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第八話


「泣いたって無駄なんだよ!! もう今度という今度は許さないからね!! ってあら?」


 そこでようやくリフリールの存在に気付いたらしい女店主は、営業用の笑顔に切り替えたようだ。

 リフリールは少しあきれて、小さくため息をついた。


「あらら~お見苦しいところを見せてしまいましたわね」

「いや、なに、こちらこそ少しばかりタイミングが悪かったようだ」

「いえいえ、そんなことはございませんのよ。服を買うのにタイミングなんて関係ございません、何かお探しですか? ほら、お客さんだよ!! 立ちなさい!!」


 女店主が先ほどより少しだけ、口調を弱めてそう言った。

 すると丸みを帯びた毛玉が立ち上がった。

 目の下にはクマが出来て、疲れ果てた顔をしている。

 顔立ちは小ぎれいではあるものの、目には力が無く動きもひどく鈍い。


「あふっ……いら……しゃいませ……」


 ようやく絞り出した言葉は、リフリールにとってありがたいものではなかった。

 少なくとも今すぐにこの機嫌のよくない店から出たいと思う程度には、感謝すべきだろうと考えるほどだ。

 だが、ここで出ていけばこの娘がまた叱責されるとリフリールは考え直したようだ。


「ごめんなさいねぇ、しつけが出来てない娘で」

「かまわないでくれ、それよりこの娘は」

「あら、見たことありませんか?」

「そうだな、このような姿をしている娘は見たことが無い」

「合いの子ですよ、魔物とのね。気分を害されましたら下がらせますけど?」

「かまわない、そういう者もいるんだなと驚いただけだ」


 全てを察したリフリールはそれ以上会話を広げようとしなかった。

 どうやら、人と魔物が交わった結果、このような娘が生まれる事がある。

 リフリールはそのように捉え、そしてそれは間違えでは無かった。


「ニャーニャ、ほらちゃんとおし!」

「あふっ…」


 ニャーニャと呼ばれたほとんど毛玉少女は、リフリールを見上げている。

 目にはうっすらと涙を浮かべ、今にも泣きだしそうだ。


「とりあえず、替えの服を用意出来るか?」


 女店主にそういうと、ニャーニャがすぐに動き出していた。

 動きはのろのろとしていたが、いくつかの服を手渡した。

 その時にニャーニャの手に驚いた。

 彼女の手は犬や猫と同じように肉球があり、指は短く、爪が伸びていた。

 人間よりも動物に近い存在なのだ。

 リフリールはそれでも嫌な顔一つせずに服を受け取った。


「ありがとう」


 笑顔でそう言ってみると、ニャーニャはぱっと顔を明るくしている。

 それから、女店主が言葉をつづけた。


「そちらに試着できる場所がありますので、どうぞ! きっと似合いますわよぉ!」


 言われたままにいくつかの服を試着し、動きやすい布の服を選んだ。

 少しだけ他の服よりも生地が薄く、これなら涼しく寝られると考えたからだ。


「これを頂こう、代金はこれで足りるか?」


 そう言って、手持ちの銀貨を差し出すと女店主は一瞬ほほを緩ませ、笑顔になった。


「流石お目が高いですわぁ、ですがその服は最新の生地を使っておりまして、少しばかり値が張ります」

「そうなのか、足りないか?」

「いえいえ、その銀貨があれば十分足りますわ! 一枚おまけして、全部で5枚。いかがです?」

