STEP9-0『アユーラのほし・エリカひめのおはなし』~8.旅のおわり、そしてエリーの独白~
2020.07.14
イメイとユイメイの誤表記などを修正しました(詳細はあとがきに)
エリカひめは長老たちに頭を下げ、お城につれていってもらいました。
そうしてまずは、長い旅のほこりを、もくよくでさっぱり清めました。
うつくしいドレスをまとい、かみをととのえて花をかざり、顔にはおけしょうをしました。
するとエリカひめは、すっかりときれいなお姫さまになりました。
けれど、エリカひめのかおには表情がなく、口をきくこともほとんどありません。
出された食事にも、手をつけぬままでした。
みんながエリカひめのことをしんぱいしました。
しかし、まずはとにかく、王子さまとの対面をすませてしまうことになりました。
じじょたちに連れられて、王子さまのへやの前にきたエリカひめ。
その目のまえで、静かに、ドアが開かれます。
つつましくヴェールをかぶったエリカひめは、うつむいたまま一礼しました。
王子さまはエリカひめにかけよります。
そして、そのかたをやさしくささえて、言うのです。
ああ、やっとお会いできました、わたしの愛しいお方。
どうぞ、お顔を上げて、楽になさってください。
その声にエリカひめは、はっと顔を上げました。
深くやさしい、はれやかなお声は、幼いころにきいたもの。
はたして目の前にいた方は……
ああ、見間違いようもありません。
銀色のかんむりをひたいにつけ、りっぱな服をきて、うつくしいお顔をしたそのお方。
そう、それは、ほかでもない――
さばき手として、西ノ島のために力を尽くしてくれた、だいすきなハルードさまでした!
エリカひめの目から、ぽろりとなみだがこぼれます。
さばくの王子との結婚をことわり、西ノ島をでたその日から、いちども泣いたことがなかったエリカひめ。
かのじょはいまや、あたたかな胸にだかれてなみだを流す、ただのひとりの女の子でした。
何年ものあいだ、自分だけを待ちつづけてくれていた、愛しい人のうでのなか、エリカひめはひたすらに、しあわせをかみしめるのでした。
ふたりの『二度めの』結婚式は、盛大ではなやかなものでした。
みんな、みんながかけつけて、おいわいしてくれました。
島の人たちはもちろん、さばくの国や、東の島のひとたちもみんなです。
残念なことに、奈々希さまたちは、お祝いにはこられませんでした。
偉名地方は、あれからすぐに海に沈んでしまったため、新しく住む場所をさがして、いそがしくしていたのです。
でも、その何年かあと、奈々希さまからもお手紙がとどきました。
『しあわせな結婚おめでとう、エリカひめ。
これまでたくさん苦労したぶん、どうか、しあわせになってください。
そしていつの日か、私たちの国にも、遊びにいらしてくださいね。
それまで、西ノ島にまけないくらいの、しあわせな国にしておきますから。
どうか、おげんきで。ハルードさまにも、よろしくお伝えください』
そのころには、西ノ島に住む人たちはみんな、かつての争いを水に流して、なかよく暮らすようになっていました。
エリカひめとハルードさまが、なかよくしていたおかげです。
西ノ島はやがて、東の島のひとたちともいっしょになって、アユーラ連邦共和国という、大きく自由な国をつくるのです。
けれどそれはまた、べつのおはなし。
ながいながい、苦難のたびをのりこえて、西ノ島のひとたちをひとつにした『アユーラのほし』エリカひめのおはなしは、これでおしまいです。
* * * * *
――このときにはあたし、“由羅の戦姫エリカ”は、カメオの中に封じられていた。
だから、この結末を、あたしは“知”らない。
そう、あたしは知らない。知るもんか。
あの女によって目覚めさせられたとき、あたしの知る景色はどこにもなかった。
