STEP2-1 ため息の騎士長~咲也の場合~
イメイ宮調査チームを見送ると、サクは大きくため息をついた。
スーツを着て人前で、しかもこんなにはっきりと、サクがため息をもらすのは珍しいことだ。
原因はわかっている。アズールの件だ。
あいつを唯聖殿に受け入れてからというもの、サクはつねに、俺を奴から遠ざけようとし続けていた。
これまでのシスコン大魔王っぷりなど、あくまで仲間内のほのぼのとした反応でしかなかったと痛感する程に、やつは終始、神経を尖らせまくっていた。
勤務中はもちろん、自室に引き上げているときすら、たびたび様子を伺いに来る。
というか、朝起きて部屋のドアを開けるともう、出待ちにゃんこよろしく待っているのだ。
サクは騎士長である以前に社長であり、今では両方の職務に従事している。つまり、タダでさえ忙しいやつの睡眠時間がやばいことは明らかだった。
そこで俺は、そんなに心配なら部屋を一緒にするか、と提案してみたのだが、それは瞬時に却下された――やめておけ、神だってひとりになれる時間が絶対絶対に必要だ、と力説されて。
やつもやつで混乱しているのはわかっていた。
しかもそれは、ほかならぬ俺のせい。
とりあえずやつのことは、もっとも身近な人たち――メイ夫妻とルナさんにお願いするしかなかった。
それでもいまいち晴れなかったサクの表情が、ようやく少しだが和らいだ。
それを見て、ほっとすると同時に、申し訳なさもわきあがる。
俺はサクをつかまえ、進言した。
「なあサク。すこしさ、休んだほうがいいんじゃないか?
俺に言う資格はないかも、だけど……
俺で心配なのはわかるけど、今は皆もいるんだし。
ふってくれよ、シゴトさ。お前もたまには俺たちに、甘えてくれよ」
すると返ってきたのは、驚くべきこたえだった。
「その辺は抜かりない。皆に頼んで、すでにこのあと一日は休暇にしてある」
「しごとはやっ!
っていうかそれ俺しらなかったんですけど! ねえ俺は? 俺は何すればいいの?!」
「ふつーにしてろ。」
「雑!!」
「お前がサクレアだったころはブラッシングで癒されたのだが今はな……
いや賦活<リバイブ>は使うな。寝て直る程度のものに無駄遣いするな。お前の力はもっと必要なものに使え」
「無駄なんかじゃないだろっ。お前は俺の相棒で、しかもそんなに疲れさせたの俺のせいで……!」
そういうと、サクはわしゃわしゃっと俺の頭を撫でてきた。
「気を使っていたのはお前もだろう?
今ので癒された。あとは寝れば直る。
ああ、そういえば町の視察を予定していたのを忘れていたな。スノーと二人でいってこい。報告……は……」
そうして、ふわあっ、と大きくあくびをした。
スーツを着た状態のサクが、あくびをするのも珍しい。
俺、そして、俺の足元によりそったスノーは、まずは親愛なる友を部屋まで送ってやることに決めたのだった。
* * * * *
唯聖殿本陣を出れば、公園をかねた外延部が広がる。
外延部とその外を仕切るのは、シンプルながら気品のある石塀と四方の門。
そのひとつ、西門を抜けるといわゆる『町』があるのだ。
『臨海通り』をまっすぐ西に進みつつ、北を見れば緑化ゾーンと市街地域。
南を見れば、臨海地域がある。
臨海地域の東半分――イーストサイドには、港を基点に倉庫、鉄工所、発電所、造船所などが次々建設されている。
近頃では景観に配慮して、なるべくメカメカしさを出さないようにすることも多いらしいが、ここでは古ささえ感じさせるゴツさを包み隠さず出してあるところが少なくない。
ずばり、『工場萌え』による集客のためだ。
一方でウエストサイドは、おとぎの砂漠と海を前面に出した、ロマンチックな観光エリア。
