STEP1-3 ~イヌと小悪魔と宿題と~
「……えっ?」
「お前たち気付かないのか?
ユーリディス女史とホーク氏を除いた全員の専攻が専門外だ。
そして全員が当主家もしくはそれに近しい若き子女ばかり。
つまり、どうみたって遺跡探査にかこつけた見合いパーティーだろうがこれは! ダメだ、そんなところにルナは行かせられんっ!
まったく、危ないところだった。
陸星には誰か、べつの助手を……」
「あの、それじゃあ俺が行ってもいいですか?」
そのとき手を挙げたのはナナっちだ。
「俺は確かに海洋物理学も遺跡探索も専門外だけど、この力がある。
あのあたりはもともと七瀬の領地だった。奈々希だった俺なら、きっと役に立てるよ」
「……それは否定しない、が……」
サクが見やるのは、ナナっちの後ろに控える黒ずくめだ。
一言で言えば、元・世界的パンクロッカーが、なれないスーツを着てる感じ。
固めの黒髪は整髪料で撫で付け、濃い黒のサングラスで目もとを隠し、首には黒の制御環を巻かれた自称『イヌ』。
そう、サクや多くの人たちにとって、この男はまだ『信用しきれぬ生体兵器』。
だからやつの親友ナナっち、保護者の亜貴に、その『帯同制御』が任されているのだが……
「そいつをきちんと制御しきれるのか?
下手をすればそれこそ、国際問題も発生しかねん」
「だ、大丈夫です、アズールは……」
「にゃ。るーちゃんはちゃんっと、いい子にしますにゃー?」
ナナっちが目をむいてアズールを振り返る。
「アズっ?! どうしたの、熱でもあるのっ?」
「あー。
ナナっち、これ留学生時代のアズールだよ。
ユキマイに留学してるときはずっとこんな感じだったんだ。
あははそっかそっかー、ナナっちの前では違ったんだー。やっぱりねー」
シャサさんがあっけらかんと笑いながら解説してくれる。
そう、留学生としてのこいつの第一声はこうだった――
『はじめましてみなさん、僕はアズールといいます。
ナナちゃんのおうちに拾ってもらって、おべんきょうにきました。
こっちの言葉はまだへただから、いろいろ教えてくださいにゃ。
あと、アズールってあんまりかわいくないから『るーちゃん』ってよんでください!』
そうしてやつは『にぱーっ』と笑った。
かすかにあどけなさを残しながらも、キリッと整った顔を意識している様子すらなく、もっというなら臆面もなく、だ。
それに、みんながだまされた。
俺なんか馬鹿なことにすっかり餌付けされて『るーちゃん、るーちゃん』となついてた。
ナナっちは信じられないといった顔で俺たちを見渡す。
「ええっ……まじに……?」
「マジ。」
「うんマジ。」
「そのとおりですわ」
「……。」
サクは不機嫌マックスでアズールを睨む。つまりイエスだ。
「あらあら、それでなのね~。
施設にいた頃はほとんど口もきかない子だったのに、ここでさっくんといちゃいちゃしているときはこうだったから、どうしてなのかと思っていたのよ☆」
ゆきさんがころころと笑って暴露した――とたん、サクの不機嫌は殺意の一歩手前に変わった。
「あ、あのっ……すみません……」
ナナっちは申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや。お前は悪くない。
わが主が、国のしもべとして生かすと慈悲をかけたのだ。
それに見合う働きをさせてくれるなら、王の騎士としてはなんの異存もない。
われらは皆、これに騙された。ならば、あちらでもこれで大丈夫だろう。
いいな、サキ」
「うん、頼むな二人とも」
「は……はい! がんばりますっ!
