MIDDLE STEPS ~そして俺たちは、旅立ちを決意する~
目の前に手を持ってきてみると、手先の部分を若草色のポイントカラーに彩られた、白い、こねこの手。まだちっちゃな爪が引っ込んでないから、生後一ヶ月経ってない。
裏返してみればくもりひとつない桜色のぷちぷちしたにくきゅう、これもかわいい。
っていやいや、そうじゃない!!
なんで俺は子猫になってんだ? それも突然!!
問いかける声は依然、ミィミィという鳴き声にしかならない。しかし、サクは俺の言いたいことを理解している様子で、申し訳なさそうにこうのたまう。
「申し訳ないが、しあなの薬を使わせてもらった。いまのお前とスノーは、ただの子猫だ。
解毒剤を使わなくとも、12時間もすれば元にもどれる。
それまでの間にどうにかする。
たのむからここで大人しくしていてくれ。余計なことは考えないで」
いや、いやいやいや!!
どうにかするってなにを?! もしかしてサクのかかえた悩みごと?!
猫にされてまで隠されなきゃならないような、そんなことなの?!
大事な相棒のことなのに、俺はなんにもできないの?!
「ミ――、ミ――!!」
ろくに走ることもできないいまの身体では、やつを追いかけることはできない。
最後の手段で必死に鳴けば、サクは泣き出しそうな顔になる。
それでも、振り切るように背を向ける。
そして、部屋のドアを開け……後ずさった。
そこに立っていたのはいつもの笑顔のイザークと、彼の後ろに控えたティアさんだった。
「よ、マブダチ。
実はさ、俺のかわいい弟分ちゃんたちからレスがぜんぜんねーんだわ。
どーやら、どっかのにゃんこ大好きおにーさんの手でかあいいこねこちゃんにされちまったみたいでよ……
俺がモフってからでいいからさ、元に戻してやってくんねーか?」
「それは、……大変なことだな。
で、それはどこの弟分たちだ?」
「お前の後ろでねむってるスノーちゃんと、ミーミー泣いてるサキちゃんだ」
「っ……。」
サクは俺たちの入ったバスケットをかばうように立ちふさがるが、イザークも引かない。
そういえばイザークとティアさんは、今日の朝もうユキマイ入りしてたんだっけ。
しかし二人は、いま迎賓館でやすんでいるはず。なぜいま、ここに?
「残念ながら、反対派がいたんだ。全部割れてるぜ。
なあ。ここは俺との友情に免じて、コトをおさめちゃくれねえか。
サキには待ってもらうよう説得するし、お前の行く先に俺も付き合う。そして、秘密は絶対に守る。命に代えてもだ」
「………………。」
すると、サクはなにか、小さな声でイザークに告げた。
イザークは間髪いれずにうなずいた。
「もちろんだ」
こうして、サクの『クーデター未遂事件』は、始まってほんの数時間で、終わりを告げたのだった。
* * * * *
「申し訳なかった、我が王、我が主。
これは私のみが行ったこと。
一重に御為をのみ思うがために。
どうか、イザークを目付けに、一夜だけの猶予を。
事成って帰還した暁には、いかなる処罰も受ける覚悟に存じます」
「やめてくれよ、サク。俺のためのことなんだろ?
お前はいつでも俺のためにがんばってきてくれた。そのお前の善意を疑うことなんかないし、その上でしたことに罰なんか与えられない。
小学校の文集に書いた、ホンモノの猫になるって夢もかなったしな!
しあなの薬がすごいってのも確かめられた。だからチャラだ。な?」
解毒剤を飲み、元に戻った俺たちに、サクは膝をついてわびた。
けれど俺が手を取って立ちがらせると、ありがとうと笑みを見せ、目元を拭いた。
やつは、いますぐ行きたいところがあるのだという。
そこに行って、帰ってくれば、問題は全部解決している。なにも隠し事はなくなる。
だから、待っていてくれ。明日の朝には帰ってくるから。そう約束してくれた。
そうしてサクとイザークは、しあなお手製の小型飛行機にのり、はるかな大空へと舞い上がった。
――しかしふたりは夜が明けても、帰ってくることはなかった。
さらにそこにナナっちが転げこんでくるにいたり、不安はピークに達した。
「サクやん! サクやんどうしよう!
ふたりが、アズと亜貴がいない!
部屋に、こんな手紙だけ残して……!!」
ナナっちが手にした便箋には、宛名と署名を除けば、たった一行だけが記されていた。
過去を殺しに行ってくる。夜明けまでには戻るから、絶対お前たちは追っかけて来るな。