ユキマイ空港関連施設が両者の中央にどんとがんばることで、お互いの景観が交じり合うことなく、満喫できるデザインとなっている。
そうなると離着陸の騒音が問題になりそうなところだったが、これも幾度もシミュレーションがされて最善の手が施されている。
ユキマイの陸地の南端は、海に突き出た逆三角形となっている。それを最大限利用して、三角形の先端に滑走路を集め、防音壁を配置したことで、騒音についてはかなり軽減されているのだ。
そして、このユキマイ空港から北上する『中央通り』と、『臨海通り』が交わったところには、あの看板がそびえている。
燦然と輝く緑色のネコのマーク。そう、NKCショッピングモールだ。
実はNKCホールディングスの創始者、北条氏はユキマイ国人の子孫で、いつか来るべきこの日のためにと、着々と準備をすすめていたという。
そのため、ユキマイ独立のさいには一番に出店。NKCショッピングモールは、市街地エリアのランドマークとなった。
あの町でそうだったのと同じように、周囲は運動公園に、一階はフタバカフェとなっている。
フタバにたちよった俺たちは、ふわふわホイップラテをふたつテイクアウト。これからどちらに向かうかを相談しがてら、運動公園をすこし散歩してみることにした。
土を固めた遊歩道が、若木の間を縫ってゆるゆると伸びる。
二人でそこをたどってゆけば、今日も今日とていい天気。
スノーはぐーんとのびをする。
今日の服装は、白い麦藁帽子に白いサマードレス。あしもとも白のサンダル。
ゆるく波打つ銀の髪は、今日はポニーテール。帽子の下に隠れた赤い小さないちごのゴムで結んでもらってある。
さわやかで愛らしい、夏の天使の姿である。
「はー、いい天気!
ここまでで湿度も気温もずいぶん落ち着いたし、地力も順調に回復してきてるし、ほんといいきもち。
サキもそうでしょ?」
「そういわれてみりゃ俺、ぜんぜんゾンビになってない……」
ユキマイ砂漠は、まだけっこう暑い。
朱鳥ではいまは真冬だが、ここでは一日、夏の装いで過ごせるのだ。
俺は原則的に暑いのは苦手だ。
しかし、むしろここのところの暑さは、気持ちいいほどだ。
「うんうん。サキがちゃんっと復活してきて、なによりだわ!
わたしは『サキの』半身なの。サキが元気でいてくれれば、わたしも元気でいられる。
まえのときは植物だったから、サキを守りきれなかったけど、こんどはちがうんだから!
……もっとも、くそおやじはたぶんもうだいじょぶよ。
あっちのほうでもサキには触らないよう気をつけてるし、サキがむちゃしなければたぶんへーきのはず」
くそおやじ。これはもちろん、アズールのことだ。
こんな言葉にもかかわらず、綺麗な目をしてさらりとおっしゃるものだから、いまだに聞き間違いかと思うほどだ。
スノーさんは今回も、『つくりの親』をそう評した。
これは……うん。俺にはなんとも言えない。
二人の間には、複雑な感情がある。
彼女が生まれる原因のひとつとなった俺でさえ、踏み込むことのしきれぬものが。
「問題はサクのほうよね……」
「いまのさ、サクにも教えてやった?」
「もちろん。でも、むずかしいみたいね。
わたしもたまに、むかつくもの。サクにだけ許せなんて、わたしにはいえない」
「そうか……。」
「でもね、サキの判断は正しいわ。
あんなやばいやつを生死不明にするくらいなら、探し出して味方にしちゃったほうがいい。
それ以前に、あいつが死んでたら奈々緒兄さまは……
生きてたとしても、もう笑えなくなってた。
そしたら七瀬とも、いやでも距離が開いたはず。
ここまでに見た景色も、なかったかもしれないわ」
「あ……。
俺、そこまでは考えてなかったな。
ただ、ナナっちがあんなに泣いてるのをほっとけなかった。見殺しなんていやだった。それだけなんだ。
