冒険者ラーバル
「hihiiiiiinnnnn!!!」
「くそっ、すばしっこい!」
小柄な体躯の馬が地面を蹴って疾走する。
現在第8階層、森林型の中層に生きる魔物は上層の小鬼の様なものだけでは無くなってきた。
その小柄な体躯と持ち前の素早さで撹乱し、頭に生えた鋭利な形の角で攻撃する食人馬、この中層の魔物は最早個体の強さが上層とは段違いとなっていた。
「ダメだ、盾がある俺は殺れねぇ!」
「分かった、じゃあ盾役に徹してくれ。俺が斬る!」
食人馬の猛攻を盾技"挑発"で一心に受けるジークハルトだが、速すぎる一撃離脱戦法に攻めあぐねていた。
「hihiiiiinnn!!!」
「弓技"連射"!」
食人馬が後ろに引いた瞬間を狙い弓技を放つミーシャ。
放たれた5本の矢は寸分違わず食人馬を狙い穿つが、敏捷に特化した魔物にとってそれは余りにも遅すぎた。
「hihiiiiiiiinnnnnn!!!」
大きく跳躍する食人馬、唐突に今までに見せなかった縦の動きに皆の動きが止まる。
食人馬は盾を構えるジークハルトを飛び越え弓を撃つミーシャを狙った。
「今です、アレン!」
「任せろ!!剣技"閃塵壊"!!」
だが、それを読み予め対抗策を用意していたレオン、用意された獲物を厳しい鍛錬を重ねてきたアレンが見逃す筈もなくそれは放たれた。
剣技"閃塵壊"、現時点アレンが使うことのできる最も威力の高い剣技である。
1つの空間に座標を定め、魔力を用いる事でその空間にほぼ同時の3つの斬撃を叩き込む事ができるようになる荒業だ。
だがその威力は絶大であり、同時の三閃を叩き込まれた食人馬は絶命し砂に還った。
▷▶︎▷
「……はい、換金完了致しました。素材も売却して頂いたのでそれも含めると、合計6,720Eです。お疲れ様でした」
「はい、ありがとうございます」
「今回の迷宮探索により到達階層は第8階層に更新されました。これからもレイト・ブルーマーズの活躍を期待しております」
地上に戻りギルドにて魔物を倒して得た魔石や素材を換金したアレン達。
到達階層も深くなり魔物も強くなるという事はそれらから得られる魔石や素材もまた高価になっていくのだ。
前回とは比べ物にならない金額に皆嬉しがっていた。
「おお、アレン殿、こちらだ」
「ラーバルさん!無事戻れましたか」
「ああ、おかげさまで」
ギルドを出たアレン達を出迎えたのは迷宮でアレン達が助けたソロの冒険者、ラーバルだった。
どうやら迷宮を出てしばらく時間が経っているらしく、迷宮で携えていた2本の剣はなく1本だけ剣を持っていた。
「アレン殿らは"笑う鶏亭"に宿泊しているのかな?」
「はい、そうですよ」
「あそこは良い店だ、拙もこの迷宮都市に来た頃はあそこに宿泊させてもらった」
話をしながら歩くラーバルとレイト・ブルーマーズ。
どうやら彼も冒険者の都市とも呼ばれるこの迷宮都市ドロームでずっと冒険者をやっているらしい。
「此方だ」
「ここは…」
「ギルドの運営している食堂であるよ、少々荒々しい者共もいるが皆良い奴だ」
冒険者ギルドから少し離れた大きな店、店内に入るとそこは迷宮帰りの冒険者達がそれぞれ思うままに笑い、食べていた。
「ささ、遠慮せず飲み食いするといい!今日は拙の奢りである!!」
「本当にいいんですか!」
「やったーー!!」
「ひゃっほーーい!!」
どうやら本当にラーバルが飯代を払うらしい。
自分を合わせて6人分の食事を持つラーバル、助けられたとはいえ彼の懐の深さが垣間見える。
「おう、ラーバルじゃねぇか!Cランクに昇格したんだって!?やるじゃねぇか」
