STEP4-4 迷い~遥儚の場合~
「もー! あたしはべつにっ、ナナオのことは……っ!」
エリカは顔を真っ赤にして、必死に言い訳をします。
先程も、あんなに奈々緒さんにみとれていたのに。
そんな様子がかわいらしくて、ついついからかってしまうのです。
……ユーさんの気持ちがよくわかります。
ころころと変わる表情。にぎやかな受けこたえ。エリカといると飽きません。
「だいたいあたしっ、ああいう子はタイプじゃないし!
たしかに優しいしいい子だしかわいいけどっ!
でも可愛い子枠だったらあたしにはミーナがいるもん! ハルキのおよめさんになったってミーナはずーっとあたしのミーナだもん! ねっミーナ~!」
「ふえっ?! あわわわ、それはその……」
今度はエリカの腕の中でミーナが真っ赤。
あわててごまかそうとするけれど、ごまかせていません。
もう、そんな必要はないのに。
こちらもたまらなくかわいくて、思わずよしよしと頭を撫でてしまいます。
「そそっ、そんなことより!!
ほんとにだいじょぶなの、昼間の?
その、……」
「わかってますわ。
ありがとう、エリカ。心配してくれて」
そう、わかっています。
あの『式』はユーさんのもの。おそらくはエリカに頼まれて置いていった。
わかって、あえて足を引かれるにまかせたのですから。
――あのときじかに触れたあの方の腕はとても熱く、そして力強くて、思い出すだけで胸が高鳴ってしまいます。
あの方は、朱鳥がユキマイに“押しつけた”剣。
朱鳥の姫たるわたくしが、婿として娶ることはできません。
それにあの方の目はいつも、奈々緒さんに向けられていて……
きっとそこには、単なる友人以上の感情があるのです。
でも、だからこそなお、追ってしまうのはおかしいことでしょうか?
気付けばわたしはひとり、自室でスマートフォンを手にしていました。
誠人さんに送るメールが、書きかけで止まっています。
『式』のことはたぶんもう、遥希から知らされているでしょう。
きっと心配してくださっているはず。だから、送ろうとしたのです。
海水浴は楽しい思い出となったので大丈夫、と。
みんなで撮った写真を添えて……
と考えたのに、なぜでしょう。その写真を改めてみると、とても恥ずかしいのです。
子供の頃から鹿目家の皆様とは、一緒に海水浴を楽しんでいました。ですのでいまさら水着姿を披露したところで、恥ずかしいわけなどないのに。
――あの方も、一緒に写っているからでしょうか。
そのとき音声着信。誠人さんからです。
わたしは、出られませんでした。
スマートフォンをサイドボードにおいて、隠れるように距離をとり……
メッセージ預かりサービスに吹き込まれていく、気遣わしげで暖かい、優しい声をほのかに聞いていることしかできませんでした。
どうしちゃったんだろう。
どうしちゃったんだろう、わたし。
ふいに泣き出しそうになりました。
困ったときはいつも、誠人さんに話を聞いていただいてきました。
でも、こんなこと、どうやって相談すればいいのでしょう。
そもそも、何を相談すればいいのでしょう?
スマートフォンをそのままに、わたしは屋上のデッキに出ました。
怖いくらいの星空が今日はちょっとだけにじんで、なんだか叱られた後の子供のような心地です。
「あれ、ハルナ。
どうしたの、なんだかしょんぼりして」
けれどそこへ、あたたかな声。
振り返ればそこには、ユーリさんが笑って立っていらっしゃいました。
思わず打ち明けていました。といっても、わたし自身もよくはつかみきれていない気持ちです。どうしても、とりとめのない、つたない話となってしまいます。
けれどそんな話を、ユーリさんはいやな顔ひとつせず聞いてくださいました。
――迷うなら、とにかく話してごらん。
あたしや、そのふたり。
ハルナ自身とも、ゆっくりとね。
いつでも相談に乗るよ。まってるから。
そうして、そんな力強い言葉をくださいました。
わたしはだから、そのメールを書き上げて送りました。
みんなで海水浴。ちょっとしたハプニングもありましたが大丈夫、楽しい思い出になりました。写真は、はずかしいからなしです。帰国したらお見せします、と。
そう、わたしはそもそもまだ、あの方とあまりお話しできていないのです。
なにもかも、まずはこれから。
調査の折り返し点も視野に入る今、ぼうっとしている暇はないのです。
2019/05/04
この「部分」初出の要ルビ名(人名・地名など)にルビを追加いたしました。
朱鳥、誠人、遥希、鹿目




