階層主
「さて、情報通り広い広場ですが…」
「おい、階層主ってあれじゃないか??」
上層の中間地点に位置する5階層、そこはとてつもなく広い広場であった。5階層毎に存在する階層主階層、その最初の難関である。
「大きな図体、特徴的な一対の角、あれは…大鬼ですね」
ーーーー大鬼。小鬼の上位種族とされる魔物、主に棍棒をその剛腕で振り回す。力と耐久力に長けた魔物ありその分厚い外皮と筋肉も相まって斬撃や打撃にも耐性がある、上層でも最上位に位置する強さを秘めている。ーーーー
広場の真ん中にいるモンスターを特徴から見極めたレオン、彼の優秀な頭脳が即座に練ってきた対応策を修正して自らの仲間に伝達する。
「相手は大鬼、力と耐久力が強いモンスターです。大振りの攻撃が多いですがそこまで素早くはありません。アレン、ジークハルト、落ち着いてしっかりと見極めなさい」
「「おう!!」」
「サクラは基本的に前衛の補助、ですが罠の類も通用するはずです。冷静になって」
「了解!!」
「ミーシャは私と一緒に援護を。ですが矢は効きにくいと思います、しっかりと狙って」
「うん!!」
各々に策が行き渡った。アレンは1度全員を見渡し敵へ向く。そして一言
「絶対勝つぜ」
開戦の狼煙が、今上がった。
▷▶︎▷
「行くぞジーク!!」
「おお!!」
アレンがジークハルトに声を掛けて駆ける。一直線に大鬼へ向かう。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」
近付いてくる外敵に対して大鬼が咆哮した。階層中に咆哮が鳴り響く。
(なん…だ、これ…!?)
今までに感じたことの無い、本能に直接届くような脆弱な人間の性。鼓動が早まり全身がビリビリと痙攣して体が硬直してしまった。横目で見ればジークハルトも同じだった。大鬼がこちらに近付いてくる。
(まず…!!)
「……かはっ」
なんとか体を動かそうと息を吐き出す。1度行動を起こす事が出来たアレンはそのまま硬直から解放されて歩みを再開する。
「GUOOOOOOOOOOOO!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
大鬼が大振りでその巨大な棍棒を叩き付けてくる。しかしそれを横に避けて、そのままの勢いを利用して飛び裂帛の気合と共に剣を振り下ろした。
「硬っ!?」
剣は肩あたりに直撃、しかし刀身は分厚い皮膚に少し食い込んだだけだった。大鬼と目が合う。永遠とも感じられる一瞬を過ぎ、跳躍して離れた。
「でえりゃぁぁぁぁ!!」
アレンと入れ替わるようにジークハルトが突撃した。槍を構えて走り、その勢いを利用して大きく踏み込み全身を使って突く。
「GUU…」
ジークハルトの槍は大鬼の脇腹を筋肉の壁を越えて抉った。ここで大鬼が小さく唸る。
「GAAAAA!!」
「うおっ!!」
自らの間合いに深く入った煩わしい外敵を拳で殴る。ジークハルトはそれを盾で受け止めるがそのまま吹き飛ばされた。
「ジーク!!」
「大丈夫だ、それよりも」
ジークハルトに駆け寄るアレン、しかし彼はそのまま大鬼を見据える。
「これは予想以上だな…」
「そうだな、レオン達は…」
油断なく大鬼を見据えながら予想を超えた敵を打倒する糸口を探していく。すると背後から何射もの矢の雨が降ってくる。
「…やっぱり効かないか」
何射とも数え切れない程のミーシャの矢、しかしそれに大鬼はただ煩わしそうにするだけだった。
大鬼が気を逸らしている所にサクラとレオンが近付いてきた。
「魔法を付与します、私の魔法も恐らくあの皮膚を突破出来ないでしょう」
「そうだな、でも炎とかで炙るとかは??」
「出来ないこともないですが…」
「火は駄目よ」
「だそうです」
現状大鬼にダメージを与える事が出来るのはアレンとジークハルト、2人のみ。その2人を魔法で強化して攻めて行くことに決まった。ミーシャやサクラも自身の攻撃が大鬼に決まらない事を自覚していたので特に反論は無かった。
火を使う事に反対したサクラ。彼女曰く、洞窟で火は使ってはいけないんだとか。
「それでは行きましょう」
▷▶︎▷
今でも鮮明に覚えている、あの時あいつと対峙した時の事を。
『全力で防御しろ。でなければ.....』
『死ぬぞ』
Aランク冒険者、『神速』のホークと同じく遥か先輩であるガランとの模擬戦。彼が最後に放った一撃、あれこそが剣技であるのだろう。
「『我は願う。彼の者に大いなる力を授けん』剛力」
レオンの魔法がアレンとジークハルトに付与される。魔法によって身体能力が底上げされた感覚が体に浸透する。アレンはその感覚を確認しながら、この状況を打破する可能性を導き出す。
(俺の剣は所詮我流、ジークとの鍛錬で培ったまだまだ未熟なものだ。誰かに教わり、受け継いだものじゃない…)
