STEP8-4 そして、逆転の
『それは挑戦とみなしていいんだね?
わかった、じゃあお言葉に甘えるよ。
――クシナ。緊急提議。
さきの提議、『七瀬奈々緒の全権限の停止』について再投票を。
提唱者、瑠名遥希。
理由を申し述べます。先になされた『七瀬公子・奈々緒の全権限の停止』は、正当な理由に基づかぬ不当な決定であると考えられるためです。
なぜならさきの投票において投票者は、一文字の理由も挙げてはおらず、すなわち提示より決定に至るまでにいかなる論拠も示されてはいないためです。
いやしくも御四家の公子、かつ皇位継承権を有する男子を排するに当たり、これは不足に過ぎるものであるといわざるを得ません。
もし権限停止に賛成するのであれば、さきの投票者には、その投票を内容のある論述を添えて願いたい』
「ふざけないで! いま塔にいるのはあんたをのぞけば式神だけよ。
あれに自律的な論述するスペックなんかもたせてるはずないでしょっ!」
なされた提議に、またしても爆発するエリー。
対して遥希さんの声音は、静かに氷点下をマークした。
『あるじの言葉を吹きこまれねば、論述すらできない者ばかりによる投票だったというわけかい?
もっと言うなら、ひとりの主の命を受けた人形の腕がただいっせいにボタンを押す、そうした仕組みでなされた決定だと。
生きた人間一人の命運をきめる議論の行方を、そんなもので左右した。
最初からそんな汚点を負って、君は一体どんな王になるつもりだったんだい? 人形の国のお姫様か?
違うというなら、やり直して見せるがいい。
四つの塔に、いや、君の目の前に四家からの、生きた人間を招いて。
目と目を見合って、その声を直接耳で聞いて、その上で自分を王にと訴えてみるといい。
その結果ならば、僕も君を認めるよ。
けれどそうでないなら僕は絶対に認めない。
僕の天使に手をかけたものたちを、地の果てまでも追い詰める。
……本気だよ、エリカ。そして、ィユハン』
遥希さんの表情は厳しかった。けれど、荒ぶることは一度もなかった。
けれどそれこそが、内に秘めたものをうかがわせた。
エリーはがくり、とコンソールにひじをついた。
けれどそれは、ユーさんの中の何かをかきたてたようだった。
いっそ獰猛なほどに目を輝かせ、つづけざまに問いを投げかけはじめる。
「では伺いますが、北の塔。
貴君はその投票のさい、賛成を投じておりました。
その理由を、どうかお聞かせ願いたい」
「おかしいですね、東の方。
その投票は貴君の指示により、式神『カグヤ』がなしたもののはずですが。
ですが、そうだとしてもそれは北の塔からの投票。僕の意見と取られることに異論は唱えません。その上で、反対票を投じなかったことは、僕の怠慢といわざるを得ないことを陳謝し、賛成票を撤回いたします」
「なにゆえに、怠慢といえる状況に陥ったのです? 恣意的なものではないのですか?」
「ご存知の通り、情けないことに、体調を崩しておりました。
ですが、それが僕の意としてとらえられることに、一参加者として異議を唱えられぬことはよく、承知しております。
――ところで、東西の塔からの反応がありませんね。
体調を崩されたのでしょうか? それとも恣意的なものでしょうか?」
「……」
ユーさんがふっと微笑み、口をつぐんだ。
すると、東西の式神たちがオートで応答した結果であろう、システムメッセージが響いた。
『西塔、反対です』
『東塔、反対です』
『――北塔、反対です』
それを受けて、クシナがメッセージを発する。
『再投票の結果、反対三票につき、『七瀬公子・奈々緒の全権限の停止』は棄却となりました。
これにともない、停止されていた七瀬奈々緒の公子権限を復活します』
俺は、いつの間にか詰めていた息を、どっ、と吐き出していたのだった。
こうして、ようやく発言権をとりもどした俺に、遥希さんがおめでとうを言ってくれた。
『おめでとう、奈々緒。これで君の人権はもどったよ。
さ、君のやるべきことを』
まさか全権限停止って、人権も停止されていたのだろうか。いや、そんなはずないよな?
遥希さんの冗談か本気かわからない言葉にぞっとするものを感じつつも、俺はなんとか立ち上がった。
そして促されるまま、大きく息を吸い込み、言った。
「クシナ。提議します。
――エリカ・エトワールを新たな王に」
* * * * *
画面の向こうで遥希さんが口角を上げた。
エリカが振り返った。
壁際でミーナが、こぼれんばかりにその目を開いて俺を見つめている。
「ぶっは! やっと取れたぜこのさるぐつわめ!!
おいナナ、そいつは一体どういうことだ?
まさか俺サマともどもそこにいるツインテ・パツキン・ツンデレと三拍子そろったワガママ美少女ちゃんのぜーたくハーレムにインするつもりでいるのかよ、ええ?」
俺のすぐ側でアズが、ごろごろ転げながら声をあげる。
答えたのはユーさんだ。ミーナの手首の紐をやさしく解き、俺の両手を解放した彼は、いい笑顔でぐっさりばっさりと切り捨てる。
「ああ、それはありえませんね。
君はぜんぜん、まったく、これっぽっちもタイプじゃないそうですし。」
「その情報必要っ?!」
「黙ってあんたたち。
どういうつもりなのナナキ。気でも違ったわけ? それともケンカを売ってるの?」
『僕もそれは聞きたいね。
きみはそういう意趣返しをするような子じゃないと、僕は思っているんだけれど』
なぜか突然コメディチックになった空気に、エリーの声が突き刺さる。
つづいて遥希さんも問いかけてきたが、そちらの表情は柔らかい。
俺はふたりを、そして皆を見渡し、答えを返した。
「もちろん、そういうのじゃない。
真面目な話。本気のことだ。
俺は――奈々希であったころ、朱鳥って国を作ったことがある。
だから、わかるんだ。
国を成すってことがどれほど大変なことか。
長として、人の集団を率いる大変さは、エリーだってわかってるはずだ。
エリーも由羅のリーダーとしてみんなを護った、りっぱな女王様だからね。
そのうえで、その苦労をわかった上で、偉名の復興を目指すというなら、俺は、託していいと思うんだ。
エリーは偉名を愛してくれていた。
きっと、いい国にしてくれると俺には信じられるんだ。
気持ちばかりで、ドジで間抜けな俺なんかより、ユーさんやジゥさんもまきこんで、ここまでやることのできたエリーのほうが、王さまにはずっと、ふさわしいと思うから。
だから、俺は自分の皇位継承権を返上する。
そして、エリーが俺のせいで捨てた夢、この地で見たかった夢を、今度こそかなえさせてやりたいんだ。
だから、どうか皆さん。
俺の大事な友達のため、賛成をお願いします!」
下げた頭の上から、次々に声が降ってきた。
『……まったく、君って奴は。
ま、君がそういうなら、支持するよ』
『北塔、賛成です』
「私も。
ここまできて、反対する意味もありませんからね。
クシナ。東塔の代表として、風の公子たるこの私が投票します。
――賛成と。」
『権限OK。受理します。
東塔、賛成とします。
南塔、投票権なしにつき、賛成とみなします』
俺が頭を上げれば、エリーが大きく息を吐いていた。
そして、彼女は言った。
「西塔代表エリカ・エトワール――反対」
『権限OK。受理します。
西塔、反対とします。
賛成三票、反対一票につき、由羅公子エリカ・エトワールの偉名王推挙は棄却されました』
2019/05/05
この「部分」初出の要ルビ名(人名・地名など)にルビを追加いたしました。