「おお、祝杯感謝する。しかしまだまだであるよ」
「はっはっはっ、生真面目な奴め!!それよりそいつらは…見ねぇ顔だな、新入りか?」
「おう!Dランクパーティ"レイト・ブルーマーズ"だ!よろしくなおっさん!」
席に着くとさっそく違う席から1人の男が近付いてきた。
筋骨隆々の強面の男だが、どうやらラーバルと面識があるらしい。
▷▶︎▷
「さて、では改めて自己紹介させてもらおう。拙はラーバル、ソロのCランク冒険者である。いやぁ、恥ずかしながら昇格クエストを達成した帰りに物資が尽きた状態で大鬼の群れに遭遇してしまった、面目ない」
「そうだったんですか…俺は一応このパーティ"レイト・ブルーマーズ"のリーダー、アレン」
「私はレオン、魔法使いです」
「私はサクラ、斥候職に就いているわ」
「私はミーシャ、えっと、弓士やらせてもらってます」
「そしてこの俺が剛槍使い、ジークハルトだ!」
「ごしゅじんさまのつかいま、りゅうなのです!!」
席に着いて改めて自己紹介をするアレン達。
どうやら彼、ラーバルは昇格クエストを受けた帰りに群れに遭遇してしまったらしい。
彼程の技量を持ちながら何故自分達に助けを求めるのか分からなかったアレンは、ようやく自分の中で納得していた。
「さぁさ、金はたんまりあるので存分に味わうといい!ここはギルドの冒険者食堂、味は笑う鶏亭には劣るかもしれんが量はある。質より量がこの冒険者食堂の醍醐味であるからな!どんどん食ってくれ!!」
「「「「「「「かんぱーい!!!」」」」」」」
▷▶︎▷
「ん……あれ、寝ちゃったのか、俺」
気付くと周りは静かになっており、見渡すと自分が笑う鶏亭の部屋のベッドの上に居ることが分かった。
横を見れば、ジークハルトとレオンがぐっすりと寝ていた。
「変な時間に起きちゃったな」
どうやら時間は夜明け前の深夜らしい。
僅かに空いている窓から柔らかな月明かりが部屋の隅を照らしている。
また眠る気になれないアレンは剣を持って窓から地面に降りた。
扉から出て他の客に迷惑を掛けたくなかったのだ。
「なんか、前にも同じような事があった気がするけど…」
前にもこのような時間帯に起きてしまい外で剣を振っていた事をアレンは覚えている。
まだこの都市に来て間もない頃だったか。
実はもうこの迷宮都市ドロームに来てから1週間以上経ち、ここでの生活、冒険者としての生活にも慣れてきたのだ。
「確かここに…あった」
直感のままに進んでいくと、前にも鍛錬していた小さい広場に着いた。
その小さな空間、しかし剣を振るには十分な場所でまた鍛錬をしようと剣を抜く。
『やあ、こんばんわ。いや、もうすぐおはようになるのかな?』
後ろからそんな声を投げかけられた。
それは余りに自然なものであり、気付かず背後を取られた事にさえアレンは気付かず声のする後ろへ向く。
そこには、まだ10歳弱ともいえるような小さな中性的な少年が立っていた。
「リュウ…?いや、違う。こんばんわ、こんな時間にどうしたんだい?」
『ちょっと様子を見に来ただけだよ、すぐに帰る』
「家は近くなのかな?送っていこうか」
『大丈夫だよお兄さん。すぐに戻る』
一瞬アレンは自身の眷属とこの少年が被って見えた。リュウの鈍く光る黒髪とは正反対の、暗闇でもよく見える白髪であるのにアレンにはどこか被って見えた。
『それに、もうそんな余裕はないんじゃないかな?』
「え?」
一体何を言っているのか、アレンが聞こうとした瞬間ーーー首筋がチリッ、と焼けるような感覚がした。