STEP4-1 ため息の騎士長~朔夜の場合~
丁度よくレベル5修練場は空いていた。
立ったまま、深呼吸した。
手の中に、剣を形成した。
精神を集中すれば、その刃は鋭さを増していく。
集中する。集中する。集中する――
「よっ、サクっち」
その声に振り返れば、入り口にシャサが立っていた。
練習用の白のTシャツと、えんじのジャージのズボン。いつもの白いスニーカー。手には練習用のクォータースタッフを携えている。
いつものようにニッコリ笑って、ふりふり手を振り、気楽な足取りで近づいてくる。
「いいよ、そのまんまで。
さっきはコーヒーごっそさま。
お礼ってワケじゃないけどさ、ひさびさに手合わせしない?」
「……ああ。
イサ、ジャッジは頼むぞ」
「お、おう」
もちろん、やつがジャッジブースにいるのは気付いていた。
申し出てくる前に、こちらから声をかけた。
頭をかきながら了承する様を見ると、すこし気持ちが丸くなるのを感じた。
「んっじゃーいっかー?」
「いーよー」
「こちらもだ」
「うっしゃ。じゃあ――はじめ!」
得物の先を合わせれば、しんと落ちた静けさ。
そこに、イサの声が響く。
前世から何度も繰り返されたように、俺たちは試合を始めた。
「でさーサクっち、あすこで何してたの?」
「久々だな、お前にそう呼ばれるのも」
シャサがクォータースタッフに炎をまとわせ、くるりと回して打ち込んでくる。
しょっぱなから、エンジン全開といった風情だ。
俺は半ば受け流すように、半ば削り取るように刀身を沿わせ、踏み込み打ち込む。
シャサがそうなら、こちらもそういく。
そう、いつもの呼吸だ。
「へへ。
……さっくんって呼ぶつもりだったからなー。
でも、サクっちはサクっちだかんね。しゃーないさ。
で、何してたの?」
「べつに」
「ほんと?
あのコーヒー、サクっちが好きなほうのやつだったみたいだけど?」
「……まぎらわしいな」
「きみじゃないほう」
「偶然だ」
「執務室のドアノックしようとしてたのも?」
「…………見ていたのか」
「偶然ね。
バッティング?」
「何が聞きたい?」
「そのことを隠す理由さ」
ハメられた。むっと強めに打ち返す。
シャサはクォータースタッフを引き、後退する。
「俺とバッティングしかけたなんてことになったなら、ルナはいらない気を遣う。
そんなのはいらないんだ。
ルナは幸せになるべきなんだ。ほかに気なんか回さないで、今度こそまっすぐ進んで、幸せを掴み取ればいいんだ!
……俺はルナにこそ幸せになってほしいんだ。俺に気を遣う必要なんかない。それだけだ。お前からもれるのを警戒したんだ。それだけだ」
打っていく。今度は俺から。
シャサは軽く応じてきた。
「そーですかー。
あーあ、信用ないなーシャサさーん」
「俺をハメたその口で言うか。」
「あたしたちはキミにも幸せになってもらいたいんだ。
そのためなら、ウソだってつく。
キミだけの専売特許じゃないんだよ、ソレは」
「……俺にそんな資格はない」
「なにいってんの!
さいしょにこの国をつくろうっていってくれたのはだれ?
さっくんを守ろうって、誰より苦労してくれたのはだれ?
キミが幸せになれないとしたら、あたしにだってそんな資格はない!
……でも、あたしは今幸せだって感じてる。
この国がすき。ここに住むみんなが好き。さっくんとの恋はなくしてしまったけど、それ以上のしあわせがいまはある!
だから! あのときさっくんを守れなかったあたしが、しあわせになっちゃったんだから!
おなじ罪をもつキミだって、しあわせにならなきゃつりあわないんだよ!!」
シャサは感情が高ぶると技が冴えるタイプだ。
押し込まれるが、俺も打ち返す。
「『これ』は『俺の』罪だ。
その意味に気付くことなく、パンドラの箱をこじ開けた、愚行への罰だ!
お前たちが背負うものじゃない。
俺とお前たちは、同じなんかじゃ、ない!」
弾いた。
と思ったが、シャサはそれをバネとして使い、さらに打ち込んできた。
「だったらおなじにして!」
「は?!」
「キミの抱えてるもの、あたしたちにもわけて!
そして“もういちど”、いっしょにしあわせを目指そうよ!
あたしたちは、」
「だからこそ見せたくないっ!!」
……気付けば、シャサのクォータースタッフが両断されていた。
ひどく、息が切れていた。
「今のあいつが、あんなことを知って、耐えられるはずがないんだ。
だから、俺はっ――」
シャサが歩み寄ってきた。ぽん、と俺の頭に手を置く。
やわらかく、暖かく撫でて、ふんわりと抱きしめてくれる。
鼻の奥が、じんとした。
いつの間にか、イサもそこにいて、もろともにぎゅっと抱きしめてくれた。
そう、まるで、あの頃のように。
シャサたちは腕を解くと、ちょっと照れながら笑いかけてきた。
あのころのように。いつものように。
「あたしたちはキミの仲間だよ。ううん、家族だって思ってる。
サクっち。キミの抱えてる苦しいもの、あたしたちも一緒に背負いたいんだ。
ね、あたしとイサにも見せて。あたしたちならだいじょぶだよ。
いつも一緒に乗り越えてきたじゃん。どんな辛いことでも、ずっと……」
俺は、首を左右に振った。
「どうしても?」
「あれだけは見せられない。
お前たちは強い心の持ち主だ、そのことは知っている。
けれど、これだけは……!」
顔を大きくぬぐう。
目から熱いものがこぼれそうだったから。
「永久には続かない。わかってるよな」
「わかってる。
――あいつが、一人前の王になったら。
そうしたら――」
「わかった。
よし、じゃあがんばろう!
第一目標、サクっちを一人前にする!
あたしはトレーニングのレベル上げてくよ! イサは?」
「俺から特にしてやれることはねーんだよなー。俺方面のシゴトはあいつカンペキだもん。
まっ、今までどおりにサポートだな。で、サクっちは……」
「……俺はすることがありすぎだ。
まず、あののほほん神王と天使すぎる妹をなんとかせねばならん。あの調子では10年経っても結婚のけの字も出る気がしない。その点はスノーとも調整がもっと必要だろう。心配といえば奈々緒もだ。あれでは縁談もままならない。海洋調査キャンペーンが終わるまでは好都合ともいえるが、それが終わったら考えてやらねばならん。あの外道を消してしまえればいいのだろうがそうもいくまい。かといってあいつと亜貴以外にいまアレを完全に御せる人材はいない、かくなるうえは蒼馬氏の招聘を前倒ししてもらうよう朱鳥政府にも働きかけ、そして……」
シャサの口癖はこれだ。
『アタマがスッキリしないなら、体を動かせばなんとかなる!』
今のは純粋にそれゆえではないとは思うが、ともあれ、気分はマシになった。
動かなければならない。
まずはとにかくサキのこと。
すでにYUIに手を回し、該当記録の閲覧は禁止。また、各種サーチにもジャミングがかかるようにしてある。
もっとも、サキは城主として俺より高い権限を持っている。そのため、サキと俺とがそろってそれを承認することを、制限の解除キーとすることで対策を整えてある。
あとはあの男、だが――始末の仕方を間違えればかえって、収拾が困難になりかねない。
今は、奈々緒と亜貴に『管理』させておくほかはないだろう。
酷なことではあろう。だが、そう思ったところで、過去は消えはしないのだから。




