STEP9-1 嵐の訪れ~咲也の場合~
ナナっちからの報告に、俺は大いにおどろいた。
古代のカメオに封じられていた王女の残留思念が、エリカに宿ってクーデターをしようとしたとか……
それ以前に、ナナっちが偉名の皇位継承権者になってたとか、もはやすごすぎてどうしようの世界だ。
しかし、王女は『もう心残りはなくなった』と消えていったという。
ナナっちはというと、皇位継承権を放棄。城主の座は、ユーリさんに移譲。
四つの塔は対応するそれぞれの国の、偉名宮は五国すべての共有で管轄し、調査と研究を進めていこう、と、そんな取り決めとなった。
俺としても、このカタチがベストである、とは思っている。
でも、王さまというのはやはり、男のロマンでもある。
そして、ナナっちにはそれを、りっぱにこなせるポテンシャルがある。
ナナっち自身はほんとに、これでいいのか。そう聞くと、やつはさっぱりとした顔で言った。
『偉名国は、もうなくなったんだ。蘇らせようって人もいない。
それに俺は、やっぱり王様なんてガラじゃない。
それよりも今はユキマイで、お前やみんなを助けていきたいんだよ――奈々希だったころの判断ミスのせいで、これまで苦労させてきたぶんまで。
ユーリさんたちも、わかってくれた』
別名、海の七瀬ともいわれる、センティオの人たち。
その宗主というべきセヴァーン一族は、ユキマイにおける憂城とおなじく、城の眠る海を守ってきた、守護者の一族なのだという。
そのため、偉名宮の管理は、ユーリさんたちセンティオがメインとなる。
――そうである以上、俺たちはこれからもユーリさんたちとやり取りをしていくことになる。
それは、朱鳥やアユーラ、竜樹ともだ。
このことで俺たちは、みんなと友達になった。だからこのことは、個人的にもうれしいことである。
さらにうれしいことに、この調査が終わったらみんなは一度、ユキマイに遊びに来てくれるそうだ。
エリカによれば、
『七瀬との縁談なんて、もう決まったようなもんでしょ?
あたしたちみんなで、しあわせなサキを冷やかしにいってあげるわ!』
ということであった、はずだが――
「いや! いやいや!! みんななんでいま来てんの?!
いやそれはうれしいけどさっ!!」
調査終了翌日。みんなはやっほーとばかりユキマイにやってきたのだった!
ロク兄さんたち、ユキマイチームを出迎えに来たはずのユキマイ空港のロビーには、恥ずかしくも俺の声が響き渡ってしまった。
しかしエリカは今日もフリーダムだ。
前に見せたものとは違う、一点の曇りとてない笑顔でこう言われると、ついついいいや、と思ってしまう。
「せっかく近く通って帰るんだし、ついでよついで!
めでたい報告だってあるんだから! ね、マサトさん!」
「あ、はい、どうも……」
と、そこへやってきたのは、誠人さんだった。
各国代表勢ぞろいの構図にちょっぴり気おされぎみ、それでもやっぱり頬が緩んじゃう様子で、遥儚さんの隣に並ぶと!
「略式のご報告ですみません!
俺と遥儚さんは、この度、結婚することになりましたっ!」
みればちょっと離れたとこで、遥臣さんがグッ! とサムズアップしている。ええええ。
とつぜんのめでたい報告に、周囲は暖かな拍手に包まれ、俺は喜びつつもぶっとんだ。
「どっ、どどど、どういうことっ?!
た、たしか、なんかアズールといい感じだったとか聞いてたけど……」
「気のせーだろ。つか俺なーんも言ってないのにいきなりふられたわ……」
アズールはナナっちにぽんぽんと肩をたたかれつつ、遠い遠い目をしている。
これは……なんというか……ドンマイだ。
「そうなんですか、遥儚さん?」
「誠人さんたら、もう敬語はよしてくださいませ。
わたしはもう、主家筋の娘ではなく、あなたの妻となる女ですのよ?