ジークハルトと横に並び、大鬼を見据える。見ればジークハルトが抉った傷も話していた時間を使って再生していたようだ。
(技なんてものは無い。でも、だからどうした)
自然と2人の息は合い、声をかけずとも同時に強化された脚力をもって走り出す。大鬼が2人を敵とみなし、自らを鼓舞するように咆哮する。
(無いなら、創ればいい)
「行くぜ、うらぁぁ!!」
「GAAAAAA!!!」
先にぶつかったのはジークハルト、盾を棄てて本来の槍1本のスタイルで攻める。大鬼がその巨大な棍棒を力任せに地面へ叩き付ける。それをジークハルトはサイドステップで避け、そのまま棍棒、大鬼の腕と伝い登っていく。
「ここなら絶対効くよな」
大鬼の頭上へジークハルトが跳んだ。大鬼がそのまま上へと視線が向くが、ジークハルトはそのまま大鬼の目へ向けて槍を突き立てた。
「GAAAAAAA!?!?」
「っと」
大鬼が目を抑えて悲鳴をあげ、片手で目を抑えながら棍棒を振り回す。だがそれもジークハルトは跳躍して避けた。そしてジークハルトと入れ替わりでアレンが駆けた。
「GUU…GAAA!!」
「…」
大鬼が縦横無尽に棍棒を振り回す、だが冷静に攻撃を見極め最小限の動きで避けて間合いへ入る。
下段に剣を構えて走るアレン、その目に倒すべき敵を見据えて振り絞った力を解き放つ。
「……剣技:『昇龍』」
鬼を喰らう大いなる龍が解き放たれた。
▷▶︎▷
「やった…のか…??」
後ろから見ていたジークハルトが呆然と呟いた。大鬼はアレンの一撃を喰らって上半身が吹き飛び消滅した。
「やったぜぇぇぇぇぇぇ!!!!」
直後歓喜の雄叫びをあげてアレンに近付く。アレンは剣を振り上げた状態のまま固まっていた。やがて剣を降ろし、近付いてきたジークハルトを見て小さくはにかむ。
「やったな兄弟」
「…あぁ!!」
拳を互いに合わせて勝利の味を噛み締める。サクラ達も集まってきて皆で勝利を分かちあった。
「俺達の勝ちだ!!」
アレンが最後にそう締め括って、初の迷宮探索は終わった。
ーーーかに、思われた。
▷▶︎▷
「ねぇ、何でこの大鬼は消えないの…??」
「えっ??」
どこか怯えが混じったような声でサクラがそう言った。そこで皆が初めて気付く。アレンによって倒された大鬼は下半身だけのまま残り、いや、上半身が再生している事に。
「皆!!一旦下がっ」
まず自分を殺した敵が殴り飛ばされた。大鬼はまだ再生し切っていないその腕でアレンを殴り飛ばしたのだ。
「が…はっ」
次に自分を殺しうる敵が潰された。既に顔以外は再生しており、どこに誰が居るか分かっているように的確に狙っている。
「ジーク君!?」
「くっ、下がって!!」
ジークハルトに振り下ろした拳がどかされた。クレーターが作られ、その中心でジークハルトが意識を失っていた。
「レオン!!」
「私はいいです、アレンの所へ!!」
「GA◾AAAA◾◾AAAA◾!!!!!!!」
向かって来る大鬼、顔面も再生し咆哮しながら残りの敵を殺さんと迫る。それに対してレオンが1人で対峙する。
「これはまさか…異常事態…ですか!?」
▷▶︎▷
"ほら、いつまで寝てるの"
誰だ、お前……
"誰って、ずっと一緒に居るのに酷いなぁ"
ずっと、一緒に??何を言って…
"あー、もう分かったよ。君は僕を忘れてる、釈然としないけど"
お前なんて、知らねぇよ…
"分かった分かった、もういいよ。でも、いいの??"
何が…
"ほら、大事な仲間がやられちゃってるのに"
『ソレは、心底面白そうに嗤った。』
▷▶︎▷
「…………え??」
倒れ伏す仲間達、天へ向かって咆哮する大鬼、幻想的なまでに綺麗な血飛沫、まるでお伽噺の様で、どこか儚く美しい。
「あ、あぁ、あぁぁ」
目をあらん限り見開いて、嗚咽が零す。どうしたんだろう、こんな、いつかのような物語を見ているのに、同じモノを見てきた筈なのに。
「あぁぁ、あぁ、あぁぁぁぁ……」
どうして涙を流すの??どうして哀しそうにするの??こんなにも美しいのに。
「ぁぁ……」
ほら、ほら、ほら??見なよ、皆大鬼に蹂躙されてる。君に出来ることは何も無い。寧ろ君が望んだ事だろう??
「……はは」
大鬼がこちらに気付いた。君はどうする??受け入れる??抗う??
「はははは」
大鬼が近付いてくる。さぁ、君は何者だ??勇者か??それとも愚者か??
「ははははははは!!!!」
さあ、決断の時だ。この力は君を変える。僕は全てを受け入れよう。君はやがてそこへ辿り着く。
「はははははははははははははは!!!!!」
君はこの力を怨むかもしれない。憎悪するかもそれない。でも、君はこの力を避ける事は出来ない。
「はははははは、ははははは……」
全てが君を見る。視る。観る。
「ははは……」
大鬼が棍棒を振り上げた。さあ、
「殺す」
『殺せ』