STEP5-1 天使のごほうび~咲也の場合・2~
七瀬邸は、通称『新七瀬領』にある。
南門を出てすぐの所に広がる住宅街と、小規模小売店を主としたエリアだ。
西の市街地エリアのランドマークがNKCショッピングモールなら、こちらは七瀬邸といったところか。
もっとも、こちらは木造二階建て。物理的にはあそこまで目立つわけではないが、新七瀬領においての城――住居兼仕事場兼迎賓館兼集会所兼いざってときのかけこみ所――としての役割を担っているので、やはりその存在感は大きなものだったりする。
スノーにメールを送ってすぐのこと。そこから、お迎えの人たちが三人きてくれた。
これでも、ずいぶん簡略化されたのだ。最初は部屋まで五人のスーツメンが来てくれて、南門前には黒くてつやつやの車が五台、車列を組んでいた。
そこまでしてもらって悪い気もしたし、そもそも余裕で歩ける場所に車列もどうか、と思ったので、気持ちは嬉しいけれど次からはもうすこし簡略化を! とお願いし、いろいろ話してこうなったのだ。
もっとも、これ以上の簡略化はないだろう。俺は一人で出歩くなといわれているし、今後、国民や人の出入りが増えれば、申し訳ないの何のとは言っていられなくなる。
要人が無防備でいることは、すなわちごたごたをひきよせてしまうことなのだ。
たとえ俺が、この地では最強の神であっても、スノーがその伴侶たる無敵の女神であっても、だから警備が外れることはない。
まして俺には、外から来たスパイに気を許し、手玉に取られた前科もある。
そいつがすでに改心してるといったって、この先別のやつがこないともかぎらないのだから。
そんなわけで今日も、俺を気遣い守ってくれる人たちにありがとうをいいながら……
俺はスノーの待つ七瀬邸へと向かった。
* * * * *
そうして今、俺は真新しい庭園の東屋で、スノーと向かい合っている。
「……。」
「……。」
今日のスノーは、この間よりは露出の少ない、落ち着いたオフホワイトのワンピースをまとっている。
レース使いの大人っぽいそれに、女子耐性劣等生の俺はすっかりどぎまぎしてしまっていた。
七瀬邸は結局建て直されている。
理由はひとつには、瑠名との関係が険悪なものではなくなったため。
『国として成立してしまったのだから、前向きに付き合いましょう、仲良くしましょう』という姿勢を、宗家をはじめとした大物がとってくれたため、朱鳥とユキマイの関係は平和的なものとなっている。
同時に瑠名と七瀬の関係もいろいろあってマシになったため、あのうちはあそこに残して大丈夫、という判断ができた。
今後はむかしのように、迎賓館として、別荘として使われることになる。
いまひとつには、ここと旧七瀬領では地盤の状態が異なるので、そのまま持ってきても砂に沈んでしまうためだ。
新七瀬邸は旧七瀬邸に似せてあるが、現在ユキマイで主流の『浮き基礎工法』で建ててある。
そして庭も、過去の規模縮小のさい、公園として寄贈した場所にあった東屋とかを復活させて……って、そんな場合じゃなかった。
「……。」
「……。」
今日はくちびるにほんのちょっぴりだけ桜色を載せ、一段とかわいらしいスノーに、俺はなんていっていいのかわからない。
一方スノーもなんだか照れているようで、いつもの調子でまくしたてることもなく、もじもじとよそを見てたり、ちらっとこっちを見たり。
そんなときだ。
ふいに、スノーと俺のスマホが鳴った。
お互い了承の上で取り出してみると、優先度最高の着信。
ロクにいさんからのメールだ。
スノーのほうにはこんなかんじ。
『花菜恵へ
そちらはどうだい? うまくいっているといいのだけれど。
もしも咲也さんがもじもじしていらっしゃるようなら、『メールを見て』と伝えてください。
ロクにいより』
俺のほうにはこんなんだ。
『前略 咲也さん
陸星です。
もしもプロポーズがまだでしたら、及ばずながら助言を差し上げたく、メールをお送りさせていただきました。
咲也さんは心のまっすぐなお方ですし、花菜恵と想いも通じあっております。
そのため言いたいことを『それだけ』そのまま言っても通用すると思われます。
海の向こうより、ご健闘をお祈り致しております 草々』
「あたし陸星兄さまっていっそ神なんじゃないかって思えてきたわ!」
「俺も!」
思わず笑いあえば、空気は一気にほぐれた。
「そうだサキ。
陸星兄さま、ゆきお姉ちゃんと今度お洋服買いに行くんだって!
こっそり見に行ってみない?」
「賛成!」
――そのとき、天啓は降ってきた。
「そしたらさ、その帰り。
俺たちも買い物いこっか。
そのさ。スノーがほしいもの。……まあ、指輪、とか」
スノーは歓声をあげて飛びついてきた。
そして、俺のほっぺたに、やわらかな桜色のごほうびをくれたのだった。
とはいえ、いくらユキマイでも5歳の少女との結婚はNGだ。
理由は譲りえぬもの。子供の心身への負担が大きすぎるためだ。
それがたとえ、5歳の“姿”の、いにしえの女神であっても。
スノーもそれはわかっていて、ゆびわ買いにいく日までには、おっきくなっとく! 父さまたちも説得しとくわ! と宣言してくれた。
だから俺は、すぐ吾朗さんに手紙を書いた。
スノーとの将来について、ナナっちとロク兄さんの帰還後に、あらためて話し合いの席を持たせて頂けませんか、という内容だ。
もちろんこんなもの書くのは初めてだ。
スノーと、いつの間にか乗り込んできた奈津さんの指導で、悪戦苦闘の末にそれを書き終え、封筒にしっかり封をして……
と、なんということか。そこに吾朗さんが帰宅してきた!
俺は完全に挙動不審に。吾朗さんも不自然になんも気付かないふり。
女性陣にくすくす笑われ、送迎のスーツメンにそっと激励されつつ俺は、七瀬邸を辞した。
2019/05/04
この「部分」初出の要ルビ名(人名・地名など)にルビを追加いたしました。
瑠名、朱鳥、花菜恵