もう、何度も申し上げているのに……。
咲也さん。わたし、このたびの調査で離れてみて、気付いたのですわ。
誠人さんこそが、わたしをいつも一番そばで、支えてくださっていた方だと。
そうして、ずっとずっと待っていてくださった。
それを知ったとき、わたしの王子様はこの方しかいない、と心の底から思いましたの」
「遥儚さん……」
「誠人さん……」
寄り添うお二人さんはひたすら幸せそうで、直視するのが恥ずかしいほどだ。
別にいちゃいちゃしてるとかそういうんじゃぜんぜんないのに、こう……微笑みあってるそれだけで、ラブラブオーラがはんぱないのだ。
もしかして俺たちもこうだったんだろうか。いや、ここまでじゃないと思った。
エリカはニヤニヤしながら、ぱたぱたと顔を手で仰ぐ。
「あーあ、あっついあっつい。
じゃ、あたしたちはテキトーに休んだら帰るから。またね!」
「ではラウンジでお茶をお入れしましょう、姫。
よい茶葉を手配してございますから」
「悪いわね、ユーユー。
あ、ミーナは残っていきなさい。
せっかくだし、“星の王子さま”とゆっくりデートしてくるといいわ!」
「ふえっ?!」
「やれやれ、エリカまで幸せのおすそ分けかい?
参ったね、姉につづいて君までとは」
「は? ……えっ?!
ちょ、な、なに言ってるのよハルキ!! あたしたちはそんな、別に……だ、だいたい、そうよ、ユーユーにだって選ぶ権利ってものが」
「おや姫。私はあなたを選びますよ?」
「ちょ――!!」
真っ赤になってじたばたするエリカを、ユーリさんがはいはいとなだめつつ連れ出していく。
もちろん、うしろにはユーさんとジゥさんがついてったけど。
ミーナはユーリさんと俺、そしてまわりにむけて必死に頭を下げている。
「はわわ……すみませんすみませんほんとに……」
「い、いや、気にすんなって。よくあることだし」
「よ……よくある……
ことなんですね、ええ……たしかに……」
ふいにはにかんで頬を染めたミーナ。
みればいつの間にか、俺の右にスノー、左にルナさんがくっついていた。
「あ、あああのいや! これは、これはそのっ!!」
「やれやれ。サクヤまでとは、この世に神はないのかね。
ようやく遥儚に群がるお邪魔虫どもを全っ部撃退してやれやれと思ったというのに、とんだごほうびだよ」
「いやおれはちがっ……」
ちらっとアズールに視線を飛ばし、どこかわざとらしく遠くを見てため息をつく遥希さん。
たまりかねた様子で抗議しかけるアズールだが、亜貴がニコニコと口をふさいでなにもいえない。
――うん、事情はわかってる。
アズールは遥希さんによって、虫除けとして利用されたのだ。
亜貴も含めてのいろいろな裏取引があってのことらしい。
うん、このへんはおとなの事情だ。きっと俺は何も言ってはいけないのだ。
だが、われらが幼女神さまはそんなんまるっとどーでもいいご様子でおっしゃった。
「なにいってんのよ、あんたたちこそ今一番いい時期じゃないのよ!
このメール全盛の時代に文通とか、どれだけあまずっぱい青春満喫すれば気が済むのって感じだわ!」
「へっ? 文通? 遥希さんとミーナで?」
すると、それまで照れていたミーナが目を輝かせ、遥希さんは明らかに目をそらし始める。
「はい! わたし、文通ってすっごくあこがれてたんです!
遥希さんとってもきれいな文章書かれるんですよ! 文字もすっごくきれいで!
だから一ヶ月に一回、手書きで物語とか近況とか、書いて交換しようって!」
「まあ、すてき! わたしたちもやってみようかしら?」
「あの、いやちょっと待ってルナさん! 俺たち別に遠距離でもないし、それに俺物語とかつくったことないし」
そのとばっちりはとんだところにやってきた。
なんとそれを聞いたルナさんが身を乗り出し、俺はおおいにあわてるハメに。
さらに悪いことに、遥希さんは俺をジト目で見て、とんでもないことをおっしゃった。
「君たちは交換日記にすればいいだろ?
そのうち見に来るからきれいな字で書いとくんだよ。
さ、いこうかミーナ。僕たちは便箋とペンでも買いに行こう」
「はいっ!」
「ちょー! 交換日記見に来るとかどんなオニだよー!! ちょっとまて、ちょおおおお!!
そ、そうだホークさん! ホークさんなんかいってやってくださいよおおお!!」
人の形をしたオニはそうして、ちゃっかりミーナの肩を抱いて去っていく。
俺は必死に辺りを見回し、頼りになりそうな唯一の人を見つけ出したが……
「ドンマイ。」
ホークさんは大きな手でぽんっと俺の肩をたたくとサムズアップ。
低くて深い、いいお声でそれだけ言った。
そして、これまたロビーを出て行った。
やがて、口を出す間もなかったサクがぼそっとつぶやいた。
「嵐のようだったな……」
「ほんとな……」
2019/05/05
この「部分」初出の要ルビ名(人名・地名など)にルビを追加いたしました。




