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10.メルは僕の工夫に気付いていたようです

「あ、あのぉ、どういう事なんでしょう? メルさんは僕に幻滅したんじゃ……?」

「幻滅なんてせーへん! むしろアークはんの強さはその努力から来るものかと思って感心した程やわ!」

「えっ? でも合成する事をよくは思っていないんじゃ?」

「別にウチはそんな事一言も言ってへんで? それにウチはその辺りの事は詳しくないけどな。話に聞いていた合成とアークはんがしていた合成、なんかちゃうねん。きっと合成するにも一工夫入れとるんちゃうか?」



 ……メル、魔物使いでもないのによくそこに気が付くな。

 実際僕は合成の陣を描く際、一般的な方法とは少し変えて描いている。


 そもそも合成をする際に陣は必ずしも必要ではない。

 陣を描かなくても合成は出来てしまうのだ。

 なら何故わざわざ陣を描くのか?

 それは合成を一層安定して行う為である。


 陣には魔物の体の安定性を保つ手助けをする役割がある。

 その為、陣を描く事により、魔物の体が不安定になりすぎて合成に失敗するリスクを減らす事が可能だ。

 僕はその陣を描く際に、本来陣を描く事とは直接関係しない他の知識を取り入れる事によって、陣をより強固なものにするように描いている。

 その結果、僕は陣作成に人より時間はかかるが、より強固な陣の作成をする事ができ、一層安定した合成を行う事に成功しているのだ。



「確かに言われてみればそうニャ。アークが描いている陣はどの本でも見た事のない模様をしているニャ。もしかしてアーク、この陣ってアークオリジナルのものなのニャ?」

「うん。まあこの形にたどり着くまでには随分と時間がかかったけどね。それに兄さんにもだいぶ迷惑をかけたし」



 魔物使いではなかった僕は、兄に協力してもらって、考えた合成の陣の効力を確かめさせてもらったのだ。

 何度も失敗する事はあったけど、それでも根気良く付き合ってくれた兄のお陰もあって、今の陣の形にたどり着いた。

 とても描くのは難しく、コツがいる陣ではあるけれど、だからこそ、それだけ性能は折り紙付きなのだ。

 実際、この形の陣を使うようになってから、合成に失敗した事は一度もない。



「合成って、魔物を狂わせるものだと思っていたんですけど……そうではないのですね」

「いや、あながちその認識は間違っていないよ、テイニー。いくら工夫した所で、絶対に失敗しない事はあり得ない。そして失敗したら魔物は狂ってしまうだろうし、暴走もするだろう。僕はそのリスクを背負って従魔を強化しているんだ。……いや、背負っているなんて大層な事は言えないか。だって、もし僕が魔物を暴走させてしまったら、その魔物をまた元に戻す術なんてないのだから」



 失敗してしまった時、僕には従魔に対してその責任が取れない。

 ヴァルドにお願いすれば、被害を出す前に命を刈り取る事は出来るかもしれない。

 だけど、それでは何の解決にもならないだろう。

 僕は従魔をおかしくして、元に戻す事なく殺す。

 そんな身勝手な事実が残るのみだ。


 だからこそ、僕は失敗をしないように全力を注ぐんだ。

 失敗してからはどうする事も出来ないのだから。



「覚悟をもって魔物使いやっとるんやな、アークはん。自らの強さだけでなく、弱さも受け入れた上で」

「アークさん、そんな事まで考えて魔物使いをやっていらっしゃったのですね……」

「あっし、正直アークの事、見くびっていたニャ……」



 テイニー、レク、メルはじっと僕を見つめていた。

 何かそんなにジロジロと見られると恥ずかしいんですけど。



「レク、わたし、強くなりたいです。そしてできる事なら、アークさんの力になりたいです!」

「うむ、そうだニャ。テイニー、あっし達も負けてられないニャ! 強くなるニャ!」

「おやおや、二人とも威勢は良いけど、どうやって強くなるつもりなん?」

「えっ、えっと、それはですね……」

「つ、強くなる方法ならいくらでもあるニャ! は、走りこみとか、戦いとか……」

「れ、レクは戦いは出来ないですよ!?」

「そ、そうだったニャ! 忘れてたニャ!?」



 な、何だ、このやりとりは?

