STEP8-2.5 『わたしとにんぎょひめ』 ミネット・エウレカ
それは、はじめてのおふねのりょこうのときでした。
マリン=ジュエルごうのふなべりからわたしは、ぼうっとそのこをみてました。
きらきらしたきんぱつを、ブルーのなみにあそばせて、そのこはすいすい、うみをおよいでました。
あかいリボンも、しろいみずぎもかわいくてきれいで、わたしはただただ、みとれていました。
「ねえねえ、すごいねあのこ。まるで、にんぎょひめみたいだ!」
そのとき、そんなこえをかけられて、びっくりしてふりむきました。
するとそこには、くろかみのきれいなおんなのこがふたり、わらってたっていました。
「ええっ、と……」
わたしはくちごもってしまいました。
わたしは、ひととおはなしするのが、にがてなんです。
それも、うまれてはじめてみる、しんぴてきなとうようのこたち。
どうしたらいいかわからなくって、なみだがぽろっとでそうになった、そのとき。
うみのほうから、おこったこえがきこえてきました。
「こらー! なにやってんのあんたたちー!
まったく、おとこふたりでおんなのこをなかすなんて!
このあゆーら・えりか・えとわーるさまが、このこにかわっておしおきよ!」
みると、『にんぎょひめ』ちゃんがふなべりのしたで、かおをあかくして、さけんでます。
でも、わたしはかのじょのことばにぽかんとしてしまいました。
「えっ? おとこ?
このこたち、おとこのこなの……?」
「えっ」
わたしいがいのさんにんが、いっせいにえっ、ていいました。
よくみると、くろかみのふたりはズボンをはいてます。
わあああ! なんてはずかしい!
わたしはあわてて、おもいっきりあやまりました。
ふたりがあんまりきれいだったから、ごめんなさい、とあやまったら、ふたりともわらってゆるしてくれました。
それがわたしと、わたしのだいじなおともだちとのであいでした。
りょこうからかえってすぐにわたしは、センティオからアユーラにおひっこししました。
そこでもういちど、エリカちゃんとあったわたしは、すぐにだいしんゆうになりました。
うれしいことに、あのくろかみのおとこのこたちとも、すぐまたあえました。
ふたりは『りゅうじゅこく』のこうしさまのユーさんと、そのぼでぃーがーどのじうさんです。
アユーラにあそびにきてくれたふたりは、エリカちゃんのことを『にんぎょひめちゃん』といってからかいました。
エリカちゃんははずかしそうにおこったけど、さいごはみんなで、あははってわらって、なかなおりしました。
いまもユーさんたちはあそびにくると、エリカちゃんのことを『にんぎょひめちゃん』っていいます。
さいしょはおこってたエリカちゃんですが、だんだんおこるのをあきらめてきてます。
でも、わたしはそれでいいんじゃないかとおもってます。
だってエリカちゃんは、ほんとにおよぎがじょうずで、つよくってやさしくって、それにとってもとってもかわいくて、まるで、あしのはえたにんぎょひめみたいだからです。
* * * * *
そう、エリカはわたしたちの、愛すべき人魚姫。
でもそのエリカは、このところおかしかった。
ときどき、怖い目つきで遠くを見ている。
近寄りがたい雰囲気で。
思い切って声をかけたら彼女は言った。
――なに、ミネット、と。
そんな呼び方をされたことなんか、これまでなかった。
でも、すぐにごめん、ぼーっとしてたのと謝られて、そのときはそれで納得した。
でも、そんなじゃなかった。
エリカは、まえのようには笑わなくなった。
ほんとの笑顔を、なくしてしまった。
エリカ。
あなたはいったい、何を追いかけてるの?
どんな夢とひきかえに、笑顔を捧げてしまったの?
エリカ。
あなたはまるで、人魚姫。
お願いだから、消えないで。
もしもその夢が破れても、海の泡なんかにならないで――
そう祈り続けた日々のすえ、わたしは気がついた。
ユーさんが、ジゥさんが、今年はエリカを『人魚姫』と呼ばないことに。
そんなときだった。遥希さんの声が、わたしのイヤホンに届いたのは。
『ねえミーナ。その子は本当にきみのエリカなの?
きみたちの大好きな人魚姫、アユーラ・エリカ・エトワールなの?
彼女は、そんな子だった?
大事な親友の君のことを、他人行儀に呼びつけて、友達に拳を向けさせる、エリカはそんな子だったかい?』
そのとき、わたしの戦意は、潰え去った。




