STEP7-3 去りし者、さらわれし者(下)
『私は何とか逃れてそちらに向かっています。
すぐに着きますのでそこを守っていてください!!』
ユーさんらしくもなく、酷く息を切らした通信はそれきり切れた。
しかし、すぐに響き始める足音。
姿を現したのは、一部服さえ破れ、あちこち負傷したユーさんだった。
エリカが驚いた様子で駆けよった。
「ちょ……えっ?! あ、あんた何やってんのよ、どうして……」
「大丈夫、ハデなのは見た目だけで、大した傷は負っていません。
それより……」
ユーリさんが冷静に質問する。
「ジゥと、ハルナと、ミキだね。
相手は何人いた。どんな様子だった?」
「十体です。カラーリングは青だったので、七瀬館警備用の人工精霊でしょう。
向かっていったのは、七瀬館の方角でした」
俺たち『偉名御四家』――瑠名、七瀬、由羅、三倉は、この偉名宮にそれぞれ、別館を与えられている。
城づとめの者たちは、そこに住まいを置いたり、執務や会合をしていたのだが、襲撃犯らは大胆不敵にも、そこを悪用してきたようだ。
と、ユーさんが俺を手招きしているのに気付いた。
近寄っていけば、ユーさんもすっと歩を進めてきて、ゼロ距離で俺に寄り添った。
俺の右耳から音もなくイヤホンセットをはずし、耳打ちしてきたことは……
「奈々緒くん。陸星殿と連絡は取れますか。
式神――ロロといいましたか。その様子を聞いてみてください。
チーム全体回線は盗聴されている恐れがあるので、P2P回線でお願いします」
「やってみます」
ユーさんがイヤホンセットを返してくれたので、再び装着。ミュージックポッドのそれに似た、片手に収まるサイズのコントローラーを引き出して、ロクにいとのパーソナル通信用チャンネルを指定、呼び出し音を鳴らす。
ユーリさん、エリカも順々に同じようにささやかれ、通信を始めている。
そんななか、ロクにいの声は2コールで応えてくれた。
今まさにすっごい微妙な顔をして『いやちょっとお前近い近い近い』なんてユーさんから後ずさってるアズを見ないようにして(笑ってしまうから)少しだけ距離をとりつつ俺は、声を潜めて呼びかけた。
「ロクにい、奈々緒だよ。そっちは大丈夫? ロロもだいじょぶ?」
『ああ、どちらも特に異常はないよ。
そちらは? なにか進展があったのかい』
「それが、もしかして誰かが全体通信を盗聴しているかもしれないって。
それで、P2P回線でロクにいと式神の様子を聞いてみてって」
『そうか。なら以降の通信はP2P回線で行ったほうがいいかもしれないね。
ありがとう。これはみんなにも伝えていいのかな』
ユーさんはうなずいていたので、俺はそうロクにいに伝え、通信を切った。
ふたたびユーさんを見ると、彼がメモ帳に書いて俺たちに見せていたのは、衝撃の事実。
『落ち着いて読んでください。声には出さないで。
ロロはハッキングされています』
思わず息を呑めば、ユーさんは笑顔でぽんぽん、と俺の頭に手を置いてくれた。
その温かさに、俺の緊張はすっと凪いだ。
同時に、尊敬の念が湧き上がる。
得体の知れない誰かがたくらんだ襲撃で、一番怖くて、くやしい思いをしたはずなのに、そんなもの完全にわきにおいて、俺たちを思いやってくれているこのひとに。
なんて“大人”なんだろう。いや、俺だって一応は大人だけど、俺なんかよりもずっとずっと、ユーさんは理想的な大人に思えた。
ユーさんは、優しく頭を撫でてくれると手を離した。
安心させるような笑顔のまま、てきぱきと具申するには。
「三人が心配です。半数はここに残って守り、半数で奪還に行くという作戦を提案します」
「何言ってるのよ。あんたたちで手に負えないやつらだったんでしょ。
それに半数で向かってかなうわけがないわ」
「かといって、この中央制御室が制圧されれば全ておしまいです。
われわれはサブコントロールルームを出てすぐ襲われました。
遥儚さんがここのロックを解除してくれた後だったのが、せめてもの幸いでしたが」
『ロロによってなされた、七瀬の塔からの遠隔操作。
それにより、七瀬館の警備用精霊兵が操られ、我らをさらおうとしたと推測されます』
エリカと冷静なやりとりをする一方で、ユーさんは新たな文章をつづって示す。
まったく別の内容を、すらすらと話しながら書く。まったく、見事としか言いようがない。
このやりとりを盗聴しているだけの誰かには、ここで何が起きているかなんて絶対にわからないだろう。
そう、彼らの作戦に引っかかったふりで作戦を具申するユーさんが、実はことの真相をすでに探り当てていて、それへの的確な対処法を指示しているなんて。
「あれはおそらく七瀬館の警備用精霊兵です。
犯人たちは七瀬館に侵入し、そのシステムを不正操作しているのでしょう。
彼らを抑えるために一番いいのは、より上位の命令による無効化です。
具体的には、奈々緒君。君が七瀬の公子として中央制御室から命令を出し、七瀬館を掌握する。
そこへ我々が乗り込んで、三人を奪還する。
犯人たちそのものは大した武力を有しているわけではないでしょう。それくらいなら警備精霊など悪用せず、直接我々に襲い掛かったでしょうからね。
エリカには奈々緒くんのサポートをお願いしたいです。エリカのプログラミング知識があれば、不測があっても対応できるでしょう」
『そのため、中央制御室から七瀬の塔の権限を一旦無効化、不正操作を封じた上で、奈々緒君が七瀬館の機能を掌握してください』
そこまで聞いて、リーダーのユーリさんがうなずいた。
「わかった。それじゃ、ここに残るのはエリカとナナオ。るーちゃんはナナオから離せないから、ここで二人のガード。
あたしとミーナが奪還組、でいいね」
「いいわ!」
「おう……にゃ」
「えっとあのー、わたしは?」
「ユーは道案内を頼むよ。怪我してるだろ。
まかせときなって、あたしだってミーナだってこう見えて強いんだからさ!」
だが、その言葉に俺は耳を疑った――ミーナが?!
