STEP4-2 平凡な一般人である俺たちの、なんてことない夏休み~亜貴の場合~
海から上がった俺たちは、サンベッドに身を預けた。
うーんと伸びをして、冷えた体に夏の陽光をチャージする。
俺の隣では、梓も同じようにしている。
……何度見てもうん、かっこいい。顔も身体も、スマートでワイルドでまさしくイケメン。
とくにこの適度な腹筋ときたら、見る人が見たらその場で拝礼するレベルじゃなかろうか。
さきほどまでの泳ぎっぷりもたいしたものだし、梓はまったく、自慢の弟だ。
欲を言えば、ただの子供の頃にも一度くらい、海に行きたかったものだけど。
そうして、俺がこの手で泳ぎを教えてやりたかった。
教えれば一度で覚えるといったって、それは一度は教えられるってことだし。
「ふたりとも。ジュースもらってきたからどうぞ。
冷たいからゆっくり飲んで」
そんなことを考えてると、可愛い声が聞こえてきた。
奈々緒だった。その両手には、びっしりと汗をかいた紙コップ。
なんて気が利くいい子だろう。ついさっきまでそこで、“勇者ナナキ”として撮影とインタビューをこなしていたというのに。
「おう、サンキューナナ」
「ありがと、奈々緒。いただきます」
「どういたしまして」
身を起こし、受け取れば心地よい冷たさが手のひらを楽しませる。
七瀬の力を使い、適温に調整しつつ持ってきてくれたのは明らかだった。
そんな優しい彼は、もちろん冷えたコップを背中に押し付けたりなんかしない――俺のように。
「っぎゃー!!
つめてーだろ! しぬかとおもっただろ!
ばかっ! おにーちゃんのばかー!!」
はたして梓は予想通りのリアクションをしてくれた。
目じりに涙まで浮かべて『っぎゃー』。
へたなリアクション芸人なんかメじゃないレベルの驚きっぷりだ。
だからやめられないのだ、梓は。
ほんとうに、なんてかわいいのだろう。思わずよしよしと頭を撫でてしまう。
「ごめんごめん、梓がかわいくってつい☆」
「いやさぁ……そろそろ医者行ったほうがいい気がするぞまじに……」
「なんだよ、梓は自分がかわいいって自覚ないのかー? んー?」
「あ、えーと、それじゃ俺向こうで泳いできますね……」
優しい奈々緒は気を利かせて席を外してくれるようだ。
が、当の梓は引き止めて、なんだかいっしょうけんめいに言い出した。
「にゃー!! ナナまって!! おいてかないで!!
ほらおにーちゃんナナだって誤解するし!!
これが世間一般の反応だからね?! 5歳ならまだしも見た目25! それも面構え悪党中身悪党の生体兵器に『かわいーよー』とかふつーにニッチすぎるからね?! うさぎちゃんがみたらふつーに抹殺されちゃうからねっ?!」
「それで『っぎゃー!!』だからかわいいんじゃん☆
ほら、物陰からカメラで撮ってる子もいるよ。みーんな梓がかわいいってわかってるんだ。これが世間一般の反応だから。まちがいないって!」
「いやちがうぜってーちがうあいつら誤解してる完全に誤解してる俺とおにーちゃんについて致命的に誤解してるっ!」
それはなんと、梓の兄として冥利に尽きることだった!
思わず、顔がほころぶ。声が弾んでしまう。
「えっ、誤解されてるの?!
えへへ、なんかうれしい! よーし梓、こうなったらもっとくっつ」
「えっと、どうぞ、ごゆっくり……」
「やめて――!! ナナ、ちがうから!! ちがうから!! これはおにーちゃんがああ!!
そこで動画撮ってるお前らも待て!! これはおにーちゃんが末期のブラコンなだけで!! 俺は、俺は無実だからあああ!!」
そのとき、バナナボートが派手に転覆。乗っていた女子たちは歓声を上げて海にざぼん――そのとき梓が立ち上がった。
「ナナ!」
「うん!」
空気の読めない俺じゃない。とっくにハグは解いている。
梓が自由に動けるように随伴し、波打ち際へ走った。
* * * * *
奈々緒のサポートのもと、梓に助け上げられた遥儚さんは、『気のせいか……足を引かれたような感じがしましたの』と息を切らせていた。
たいしたことはない、とも言っていたが、大事をとった。
その後は、浜遊びやラウンジでまったりすることにして、海水浴は中止。
情報担当の竜樹チームが調べてくれたところによると、低級の『式』――いわゆる式神だ――の残渣が検出されたとのこと。
昨日、そして今日の塔へのアクセスにより、中に滞留していた『式』やその残滓が漏れ出たものではないかということだった。
ともあれ遥儚さんにことがあれば、遥希は黙っていない。
当然その日の『ミーティング』は、竜樹チームを拉致……もとい、加えたものとなった。
遥希はにこやかに、しかし強硬にユーを問い詰めた。
「昼間の。君が仕掛けていったものだよね?」
「すみません。やんごとなき方よりのご依頼で。
お怪我をさせてしまいましたでしょうか?」
「あんなもの程度で瑠名の斎姫はどうにもならないよ。
でも、驚いた。そして、そこのオオカミくんにまたしてもということになった。
由々しき事態だよね。ほんとに、由々しき事態だ」
「姉上助けてソレですかっ?!」
「いちおう褒め言葉なんだけど。じゃあ妥協してわんこにしよう。
困るんだよ。そっちの都合は知らないけど、このわんこはもう他人の所有だ。
朱鳥の姫が娶るわけにはいかないものだ」
「おや、そうでしたか。これは存じ上げず。
けれど姉上は彼を欲しているようにみえましたが?」
「気の迷いだよ」
「おやおや、おかわいそうに……。
ですが、まあ。
一国の姫君に駆け落ちをさせ、国の絆にひびを入れるのはよろしくない。
まして、わたしと君の友情をふいにするのは世紀の大損失でしょう。
心得ました。この手の細工はこれきりといたしましょう。
ですが、そうなってくるとわたしも、愛しの姫君との逢瀬をどうしたものか……
そのあたりをどうにかできれば、私としても我が友の行く道により注力できるはずですが」
「エリカ? いいよ。
っていうか君もうとっくに外堀埋めてるじゃないか。これ以上手を打ってどうしようってんだい?」
「これがわたしの愛し方ゆえ。
では、遥希殿。
“親指姫”様とのこと、かげながら応援申し上げますので☆」
「……じゃ、そのように。
ああ、それと今度盗聴したら……。」
「地味に強烈なパンチですね。かしこまりましたよ、我が良き友。
どうぞ、今後とも宜しく」
にこやかに握手する二人を見て、梓は言った。
「……こいつらこえぇ」
「おれたち一般人でよかったな、梓」
「ほんとにまったくです、はい」
その声に振り返ればいつの間にか、気配も出さずにジゥがいた。
それも、極彩色の孔雀のコスプレで。
いやおまえはちがうだろ。絶対に違うだろ。
よっぽどそういいたかったが、面倒なことになりそうな気しかしなかったので黙っておいた。
2019/05/04
この「部分」初出の要ルビ名(人名・地名など)にルビを追加いたしました。
遥儚、遥希、瑠名、朱鳥




