STEP8-2 裏切りの黒(上)
「そんな! どうして……
まさか、カグヤも?
そんなはずない、だってさっきは沈黙してたのにっ!」
ありえないはずのことが起きた。俺は思わず叫び声をあげていた。
そう、南の七瀬の塔の権限を停止するとき、北塔からの反応はなかった。
ハッキングされているのは南の塔つきの式神だけで、北の式神は無事のはずなのだ。
ただ、カグヤを動かせる者がいないから、沈黙しているのであって……
しかし、ユーさんが優しく告げる答えが、俺を打ちのめした。
「ああ、カンタンなことです。
あえて『カグヤ』は黙らせていたのですよ。
『北塔からの賛成票が来るわけない』と君が推測して、黙ったままでいてくれるようにね。
いや、うまくいきました。
あの時点で君がとっさに動議を出し、皇位継承権者としての本登録を要求していたなら、こうはなりませんでしたからね?」
愕然とした。そう。
俺のミスだ。どれもこれも。
まずは最初に、イヤホンセットのすり替えに気付けなかったこと。
つぎにあのとき。ユーさんがあんなになっていたのに、ほかのみんながほぼ無事だということに、不審を抱けなかったこと。
そして今。カグヤがひそかにハッキングされている可能性を考慮せず、むざむざとエリカの提議を放置して、みずからの全権を停止されるままにしてしまったこと。
ほんとうに、馬鹿だ、俺は。
エリーが愛想を尽かすのも、無理はない。
外から助けは呼べない。
この室内に、助けてくれる人もいない。
俺自身も、呪いの紐で異能ごと拘束されて、いま言葉のチカラすら手放してしまった。
もう、何もできない。もう、どうにもならない。
うつむいてしまった俺を、ユーさんがそっと抱き寄せる。
耳元で流れるのは、静かで優しいささやき声。
「だいじょうぶ。あなたは私の友。命をとりはしません。
いいえ、脅したり、痛めつけたり、そんなこともいっさいしません。
ただ、許してあげてほしいのです。あの、かわいそうな少女を。
私のいとしい人魚姫が、本当の笑顔をとりもどせるように」
「にん、ぎょ、ひめ……」
そのとき、ミーナの声が聞こえた。
そちらに目をやれば、ミーナもこちらを見ていた。
ユーさんがもう一度ぎゅっと俺を抱きしめて、立ち上がる。
コンソールにむけ、その前で待つエリーにむけ、歩いていく。
――そして、運命のときは訪れた。
「お待たせしました、姫。
心の準備は、よろしいですか」
「はやくして、ィユハン」
ユーさんが慇懃に一礼すれば、エリーは震える声で促す。
わずかに見える横顔、ルビーのような瞳は、壊れてしまいそうなほど硬い。
対してユーさんは、まるでいつもと変わらぬように、もう一度一礼した。
そしてすいと背中を伸ばし、両腕を広げた。
「かしこまりました。
……では、クシナ殿。
我が風の公子の権限を持ちて、いまここに、大いなる議題を提起いたします。
お聞き下さい皆々様。
これなるは由羅が一の公子たる乙女、その名もエリカ・エトワール。
我はここに、このものを王として推挙する。
いざ、提起を。
『由羅の公子エリカ・エトワールを、新たな偉名の皇に』!
力失いし七瀬の公子・奈々緒にかわり、誉れの玉座を継がせるべしと!
さあさあどうか皆々様。嵐のごときご賛同を、伏してお願い致します!!」
ろうろうと謡うようにはじまり、なめらかに流れ。
最後はファンファーレのようにはれやかに。
これが舞台ならば、間違いなく拍手が起きていただろう。
かわりに響くのは、賛成を告げるシステムボイス。
『西塔、賛成です』
『東塔、賛成です』
『南塔、投票権なしにつき賛成とみなします』
『北塔、反対です』
「……え?」
中央制御室に満ちた静けさ。
その中にひとつ、少女の声が、落ちた。