……よかったのかな、それで」
問いかければ、スノーは静かに微笑む。
「サキはそれでいいのよ。それでいいように生まれたの。
サクにはあまえてあげなさい。それが存在理由なんだから」
「存在理由って……
そりゃ、サクは俺のためにって魂継いで会社作って、国まで作ってくれたけどさ……」
そう、この運動公園どころじゃない。
ユキマイ国は、ここにある全ては、俺のためのもの。
サクが、俺を守るためにと、たくさんの人に呼びかけて、自分もいっぱい努力して、作り上げてくれた場所なのだ。
ありがたいことだ。それはほんとうに、そう思う、けれど。
「あいつにはあいつの――『あいつ自身の』しあわせだってあっていいはずじゃないか。
そのために、俺も何かしたい。
『よき王になればそれでいい』って、そう言われるだろうけど、……」
「どうせだしもらってあげれば?」
「ふぉっ?!」
予想外の発言に俺はぶっとんだ。
しかし、反射的に姿勢は低くなり、俺の目と耳は周囲をチェックしていた――よし、大魔王はいない、大丈夫だ。
だが油断はできない。俺は警戒体勢のまま、スノーにささやく。
「なんだっていきなりその話なんだよっ!
っていうかルナさんのことは俺も聞こうとしてたけどさ!!
いや共有可一妻多夫制とか導入しちゃったからいまさらかもだけどっ!!」
まあ、その場合俺はどうころんでも『夫』。この制度の下では『スノーとルナさんの同意の下、ふたりの第一夫として共有される』カタチになる。
つまり、正確には俺は『もらう』ほうでなく、『もらわれる』ほうなのである、が――
一夫一婦制の朱鳥で長く生きてきた『此花咲也』たちの感覚はまだ混乱することがある。
その考え方で行くと俺が『もらう』という感じになる。
スノーはそれにあわせてくれたのだろう。
っていやいや、問題はそこではない。
それをいま、このタイミングで、何で突然言い出したか、だ。
スノーはこめかみに指を当て、『あたま痛いわ』ポーズでうなる。
「うーん……
なんていうかとりあえず、サキはそのにぶちんぶりをどうにかしたほうがいいわ!
具体的なことはいえないけどっ!」
「え……?」
そのとき、通りすがりのおじいさん――NKCの関係者さんだった――がニコニコと話しかけてきた。
内容は軽い挨拶と立ち話だったけど、それきりその話は途切れてしまった。
* * * * *
スノーがハッキリと言わなかった、言えなかったことを俺が知るのは、これから少し後のこと。
ユキマイを遠くはなれた、ある場所でのことになる――。
2019/05/04
この「部分」初出の要ルビ名(人名・地名など)にルビを追加いたしました。
「奴」「やつ」の使い方がごちゃっているので統一しました。
つまり、タダでさえ忙しい奴の→つまり、タダでさえ忙しいやつの
ご指摘いただいたところより……(ありがとうございます!)
婚姻制度まわりについて、ややこしくなるので一部修正&追加いたしました。
いや一妻多夫制とか導入しちゃったからいまさらかもだけどっ!!」
↓
いや共有可一妻多夫制とか導入しちゃったからいまさらかもだけどっ!!」
まあ、その場合俺はどうころんでも『夫』。この制度の下では『スノーとルナさんの同意の下、ふたりの第一夫として共有される』カタチになる。
つまり、正確には俺は『もらう』ほうでなく、『もらわれる』ほうなのである、が――
一夫一婦制の朱鳥で長く生きてきた『此花咲也』たちの感覚はまだ混乱することがある。
その考え方で行くと俺が『もらう』という感じになる。
スノーはそれにあわせてくれたのだろう。
っていやいや、問題はそこではない。
それをいま、このタイミングで、何で突然言い出したか、だ。