元剣聖
1度目の迷宮探索を終え、休息を取る面々。次に迷宮へ足を踏み入れるまでに時間があり、それぞれが英気を養っていた。
「とーっ!!やーっ!!まてーっ!!」
今アレンは"笑う鶏亭"の自室にて自らの眷属ーーリュウと戯れていた。しかしそれは魔法のジョブに就いたレオンに教えてもらった魔力操作の練習であり、魔石のひとつを魔力で纏って指向性を持たせて空中にて動かしているのだ。ただ、それにリュウが猫のように追ってくるのだ。これをここ何日かやっている。
「ねぇ、リュウ」
「どうされましたかごじゅじんさま!!」
ここ何日かで分かったこと。リュウはアレンのことがとても好きだ。とてもとても好きだ。今だって一瞬前まで飛ぶ魔石にじゃれていたのに直ぐにアレンの声に反応した。アレンを見る目なんて凄くキラキラしている。先程は猫と言ったが、ブンブンと振り回される尻尾が見える程度には犬だ。可愛い
「今日はちょっと行く所があるんだけど、一緒に来る??」
「ごじゅじんさまのいばしょこそこのリュウのいるべきばしょであります!!」
「分かったよ、それじゃあ支度して行こうか」
「はい!!」
▷▶︎▷
「ここ、かな…??」
「おー!!」
「本当に、ここなの??」
アレン達は今ひとつの家の前に立っていた。宿を出た所でばったりとサクラと会い、一緒に行く事になったのだ。そして今アレン達3人が訪れているその場所は…
「すみませーん、誰かいらっしゃいませんかー」
「はい、どちら様でしょうか」
「俺はアレンはというものなんだが…」
「あぁ、アレンさんですね、聞いていますよ!!どうぞお入りください」
お邪魔します、と言って3人はその建物の中に入った。出てきた若い女性に案内されてひとつの部屋に入った。そこで女性と向き合い、話を切り出す。
「それで、剣聖殿は…」
「元だ、クソガキ」
唐突にかけられた声。部屋の扉の所から発せられたその言葉にアレンは思わず振り返った。そこに居たのは白髪を後ろで束ね、狼のように吊り上げられた鋭い目をした初老の男性だった。しかし、背筋はピンと伸びており若々しい印象を受ける。
「お前がアレンとかいうクソガキかぁ??」
「は、はい。ギルド支部長のシリウスさんの紹介で来たんですが」
「あぁ、聞いてる。剣は持ってるな??着いてこい」
▷▶︎▷
「それで、その…」
「エルドだ、聞いてないのか」
「は、はい…『剣聖』に教えて貰え、と」
「ちっ、あんガキィ…まぁいい。」
エルドと名乗る男性に連れられ道場のような広い空間の部屋に連れられた。縦にも横にも広く、端には様々な形の木剣があった。
どうやら
「俺は、前代剣聖だ」
ーーー剣聖。その名は誰であろうと聞いた事のある称号だろう。それは剣の最高峰、王に認められた紛れもない『最強』の一角。ーーー
話を聞く限りシリウスとエルドは旧知の仲のようだ。悪態をついているがその言葉に嫌悪感を感じない。
「流石に老いには勝てん。これは定命である人の運命であり決定事項。だからこそ人は技術を磨きその技を後世へ繋げていく」
「それじゃあ、教えてくれるんですか!?」
「あぁ、シリウスのガキの頼みだ仕方ねぇ。だが…」
刹那、エルドが腰の剣を抜剣した。瞬間のうちに抜かれた真剣、それは寸分違わずアレンの首に振るわれ皮1枚の所で止まった。
「悪いが、俺の技術をタダで教える訳には行かねぇ。人外なら尚更な」
「っ、そうな言い方しなくてもいいじゃない!!アレンは紛れもなく人よ!!」
「外野は黙ってろ」
剣を突きつけたままそう吐き捨てるエルド。見守っていたサクラが思わず言い返すが一蹴される。そしてエルドはもう一度アレンに目を向けた。
「お前は…人間か??」
「っ!!……当たり前、だ」
「ならばよし、であればこの"人の力"を受け止めて見せろ」
剣を引き老獪な狼はアレンを鋭い眼光で見抜く。握り締める剣に何が宿っているのか。
▷▶︎▷
最初は驚きだった。
なんでも、竜の力を魔力として発現させた冒険者が居るらしい。竜は人間、魔物含めてもトップに君臨する王者の種族。そのような力があればきっとこの世界を変えてくれるだろう。
その期待を覚えた反面、邪な考えを持つ者に利用されるのではないか、という危惧を感じた。いや、もしかしたら本人が何かあらぬ考えを抱くものであれば…
相談に来た後輩の話を聞きながら気付けば自分から提案していた。
「確かそいつは剣を使うんだな??だったら俺が鍛えてやる」
ーーーそして、俺が見極める。
力には必ず責任が伴う。そして、分不相応な力はその身を滅ぼす。
その異端の力、いつか必ず悪意を引き寄せるだろう。であるからこそ、人は自身を鍛え抜くのだ。敵に、悪意に、自身の壁に打ち勝つ為に。
▷▶︎▷
「たぁぁ!!」
「殺気が見え見えだ」
アレンが上段に剣を振り上げる。そのまま振り下ろすがエルドが1歩横に逸れてそのまま最小限の動きでアレンの剣の腹に剣を添えた。それにより金属が擦れる音が鳴り響きながらアレンの剣は空を斬った。
アレンにはもう分かっている。この剣士が自分よりと遥か格上である事が。もちろん年老いているから、と舐めていた訳では無い。それでも今のアレンには到底彼の底が読めなかった。
「ぐっ、ぜぁ!!」
「剣は大振りな振ればいいというものでは無い」
崩しそうになった体制を1歩前に出す事で踏みとどまり、足から全身を捻り力を乗せてエルドに振り切った。だがそれさえも完全な間合いを見切られており、剣が届く1歩外側に後退していた。
「剣とは、斬るものだ」
今まで殆どだらんとしていた体勢から初めて剣を構えた。その、エルドに最大限の警戒をするアレン。
だが…
「力任せに振るっても、それはただの破壊に過ぎない」
(…剣閃が、見えなかった…!?!?)
