ジョブの恩恵
「......何か、夢を見ていたような....」
不意に目を覚ました。長い時間寝ていたようで直ぐに眼は冴え、辺りを見渡す。空いた窓からは月の優しい光が入って来ていて、その光が暗闇を照らしていた。
「俺はこんなに寝ていたのか....」
同じ部屋のジークハルトとレオンは既に眠りについていた。夕食を食べた記憶は無いが、もう一日は終わっていたらしい。
「また寝る気にもなれないな.....鍛錬するか。」
流石に小腹がすいていたので、旅の為に買い貯めていた干し肉をいくつか出して、木剣を片手に部屋を出た。
▷▶︎▷
辺りは静けさに満ちていた。干し肉を口にしながら頭上を見上げれば、月が既に落ちようとしている。朝が近い事を知り、どれだけ寝ていたんだとアレンは自分を叱咤する。
「.....綺麗だな...」
もうすぐ明るくなろうとする空に星々が煌めく。旅の中でこれ程落ち着く時間があっただろうか。気付けばアレンは星に見とれながら空き地の前へと着いた。
「ふぅ.....」
身体を伸ばして、木剣を片手で中断に構える。それを数秒維持して、ゆっくりと上段まで持ち上る。その状態もまた数秒維持してゆっくりと降ろしていく。これを両手何回もしていく。
この木剣は中に鉄が埋め込まれており、ある程度の重みがある。徐々にアレンの額に汗が浮かび始め、腕に疲れが蓄積し始める。
「......」
次は素振り。左手を軸に柄をしっかりと持ち、右手で添える。少し遅めに、なるべく同じ型に沿って上下に振っていく。
「はぁ.....」
いつものセットが終わり、大きく息を吐く。身体が温まり良い状態に入って来た。
木剣を構えて振り下ろし、そのまま連撃に繋げていく。
「フッ.....!!」
剣閃一閃。空を切る。
「フッ.....!!」
剣閃一閃。闇夜を斬る。
「フッ.....!!」
剣閃一閃。心を剪る。
アレンは着実に、終わりの見えない道を進んでいる。
▷▶︎▷
「おや、鍛錬に行っていましたか。」
「すまん、起こしたか??」
「大丈夫ですよ、もう起きていました。」
鍛錬を一通り終えたアレンは宿に帰ってきた。まだ朝と言うには早いぐらいの時間だったが、女将の女性や厨房の男性は既に起きていた。宿屋の朝も早いようだ。
まだ寝ているだろうと思っていたアレンはそっとドアを開けたが、レオンは既に起きていたようだ。
「また落ち着いたら、皆で街を回りましょう。」
「あぁ、悪い.....」
「そこはありがとう、ですよ??感謝の言葉は大事です。」
「....あぁ、ありがとう」
やはりレオンには敵わない。また皆にもお礼の言葉を言わなければ.....、そう心に思うアレンだった。
▷▶︎▷
「それでは、これより転職の儀に移ります。転職部屋にはアドバイザーとして受付嬢が1人、冒険者様の1人、2人で入る事になります。よろしいですか??」
「あぁ、また後でな皆。」
「良いジョブがあるといいわね!!」
受付嬢から説明を受け、ジョブに就く時が来た。皆で軽口を叩きあい、それぞれが転職部屋に入った。
「それではこれより、転職の儀を執り行います。この水晶に手をかざしてください。」
言われたまま、部屋の中心にある水晶に手をかざした。すると水晶が輝き、幾つもの文字が浮かぶ。
「それでは、改めてジョブの説明を致します。ジョブは..」
ーーーージョブとは、身体能力も大幅に向上させたり、様々な恩恵がある。そして一定までジョブを使いこなすと、また転職する事が可能になり、より自分に合ったジョブへと派生していく。ーーーー
「....以上になります。それでは、質問があれば私に。」
「ありがとう。」
説明を聞いて、浮かび上がっている文字の数々に目を向ける。近接系のジョブが多く見られ、魔法系のジョブはあまり見られない。特別なジョブも見られないから、予定通りのジョブに就くと決心した。
「よし、俺は"剣士"になろう。」
ーーーー"剣士" 剣を扱う基本ジョブの1つ。剣の扱いに補正がかかる。ーーーー
「ーーーーはい、完了致しました。アレン様の今後の冒険に、女神の加護が宿りますように。」
▷▶︎▷
「お、アレンも終わったか。」
「ジーク。」
ジョブに就き、部屋から出るとジークハルトが既に外にいた。近接戦闘を得意とする2人はほぼ決まっていたようなものだったから早かったのだ。
「しかし、ジョブってのは凄いな。就いた瞬間力が漲るのが分かったよ。」
「あぁ、そうだな。これならあのガランのおっさんにもいい線行けるんじゃないか??」
「そうかもな。」
「生意気言うじゃねぇか坊主共!!」
うわっ、と声を上げる2人。後ろに振り返れば戦闘試験をした壮年の男ーーガランが立っていた。2人の驚く表情にまた笑うガラン。
「ガハハ、なんなら今からまたやるか??引退したとはいえ、ジョブに就いたばっかの小僧にゃ負けねぇよ!!」
「むっ、そりゃ勝てるとは思わねーよ。」
ジョブに就いた事で強くなったのは確かだろう。それ程ジョブの恩恵とは大きいものだ。しかし、それでもなお勝てるとは思えなかった程、彼は強かった。
「いい事を思い付いた。おい小僧、名前は??」
「俺か??アレンだ。」
「よぉしアレン、俺が稽古を付けてやる!!説明は聞いただろう??」
「いいのか、ガランさん!!」
「あぁいいぜ、お前は才能がありそうだからな!!今日これからやっただけである程度は行けるんじゃないのか??」
「本当か!!」
思わぬ好転に喜ぶアレン。このまま2人で行こうとするが...