「それでいい」


 言われたままに差し出すと、女店主は作業場から飛び出てきて銀貨を受け取った。

 ニタニタと笑い、何度もお辞儀をしている。

 新しい服に変え、古い服は処分してもらうと、その不思議な娘のいる服屋から出ていった。

 近くにあった酒場に向かうとそのまま中に入っていった。


「おーう、こっちだこっち!」


 酒場の中の独特な匂いと雰囲気、それに立ち止まっていると結ばれた髭の陽気な声がかけられた。

 木で出来た古びたテーブルはあちこち切り傷や、長年使っているせいかあちこちひび割れている。

 硬い木の椅子に腰かけるとダイラスが声をかけた。


「まーた、田舎くせえ服だなぁおい?」

「動きやすくて良い物だぞ。服屋もそう言っていた」

「服屋が? グハハ!! そりゃ、おべっかに決まってるだろうよ!!」

「おべっか?」


 ダイラスはとりあえず一杯行けと、木で出来た小さな樽を押し出した。

 中にはなみなみと注がれている液体がぷちぷちとはじけていた。


「これはエールと言ってな、まぁ素晴らしい飲み物だやってみろ」

「ほう」


 リフリールが恐る恐る口をつけてみると、あまりの苦みに顔をしかめた。

 が、飲み干してみるとそれほど辛いものではない。

 むしろ喉の奥を心地よく刺激する感覚は何物にも代えがたいものだ。


「味はまずい」

「がっはっは!! だめか!?」

「いや、悪くはない」

「ようこそ、酒飲みの世界へ!」


 それから三人はゲラゲラと笑いながら、ばかげた話をしたり、先ほどの服屋でリフリールが見たものの話しをした。

 リフリールはダイラスは強面で、粗野で乱暴な男だと思っていた。

 確かにその通りではあったが、さほど嫌な部分は無い。

 そう考えを改める程度には、酒場の中では盛り上がったのだ。

 時間と疲れを忘れて語り合う三人。

 かなり長い時間酒を酌み交わしただろうか、やがて外は暗くなり酒場の中が賑わって来る頃だ。

 リフリールは新たな酒を注文するために店員を呼ぼうと辺りを見回すと、まんまるい毛玉がせっせと料理を運んでいた。


「お、あれがさっきいってた毛玉娘か」

「めずらしいのう、大体合いの子は大きくなれずに死んでしまうものなのじゃ。あそこまで大きく育ったのはなかなか見ないわい」

「毛玉娘、新しい酒だ! もってこい!」


 ダイラスがリフリールの酒が空になっている事に気がついて、自分の樽をテーブルにドンっとついて注文する。

 するとニャーニャはびくっと驚いて、そのままつまずいて転んでしまった。

 転び際に料理が盛大にぶちまけられて、客の服にかかってしまったようだ。

 ニャーニャの不運はここに極まってしまった。

 その酒場で最も粗相をしてはならないと、店主からきつく言われていた者たちの、更にその中心人物の服を汚してしまっていた。

 高そうな茶色の服に大きなシミが出来ている。


「コラァ!? 何やってんだ!?」


 立ち上がって憤慨する男、一瞬にして酒場は静まり返っていた。

 背丈は人よりも、一回り大きく身体は太い。

 ダイラスは俺は知らねえとしらを切るつもりのようだった。

 そっぽを向いて、知らん顔をしている。


「あふっ……ご、ごめんな! ごめんな……」


 毛玉がぺこぺこと頭を下げて何度も謝っている。

 それでも男はまくし立てて、店に賠償金を要求し始めていた。

