STEP6-3 『お孫さんを下さいっ!』~神王と騎士長はまさかの外堀を埋められたようです~
その帰郷はお忍びのはずだった。
なぜって。ここを出たときはただの職なしだった俺は、いまや一国の元首。
未熟ではあるが、王さまになってしまったのだ。
そんなのが国境越えてやってくれば、いやでも応対の労が出る。
さすがに朱鳥側には話を通したが、それでもあくまで内密に頼むと念を押した。
なぜって今日は『ご実家挨拶と家族会議』。
話がきまってどうこう、ならまだしも、まだこの段階であまり騒がせては申し訳ないからだ。
しかし、先行車からの通信で俺たちは顔を見合わせた。
舞雪村はすでにお祭りモードだというのだ。
サクがスマホで結構長く村長さんと話していたが、やがてため息とともに通話を切った。
「どうだって?」
「ダメだ、もうみんな勝手に盛り上がってるから何かしないことには収まらん。
舞雪中前でかっこつけて車降りたら、体育館で適当に一席ぶってくれ。
そしたらあとは無礼講というていだ。ルナやスノーが疲れているとでも言えば抜けられる。
じいちゃんとばあちゃんとちゃんと話せるのは、そこからだな」
そう、ご実家挨拶とはいっても、メイ夫妻とはもう話がついてしまっているのだ。
いや、話を切り出すスキすらなかった。
なぜってメイ博士……おじさんときたら、あのあと俺の顔を見るなり『いやー待ってたよー! やっとサキ君をまたわが子と呼べるんだね!! ささ、お父さんとよんでおくれー!』だったし。
さらにはおばさんも『照れくさかったらママでもいいのよ? いっそお姉さんでもかまわないわ♪』ときたのだ。
おじさんはサクを温和なおじさまにした感じ。おばさんはルナさんを大人女子にした感じなので、ふたりにわーいわーいとハグされた俺は、毎度のコトながら、なんとも不思議な感じを味わったものだった。
俺んちサイドはいわずもがな。俺がプロポーズするよりさきに、すでにスノーとの結婚は決定事項となっていたらしいし、そこにルナさんが一緒でもむしろどんとこいだった。
ただ、岩永家のおじいちゃんおばあちゃんには、すこし複雑な思いがあるらしい。
それはそうだ。一方のスノーは女神。どうしても、ルナさんが側室のようなイメージを持ってしまわれがちなところだ。
しかし、俺にもスノーにも、まったくそんなつもりはない。
たとえルナさんがそれでいいといってもだ。
そのあたり、しっかり説明して、なんとかご了承をいただきたい。
そのためには、ベストを尽くさねばならない。
そう、ここが俺の正念場だ。
神の力も、王の力も、まったく関係のない――俺の、人としての力が試されるときなのだ。
ふと気付くと、ルナさんの手が俺の手をそっと包んでいた。
やわらかな、愛しい感触。俄然、勇気がわいてくるのを感じた。
俺もそっと握り返し、前を向いた。
マイクロバスの大きなフロントガラスのむこう、故郷の姿はもう見え始めていた。
* * * * *
メイ夫妻の堂に入ったやりようを真似て、俺はなんとかルナさんの降車エスコートに成功した。
あたりからは「初々しいわ~」「お似合いね……」なんてささやきが聞こえてきて気恥ずかしい。
つぎにスノーをと手を伸ばしたら、大人の姿――子供スノーが素直に成長したお姉さん、といった感じだ――になっているのにいつものノリでぴょんっと飛びついてきたものだから、おもわず後ろにひっくり返りかけた。
しかしそこはサク、すでに俺の後ろでスタンバイしていてしっかり支えてくれたので、なんとか立て直しに成功。その場は拍手と笑いに包まれた。
ほのぼのした雰囲気の中、村長さんと挨拶をして、俺たち一行は体育館へ移動。
つたないスピーチを終えた後は、小一時間ほどわいわいとみんなで話をし、そこからうちに移動した。
――そして今。
俺は岩永家の奥の間で、おじいちゃんおばあちゃんと向かい合っていた。
二人の右には、メイ夫妻。
左には、俺んちを代表してじいちゃんばあちゃん、そしてスノー。
そして、俺の少し後ろ右側にルナさんがすわり、左後ろにサクが控える。そんな構図だ。
挨拶を終えて五分後。
サクにどこか似たおじいちゃんが、重い口を開いた。
