STEP4-3 ため息の騎士長~咲也の場合・2~
立法にかかわる作業は、とんでもなく大変なもの。そのことは知識としても、誠人さんからの話でも知っていた。
それでも今のこの状態は、とんでもなくらくちんなものらしい。
なぜってここには、蓄積がない。すなわち、しがらみがない。調整も必然的に少なくてすむ。
さらに俺たちには、前世の記憶や経験と、その結晶であるシステムYUI。
現世で官僚として働き、経験を積んできてくれた、心強い仲間たちの存在がある。
それでも、一日の半分もそれにかかわれば――
すこし前まで、オフィスワークすらしたことのなかった俺なんかすでにへとへとだ。
イサを中心とした労務グループが適宜、仕事をきりかえ、組み合わせ、もっとも効率を上げられるように取り計らってくれるので、やっていけてる状態だ。
そんな激務の合間のコーヒーブレイクは、まさしく癒しの時間である。
執務室にひきあげて一息入れていると、サクがコーヒーをもってきてくれて俺は、一気にゴキゲンになってしまった。
なぜって、やつの出すコーヒーはうまいのだ。
それも、しゃっきりしたい日は苦いコーヒー、まったりしたい気分のときは甘めのと、びっくりするぐらい的確に調整してくれるから、いっそのこと毎日飲んでもいいほどだったりする。
今日のコーヒーは、中くらい。
すこし砂糖少なめのミルク多め。
ブラック派のサクも、このときはおなじ物を飲んでくれるのが、地味にうれしかったりする。
さっそくローテーブルに移動し、甘めのクッキーもつまみつつ、しばし俺たちは二人で雑談に興じた。
「サクさ、なんでいっつも俺の飲みたいコーヒーわかるん? もしかしてこれもカリスマ効果?」
「俺の力じゃない。お前の顔がわかりやすすぎるんだ」
「まじ?」
「ああ。
王たるもの、もうすこしポーカーフェースも覚えたほうがいいぞ。まあ無駄とは思うが」
「おい。」
「お前はそういうタイプじゃなかろう。
スノーになにか言われたのか?」
「あー、……うん、まあ。でも、ルナさんに話聞いてもらってさ、いまは様子見してみることにした。
あ、スノーとケンカとかしたわけじゃないからな、そこはだいじょぶだから」
「それは言われないでもわかる。
……お前とスノーは仲がいいな、本当に。
意外とベタベタしないかと思えば、気付くと自然に一緒にいる。
恋人というよりむしろ伴侶だな、すでに」
「なんだかんだいって、古いつきあいだからなー……
まあ気付くといるっちゃお前もだけどさ。
だから俺としちゃ、お前だったら部屋いっしょでもぜんぜん構わないんだ。
スノーと結婚するっても、まだ間もあることだし……」
するとサクさんはしれっとおっしゃった。
「だったらルナの方がよかろう」
「いや! いやいや! だってルナさんはその、ほら……
俺は男だしルナさんは女の子で……それが一緒の部屋って、その……」
動揺しまくる俺に、やつめはさらに畳み掛けてきた。
「俺たちは全員それでいいと思っているが。
それとも“正妻”より先に、というのはためらわれるのか?」
「にゃあああ!! なんてこといっちゃうのサクさん!!
それは、ほら、そのっ……」
「だったらスノーにすぐにも大人の姿になってもらえばよかろう。俺は構わないぞ。
それともスノーが人の子のように成長するまで待たせるつもりか。そのときルナはいくつになっていると思う」
「あ、……」
気付けば、サクの表情は厳しいものになっていた。
急に、コーヒーの香りが苦くなった気がした。
カップを置き、目をつぶった。
自分の心に問いかける。
ルナさんは、俺にとって大切な人だ。
とても大切な、得がたいひとと思っている。
たとえ、結婚という形をとらずともやはり、そばにいてほしいひと。
その認識は、すでにはっきりとしたものになっている。
当事者全員の気持ちも同じ方向を向いている。法的、倫理的にもひとつの問題もない。
けれど。
「俺――まだわかってないことがある。
それがすごく、気になるんだ。
このまま、それを無視して進んだら。
イザークの件じゃないけど、遺恨を残しそうな気がする。
だからせめて、その件を……っ?!」
がっ、と肩をつかまれる感触。目を開ければ、やつが鬼気迫る表情で睨んでいた。
「そんなパンドラの箱なんか開けなくっていいんだ!!
人が見なくていいものを隔離する。それが封印の存在意義だ。
それを踏み越えた結果は悲惨なものにしかならないっ!!」
声を荒げ、サクは俺の肩をゆさぶった。
悪いことに、ソファーにかけてた俺に勢いよくそうしたもんだから、のしかかるような体勢になってさえいる。
……怖くない、といえばウソになる。
けれど、だからこそ気付いた。サクがひどく震えていることに。
そっと、手に手を添えてやると、はっと息を呑み、おろおろと後退し、首を左右に振る。
いまにも潰れてしまいそうな、泣き出しそうな顔で。
「あ、……
ちがう。ちがうんだ。俺は……
なにもしない。なんでもない。大丈夫。だいじょぶだからっ。
このまま……おまえはこのまま、いてくれればいいんだ、おまえは……」
「サク」
普通じゃなかった。それ以前にほうっておけなかった。
静かに立ち上がり、やつに近づき、そっと背中に手を添えた。
「だいじょぶ。……だいじょうぶだから。
俺は、このままでいるよ。
お前と、お前たちと、ずーっといっしょ。
ずっと、ずっと、仲良しだ」
いつだかルナさんが、そうしていたように。
癒しの力を流しながら、静かに背中をさすってやった。
ほんとうは、俺が錯乱したときそうしてくれたみたく、抱きしめてやりたかった。
だが、たぶんそうしようとすると、サクは逃げてしまうだろう。
震える子猫をなだめるように、俺はしばらくそのまま、サクを撫で続けていた。
どれほどそうしていたころか。サクが大きく息を吐き、ありがとうと俺に告げた。
崩れるようにソファーに腰を落とし、目元を覆った。
「すまん。取り乱した。
……俺の言いたいことはつまり、とにかくルナを幸せにしてやってほしいということだ。
無理強いのできることではないとわかっているが、せめて数年以内。できるなら今年中にでも、式を挙げてやってほしい」
「わかった。
そこはスノーとルナさんと、よく話し合って決めたい。いいかな」
「ああ。
ありがとう。……本当にすまなかったな」
「お前と俺とは相棒だろ。
言ってくれよ、なんでもさ」
上げられたサクの顔は、ありがとう、と笑っていた。
けれどやつがほんとうに胸に秘めていることは、聞けそうにはなかった。
* * * * *
国主の結婚は国事行為。建国まもないユキマイにおいては、それはより大きな意味を帯びる。
早いほうがいいのだ。本当なら、即位式の当日にやるべきだったほどの。
よって俺たちの話し合いは、俺の最優先のおしごとになってしまった。
くそう、プロポーズもちゃんとしてなかったのにっ!
しかもなんかなしくずしっていうか!!
『だから言ったんだ、あのときルナを側仕えにと。
二人には両日中にお前からプロポーズしておけ。いいな』
ってサクはいったけど……。
こんなきもちで、こんな状況で。いったいなんていえばいいんだ。
情けないとは思う。でも、男は繊細な生き物なのだ。
だが、これ以上うなっていることもまたできない。
とりあえずまず、七瀬邸へ。スノーのもとへ向かうことにした。
2019/05/04
この「部分」初出の要ルビ名(人名・地名など)にルビを追加いたしました。
YUI