このちっちゃくってふわふわな小動物系眼鏡少女が?!
たしかに今はあふれんばかりの気合でぷるぷるしてるが、いやだめだ、これは戦っていい生き物じゃないだろう!
「ま、まってください、ミーナを戦わせるって、そんなむちゃ……」
「あれ、知らなかったっけ。ミーナはめちゃくちゃ強いんだよ。変身しちゃってかっこいいんだから!」
「変身って、その、ツイネクの『魔法少女トゥインクル☆チャーム』みたいな……??」
「うーん、そっちのセンではないんだけどね。
ま、とりあえず任せてよ! なるべく早く戻るからさ!」
この可憐な少女に、『それ以外のセン』。
だめだ。俺には想像つかない。
いや、花菜恵だってあれでパワーは半端ないから、見た目で判断しちゃいけない、それはわかってるんだけど……
いや。いやいや。とにかく今は三人を救いださなきゃいけない。
俺は雑念を振り払い、返事を返した。
「わかりました、がんばります!」
「それじゃ、そっちはよろしく。
いこうユー、ミーナ!」
こうして、ユーリさんとユーとミーナは七瀬館へ。
俺とアズ、エリカが中央制御室に入り、三人の奪還救出作戦が始まった。
* * * * *
みんなが戻ってきたときすぐ飛び込めるよう、扉は開いたまま。アズが見張りに立った。
さすがはユーさんというべきか、扉のロックはもちろん、コンソールの操作ロックもちゃんと外してくれていたようだ。
コンソールに近づけば、コンソールの前面に並んだたくさんのモニターに灯がともる。
そして、やはりYUIに似た声がウェルカムメッセージを投げかけてきた。
『ようこそ、私はクシナ……』
「ナナオ、公子として認証されて、七瀬の塔に停止命令出してみて」
エリカは管理システムの自己紹介も最後まで聞かずテキパキと指示を飛ばしてきた。
俺はそれに従い、コンソールに話しかける。
「ごめんねクシナ、大至急なんだ。
俺は七瀬奈々希の転生の奈々緒。公子として認証して!」
『大至急モードに切り替えました。
奈々緒、公子認証いたしました。ご指示を』
「七瀬の塔からの七瀬館への命令を止めて」
「権限OK、受理します。
――七瀬の塔より七瀬館への警戒指示が発せられました。権限OK、受理します」
「停止して」
「権限OK、受理します。
――七瀬の塔より七瀬館への警戒指示が発せられました。権限OK、受理します」
俺たちの真正面にどんとかまえるメインモニターはタテヨコに線が入って四分割され、そのそれぞれに、四つの塔のコントロールルームの様子が映っている。
すなわちモニターの向こうから、ユーさん、エリカ、ロクにい、遥希さんに似た式神が、じっと無表情にこちらを見ているのが。
俺が命令停止を命じると即座にロロの目が光り、瞬時に対抗した命令が出してこられるのは、まるでシュールな悪夢のようだ。
俺が困惑するわきで、エリカはふっとため息をついた。
「やっぱりダメね。
予定通り、七瀬の塔の権限自体を停止するわ」
「わかった、クシナ――」
「待った。
ロロはロクセイの代理として『公子代理』権限を持ってるわ。
それも『筆頭代理』だから、『公子』権限とパワーはおなじ。
つまり、ナナオの公子権限で真正面から命令しても、またさっきみたいにオートで対応されて、いたちごっこになるだけ。意味がないわ」
「でも、もっと高い権限って……遥儚さんはいないし、アズも……」
「ハルナもこのシステムでは『公子』扱いよ。より高い権限ではないわ」
「じゃあ……」
「他の塔との多数決で抑えるの。
さいわい、竜樹には権限を預けてもらってあるわ。見てなさい。
――クシナ。緊急提議。
わたし、エリカ・エトワールの公子権限において、七瀬の塔の全権停止を提議する。
各塔、賛否を提示願います」
「え……」
エリカはそういうとペンダント――カメオじゃない、式神コントロール用の宝珠のほうだ――を手に取り、話しかけた。
「『エリー』、『ロン』、賛成票を投じて」
すると、制御室内にシステムボイスが響く。
『西塔、賛成です』
『東塔、賛成です』
ちなみに、これより前に南塔反対と打てば響くように返ってきている。
北塔からのこたえはない――これはしかたないだろう。
北塔にいるのは式神『カグヤ』で、カグヤの宝珠をもった遥儚さんはそれどころの状況じゃない。
『北塔、反応なしにつき、棄権と判断いたします。
賛成多数の議決により、七瀬の塔の全権限を停止しました』
時間にして一分足らず。あっというまにエリカは、七瀬の塔の“暴走”を停止させてしまった。
2019/05/05
この「部分」初出の要ルビ名(人名・地名など)にルビを追加いたしました。




