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20のおきて

作者: 美黒


僕には一生愛し続けた恋人が居る。そして、その恋は灰となった。残念ながら、この文章を貴方が読むときには、もはや僕も恋人も、この世には存在していないのだけれど、それでも、興味があれば、この文章をそのまま読み続けてほしい。

 この話は、正直なところ、話したって信じてもらえないと思う。それこそ、世の中に論文として出したって、信憑性なしとして大いに叩かれるに決まっている。

 この話は、世には出せない。

 だから、僕が死んだ時、この話を綴った文章を誰かが読んでくれて、記憶の片隅にでも覚えてくれたのなら、幸いだ。そう、つまるところ君だね。

 この話が世間に知られたなら、あの村から壮絶な仕返しをされそうで身が震える。そして、僕の愛した彼女の名誉も汚されるのかと思うと更に悔しさまで込み上げてくる。

 だから、ひっそりと綴ることにしたんだ。

 

 当時若かった僕は、まだまだ研究者になりたてで、ろくな論文すら発表出来なかった。先輩のあとをひよこのように着いていき、勉強して、補佐ばかりを務めていたのだ。

 だから、とある村について一人で調査してきてほしい、と頼まれた時は、浮足立ってすぐに準備をしてしまい、まだ一週間先の旅立ちだというのに先輩を呆れさせてしまった。論文が重なって調査が出来ない先輩は、それでもやる気溢れる僕に任せっきりにしてくれた。

 その村は、少しばかり不思議な場所だった。謎に包まれている、と言ってもいいかもしれない。

 僕は先輩から貰った資料と、独自で調べた資料を照らし合わせて、村へ向かう道中、予習をしていた。

 その村は、どうしてか若者しかいない。最高年齢はおよそ二〇代後半くらいで、老人どころか中年の姿は何処にも見当たらないらしい。二〇代以下の人々が二百人ほど集まった小さな場所は、若さに溢れている。そして、その村は、二〇歳以下に限り、いかなる理由でも身よりがない子供や居場所がない人を受け入れてくれる孤児院のような役割も果たしているという。

 今回調査するのは、なぜ、若い人々しかいないのか。なぜ、この村は若者が自然と集まり、生活をしていけるのか。そういった疑問だ。

 しばらく滞在し、研究をさせてもらうという連絡は既にしてあるので、村についた時はすぐに歓迎された。村で一番偉いという人は、いわゆる村長という立場だろうに、まだまだ肌にハリがあって、目も輝いていて、ともすれば僕よりも歳下に見えた。

「遠路はるばるご苦労様です。私がこの村を取り仕切っている者です」 「いえいえ、こちらこそ。早速ですが、とてもお若いんですね。おいくつなんですか?」

「おや。年齢を聞くのはこの村では御法度ですよ。成人している、とだけ言っておきましょう」

 村長は朗らかに笑うと、僕の質問をかわして村を案内するために歩き始める。孤児院の役割を果たすこの村の事を、是非とも広めてほしい。村長はそんなことを言い、身寄りのない子供たちがどれだけ可哀想なのか、終始語りながらの案内だった。

 村は、自然に溢れていた。

 木々が揺らめき、田畑は綺麗に整備され、まだ昼前だというのに太陽の恩恵がそこかしこで零れ落ちる。道端に生える雑草ですら、生き生きとしていて、見ていて心地が良い。

「この村は、自然に溢れているのですね。子供達には、さぞかしよい環境でしょう?」

「ええ。自然に触れるという事は、心を豊かにするということ。若いからこそ、田舎で命の息吹を感じなければなりません」

 村長はそれが正しい、と言うように深く頷くと、やがて一つの小さな家に僕を招き入れた。

「おうい、以前連絡していた研究者さんがいらっしゃったよ。居るかい?」

「は~~い。ちょ、ちょっと待ってくださいね」

 村長が大声で呼びかけて、僕はどうすればいいのか分からずに棒立ちしていた。やがてぱたぱたと足音を立ててやって来たのは、幼い顔をした可愛らしい少女だった。

 艶やかな黒髪と、丸い大きな瞳が特徴的で、僕はしばし言葉を失った。村長に無言でこの子は?と問うと、彼は朗らかに彼女を紹介してくれた。

「こちらはこの家に住む村一番の気立ての良い子だよ。研究者さんの滞在先を、この子が買って出てくれたんだ。この村を出るまで、彼女の世話になるといい」

 僕は言われるまま、旅のお供に持ってきた大きなカバンを目の前の少女に渡した。濡れた瞳と目が合うと、全身が熱くなった。情けないことに、僕はこの子に、一目惚れをしてしまったのだ。