「……ありがたいこととは、おもっているんじゃ。
我らはサクレア様の流れを汲むもの。その転生であるサキちゃんを伴侶とさせていただける。これはひたすらに、ありがたいことなんじゃ。
花菜恵ちゃん――スノーフレークス様はサクレア様の半身。お二人の婚姻にも、なんら異議をさしはさむ筋はない。
けれどな、サキちゃん。
わしらはやはり、朱鳥の国民でもあったのじゃ。
その精神は、人としての年月の間に、深く染み付いておる」
「……はい」
そう、これが、一番の問題だった。
朱鳥の地に生まれ、長くその価値観のなか生きてきたものにとって、サリュート制はなじみが薄い。
かくいう俺自身が、ずいぶん戸惑い悩んできたのだ。
スノーや、イザークたちのおかげでその“固定観念”がぶっ壊されていなければ、いまだにうじうじとルナさんを待たせていたに違いない。
朱鳥では許してもらえない、しあわせのかたち。
けれどそれを選んだことは、半端な気持ちではない。
悠久の女神、海の向こうの友。
メイ博士をはじめとした、たくさんの有識者。
ユキマイ関係者、そうでない人。
たくさん、たくさんのひとの話を聞き、時には激しく議論して、決めたことなのだ。
その過程でもめたこともあった。泣いたこともあった。
けれど俺は、それがたくさんの人に、なにより俺たちに幸せをもたらしてくれると信じて、進んできた。
俺の一番側にいるふたり――ルナさんに、スノーに支えてもらいながら。
時には、守ってもらいながら。
それは、ここまでの国づくりにおいてもそうだった。
最初こそ、何歩も先を行っていたサクたちに引っ張られるようにしてだが、ようやく俺自身が、まがりなりにもみんなと肩を並べられるようになったと感じている。
それもこれも、ふたりが俺を守り、導いてくれたおかげなのだ。
だから今度は、俺がふたりを守りたい。
一番近くで支えてくれたひとたちを、今度は俺がもっと支えたい。
だから、かならず幸せにします。全てをかけて、お守りします。
そう伝えて俺は、ふかくふかく、頭を下げた。
聞こえてきたのは、おじいちゃんの深いため息。
そして。
「……男と男として、約束してくれるかね。
わしらのなかの、古いわだかまり。
サキちゃんのこのさきの歩みで、きれいに吹っ飛ばしてくれると。
そういってくれるならわしらは、サキちゃんを信じて託そう」
「はい、かならず!」
「ありがとう。
――わしらの孫たちを、宜しくお願いいたします」
おじいちゃんがひざを進めてきた。
そして、節くれだった暖かい手が、俺の手をぎゅっと握ってくれた。
俺はこみ上げるものをこらえながら、両手でしっかり握り返す。
返事はもちろん。
「はいっ!!」
* * * * *
だが、その後俺たちは、大変なことに気付いたのだ。
あの場で俺が、致命的なミスをしていたことに。
いや、あの場で気付いていても、これはもうどうにもならなかっただろう――
なぜならそのときすでに、外堀は埋められていたのだから。
そう。
あのときおじいちゃんが言った『孫たち』。
こともあろうにそこには、サクも含まれていた。
もちろん、騎士としてではない意味で、だ。
しまったと思ったがときすでに遅し。
話はすでに広まっていて、舞雪村は大騒ぎ。
とりあえず外部への口止めだけを約束してもらい、俺たちはマイクロバスに乗り込んだ。
20190417
一部表現を修正いたしました。
何もしないことには収まらん→何『か』しないことには収まらん
ご指摘いただき、ありがとうございました!
20190505
一部表現を修正いたしました。
それはそうだ。ふたりとも正妻とはいえ、一方は女神。どうしても、ルナさんが側室のようなイメージを持ってしまわれがちなところだ。
↓
それはそうだ。一方のスノーは女神。どうしても、ルナさんが側室のようなイメージを持ってしまわれがちなところだ。
朱鳥の地に生まれ、長くその価値観のなか生きてきたものにとって、一妻多夫制はなじみが薄い。
↓
朱鳥の地に生まれ、長くその価値観のなか生きてきたものにとって、サリュート制はなじみが薄い。
2019/05/05
この「部分」初出の要ルビ名(人名・地名など)にルビを追加いたしました。