がんばろう、アズ」
「おう」
「あの、それじゃ俺たちは、準備に入りますね……
何か決まりましたら、連絡くださいっ!」
ナナっちは何度も頭を下げつつ、アズールをうながして、会議室を出て行った。
ふと気付けば、サクはまたしても、やつの視線から俺を隠すような位置に移動していた。
* * * * *
その後、ティーラウンジにて。
俺はナナっちとふたり、作戦会議をかねたミニお茶会を開いた。
アズールの『帯同制御』はいまは亜貴に頼んである。
というのも、俺はサクに『アズールに近づくな。やむをえない場合を除いて接触は厳禁、視界に入るのも極力避けろ』と言われているからだ。
俺としては、やつとも改めてサシで話したいのだが――
ナナっちや亜貴、それにやつ本人も『いまはそのとおりにしたほうがいい』と言っている。
ここで無理をすれば、ただでさえ大変な思いをしているサクに、さらに負担を強いることになってしまう。
だがだからこそ、早めに信頼関係を築き、心理的な負担を減らしてやりたい。そう思うのも、友としてまた偽らざるところだ。
だからそのための、道筋をまずは策定しておきたい。
この会合の目的の、ひとつはそれだ。
「アズは自分が睨まれるのは仕方ない、自分がしたことの結果だからって言ってるけど、しんどくないわけはないと思うんだ。
だって、前世のことは、『梓』がしたことじゃない。
そもそもあいつは、そんなやつじゃなかったはずなんだ。
そのこと、わかってもらいたいけど……
やっぱり、今度のこと。がんばって結果を出す。それしかない、かな」
いちばんわかってほしいことを、言うにいえない現状。ナナっちはため息をつく。
そう、このことはそうそう他の人に言えないのだ――友の欲目としかとらえられず、むしろ事態が悪化することにもなりかねない。
でも、俺にはわかってる。
だから、ナナっちをそっと励ました。
「俺もまずはそれだと思う。
……大丈夫だよ、ナナっち。
俺とスノーと唯は、お前の記憶を見てわかってる。ゆきさんたちも昔のあいつのことを知ってるし、そのうちきっと、他のみんなにもわかってもらえるさ。
そうだ。サクに機会見て言っとくよ。俺もちゃんとアズールと話したいし、信じて機会を作らせてくれって。
スノーに同席してもらうなら、あいつもいいって言ってくれるさ」
すると、ナナっちはほっとしたような笑顔になってくれた。
「ありがと、サクやん!
……俺、ほんっとサクやんにお世話になりっぱなしだよね。
ほんとに、どうお礼したらいいんだろう」
「なに言ってんだよ。
このことは俺の問題でもあるんだぜ?
将来は、お前の大事な妹様の婿にしてくれるんだろ。それで充分すぎだって」
「……ありがとう。
お前たちみたいなサイコーの弟と妹ができて、俺、世界一の幸せ者だよ!
がんばってくるからな。期待して待っててくれよ!」
「ああ、もちろん!」
俺たちは前途を祝してお茶で乾杯した。
そして、しばらくの間、気楽にたわいもない会話をした。
そう、この会合のもうひとつの目的は、こんな会話はしばらくできなくなるだろう親友と、ただただ楽しくおしゃべりをする。それが目的だった。
「あらあら、お熱くってうらやましいわね☆」
ふいにそんな声がかけられて、振り返ればゆきさんがニコニコ笑っていた。
「お、あつっ?!」
「そ、そんなじゃないですよ! サクやんとは未来の兄弟なんですしっ!
そういうゆきさんはどうなんですか、その……」
「陸星さんと? うふふ、聞きたい?」
「……………………やっぱいいです」
ゆきさんの小悪魔セクシースマイルに、あえなく俺たちはノックアウト。
ティーテーブルの天板に、そろってぱたりとダウンしたのであった。
「あら、そう?
それじゃ、ひとつだけ教えてあげる。
梓クンとの接触禁止ってあれ、社長が言い出したことじゃないのよ」
「えっ?」
「どういうことですか?」
「それは、ふたりへの宿題にしとくわ。
それじゃあね、可愛い未来の弟君たち☆」
ゆきさんは最後に、純真な若者たちには目の毒なほどのウインクで追い討ちをくださった。
「ちょ……眠れなくなっちゃうよゆきさーん……」
「ほんとな……」