STEP7-4 裏切りの赤(上)
「さ、ナナオ」
「うん!
クシナ、七瀬館への命令権を俺に。
精霊兵。ユーさん、ユーリさん、ミーナとは戦わないで。
遥儚さんと未来さん、ジゥさん、ほかにも怪我人とかがいたら保護して。丁重にね」
『カシコマリマシタ、ナナオサマ』
エリカとバトンタッチした俺は、最優先の指示をまず出した。
つづいて七瀬館管理システム『スクナ』に意識接続を行い、状況を把握する。
七瀬館内外の様子が、瞬時に脳内に投影される。
すると、すぐに見つかった。
七瀬館の入り口付近で、青色をした『おもちゃの兵隊』――七瀬館の警備をつとめる人工精霊だ――に保護され、ぐったりとしてている遥儚さんと未来さん、ユーリさんが。
すぐそばで立っているのはユーさんとミーナ、ジゥさん。
幸いというべきか、館内外に怪しい者がいる様子はない。
ユーさんが天井のカメラに向け、呼びかける声が流れてきた。
『おーい! 姫、奈々緒くん! グッジョブだったよ!
これからそっちに戻るよ。精霊兵くんたちにお三方の搬送を頼んでくれないかい?
頭を打ったりとかそういうことはなかったみたいだから』
目の前のモニターの光学映像が切り替わり、ユーさんたちを正面から写すカメラからのものになった。
ユーさんは特に怪我が増えた様子もなく、元気な様子で手を振っていた。
他の人たちも、ぱっと見た感じ、とくに怪我をしている様子もない。
遥儚さんの胸元にゆれる、式神制御用の宝玉も無事。
とりあえずは、大事なさそうなかんじである。
「わかりました。精霊兵、保護されてる三人を搬送してきて。
ユーさんたちはお怪我はないですか?」
『大丈夫だよ。
ああ、犯人は『いなかった』。
ここに乗り込むことなく、純粋にハッキングだけで仕掛けてきたようだ。
ひとまずはこれで安全だろう。
すでに七瀬の塔に技師を向かわせてある。すぐに、ロロの機能を停止してもらえる。
そうしたら、塔の権限を戻しても大丈夫になるからね』
「はい!」
俺はとりあえず、『スクナ』に後を頼んで意識接続を解除した。
それからすぐに、精霊兵たちに守られたみんなが中央制御室まえの廊下に姿を現した。
直接見ても、見た感じ、ユーさん以外にはとくに怪我もなさそうだ。
「さ、今日のところは戻ろう。リーダーも意識がないし。
お疲れ様、奈々緒君。見事だったよ、あの指示っぷり」
「ありがとうございます!」
ユーさんの優しい微笑みにほっとした俺は、招かれるままに歩み寄っていた。
が、ぐいっと後ろに引っ張られた。アズだった。
「え、どうしたのアズ?」
「下がれナナ。
おいオリエンタルイケメン野郎。
このほんわか坊主は騙せても俺の目はごまかせねえぞ。
十体の精霊兵に襲われたっていってたな?
だっつーにどーして、てめえ以外はほとんど無傷でやがる?
てめえらをかばって激しく抵抗しただろうジゥ、ちったぁバトったであろうユーリねーさん。
不自然なんだよ。かーいぃみーにゃんが無傷なのが百歩譲っていいとしてもなァ!」
俺はあっと声をあげてしまった……そういわれてみればそうだ!
するとユーさんはふふっと笑ってなぞのポーズを取った。
「おやおや、それはとんだ言いがかりですよ。
精霊兵たちはよってたかって私を脱がそうとしてきましてねぇ。いやはやモテる男はツラいってものです」
「かんっぜんに不自然さしかなくなったぞオイ。」
「どういうつもり、ですか……?」
ユーさんの軽い調子とは裏腹に、俺の中には不安がこみ上げる。
おもわず、アズがかばってくれるのにあわせ、後退していた。
「単刀直入に言おうか。
我らの軍門に下ってください、奈々緒君。
そうすれば、痛いことや怖いことはそんなにしません」
「するんかいっ!!」
アズが突っ込むと、ユーさんはニコニコ笑った。
「それは冗談として、私はあなたというひとを買っているんです。
あなたならばきっと、我らの未来を明るくしてくれる。
いえ、我らならあなたたちの未来も明るくできます。
――我々のもとでしたら、梓どのもそんな制御環を付けずにすみます。
機械仕掛けの仔犬のように、首輪を架され、連れ回されずともすむようになるんですよ。
なぜなら、我々にはあなたとの確執がない。疑いの目を向けねばならない理由はひとつもないのです。
あなたがたが功を上げて、我らの列に加わってくださればね」
「……!」
しかしとうのアズは、ちょっとのためらいもなく鼻で笑う。
「ケッ。首輪をつける代わりに、エサをばら撒いた迷宮に放り込んでくれるんだろうが。かつて偉名国がそうしてくださったようによ!