 店主も何度も頭を下げたが、やはり取り付く島もないと言った様子で、男は金をせびり続けていた。

 余りにしつこい、その様子に鋭い視線を向ける者が二人いる。

 その者たちは同時に席を立った。


「むっ」

「ほっ」


 お互いに顔を見合わせて、どちらが口を先に出すか思案しているようだった。

 すぐにリフリールが口を開くと、ウルゴは席に座りなおしたようだ。


「そこまでにしておけ、見苦しいぞ」

「ああん?」


 男が怒りの矛先をリフリールに向けていた。


「楽しく飲んでいるのを邪魔するなと言っている。ハネを飛ばされただけで、それほど怒ることもあるまい」

「かっこいいなぁ兄ちゃん? 俺を誰だか知っているのか?」

「知らんな、石化から戻ったばかりでこの世界には疎いんだ。すまない」


 酒場は一瞬鎮まって、どっと笑いが起こる。


「良いぞ兄ちゃん!」

「かっこいいじゃねえか!! やれやれ!!」

「あっはっは、良いジョークだ!!」


 ダイラスも笑いをこらえている。

 ウルゴはにやにやと笑いながら事の成り行きを見守っていた。


「おいお前、死んだぞ。今すぐ表へでな、お前がどうしようもない臆病者じゃなかったらな」


 暴漢の挑発に乗ったリフリールが椅子を引いて、席を外す。

 そのまま自然な形で外へ出ていくのを見た暴漢は、不気味な雰囲気を感じていた。

 体型は普通でさほど喧嘩も強そうではない、それでいて気負いはなく、余裕すら感じられるからだ。

 リフリールはおろおろとしているニャーニャの頭を一度だけ優しく手を乗せた。

 ニャーニャは心配そうにおろおろとしていたが、頭を撫でられると小さな手でリフリールの服の袖をつかんだ。


「あっふっ……あ、あぶな……」


 小さな毛玉の精いっぱいの静止を軽い笑みで返答する。

 ニャーニャはそれ以上掴んではいられなかった。

 彼女にとって笑みというのは、叩かれる前の儀式的なものだった。

 好意のかけらすらない笑みで、どれほど小さな彼女が痛めつけられてきたのだろうか。

 リフリールにとって今はそれを知る由もない。

 二人が外に出て、対峙する。

 真っ暗闇の中、酒場からの光に照らされてにらみ合っていた。

 どうやら衆目は無く、酒場の中はまるで我関せずといったところだ。

 関与するつもりもなければ、野次馬根性を持っている者もいない。

 もちろん暴漢の連れも見に来ていないし、リフリールの仲間もいない。


「ふっ、冥土の土産に教えておいてやる。俺様はなぁ、隣の都市ドゥームの領主が一人息子、イヂド様だ」

「先に身分を明かすのは、弱者のやる事だ。身分を明かせば全て思うようになると思ったか? 浅ましいその考えと愚かな行いを悔いるんだな」

「野郎……すぐには済まさねえぞ? 俺様をこれだけ怒らせたのは久しぶりだよ」

「だったら私は手を出さないから、好きなだけ殴ると良い。お前が飽きるまで殴って、もし私に傷一つつけられたらお前の勝ちにしてやる」


 その言葉を聞いたイヂドは小さく舌うちする。

 目の前の男がはっきりと気に入らないのだ。


「無抵抗主義か、ちっ、喧嘩する度胸も無い雑魚がよぉ!! 無抵抗を掲げて、正義の味方ごっこかよ? いいか、力のない者が何言ったって無駄だぜ」

「耳が悪いのか、頭が悪いのか、どちらかにすべきだ。喧嘩は受けたし、お前に私の言い分が理解できるとも思わない。ただお前が私に傷一つでもつけられたらお前の勝ちにしてやると言っただけだ」