 村での日々は、穏やかで楽しいものだった。自然に身を任せて辺りを散策し、朝は畑を耕して子供たちと騒ぎながら労働に励んだ。昼に食べる野菜をふんだんに使った食事には、今まで味わってきたものなど食べられなくなるほどに美味しくて、命の息吹を感じる。

 村の子供たちは、快活で、勤勉で、社交的だった。

 僕が村の調査をするためにやって来たと知るやいなや、皆が皆、親切にも資料を大量に持って来てくれる。時には村長が村に伝わる昔話や、この村の方針を熱く語ってくれる。

 僕は労働に勤しみながら、そしてレポートにまとめるためにメモを取り続けた。

「今日も遅くまでお疲れ様です」

 僕が居候している家のあの子は、とてもよく気が利いた。今も遅くまで資料をまとめるのに手間取り、彼女の就寝を邪魔しているというのに、嫌な顔は一切せずに笑顔で夜食を出してくれる。ささやかな行動が、僕の気分を盛り上げて、目の前の少女に愛しさを見出す。

「ありがとう。君の作るご飯は何でも美味しいから、嬉しいよ」

「いやだなあ、もう。照れちゃいます」

 その言葉通りに頬を染める彼女はたまらなく可愛らしい。出来れば、今すぐにでもこの腕で抱き寄せてしまいたい。

 そう思うのは、可笑しいだろうか。

 けれど、僕は本気だった。一緒に過ごしているうちに、彼女にみるみる囚われていく。心ががんじがらめにされて、この研究が終わらなければいいとも思う。おしとやかで、よく気が利いて、可愛い声で僕を呼ぶ。たったそれだけなのに、焦がれて止まなかった。

「君はいくつなんだい?」

 資料の整理もある程度まとめ終えて、夜食も貰った。その後、少女は僕の傍を離れず、なんとなく僕も離れがたかった。だから、世間話としてそんなことを聞いた。

「もうすぐ……来週で、二〇歳です」

 そう言った彼女の頬は、肌寒い夜だというのに火照っていた。窓から射しこんだ月の光が薄紅の花びらをちかちかと照らす。僕は、無意識のうちに、見惚れていた。

「この村は、確か二〇歳になると儀式があるんだろう?」

「はい。その儀式を終えると、この村に残るか、それとも村の外で活躍するのか、決めることが出来ます」

 世にいう成人式と似ている。しかし、この村での二〇歳を迎えるという意味は、世間とはまた違っていて、とても重いのだと村長は言っていた。自然に溢れた、若き者だけが集う村で、二〇の儀とはいかなるものだろう。この村は、研究者としての立場からも、一般人としての立場からしても、未だに謎が多い。

「その儀式っていうのはどんなものなんだい」

「……それが、その。内容は知らされていないんです。ただ、その二〇の儀式で、村のかけがえのない存在になれる、としか。大人への階段ってことですよね」

「そうなのか……。この村は、言っては悪いけれど変わっているところが多い。それもまた、何か意味があるんだね?」

「そうだと思います。私、外に憧れているんです」

 彼女はそう言うと、僕の椅子に自分の椅子を近づけて、視線を合わせた。真剣な瞳に、吸い込まれそうだった。

「外って、村の外?」

「はい。……この村は、二〇歳になるまでは、絶対に村の外から出ることが出来ません。旅行だって、親戚に会いに行くことだって出来ません」 「君はここの生まれかい?」

「はい。……だから、外の世界を一切知りません。私、知りたいんです。村から出て、もっと世界を見てみたい。だから、二〇の儀式がとても楽しみなんです」

 彼女は瞼を伏せて、しばし無言を貫いた。僕は、その先にある何やら決意に満ちたものを感じ取り、辛抱強く待った。月は、まだまだ傾かない。

「もし、私が……二〇の儀式を終えて、村の外に出るとしたら……貴方について行っても、いいですか?」

「……僕に?」

 問い返すと、彼女は染まりきった薄紅の頬を更に林檎のように色を濃くした。蒸気さえ見えてしまいそうなほどの熱い匂い。いや、この熱さはきっと、自分の身体から出ている。

「それは、その。……もしかして?」

「はい。……ダメですか?」

「僕は君よりも年上だよ。七つばかり、違う。それに、こんななりだ。研究者としても、まだまだ下っ端だよ」

「それでも、貴方が好きです。だから、ついて行きたい」

 言い切った彼女を、僕は咄嗟に抱きしめていた。先にその言葉を言わせてしまった自分は酷く情けない。けれど、この上ない嬉しさが全身を駆け巡って、何も出来なかった。たた、腕の中でじっと僕に抱きしめられる彼女と過ごす未来が、とても眩しいものに見えた。