削るような音ともにアレンの横に斬撃の衝撃波が通過した。横目で見てみれば、丁度アレンの足の真横から数メートルに渡って地面が削れていた。恐らくエルドの斬撃だろう。
この斬撃が直撃していたら、そんな事を思わず考えてしまい唾を飲み込む。だが、今自分が強くなる為にも今ここで引くわけにはいかない。先程エルドが言っていた通り心のどこかで分かっていたのだ、この力が『化物』と呼ばれるかもしれないことも。
だからこそ、今は前を向く。自分を信じてくれる人のために。
「俺は、負けれない…!!」
「……おい、クソガキ。お前その眼…」
刹那、黒い疾風が走った。
この時、初めてエルドは背後を許した。エルドが振り向き、アレンを狼の如し鋭い目で見詰める。
「貴方が強い事は分かっています。だから、今の俺の全力で…!!」
「分からないのか、力に頼るだけなのは正しく獣…」
「がぁぁ!!!」
「むんっ!!」
アレンが黒い閃光となって、獣の如くエルドに向かった。大上段の一撃、それにエルドは裂帛の気合と共に真正面から剣を合わせた。
「…っ!!」
「爺と…舐めるなよ童ぁぁぁ!!!」
一瞬の鍔迫り合い、それを崩したのはエルド。衰えが目立ち始める初老の男性とは思えぬ筋肉の膨張をもってしてアレンを押し返した。
だがアレンもその金色の眼孔でエルドを鋭く見据える。
「それが竜の力か、面白い」
「はぁぁぁぁぁ!!!」
身体から溢れる粘着質な黒いオーラ、それをアレンは見に纏っている。黒い残光を残して目にも追えぬ程の速さで剣を振るうが、当然エルドもそれに追随する。
剣の煌めきさえを置いていく神速の袈裟斬り。だがそれを全て真っ向から受け止め、逸らし、弾くエルドの変幻自在の剣技。2人の時間が加速してく…
竜の魔力を発揮した事で上昇し、今も尚加速的に上がり続けるアレンの身体能力。自らの力に振り回されそうになる、だが暴走する1歩手前で踏みとどまり戒めるように柄を握る力を強くする。決して、自分の人としての半身を手放さい為に。
▷▶︎▷
「はぁ…はぁ…」
「どうやら、この竜は意地でも人でいたいらしい…」
満身創痍、今のアレンは正にその言葉が当てはまるだろう。四肢は健在だが身体中が切り傷だらけであり、肌が殆ど自らの血で隠れている。格上と真剣で斬り合った故 であろう。
それに対してエルドは無傷で合った。だが人外じみた身体能力でも老いの影響はやはりあるようで、少し息が上がっていた。アレンに罵りとも捉えられるような言葉を投げかけるが、その表情は伺いしれない。
「俺は…!!」
「いいじゃねぇか、それで」
「え…??」
またそのような事を言うエルドにアレンが反論しようとすると、思いもよらぬ返事が返ってきた。
「足掻いてみろ、今の自分を信じて突き進んでみろ童。俺がいくらでも鍛えてやる」
「…!!それじゃあ…」
「だが、少しでも弱音を吐いてみろ、一瞬で叩き斬ってやる」
せいぜい頑張れよ、と言葉を残して奥に戻って行った。
サクラとリュウが心配そうに駆け寄ってくるが、それに気付かないほど見えなくなるまで元剣聖の背中をアレンは見ていた。