「待ってくれおっさん!!俺は!?」
「悪いなぁ坊主、俺は剣のジョブに就いてるから槍は使えねえんだよ」
「そ、そんな....」
「修練場でやっているから、仲間と合流したら来いよ。ジョブに就いた身体能力に慣れることも大事だ。」
そう言い、アレンは罪悪感を感じながらも興奮を隠しながら修練場へと向かった。
▷▶︎▷
「さて坊主、1回軽く模擬戦をするか。」
ガランは修練場に着くなりそう切り出した。周りにはそれ程人は居ず、アレン達は真ん中で向かい合った。
「昨日負けたばかりだろ...」
「まぁな。だが絶対に何かが変わっているはずだぞ??ジョブとは、それ程のもんだ。」
「じゃあ、お言葉に甘えて......っ!!」
アレンは言葉を切るなりいきなり踏み込んだ。ガランの強さは身に染みているため、正面からでは勝ち目は無いと踏んだのだ。だが....
「がぁ!?」
いきなり全身に衝撃が襲いかかり、後方へ吹き飛ばされた。
「な、何が起こった....!?」
「ふむ....まぁ、やっぱりこんな感じか」
ガランが反撃してくる可能性はもちろん考えていた。むしろ、反撃してくる可能性の方が高かったからどのように応戦するかも自分の中でシミュレートしていた。だが結果は、何をしたのか分からずに吹き飛ばされたのだ、自分自身が。
「脳と身体の誤差だ。」
「誤差....??」
1人思考に浸っていると、ガランにそう言われた。不意に言われたその言葉に思考が止まる。
「ジョブの恩恵は絶大なものだ。ジョブの有無だけでそこには高い壁がある。何年も、何十年もかけて手に入れる力を一足飛びで得ることが出来る。それがジョブの恩恵の1つだ。当然、"認識の誤差"がある。ジョブに就きたてだと、殆ど別物の体だ。そんなもの、いきなり使いこなせるわけがない。」
「そうか.....そういうことか...」
ガランがジークハルトに言っていた言葉の意味を理解した。確かに当たり前だ、今の自分の体は、自分のものであり自分のものでないようなものだ。
「まずはそこからだな。ほれ、どっからでもかかってこい」
「....よし、行くぞ」
何回か軽く跳ぶ。自分の身体なのにとても軽く、それに違和感を感じる。これが"誤差"だろう。次は慎重に行こうと画策する。
1度修練場の端まで距離をとる。そこまで広くはないが、身体を動かすには十分過ぎる広さだ。そこから歩き始め、段々と速度を速めていく。
「懸命だ、まずは自分を知れ。」
「.....」
ガランを中心に、剣の間合いの外を走る。全力ほどではないが、ジョブを就く前ではそこまで長続きしなかったであろう速さだ。そんな自分に驚きながらも、体を動かしていくうちに段々と違和感が消えていった。
(動きにぎこちなさが無くなってきた.....やはり俺が見込んだ通り、才能があるな。それも並外れた)
「.....っ!!」
アレンが動いた。走っている勢いのまま方向転換、一直線にガランへ向かう。
「はぁ!!」
「くくっ、いいぞその調子だ」
ガランへ向けて唐竹割りに一閃。しかしガランに剣を合わせて防がれる。だがそれは想定内、すぐに剣を別方向から打ち込む。だがそれも防がれてしまうが慌てずに、冷静に打ち込んでいく。
「身体の使い方が分かってきたようだな。」
「あぁ....段々とな」
アレンの斬撃は少しずつ鋭く、重くなっていく。これは体がスムーズに、思った通りに馴染んで来たことにより体全体を使った威力のある斬撃を繰り出せるようになってきたからだ。
「ならこれはどうだ!!」
ガランが全防御から一転、反撃を開始した。タイミングを合わせてアレンの剣を大きく弾き返し、自分から斬り込んでいく。
「っ....あぁ!!」
吹き飛ばされながらもなんとか踏み止まり、自分に向かってくるガランの剣に自分の剣を叩きつける。しかし、ガランは打ち込まれながらそのまま切り払い、アレンは遥か後方まで吹き飛ばされた。なんとか勢いを殺し、自身の腕を見る。今にも木剣を落としそうな程手が痺れていた。
「さぁ、どこまでついて来れるかな??」
背筋が凍る。直感に従い頭上に剣を振るう。帰ってきたのは、大岩をもかくやという衝撃。すかさず跳んで斬撃を避ける。一息ついて見たガランの顔は、子供の様に無邪気ながらもどこか狂気を宿したような凄絶な笑みだった。
▷▶︎▷
「はぁ...はぁ...はぁ...」
殆ど気力で立っている様なものだった。大きく口を開けて息を吐き、手はだらんと下がっていながらも剣はしっかりと握っていた。
「まさかジョブに就きたての小僧がここまでやるとはな.....」
ガランもまたアレンの健闘に驚きを隠せずに居た。この敗北をきっかけに更に強くなって欲しい、ぐらいの気持ちだったのだ。
「ふむ...いい所まで行ったら魔力について教えてやろうと思っていたが.....気が変わった。」
今まで無形を貫いてきたガランが、初めて構えをとった。アレンもその変化に警戒し震える手で剣を構える。が......
(なんだ、なんだ、なんだ、なんなんだ!?)
ガランの雰囲気が変わった。見た目の変化は何も無い。なのに、得体の知れない威圧感がアレンを襲った。
「全力で防御しろ。でなければ.....」
アレンの中の直感が煩いほど伝えてくる。自分の知らない『何か』か来ると。
「死ぬぞ」
そこで、アレンの意識は途絶えた。