「挑発だけは大したものだ。だがな、俺はそんな無抵抗な奴を」


 ――――――いたぶるのが大好きなんだ。


 数分後、イヂドの連れが時間がかかりすぎていると様子をうかがいにやってきた。

 そこには息切れを起こして、立っているのもままならないという様子のイヂドの姿があった。

 しかし、彼はやられているような怪我も無ければ、殴られたような痕跡もない。


「おい、イヂド。大丈夫か?」

「こ、こいつおかしいんだ!」


 数名の連れが異変に気が付いたようだ。

 イヂドの手は真っ赤に腫れあがっているにもかかわらず、リフリールは全くの無傷だった。


「どれだけ殴ってもびくともしやがらねえ……!」

「なに?」


 リフリールが口を開く。


「わかったようだな、これに懲りたらもう少し寛容の精神を持つべきだ。ましてや領主の息子ならなおさらだ」

「なにぃ!? てめえ、ふざけやがって!!」


 イヂドが憤慨し、力任せに大きく振りかぶって殴りつけた。

 やはり、無傷。

 よろめいてすらいない。


「ぐっ……うぅ……」


 こぶしを痛めたイヂドが右の手を抑えている。

 明らかにおかしいと気が付いた連れの数名が、リフリールを囲んだ。

 無法者の集団は得物を抜いて、威嚇しながら詰め寄った。

 手には短剣や長剣、ハンマーや戦斧が握られている。


「おう、イヂドは俺たちの連れだ。それに領主の息子と知っての狼藉は黙っちゃおけねえなぁ?」

「おうよ、酒場の中の争いごとじゃなくなっちまった。出るとこ出てもらおうかー」

「とんでもなくタフなようだが、これを見てもその態度が貫けるか?」


 ニタニタと笑いながら無法者の一人が、なまくらの剣でリフリールの頭を小突いた。

 軽く脅かすだけのつもりであったが、驚かされたのは小突いた方だ。

 叩いた感触はたしかに人間だった。

 別段固くもないし、柔らかすぎるわけでもない。

 が、効いているかと問われれば、全く効いていないのだ。

 何か超常的な力が取り巻いていて、その力に跳ね返されているような感覚だった。

 気味の悪いものに触れた男は、たじろいで一歩下がっていく。


「なんだ……その体は?」


 男の異変に気付いた無法者の集団に動揺が走った。

 ならず者でならしたこの者どもは強者に強く敏感だ。

 今、彼らにとってリフリールは得体のしれない化け物に見えていただろう。

 ため息をついたリフリールは、酒場の扉から少しだけ顔を出してこちらを見ている毛玉の姿を見た。

 目が合うと、向こうが気まずくなったのか隠れてしまった。


「そいつは私の連れだ。何かあったのか?」


 後ろから少しも臆さずに堂々と歩きながら彼女はそう言った。

 その勇敢な女剣士の名はアーリ。

 威風堂々といった様子で、暴漢たちの数の多さなど全く気にかけていない様子だ。


「なぁに、こいつがちょっと俺たちのボスに粗相をしちまったのさ。これから酷くなるぞ。邪魔をするなよ、女」

「……」


 明らかにアーリは不機嫌な態度見せた。

 それはいざこざに巻き込まれたリフリールに対してでもあったし、途方もなく無礼なこの暴漢どもに対してでもあった。


「おいリフリール、後の二人は?」

「酒場の中だ」

「ちっ」


『コラァ!! 出てこい!! この飲んべの役立たずどもが!!』


 赤毛の女剣士が怒声を張り上げた瞬間、酒場の中から二人の男が飛び出してきた。

 酒に焼けた顔は慌てている様に見える。


「違うんだぞい!? これはなぁ、アーリ嬢や!」

「言い訳は後で聞く、手伝え」


 有無を言わさぬその声色に黙って首を縦に振ったウルゴは、けだるそうなダイラスを押し出した。

 暴漢達を次々となぎ倒していくアーリ。

 武器は使わずに素手で戦っている。

 ウルゴは両手でわしづかみにすると、そのまま持ち上げて地面にたたきつけるという大技を披露していた。

 ダイラスは力任せに殴りつけているだけであったが、暴漢たちにとって一番の脅威であった。

 7名いた暴漢は全員ぼろぼろにされ、きしむ体を引きずって闇に消えていった。


「しかし、ほんとに殴られても効かないのか?」


 ひと騒動終わったアーリはやけにすっきりとしている。

 晴れ晴れとした顔は逆に三人を恐怖に駆り立てた。


「あ、ああ、どうやらそのようだ」

「力任せの攻撃に対しては無傷、そして強力な酸にも無敵か。凄まじいものだな」


 それはそうと――――――。


「ウルゴ、ダイラス? お前らが付いていて何故こんなことになった? リフリールの特異性は広めちゃならないって理解していないのか? ん?」


 にっこりと笑うアーリの怒りはすぐには収まる様子を見せなかった。

 酒場の中で朝まで説教されてから、ようやく鳴りを潜めたのだった。

 三人の見解は一致する。

 アーリを怒らせてはならない、彼らは確実にそう誓い合ったのだった。


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