STEP3-1 過去との再会~奈々緒の場合(上)
最初に探索するのは、すでに浮上済みの『南の塔』。別名“七瀬の塔”だ。
この“~の塔”とは、偉名御四家それぞれの領地に建てられ、魔術的・技術的ネットワークで偉名宮とつながっていた、いうなればサテライト・センターである。
だが、四つあるそれらのうち、なぜこれだけが浮上したのか。
おそらくは、俺たちが原因ではないか、とセヴァーンさんは言っていた。
すなわち、七瀬 陸也の転生であるロクにい、奈々希の転生である俺と、現人神である花菜恵が現世にそろったからだろうと。
ではなぜ、偉名宰相の転生たるアズがいるのに偉名宮が浮上してないのかというと、唯聖殿と同様の理由――管理者たちにハブられた――からだろう、とのこと。
『それでも、ひとつの塔が使えれば、ずっと探索が楽になるんだ。
ほかの塔や偉名宮とも連絡が取れて、正確な場所の特定ができるかもしれない。
そうすれば、古地図頼みで海底を探し回るより、ずっとずっと楽になる。
四つの塔と偉名宮には、古代のテクノロジーがいろいろ眠ってる。
それはきっとあたしたちに、沢山の恩恵をあたえてくれる。
いま、どこかで困っている人たちを、助けることにつながるはずだ。
ユキマイと唯聖殿が、そうし始めているようにね』
セヴァーンさんは黒い瞳を少女のように輝かせ、そう語った。
――そう、長く死の砂漠だったユキマイではいま、復活した唯聖殿のテクノロジーを生かして、農地開発が急ピッチで進められている。
朱鳥国ほかの支援も受け、入植者を受け入れて、人々の飢えを癒し始めている。
『飢える人々を救う、夢の沃野』が、着々と実現しているのだ。
ここでは、何がかなうのだろう。
それはまだ、調査を進めてみないとわからない。
けれど、そこには大きな希望があるように、俺にも思えたのだった――
「ナナオ!
……そろそろ上陸だよ。
今日はナナオたちが主役だ。がんばってくれよ?」
そこまで思い返したところで、ぽんっと肩がたたかれた。
我に返れば、“七瀬の塔”がもう目の前に見えていた。
すぐ後ろには、微笑むセヴァーンさん。
小麦色の肌に白のラッシュガードがまぶしく見えて、俺はすこしまごついてしまう。
「あっ、はい、セヴァーンさ……」
「『ユーリ』」
「……ユーリさん」
そうだ、このことも言われていたんだ。
あまり年も変わらないんだし、堅苦しいのもなんだろ? ナナオも『ユーリ』って呼んでくれよ、と。
まだちょっと照れるけど、言われたとおりにそう呼ぶと、ユーリさんもちょっぴり照れたように笑ってくれた。
「ひゅーひゅー。もういっそ“ユーリおねーちゃん”ってよんでみたらどーかにゃー?」
悪乗りして俺たちをからかうアズに「ああ、そっちなら『様』でね?」とさらなる悪乗りを返し、ユーリさんはさっそうときびすを返した。
* * * * *
浮上から一週間ちかく経っていたため、地面はすでに乾いていた。
すでに、草さえ生え始めている。
そこはまるで、塔とその周りの岩だけをぽこりと切り取り、引っ張りあげたかのようにすら見える、小さな小さな島だった。
もちろん、船着場などない。乗ってきた小型艇でのアプローチも少々厳しかったため、少し離れたところで錨を下ろし、ボート三台に分乗して、ゆっくりと接岸した。
初上陸のメンバーは、ユキマイチームを主とした編成だ。
チームリーダーのロクにい、サブの俺、ボディーガードのアズ。
ユキマイ関係者から募った専門家たちのなかから、潜水のうまいメンバーを二名――万一、この塔が調査中に沈んだときの、救出要員もかねてだ。
ユキマイ以外からは、初探査ということで、調査隊リーダーのユーリさん。
センティオから救出要員兼のメンバー三名。
竜樹チームも情報担当としてユーさんとジゥさん以下、4名加わっている。