 でも、僕の事情を聞いて、少なからずテイニー達に良い影響を与えられたようで良かった。

 正直僕の事を非難すると思っていたからね。



「みんなには言っちゃったけど、この事はくれぐれも他の魔物使いには内緒にしておいてよ?」

「あっ、はい、分かってます、アークさん!」

「大丈夫だニャ! あっしの口は堅い事で有名で、開かずの扉と言われた程だニャ!」



 ……テイニーはともかく、レクが信用ならないな。

 まあ、でも信じるしかないんだろうな。

 もう話しちゃったんだしさ。

 もし他の魔物使いに伝わってしまったらその時はその時だ。



「もちろんメルさんもですよ?」

「分かっとる。分かっとるって! ウチは言ってもいい事と言ってはいけない事の区別位はつけとるわ。伊達に商売人やっとる訳やあらへんで!」



 ……本当にそうなんだろうか?

 メルに言うと情報が全部ダダ漏れになるような気もしなくもないんだが。

 まあ、これだけ気に入ってもらえているんだし、そんな簡単に言いふらしたりはしないか。



 さて、一通り事情を説明し終わった事で、僕は再びアクアスライム探しを始める。

 アクアスライムを見つけては合成するという事をいつもの流れで行っていく。

 事情を聞いたテイニー達は何も言わず、固唾をのんでその様子を見守っていた。


 特にトラブルもなく順調に合成を成功させていく僕。

 唯一いつもと違うのは、若干スライムの色がさらに薄くなっている事だった。

 スライムの元々の色は半透明の青色であったが、アクアスライムの水色の体の影響を受けているのか、若干、色が水色じみているのだ。

 今までは完全な同種だけを合成していたからこの変化には気づかなかったなぁ……。


 ただこの変化はそんな大した変化ではなかった。

 何度かアクアスライムを合成し終わって、またアクアスライムを探しているある時――



「ここのじめん、あまりおいしくないよー」



 聞きなれない声が聞こえてきたのだ。



「レクはん、随分と変な声を出すようになったんやな?」

「あ、あっしは何も喋ってないニャ! メルこそ、変な声を出すんじゃないニャ!」

「ウチがそんなか弱い声出すわけないやろ。声は伝えてなんぼのものやからな! ……そういえばさっきの声、地面がどうとか言っていた気がするんやけど、気のせいかいな?」



 不思議に思った僕達は周囲に耳を傾けてみる。

 だが誰の声も聞こえない。

 やっぱり気のせいかと思った次の瞬間だった!



「ねえ、あーく、あそこにぼくのなかまがいるよー」



 その声が聞こえると同時に遠くにアクアスライムが見えてきた。

 アクアスライムの事を仲間と言って、さらに僕の名前を知っている存在といえば――



「えっと、もしかしてスライムくんが喋ってるの?」

「うん! ぼく、なぜかしゃべれるようになったんだよー!」



 どうやら僕の従魔のスライムが言葉を発していたようである。

 ……って、ええっ!?

 これってどういう事だよ!?

 スライムが言葉を発するなんて聞いた事がないんだけど!?




 スライムが喋る。

 その事は僕以外のみんなも驚きを隠せないようだった。

 あのヴァルドでさえ、それは例外ではなかったのだ。



「ヴァルドは喋るスライムって聞いた事ある?」

「いや、ねえな。スライムといえば魔物の中でも知能の低い生物だ。そんな奴らが言葉を理解して発するなんて聞いた事もねえ」



 まあ、そりゃそうだよね。

 僕だってそんな事は聞いた事がないもの。

 でもここにいる僕のスライムは言葉を理解しているのは事実。

 僕達が自分の事を話題にしている事が嬉しいのか、スライムは先程から体をぷるんぷるんと震わせているのだ。



「あーく、ぼくがしゃべるの、うれしいー?」

「う、嬉しいというか……とにかく驚きだよ。正直信じられないっていうか……」

「しんじられないー? ぼくがはなすの、そんなにへんー? やめたほうがいいー?」

「いや、そんな事はないけど……少なくとも今は喋っていいよ。町の中にいる時は喋っちゃダメだけど」

「まちって、あーくがいっぱいいるところー? どうしてそこだとしゃべっちゃいけないのー?」

「あっ、えっとね……」



 えーと、何て言えばいいんだろう?