 だから、僕は彼女に胸から下げたペンダントをあげることにした。

「これは、僕が君を好いているという証だ。死んだ母の形見でね。君に持っていてほしい」

 彼女の首にネックレスをかけてあげると、そこが定位置であるかのように似合っていた。紫陽花の形を象ったシンプルなそれに、彼女は嬉しい、と声を漏らす。

「君の儀式が終わって、外に出たらすぐにでも結婚しよう」

「もちろんです。……ああ、楽しみ」

 そうして僕たちは、愛を誓いあった。

 まるで、御伽話のような展開に、自分自身でも夢を見ていたのだろう。


 この村の異常に気付けない哀れな僕は、暫しの夢に溺れた。


 翌週、彼女は二〇の儀式を終えた。二〇歳の誕生日、僕に笑顔で手を振って、家を出ていった。その先にある、僕との明るい未来を楽しみに暗闇へと歩んでいったのだ。

 それ以降、彼女の笑顔を見ることはなかった。


「結婚はしません。村の外にだって、出ません。私は、この村で一生を過ごします」

 彼女の誕生日の夕方頃の話だった。僕は明日にでも出ようと村での資料をまとめ、先輩に分かりやすく解説したレポートを書き終わった頃だった。彼女は、石の仮面を被ったかのように表情を何一つ崩さずに、そう言い切った。

 僕は、レポートを取り落とし、彼女の腕を掴んだ。どうして、と漏れた声も、彼女には届かない。だって、彼女はずっと、僕を見てくれない。

「僕の事が嫌いになったのかい。村を出るのが、怖くなったとか」

「いいえ。貴方のことは好きです。でも、もう出れません。だって、二〇歳になってしまったんだもの」

 言っている意味が分からなかった。僕はただひたすら、彼女の急変した態度についていけず、予定をひっくり返して村に留まることになった。

 彼女は笑わなくなった。

 彼女は食事をしなくなった。

 彼女は寝なくなった。

 彼女は、僕と過ごさなくなった。

 

 何かをあげだしたらキリがない。彼女は誕生日を境に変わり果ててしまって、それが僕の心をじわじわと蝕んだ。

 そして、同時にこうも思う。突然変わってしまったのは何か原因がある、と。

「食べなくていいのかい。身体を悪くするよ」

「いいんです。どうせ、食べたって同じ」

「睡眠は?最近君の部屋の電気が点いているみたいだけど」

「気にしないでください」

 そうは言っても、気になるというものだ。僕は彼女が変わってしまって一週間あまり、観察するのに必死だった。村の調査はとうに終えていて、子供のための、若さ溢れる村と結論が出ている。充分なメモも取れた。もはや、僕が知りたいのは彼女の事だけだった。

 彼女は食事も睡眠もろくにとっていないというのに、身体は健康体そのものだった。透けるような肌と、いつまでも艶やかな髪。体力は有り余っているようで、以前は僕に任せっきりだった力仕事でさえ、一人でこなすようになった。

 そして、もう一つ気になったことと言えば。

 彼女はおろか、村の住人は夜になると、殆どが外出をしない。そして、夜に尋ねようものなら、怒鳴り声で返されてしまうのだ。彼女に至っては、辺りが暗くなると一切姿を見せてくれない。

