予兆
「ここが、"笑う鶏亭か".....」
冒険者ギルドを出たアレン達は、大きな建物の前にいた。ギルド程ではないがかなり大きい建物だった。
アレンは大きな扉を開けた。
「いらっしゃい、"笑う鶏亭"へようこそ!!宿泊かい??昼飯かい??」
入ると正面に受付があり、そこにいる恰幅のいい女性が話しかけてきた。人懐っこい笑顔を浮かべる明るい雰囲気の女性だ。
「あぁ、どっちも頼む....」
「分かったよ♪2人部屋と3人部屋でいいかい??」
「あぁ、それで頼む。1ヶ月だ。」
「分かったよ♪朝と夜ご飯は込で入っているからここの食堂を使うといいさ!!」
そうしてアレンは金を支払うが....
(これも皆で一緒に貯めてきたものなんだけど.....いや、これからも皆で一緒に冒険してまた集めればいいじゃないか。)
1ヶ月分の宿代はやはり大きなもので、アレン達が持っている金の多くを支払った。この金は子供の頃からシスターの手伝いやギルドの手伝いでコツコツ貯めたもので、思い出深いものだったから払うのがためらわれたのだった。
「毎度あり♪これが部屋の鍵だよ!それじゃあ食堂で昼飯を食べてくるといいさ♪荷物はこっちが部屋に運んでおくよ!!」
そういい、女将の女性はアレン達の荷物を1人で預かり上に上がっていった。5人分の荷物を1人で持って行くのを見て、元冒険者かもしれないな....などとアレンは考えていた。
▷▶︎▷
「お待たせしました!!あちらの席へどうぞ♪」
食堂に入ると、アレン達よりも少し小さい少女に話しかけられた。恐らくこの店の従業員で女将の娘だろう。
「皆、美味しそうなのを食べているなぁ....」
「楽しみね!!」
「そうだね。」
席に着いて周りを見れば、男も女も、年寄りから若い人までたくさんの人が賑わっていた。
「こちら水です。お決まりになったらお呼びください♪」
少女に渡されたメニューには、肉や野菜の様々なメニューが綴られていた。
「鶏肉の料理が美味しいと聞きましたが、これは予想以上ですね....」
「これじゃあ迷っちまうなぁ」
アレン達は試験が終わった後、受付嬢の人と仲良くなったのだ。その受付嬢の勧めもありこの宿に来たが、とても美味しそうなものばかりだ。
「じゃあ、俺はこれにしよう。」
「俺はこれで。」
「私はこれかなぁ。」
「では私は....」
「これにしようかなぁ....」
各々食べたい料理を考え、さっきの少女を呼んだ。
「かしこまりました!!少々お待ち下さい♪」
▷▶︎▷
しばらく談笑しながら待っていると、さっきの少女が料理を持ってきた。
「お待たせしました!!どうぞお召し上がりください!!」
鶏肉や卵、野菜を沢山使った料理はアレン達の腹を更に刺激して、空腹を加速させた。
「それじゃあ....」
「「「「「いただきます!!」」」」」
食前の挨拶を全員でして、それぞれが頼んだ料理を口にする。
「「「「「美味しい!!」」」」」
"笑う鶏亭"の料理は高級料理ではなかったが、家庭的な温かい味だった。その味は彼らにどこかシスターのご飯を思い起こさせるもので、どこか懐かしさも感じていた。
皆が少しの間、会話も忘れて一心不乱に料理を食べていると....
「おう、あんちゃん達。見ねぇ顔だな、新入りか??」
しばらく食べていると、横のテーブルの男に話しかけられた。冒険者と思われる装備を纏っている、強面の男だった。
「あぁ、今日この都市に着いたんだ。」
「そうかい、あんちゃんらも冒険者になりに来たのか??」
「そうだ!!」
思わず舐められないよう力強く返事をしたが、彼の顔に浮かぶのは強面には似合わない優しい表情だった。
「ここの迷宮は危険がいっぱいだ。だがそれ以上に、未知への探求、仲間たちとの冒険、楽しい事ばかりではないがお前達もきっと満足してくれると思うぜ。」
そう言い、仲間達と力強く笑う先輩冒険者達。いつの間にかアレン達は彼らを、憧憬の眼差しで見ていた。
▷▶︎▷
「すまん、この後なんだが俺は別にさせてもらってもいいか??」
料理も少なくなってきた頃、アレンはそう切り出した。唐突に言われたその言葉に皆がアレンに視線を向ける。
「どうしたの??あなたがそんなことを言うなんて珍しいじゃない」
「確かにそうですね、どうしたのですか??」
「い、いや......」
(試験で本気でやった挙句に惨敗し、それにより身体の節々が痛いなんて言えるわけがない.....)
「こいつ、戦闘試験でめちゃくちゃやった挙句惨敗したんだよ!!」
「ジークてめぇ!?」
アレンのささやかな抵抗は、ジークハルトにより無に帰した。予想外の理由に呆然となるサクラ達。数瞬の静けさを置いて大きな笑いが巻き起こった。
「あははは!!アレン貴方.....あはは!!」
「ククッ、そうですか、惨敗しましたか....ククッ」
「ふふふふ、ごめんねアレン君、これはちょっと....ふふふ」
隠しておくはずだった事実を暴露され、アレンの顔が真っ赤に茹で上がる。
少し時間を置き、ようやく笑いが収まってきた頃。
「それで、アレン。やはり強かったですか??」
「あぁ、想像以上だった。道は遠いな....」
差があると分かっていたとはいえ、想像以上に高い壁。本気で戦ったのに底の見えない自分との差。アレンにはなまじ実力があったからこそその途方もない差が分かった。
「やめますか??」
レオンがそんなことを言う。俯いた顔を上げれば、そこには自分の事を全て分かった上で投げかける無意味な問いを掛ける顔があった。
(分かってるくせに.....)
「そんなもん、決まってる。」
静かに、だけど力強く言う。こんな事ははなから承知。道のりが遠ければ更に歩みを進めるまで。
「追い付いて、超えて、俺が最強になるんだ。」
ーーーーーこれが、俺の誓いだ。
▷▶︎▷
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ.....」
ーーーーー走る。走る。走る。その先に、何があるかは知らない。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ.....」
ーーーーー走る。走る。走る。彼がどこを通ってきたかは知らない。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ.....」
ーーーーー走る。走る。走る。彼が何を捨ててきたかは知らない。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ.....」
ーーーーー走る。走る。走る。彼は迫り来る何かの気配を知らない。
▷▶︎▷
暗闇に堕ちる。
世界が暗転する。
闇に染められる。
刻まれた傷を。
植え付けられた証を。
光か闇か。
聖か邪か。
正が悪か。
絶望か、希望か。