総勢で13名。“朱鳥国の一般的な民家にして数軒分サイズ”の小さな島への初上陸には、すこし多すぎるかもしれない。
他のひとたちももちろん興味を示していたが、いかんせん小さな島だ。まずはこのメンバーで上陸、それから様子を見てほかのメンツが交代して調査、という流れである。
かつては道であったと思しき、すこし平坦な場所を10分もたどれば、とくに何事もなく塔の前へとたどり着いた。
三階建て、屋上つき。かすかにざらざらとした、黒っぽい表面は石造りにも見える。
正面玄関らしき大扉は継ぎ目も見えぬほどぴっちりと閉ざされていたが、そのすぐ脇に手のひらほどの、四角いパネルがあるのがみつかった。
一目でわかった。唯聖殿にあったものとおなじ、認証パネルだと。
果たしてロクにいがそこに手をかざすと、YUIに似た声が話しかけてきた。
『認証――七瀬 陸也サマ。
オ待チシテオリマシタ。ドウゾオ入リクダサイマセ』
「お久しぶりです、ワダツミ。
塔を使いたいので、入りますよ。
奈々希も一緒です。他の方々も同行者として、入場許可を」
『カシコマリマシタ。――奈々希サマを認証。同行者サマ11名をゲスト登録イタシマシタ。
ドウゾ、オ入リクダサイマセ』
そうして扉が開くとロクにいは、皆にむけて紹介した。
「皆さん、この者は偉名宮南塔管理システム“ワダツミ”です。
我々、古き七瀬のものにとっては、同志というべき存在です。どうか、よろしくお願いいたします」
「よろしくおねがいしま……あっ」
思わず俺も皆と一緒によろしくを言うと、ロクにいはちょびっと苦笑していた。
* * * * *
扉のむこうで待っていたのは、明るめの水色の壁、深い青の床のエントランスフロアだった。
いくつかある窓は閉ざされていたものの、天井からのやわらかなあかりに照らされ、空調によって心地よい温度湿度が保たれている。
広さは、ちょっとしたコンサートホールぐらいあるだろうか。
唯聖殿同様、つるりとした謎の材質の壁がまるく歪曲し、内と外とを隔絶していた。
その丸い内壁に沿って、螺旋階段がぐるりとめぐり、天井にあいた穴の向こうへと来訪者を導くつくりになっているようだ。
――ふいにめまいを覚えた。
そうだ、俺はあのころ、なんどもここに足を運んだ。
エントランスで“海神”と、係員の人たちに迎えられて、そのまま二階へ。
三列の椅子列によって、スリバチ状に取り巻かれた小さな広場にはすでに、演壇と投影システムが準備されていた。
コンサートホールとも、議場ともなるそこには、すでに何人かの有志が集まっていた。
みんなに挨拶をしつつ、演壇へ。
演壇正面に投影された、各議場には人もまばら。
でも、かまわない。だって、前回より二人増えてくれている。
原稿は持ってない、そらで覚えてるから。
来場へのお礼を述べて、一礼。
そうして俺は、辺境地域の窮状と、その救済を訴える演説を――
「……緒。奈々緒。大丈夫か?」
ロクにいの声に我に返れば、そこはもとのエントランス。
棒立ちになった俺の顔を、みんなが心配そうにのぞき込んでいた。
「あ……いや、大丈夫。……です。
みんなごめんなさい。奈々希だったころの記憶がよみがえってきて。
ワダツミ。俺、君の事を思い出した。
あんなにお世話になってたのに、ごめんなさい」
『結果オーライデスヨ。マタ、ヨロシクオ願イイタシマス、奈々希サマ』
俺がわびるとワダツミは、茶目っ気を含んだ声音でそういってくれた。
「さ、行こう。
コントロールルームは三階です、皆さん。
この階段で、二階議場を抜けて昇ります」
* * * * *
階段の幅はそう広くない。
上りと下り、一列ずつなら余裕たっぷりですれ違えるが、二列ずつはちょっと厳しい。そんな階段をのぼっていけば、すぐに二階にたどり着くことができた。