 僕は、そこに鍵を見つけた。

 二〇の儀式以降、疑問に思っていた謎を解決できるかもしれない。そして、原因を突き止めれば変わってしまった彼女を外に連れ出して、結婚だって出来るだろう。

 僕は、そんな楽観的思考で行動に移った。

 すなわち、鍵が閉められているはずの彼女の部屋をこじ開けて、深夜に忍び込んだのだ。

「入らないで!」

 そうっと開けた扉から、怒鳴り声が響く。よその家を訪ねた時のような反応に、僕は好奇心をそそられて無理やり入り込んだ。

 だがしかし、部屋の中で待っていたのは、白骨化された女性の遺体だった。

「……え?」

「どうして、入って来たのですか」

 何処からかあの子の声がする。けれど、中には白骨しかない。何処だ。彼女は何処だ。

 そうしてしばし辺りを見回して、ここです、と声をかけられた僕は、ようやく現実を見た。

 彼女の声は、白骨死体から響いていた。

「どういう……こと、だい」

「……見られてしまっては仕方ありません。私が、外を出ないといった理由はこれなんですよ」

 そう言ったのは、横たわったままの白骨死体だ。信じがたいが、彼女の声はここからする。僕は覗き込んで、目を合わせようとした。落ちくぼんだ穴には、床下だけが見えた。

「もう、私は外に出られません。この村は……二〇歳になると、アンデッドの儀式を施す場所だったんです」

 それからの彼女の説明は、にわかには信じがたいものだった。

 この村に若い人しか居ないのは、二〇の儀式をするため。二十歳になったら行うその儀式は、どんなものかは知らさない。二〇の儀式を施した人間は、夜になると白骨死体となって身動きが取れなくなる。代わりに、永遠の若さを手に入れてこの世に留まり続けることになる。

「ひどい。どうしてこんなことをするんだ。こんなものは、禁忌だ」

「この村は、村長の実験場なのです。……この話を知った時には、私はもう遅かった」

「命を何だと思っているんだ!村長に話をつけてくる。この怒りは、とても抑えられそうにないよ」

「やめてください!そうしたら、貴方は殺されてしまいます」

 僕を呼び止めた彼女は、白骨の腕を浮かせた。僕は、惨めな彼女の姿に唇を噛む。

「貴方が好きです。愛しています。だから、どうか死なないで。そして、何も知らないふりをしてこの村を出て行ってください。そして、研究の結果として書いてください。この村には、若い人を決して近づけてはいけないと」

 子供を預かる施設として有名なこの村は、このように村長の欲望を満たしていたのか。村長の意図が掴めない。

 だが、僕はそこで一つ悟った。

 この村に若くもない僕を快く出迎えたのは、研究の結果によって宣伝効果を期待し、更なる子供を運び込まれるようにしたのだと。

「分かった。書くよ。でも、僕一人では外に出ない。君も一緒だ」

「……いいえ。私はここに残ります」

「どうして。僕は君がアンデッドだって関係ない。結婚すると、誓っただろう」

「出来ないんです。……だって、私は」

――村の外に出ると、消えてしまうんですから。

 そう言った彼女は、窓から射し込む朝日の力で元の美しくも愛らしい姿を取り戻した。僕たちは、最大の壁を壊すことなんて、出来ない。そんな現実が、のしかかってくる。

「では、僕たちはこれでお別れということかい」

「はい。……本当に、ごめんなさい」

「謝らないでくれよ。僕が、惨めだ」

 愛した女性がすでに死んでいるなんて。それでも目の前に居て、だけど、外に出られないなんて。そんな現実に、どうやって折り合いをつけろというのだ。

 僕は、何もできない無力な人間なのだ。

 どうすることも、出来ない。

 

 そうして僕は、この村をすぐに出ることになった。村長には表向きの挨拶を終えて、彼女を抱きしめて、名残惜しくもこの村の外に出た。

 だが、そこで終わりではなかった。

 後ろから女性の甲高い悲鳴が聞こえて、僕は村の入り口を振り返る。

 そこには、村長の若すぎる姿と、あの少女が居た。

 少女は、村長に手錠をかけられて動けないようにされていた。そして、彼は僕を見つめると、にこりと一つ、笑みを零して。

 少女を村の外へ追い出した。

 瞬時に悲鳴をあげて、白骨になっていく彼女。やがて、その白骨すら、天に昇っていく。

 あげたはずのペンダントがころん、と音を立てて落ちた時、村長の声が地を這うように響いた。

 「この村の秘密を外に漏らしたら、今度は貴方の番ですよ」

 愛する人を目の前で亡くした。自分の命を危険にさらそうとしている。この村に、恐怖を覚えた。

 それら全ての不安事項が、僕の中でぐるぐると回って。

 やがて、その場で雫となって決壊した。

 ペンダントを握りしめて、嗚咽を漏らす僕を、鼻で笑った村長は、素早く立ち去った。

 そうして僕は、愛する人を灰にした。


 これが、その村の全てだ。

 今でも村長はあの村でアンデッドを作り出し、恐ろしい実験をしているのだろう。

 なぜ村長は二〇の儀式をするのか、若さに固執するのか。

 全てが謎のままだが、それでもこれは分かる。

 あの村は、おかしい。

 

これを読んだ君は、どうか、この村の事を世間に広めてほしい。

 君が、自分の命と天秤にかけて、若い人々を助けたいと思う、勇者ならば、ね。



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