数千年のときが経ち、そこはもう、あたしの知る西ノ島ではなかったのだ。
当時の係累はもちろん死に絶えている。もちろん、ハルードさまだって。
由羅の民たちは、すっかり社会に溶け込んだようだが、その社会もすっかりと複雑になっていて、もはや、あたしにできることはなにもない、そう感じられた。
いったい、どういうつもりなのだ。
こんな知らない時代に一人、目覚めさせられたところで、一体あたしにどうしろというのだ。
そういうと、あの女――わたしは言った。
大丈夫。わたしたちの子孫である女の子が、あなたに協力してくれるわ。
知識と身体を、共有させてくれる。
彼女の騎士たちも、協力を約束してくれた。
だから、挑戦してごらんなさい。
もういちど、偉名の土地で見た夢に。
それと、あの子も転生してきているの。
七瀬奈々希。
あなたを愛したあの子なら、きっと力になってくれるはずよ。
偉名宮を管理する夜族らに愛されていたあの子は、『真の皇帝』として管理システムに登録されていたらしい。
もっとも当の本人は、それを知らぬまま死んだようだけれど。
アズールが死んで唯名帝国は崩壊、領土までも海没し、国民の多くが難民となった。
奈々希はかれらのためにと王となり、新たな国を作ったはいいが、国情が落ち着いたらすぐに退位。民主議会に後を任せた。
――いや、それだけならばまだいい。
こともあろうに『あとは一市民として国を支えたい』などとのたまい、七瀬総員で下野したのだ。
貴族位すら手放し、ただの騎士家として。
帝国時代にあれだけ、欲得ずくの貴族らから迫害されてきたというのに。
ほんとうに、学習能力がないとしか思えない。
貴族ですらないくせに、圧倒的な人気を集める七瀬家は、案の定ときの政権に邪魔者扱いされた。
国内ナンバーツーだった瑠名家により、圧迫され、追いやられ、奈々希は苦労のうちに人生を閉じたという。
奈々希の退位時のことばを逆手に取られ、政界進出の道を閉ざされた七瀬は、アウトローの道へと追いこまれていった。
そして数千年後。七瀬家の嫡子として転生してきたあの子は、そんな状況を救うでもなく、ただ自分たちの運命を嘆き、サクレア王の転生に保護され、甘えていたという。
ほんとうに、どうしようもない子だ。
愚かで、弱くて、あまったれ。
そのくせいじっぱりで、どうしようもなく、いらいらさせられる。
あたしよりほんとはずっとずっと強いのに、あの子は、積極的に剣をとろうとしなかった。
あたしとともに敵を倒してくれていれば、あたしたちはもっと早く、もっとしあわせになれたはずではないか。そんな気持ちもあった。
だからあたしがそのぶん戦ったのに、あの子はそれを止めようとした。
そしてあの子だけが、皇位継承者として登録された。
あの子の制止を振り切って征西軍に入り、唯名を出たのはあたしだし、あの子だけを登録したのはあの子じゃない。
わかっているけど、不公平じゃないか。そんな気持ちは止め切れなかった。
――そして、それでも、あの子の優しさは愛おしかった。
どうしても、心底からは憎みきれなかった。
だから、あたしは決意したのだった。
優しい、優しすぎる幼馴染に押し付けられた、苦闘の御座の簒奪を。
2019/05/05
この「部分」初出の要ルビ名(人名・地名など)にルビを追加いたしました。
2019/07/17
名前間違っておりました……orz
偉名帝国→唯名帝国
(2020.07.14にも二か所直しました。ごめんなさい。)
※ 偉名王、偉名宮、偉名地方はそのままで正しいですm(__)m
2020.07.14
偉名の人の多くと奈々希さまは、→奈々希さまたちは、
ここは正確には『もと唯名帝国のほとんどのひとたち(イメイ地方に住んでたひとたち)と奈々希さま』なのですが、偉名だと誤表記っぽいかんじだし、かといってこう書くとくどいので、すこしぼやかしました。