なつかしい円形の議場。中央の演壇も、天井の投影システムも、それら全てを取り巻く小さなアルプススタンドも、なにもかもがなつかしい。
唯聖殿へのお引越しの日、もと執務室に入ったときのサクやんも、きっとこんな気持ちだったのだろう。
あめ色の輝きを放つ椅子に思わず触れたくなった――が、寸前で手を引っ込めた。
閉鎖された塔の中数千年、守られてきた調度たち。当時を語る貴重な遺物だ。
うっかり触れば、破損してしまうおそれもある。
「正しい判断ですよ、奈々緒くん」
その声に振り返れば、ユーさんが微笑んでいた。
目が合うと、お褒めのしるしだろう、ぱちんとウインクまで飛ばしてくれる。
「あ、はい、どうも……」
俺は男だけど、俳優はだしのこの人によるそれは、素直に綺麗だと思えた。
実は俺のまわりに、ウインクが綺麗にできる男はほとんどいない。それこそイザークやメイ博士くらいのもので、アズときたら両目をつぶってしまうことが八割という惨状だ。
「おい、まさかお前もナナに興味があるのか……にゃ?」
「ええ、そのことは後でじっくり♪」
そのアズがなぞの反応を見せるのをからかって、ユーさんは俺を促した。
「さ、はやく三階に行きましょう。
たぶんそこの扉は、“同行者”の我々では開けられませんからね」
「あ、そうか……公子代理権限だけでも、皆さんにも付与したほうがいいんでしょうか?
これからの調査もありますし」
公子代理権限。七瀬の公子である俺たちと同じ――つまり、『当主だけに可能とされること』以外の全てを、七瀬家の権利の認められる場において単独で行うことができる権限だ。
わかりやすいところでは、この塔や偉名宮七瀬館などの、主要な扉や機能をロックしたり解除したり、警備システムやデータベースの情報の閲覧や書き込み(もちろん『領主のみ閲覧可能』以外のものだ)、他の塔との通信なんかもすべて、単独で行える。
公子権限は、当主の直系の嫡子に無条件で与えられるものだ。
当主の三親等以内の者にも、当主または当主代理の承認で付与できる。
けれど実際、実務を動かしていく段階になると、それでは不自由な場合もある。
そのため、公子かそれ以上の権限者の承認により、公子の代理として業務を行う者に与えられるのが、公子代理権限なのだ。
つまり、これからの調査のために俺とロクにいは、ユーさんたちを“俺たちの代理”としてワダツミに認めてもらい、かわりに調査をやってもらえるようにもできるということだ。
ユーさんたちは情報担当だ。俺たちよりはずっと、こうしたことに造詣も深い。
だから代理権限を付与してしまったほうが、調査もはかどるし、いいのでは……
と思ったのだが、当のユーさんの答えは違った。
「それには慎重になるべきだね。もし権限を分けられた者が悪意に操られでもしたら、取り返しのつかないことにもなりかねない。
――ユキマイとセンティオ。そのなかで、信頼のできる数名だけに権限者は絞っておく。
私はそれをおすすめするよ」
「そうですね。ありがとうユーさん」
言われてみればその通りだ。
俺がお礼をいうと、どう致しまして、とユーさんはたおやかに笑った。
そして、俺の背中をやさしく押した。
2019/05/04
ご指摘頂き、ありがとうございます。
最初の段階でついていた「も」を、なぜか削っていたようです。
お手数おかけいたしました……!
87行目:
コンサートホールとも、議場となる……
↓
コンサートホールとも、議場ともなる……
誤字でした……!
そのため、公子かそれ以上の権限者の承認により、……行使代理権限なのだ。
↓
そのため、公子かそれ以上の権限者の承認により、……公子代理権限なのだ。
この「部分」初出の要ルビ名(人名・地名など)にルビを追加いたしました。
朱鳥国
呼称を統一しました
スノー→花菜恵
呼称ミスを修正しました
ロク兄さん→ロクにい




