STEP5-4 ため息の騎士長~朔夜の場合・2~
この手はまだ少し震えている、そう感じた。
瀕死のあいつを見つけたのは、草むらから抱き上げて連れ帰ったのは、俺だ。
冷えた身体を抱いて暖め、つききりで看護した。
深い緑の瞳が開き、ちいさくミィと鳴く声を聞いたときには、飛び上がるほどにうれしかったことを覚えている。
春真っ盛りに咲く花のころだった。それによく似た色の肉球をもつところから『サクレア』と名づけると、人語を操れぬ口で真似ようとしてくれた。
村の母猫に託しても、気付くと俺のあとをついて回っていたサクレア。
追いつけば身体をよじ登ってきて、やがて俺の肩の上が定位置になった。
さすがに、訓練の時はルナや、そのほかのものに託して離していたが、そのほかの時間はずっとずっと一緒だった。
何もかもが愛くるしい子猫時代、思い出せば今でも幸せが胸を満たす。
ヒトの姿となった後も、サクレアは甘えん坊のままだった。
兄として、ヒトの振る舞いを教えると、なにもかも一度で覚えた。
おっちょこちょいなところはどうやっても直らなかったが、それが逆に可愛かった。
妹ルナに負けず劣らずの、自慢の弟。
よく三人で、あの樹の下で遊び、疲れればそのまま昼寝をした。
毎日楽しかった子供時代。
目を閉じれば、昨日のことのように思い出す。
そこで、時間が止まってくれればよかったのだ。
いや、仲間とともに国を成したことは、後悔していない。
けれど、あいつを、あの男をあんなにも近づけてしまったことを――
そのために起きた惨劇を、俺は今も後悔している。
俺は絶対に、この傷を癒してはならない。
同時に、絶対あいつに、この傷を見せてはならない。
だからゾッとした。
はずみとはいえあんな風に触れてしまって。怯えた顔をさせてしまって。
この傷を抱え続けることを納得はしている。
あいつを守るため。必要なことだ。
そう考えれば、耐えられないわけでもないのだから。
それでも、やはり強く思う。あの過去を殺したい。
いずれ、方法を見つけなければならない。
それまでは、騙してでも、ときには脅すこととなったとしても、俺はあいつを“それ”から遠ざけなければならない。
俺にできる限りのどんな“裏切り”も、“それ”に比べれば児戯に等しきものなのだから。
ともあれ、今は優先事項が他にある。
帰郷の準備。新たな入植者たちのこと。ユキシロ製薬内部のいろいろ。
星空の下、ため息とともに雑念を吐き出して、俺は再び歩み出した。




