STEP9-2 嵐の訪れ~咲也の場合・2~
七瀬家との『話し合い』は、あっさりと方がついた。
吾朗おじさんは、待っていたのだ。
気持ちが落ち着いたところで、ロク兄さんとナナっちから言ってもらえるのを――
『やっとサクやんがおやじの息子になるんだからさ。迎えてやってくれよ』と。
そして、俺から正式に言ってくるのを――
『娘さんを、そして皆さんをしあわせにさせてください』と。
俺を見つめて目を潤ませ、末永くよろしくお願いいたします、とふかぶか一礼する吾朗おじさんに向け、奈津さんは言ったものだった。
『もう吾朗さんったら、あなたがお嫁にいくんじゃないのよ?
たとえあなたがそのつもりでも、わたしはぜったい渡さないんだからね?』
……そう、お熱いのはこっちもだった。
そんなわけで、その晩の七瀬屋敷は、飲めや歌えのどんちゃんさわぎとなった。
メイ一家はもちろんのこと、舞雪村から来てくれた此花家のメンメンも、七瀬メンズのまっただなかへとまったく物怖じすることなくとっこんで、五秒たらずで馴染んでた。
ただなんか庭のほうからは『うぉぉぉん!! 咲也さぁぁぁん!!』って叫びが複数聞こえるような気がしたが……そっちは見るな、見てやるなと言われたのでそうしておいた。
その一方で、俺はどうしても気になるものを目にしてしまった。
ナナっちが、やけにしょんぼりしているのだ。
やわらかな笑顔で隠してはいるけれど、確かに。
しかも宴が始まるとすぐ、『俺、仕事残ってるから唯聖殿に戻る』なんて言って出て行った。
ありえない。そんなわけは“絶対に”。
だって、我らが労務担当はあのイサだ。俺よりよっぽど有能なあの男が、せっかくのこの晩に、ナナっちのシゴトなんか残しておくわけがない!
大人の姿のスノーが『あとはまかせなさい』と送り出してくれたので、俺はその言葉に甘えることにした。
気配を殺し、ナナっちを追いかける。
まずは門の外までつけていく。そして、適当な場所でつかまえて、と思っていたのだが、一つ目の角を曲がったところで立ち止まってしまった。
「ごめん、ごめんアズ。俺、おれ……っ!」
そこには亜貴とアズールが待っていて、ナナっちはアズールに駆け寄るなり、胸に飛び込み声を詰まらせたのだ。
これは、のぞいちゃいけないことかもしれない。
そう思ってきびすを返そうとすると、亜貴の声が飛んできた。
「サキ。いるのはわかってるから。
いいよ、明日にも話さなきゃと思ってたことだから」
* * * * *
俺たちは近くの公園でベンチにかけ、夜闇にまぎれて話を始めたのだった。
ナナっちは、肩を落としてぽつぽつと、こんなことを打ち明けてくれた。
「ほんとは、今日のこの席にも、アズを連れてきたかったんだ。すこしでも、みんなに挨拶だけでもって。
でも、止められた。まだ、アズを許せない人は大勢いるから。
それこそ、この日がめちゃくちゃになりかねないって。……
おかしくないか? 七瀬がああなった元凶の俺は受け入れられて、ただ現状を利用しただけのこいつはだめなんて。
……わかってる。みえてるものがちがうんだ。
転生者として記憶がはっきりある俺たちと、そうじゃないみんな。
アズに何度も守ってもらって、最終的に信用することのできる俺と、99%迷惑こうむっただけのみんな。
でも、それをどうにかしたくて、これまでずっとがんばってきたのに。
アズはすごくがんばって、調査のときも問題ひとつも起こさなかったのに。
ぜんぜん、かわらない。……あんまりだよ。
これじゃ、アズがあんまり、かわいそうだ……」
しかし、アズールはこういう。
「俺は、仕方ねえって思ってる。
ナナは悪気でそうしたわけじゃねえ。
人を救うため、国を作った。その未来を思って、権力をすてる決断をした。
そこには一ミリの悪意だってありゃしねえ。だから奴らも受け入れるんだ。
だが俺は、悪意で現状を利用しまくった。
瑠名の悪意で追い込まれた七瀬を、さらに貶めるような作戦をとった。そうして、自分の好きなもんだけ守ろうとした。
……此花もナナもめちゃくちゃ怒ってただろうよ、俺のやり口に。
何をどうつくろっても、俺のしたのはそういうこと。
そして俺はそれを笑ってやった。俺はそういう野郎なんだ」
そうして、もうクソな悪党なんかじゃない、ひとりのまともな男の顔で、やるせなく拳を握るのだ。
「なのによっ。おふくろさんがんばってくれてんだ。
せっかくのナナの友達なんだから、何とか受け入れてやりたいって。
俺からすりゃ、おふくろさんが不憫でならねえ。
こんなクソヤロウのために、苦労増やして……」
「クソヤロウなんかじゃない! クソヤロウなんかじゃないよっ!!