残念だが俺はこの生活にひとっつも不自由を感じてねェ。
ちっとひとのハナシきかねぇが俺を溺愛してくれるおにぃちゃんや、だれより可愛いナナといっつも一緒にいられる生活のどっこに不満が持てるってんだよ!」
「おやおや。兄上と奈々緒君のプライベートはどうなってしまうんです? あなたに不自由がなくとも、お二人は相当不自由しているでしょうに……」
挑発するような調子。考える間もなく、俺は叫んでいた。
「不自由なんかしてないです!!
アズは俺の大事な相棒だから!! ずっといっしょで俺はかまわないっ!!
どうしてこんなことするんですか。騙したり、脅したり。
したいことがあるなら、話して下さい。俺たちは……」
「君は仲間と思っていても、姫には違う思いがあるようなのです。
そうですよね、“姫”」
いつの間にか、中央制御室の扉は閉ざされていた。
意識のない遥儚さんとユーリさんは、扉の外に締め出され姿が見えない。
ほんのりと笑みを浮かべるユーさんと、無表情のジゥさん。
ドアの前でうつむいたミーナ、コンソール前で背を向けたままのエリカ。
そして、壁を背に追い詰められた俺たちだけが、制御室内にとり残されていた。
やがて、彼女が振り返る。
金色のツインテールを、きらきらと揺らして。
「久し振りね、奈々希。
まさか、会えるなんて思ってなかったわ。
――まさか、私の無念をこうして晴らすことができるなんてね」
こちらを睨みつける瞳は、赤く染まっていた。
胸元に光るカメオと同じ色。そして、“彼女”の瞳と同じ色に。
* * * * *
彼女がその手に、まがまがしい色合いをした紫電の剣を作り出し、まっすぐ俺に向けてきた。
同時にミーナが俺に向かって歩きだす。
眼鏡の向こう、大きな瞳は泣き出しそうだ。
つらそうな表情で、つらそうな声音で、彼女は俺に謝る。
「ごめんなさい奈々緒さん、抵抗しないでください。
そうすれば、拘束するだけにしますから……
少しの間だけ。おねがいします!」
どうしよう。思わずこみ上げた迷い。
しかし、バシッと鳴った音が、それを断ち切った。
みればアズが、ジゥさんの手を叩き落したところだった。
ジゥさんはいま、部屋の向こう側にいたはずなのに、いつの間に――いや、それは愚問だろう。
ジゥさんはすでに全身に風をまとい、高速の連撃をアズに浴びせていた。
対するアズは高密度の炎を盾とし、武器として立ち向かう。
「ナナ!」
「うん!」
そうだ。この人たちは、七瀬の塔と館、精霊兵を無断で利用して、遥儚さんと未来さん、ユーリさんを倒したのだ。
まずは、自分の身を。そして、自分たちが負ければ奪われるはずのものを、守らなければならない!
「ミーナ。何度でもきくよ。
話し合いの余地はないの?
俺はきみやエリカたちと、仲間だったと思ってる。
ちゃんと話してもらえれば、力になれるはずだよ?」
問いかけは、冷たい声で叩き切られる。“彼女”だ。
「ミネット。聞かないで。
――話し合いの余地なんかないわ、奈々希。
大人しく従いなさい」
そういわれれば、俺の答えも決まる。
「悪いけど、それは断る。
君たちは問答無用で遥儚さんとユーリさんをだましうちにした。七瀬の力を不正に利用した。
ミーナは拘束するだけと言ってくれたけど、無事に済むとは思えない。
俺たちと、その後ろにあるものを守るために、勝たせてもらわなきゃならない!」
もちろん、ミーナと闘うなんて、俺は嫌だけれど。
たとえ今目の前で彼女が、別人のように変貌を遂げていたとしても。
リボンを解かれたミーナの髪は、燃え立つように変化した。
はねるようにばさらと広がり、色すら赤に染まり始める。
全身から炎のような闘気が吹き上がれば、すでにミーナの姿は変わっていた。
引き締まった顔立ちの中、マローブルーの瞳も、猛禽のような鋭いものとなっている。
そこに立っていたのは、俺より背の高い、大人の女性だった。
どうやったものか、服装すらも変わっている。
アユーラ国軍のものにどこか似た、濃い青のシンプルな戦闘服。黒のブーツと手袋。
対照的に全身からあふれる闘気は赤。
奔放に広がる赤い髪同様、隠すことなく広げている。
正直それだけで、威圧感が半端ない。
でも、俺だってこれに匹敵する、いやそれ以上に怖いものをいくつも見てきている。
おやじやイツにいの本気モード。そして、俺たちと敵対してたときのアズ。
大丈夫、やれる。落ち着いていけ。
“炎の女”が地を蹴ると同時に、俺は身の回りに水を呼び出した。
2019/05/05
この「部分」初出の要ルビ名(人名・地名など)にルビを追加いたしました。
「さん」がぬけておりました……
ほんのりと笑みを浮かべるユーさんと、無表情のジゥ。
↓
ほんのりと笑みを浮かべるユーさんと、無表情のジゥさん。




