次は間違えないでね、ユキマイの勇者さん!」
腰に左手を当てたしぐさで立つ彼女は、華やかに美しく、そして不思議に懐かしかった。
そういえば、ナナキの同僚には“エリカ・エトワール”という武将がいたのだっけ。
まだまだ記憶が虫食いの俺には、確証がもてないけれど、彼女は――
「ちょっとエリカ……!
ごめんなさい七瀬さん、エリカちょっと、緊張してるみたいで……」
そのとき、あわてた声が俺を現実に引き戻した。
見ればふわふわちんまりとした子が、わたわたとエトワールさんの袖を引き、あわあわと俺に頭を下げていた。
可愛いミモザ色をしたボレロつきワンピースのせいか、中学生……というか、いっそなにかの小動物のように見えてしまう女の子。
すぐにわかった。アユーラチームのサブリーダー・エウレカさんだ。
ほんのすこしそばかすを散らした顔にまるい、大きな眼鏡。そのむこうには、大きなマローブルーの瞳。左側だけ肩にかかった、ふわふわの麦わら色のみつあみとあいまって、ひよこか子猫かといった風のかわいらしさだ。
おもわず俺は、すこしだけ腰をかがめて微笑みかけていた。
「そうなの? 堂々として見えたから、気付かなかった。
あの日はお会いできなくてすみません、おふたりとも。
俺のことは奈々緒とか、ナナでいいですよ。
こちらは俺の相棒の……」
「はじめまして、僕はるーちゃんですっ。よろしくおねがいします!」
……うん、いまだになじめないやこれ。
でもいまはポーカーフェースをきめこんでおく。
ふだんと口調を変えているなんて、事情があると公言するようなもの。
いまここで、そんなカミングアウトをするまでもないだろう。
はたして、俺の全力の演技は見破られないで済んだようだ。
「えっと、は、はいっ!」
「なっ、なによ、その……言われなくっても呼ぶんだからっ!
あ、明日からは七瀬のお手並み拝見てところね!
あんたにだけは負けないんだからねっ、ナナオ!」
「エリカってば……
あのっ、わたしたちのこともでしたら、名前でお願いしますっ!
あっ、わたしのことは、ミネットって呼びにくいのでミーナと……!!」
「ありがとう、ミーナ。エリカもよろしく」
「みーにゃんえりにゃん。よろしくにゃー!」
するとエリカが困惑した様子でささやいてきた。
「……ねえ、この子のしゃべってるの何語なの?
共通語よね? 共通語でいいのよね?」
「あ、うん、いちおう……たぶん……」
「あー。ひそひそばなしはずるいのにゃー。るーちゃんもまぜてほしいのにゃ!」
「そうよエリカ。
ねえ、紹介してくださる? 遥希ったら、わたしから男性に話しかけるとうるさいの」
……と、近づいてきたのは瑠名本家のお二人。
揃いで仕立てられたに違いない、シルバーベージュのワンピースとスーツが大人びて、一対のカメオを思わせる美しさだ。
たしか、このしっとりしたロングヘアの令嬢が、遥儚さん。後ろで控えめな笑顔とともに『へたなことしたらただじゃおかないよ』オーラを発しているのが、ふたごの弟の遥希さんだ。
「しょうがないわねっ。
この子が七瀬家のナナオと、なぞの生物るーちゃん。
ふたりとも、二回言わないわよ。こちらは瑠名本家の令嬢ハルナ。それと、そちらがふたごの弟ぎみのハルキよ。失礼のないようにね!」
「ありがとうエリカ。
はじめまして、僕が奈々緒です。呼びにくければナナでも。よろしくお願いします」
「るーちゃんです。よろしくお願いします、お嬢様」
そのときアズのやつは、急にしゃべり方を変えた。
前触れもなく1オクターブ近く下げたその声は、ぶっちゃけていえば完全なる“イケボ”だ。
あのとき、あのテラスで、俺を見つめて手を差し伸べてきたときを思い出す。
やつはそのときの続きのように、そっと遥儚さんの手をとって……
そのとき、がくんと船が揺れた。
かかとの高い靴を履いていた遥儚さんが、バランスを崩して倒れ掛かってしまう。
アズはとっさに彼女を胸に抱きこんで支えた。
遥儚さんのほほが、ふわりと染まる。
そうして二人が、至近距離でじっと見つめあった――そのときだ。
「いいかげん離してくれない?」
冷たい声がかけられた。
見れば遥希さんが、アズに微笑みかけていた。
冷たい、冷たい、冷たい目で。
「一応初対面だろう、“るーちゃん”さん。あまりみっともないまねはやめてくれないかな。まるで“飢えた”オオカミ犬みたいに」
そうして出たのは、メイちゃんのシスコンなんて陽だまりのようなものだったと思えるようなきつい一言。
「オオ……カミ…………」
気の強いエリカもあぜん。かわいそうなミーナはもう、ぷるぷると身を震わせて……
「それだ――! イメージぴったり!!」
「えっ?」
やってきたのは予想もしていなかったリアクションだった。
「そうです、オオカミさんです!
そして遥儚さんが赤ずきんちゃんで、遥希さんは猟師さん!
完璧ですっ! これ以上なくイメージぴったりです!!
……あっ」
大きなおめめを輝かせ、うれしそうにまくしたてるミーナ。
その声は、会場じゅうに響き渡った。
もちろんすぐ我に帰ったようだが、ときすでに遅し。
遥希さんに凝視されて、真っ青な顔で口をぱくぱくさせている。
絶体絶命。俺たちはなんとかミーナを守らねばと動き出す!
「あっあの遥希さん!」
「そ、そのねハルキ!」
「……ぷっ」
けれど遥希さんの口から出たのは、ちいさなやさしい笑い声だった。
2019/05/04
ご指摘頂き、ありがとうございます!
なんと、句読点が落ちておりました……!
2行目:
ここは、これからの調査の拠点ベースとなる場所だ
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ここは、これからの調査の拠点ベースとなる場所だ。
この「部分」初出の要ルビ名(人名・地名など)にルビを追加いたしました。
朱鳥、瑠名、遥儚、遥希