おれが、……おれが、もっとしっかりしてたら……そしたら誰も泣かなかったのに!!
エリーもサクレアもアズも!! 父さんや……母さんも……みんなもっ……」
食ってかかるように叫ぶナナっちだが、アズールのシャツをつかんで泣き出せば、もう言葉にならない。
ナナっちにされるがままに身を寄り添わせ、優しく背中をさすってやるアズールも、泣きはしないもののつらそうな表情だ。
亜貴は神妙な様子で言う。
「そんなわけで、俺は考えたんだけどさ。
やっぱり、偉名の皇位継承権、撤回をやめたらいいのかもって。
そうして、偉名宮かその近くの拠点に引っ越して、調査と研究しながら生活する。
そうすりゃ実家との距離だってそこそこできるだろ?
こんな風に、始終ギクシャクしてないですむ。
そしてその間に、もっと認めてもらえるようになる。
もちろんいま偉名を建国したとしても、あそこには陸の国土がほとんどない。まともに国民を抱えることも、独力で経済を確立することも無理だから、それこそ『ミニ独立国』的な、ほぼカタチだけの国とはなると思う。
けど、調査はこれからも続く。得られた結果を、いまの世界で運用していくことも。
それに一番近くで貢献していけるのは、いいことだと思うんだ。
さいわい、梓にも奈々緒にも当時の記憶がある。城のテクノロジーがどういうものか、把握して利用できる。
どうかな、サキ。もちろん重大なことだし、すぐ決めろ、なんていえないけど……」
「んー、悪くないと俺も思う。
たださ、皇位継承権とかっていうと、それこそいろいろ疑われるかもしれない。
ナナっちもアズールも、過去があるだろ? それでいろいろ言われて、不愉快なことになるんじゃないかって、俺なんかは心配してるんだ。
俺もネットとかでいろいろ言われてるみたいだしさ。サクがちょーガードしてるから具体的なとこは知らないんだけど」
「………………。」
「ええっ?! 俺そんなひでーこと言われてんのっ?!」
すると亜貴とアズールは顔を見合わせ、ふかくふかーくうなずいた。
ナナっちすら泣き止んでしまってる。
あわてて問えば亜貴は、重々しく俺の肩に手を置き、微笑みかけてきた。
「サキ。発言って奴は、その人間の縮図だから。
クソみたいな変態発言をしてるのはクソみたいな変態野郎なんだ。そんなのの言葉をいちいち真に受ける必要はないんだからね。
そのうえで、そうしたものを笑い飛ばせて、陰口くらいは有名税とおもって叩かせてやれるようなでっかくて立派な男になれば、それでいいんだ。
へんな捏造スレッドとかは一部の愚民どもがガスとか抜くための卑俗なお遊びグッズと思ってそっとしとけばいい。サキはそんなもの、一生どころか百回転生しても見なくていいから。
いいね。わかった?」
「……あ、あー。
ハイ、ワカリマシタ……」
しかし亜貴の笑顔は一ミリも目が笑っていなかった。ひいい。
ぶっちゃけ超怖かったので、俺は素直に従っておくことにした。
「……悪いね、サキ。
俺たち全力でがんばるから。明日からそこんとこ……お願いするよ」
「もちろんさ。
お前たちは、俺の仲間だからな。俺も全力を尽くすよ!」
「ありがとう」
「ありがと、サクやん」
「……すまねえな、此花」
そうして、俺たちは解散。
三人は、ちょっと飲むからと唯聖殿へ。
俺は、さーそうと決まったら今夜はパーッと遊んでこいよ! と背中を押されて、七瀬屋敷へ。
ふとふりかえれば、大きな満月の下、寄り添うように歩いていく三つの背中。
見送って俺は、がんばろう、と気合を入れるのだった。
2019/05/05
この「部分」初出の要ルビ名(人名・地名など)にルビを追加いたしました。




