STEP3-3 天使のごほうび~咲也の場合~
そんなわけで、俺は今絶賛悩んでいる。
一体全体、どうしたらいいんだろうか。
こないだまでは、自分の未熟さに悩んでた。
どうしたら、この“役立たず感”から脱出できるか。それを考えもがいてた。
けれど、今は――
正直、何をどうしたらいいのかすらわからない。
前のときは、走る方向が(仮にでも)見えなくはなかった。
けれど今回は、それさえもわからない。
俺は、ルナさんの気持ちをもう知ってる。
それでもまだなにか、わかってないところがある、らしい。
だがそれがなんなのか、考えるヒントすらないのだ。いや、ヒントはもらっているはずなのだが、俺がそれをヒントだと認識することからできていない。そんな、どうにもならない状態だ。
こういうときに頼れる人といえば……
ロク兄さんはもう空の上。
数時間後にはセンティオ入りするはずだが、これからしばらくとくに忙しいはずだし、こんなことを相談するのは申し訳ない気がしないでもない。
そのほかで一番わかってそうなのはゆきさんだが、彼女はいま、ベストコンディションじゃない。
なんだかぼうっとしてるのだ。俺たち以外にはわからないレベルでだが、確かに。
原因は、いうまでもないだろう。
そんな彼女に相談するのも、なんか悪い気がする。
イサやシャサさん、唯にはもうきいたが、こっちも『具体的なことはいえない』。
カイルさんはほっほっほと笑うのみ。
クロウは『だからなんでアレでわかんねーんだよ! ダメだ、お前のようなにぶちんに俺から説明なんかできるかっ!』と逆切れしてくる始末。
しあなはあやしげな薬を取り出してきたので全速力で逃げたし、ダークホースかと思われた御影さんはなぜかもじもじするばかり。
ほかのメンツもことごとくゼロ回答。
かといって、いちばん関係があるっぽいメイ一家には、俺が聞けない。
まさしく、俺が考え付かなきゃどうにもならない、の状態だ。
万策尽き果てた俺は、執務室に戻り、頭を抱えていた。
こんなことじゃいけないのだ。ユキマイはまだ、国として一歩を歩みだしたばかり。
権限委譲が進んでない、つまり俺が決裁しなきゃならないとこも多い。
しごとをするなら、ちゃんと集中。頭を整理し、集中しなければまた……
「此花さん?」
そのときかけられた声に俺は飛び上がった。
顔を上げればそこにはルナさん。
なぜか、唯とよく似たかっこをしている――すなわち、しっとり黒いワンピースふうのうえに、白いふりふりのエプロンドレス。清潔感あふれる白のソックスに黒の靴。
左手に携えたまるい、銀色のトレーの上には、白磁のコーヒーセット。
そんな姿で、ほんのすこし恥らいながら、立っていた。
「えあっ、あの、なに、か……」
「ごめんなさい、やはりおかしかったでしょうか?」
「いえっ! そそそそんなことは!! とっ、とてもよくおにあいでっ!!」
我が目を疑い、二度見する。ほっぺたをつねってみる。
現実だ。それも素晴らしすぎる。
おっとりと微笑み、たおやかなしぐさでコーヒーを注いで下さるルナさんは、なんとあの伝説の装備――その名も『メイド服』をお召しになられているではないか!
しかも、俺の好きなほうのやつ。すなわち、クラシックなロングスカートバージョンを!!
「そっか。俺、考えすぎてついにこわれちゃったのか……」
「とてもお悩みですのね。わたしでお力にはなれませんかしら?
此花さんはお優しいから、『仲間の悩みでも』抱え込んでしまわれるのですもの。
とても、ほうっては置けませんわ?」
微笑むルナさんが、まさしく天使に見えた。
そうだ。俺本人のことでなく、誰か仲間のこととしてなら、俺からルナさんにも相談できるじゃないか!
俺はさっそくルナさんにソファーをすすめ、状況を説明した。
城内のある男のことなんだが、彼には婚約者がいる。しかし、その婚約者から、いま別の女性との縁談をすすめられている。なぜときいても『その鈍感を何とかしろ』のみ。
その女性の気持ちは男も一応すでに知っているので、何に気付けばいいのかもわからない。
婚約者とは愛し合っているはずだし、その意図を量りかねている。
そのことについてははっきり話してもらえないし、周囲のひとも教えてくれず、どうしたらいいのか悩んでいる。
ルナさんはちいさく小首をかしげると、びっくりするようなことをいってきた。
「わたしが思うに――婚約者さんは、ほんとうにその女性との縁談をすすめておいでなのかしら?
もしかしたら、べつの意図があるのではないかと思いますわ。
そのことを通じて気付いてもらいたいことが『ほかに』ある。
そういうことではないのかしら」
「『ほかに』……。」
「婚約者さんが言葉を濁されるのは、そうしなければならない理由があってのことですわ。
これまでにお言葉を濁されたことと、関係があるかもしれませんわね。
ただ……」
「ただ?」
「謎は解けばいいというものではありませんわ。
もしかしたらそれは『パンドラの箱』かもしれないのです。
その方が言葉を濁しておいでなのは、不用意にそれを開き、愛しい方に負担をおかけしたくない、そんな気持ちの表れかもしれませんわ。
婚約者さんが、その方を本当に愛していればこそ。そのようにしていらっしゃるとわたしは思いますの」
「そっ、か……」
『パンドラの箱』といえば、思い出すのはイザークの件だ。
あれは結局すべて、シャーラさんの掌の上で仕組まれていたことだった。
だから、無事に済んだが……
そうでなかったら今頃どうなっていただろうか。
俺はいま、『隠された何か』がどんなものか、さっぱり見当ついてない。対策どころか、準備不可能の状態だ。
それこそ、いま無理にこじ開けようという気にはなれない。
「そうだな。ありがとうルナさん。
もう少し、待ってみるよ……じゃなかった、待ってみろよって伝えとく。
婚約者がほんとに愛してくれてるなら。必要なときにはきっと、伝えてくれるはずだから。
うん、これでとりあえずさっぱりした。
ありがとうルナさん、ホントたすかったよ」
「お役に立ててよかったですわ」
お礼を言えば、ルナさんはうれしそうに、ふんわりと微笑んだ。
そして――
ほほを染めて言い出したのは、かわいらしい、かわいすぎるリクエスト。
「あの、此花さん。
でしたらひとつだけ、ごほうびをお願いしてもいいかしら?
わたしも、お名前で、……
『サキさん』ってお呼びしたくて。
……よろしいでしょうか?」
もちろん、俺が断るわけもなかった。