 このスライムはどれ位の事を理解してくれるんだろうか?

 あまり難しすぎる事を言ってもさすがに理解できるとは思えないしなぁ。


 結局僕は悩んだ末、スライムが町で喋ると僕が困るから喋っちゃダメだと伝えておいた。



「あーくがこまるのー? なら、がまんするー。いままでどおり、おとなしくしていればいいんだよねー?」

「うん、そうしてくれると僕は嬉しいよ」



 何とか分かってくれたようで何よりだ。

 ……さて、これからどうしたものか。

 アクアスライムとの合成をまたやりたい所なんだけど、このスライム、アクアスライムの事を仲間だとか言ってたし、何だかやりにくいなぁ。



「ねえ、スライムくん。あのアクアスライムさんと合成しても大丈夫?」

「ごーせー? あっ、いっしょになることだねー。いいよー、さっそくやろー!」



 スライムが意外と合成に前向きみたいで助かった。

 もし嫌がられたらこれからどうしようかと思っていたんだけど。



 スライムの同意が得られた事で、後はいつも通り合成の手順を進めた。

 そしてアクアスライムを取り込み終わった時のスライムの様子は?



「スライムくん、気分はどう?」

「……このこのきおくがはいってくるよー。えっと、あっちのほうのみずがおいしいんだってー」



 あっちと言われても、スライムには手がないからどの方向か分からないんですけど。

 というか、合成するとその合成された魔物の記憶が入ってくるのか。

 こりゃあ、新しい発見だな。

 というか、そう考えると、このスライムには何十、いや何百ものスライムの記憶が入っているって事だよね?

 そんなんで大丈夫なのか?



「スライムくんって、記憶はどうなってるの?」

「きおくー? うーん、あーくとはじめてであったときのことはおぼえているよー。あまいくだものくれたよねー」



 僕と最初に会った時の事は覚えているのか。

 その事が思い出せるという時点で、ある程度記憶のまとまりはあるものだと推測できそうだ。

 まあこうやって安定して存在できているんだから、きっと大丈夫なんだろう。




 それからも何回か合成をした所で僕達は帰路につく。

 その途中、メルが僕に話しかけてきた。



「アークはん、今日は本当におおきにな! それにしてもスライムが喋るとは……ホンマに驚いたわ。アークはんについていけば面白いもんが見れるとは思っとったけど、これは想像以上やな!」



 そう興奮気味に言うメル。

 まあ、僕もこんな事になるとは正直思っていなかったよ。

 予想していた事といえば、僕のスライムがアクアスライムに見た目が似る事位だ。



「僕も驚きましたよ。正直予想出来なかったです」

「せやろ? そういえば、せっかくやし、そのスライムに名前をつけたらどうや? 喋るようになってだいぶ愛着が湧いたやろ?」



 名前か……。

 確かにそれもいいかもしれないな。

 スライム達と話す時に種族呼びだと変だもんね。

 テイニーもケットシーにレクという名前をつけているみたいだし、そんな感じで僕も名前をつけてみようか。



「それじゃあスライムくん……今から君の名前はラスでどうかな?」

「らす……? うん、ぼくはらすだよー、あーく!」

「うん、分かってくれて何よりだ!」



 飲み込みが早いようで実によろしい。

 ちなみに従魔のゴブリンにもゴンという名前をつけてみた。

 ゴンはまだ言葉を話せないようだが、合成を何度もしていけば、いつかはゴンも話せるようになるのかもしれないな。

 ラスの話によれば、合成が積み重なる事でその合成された魔物の記憶が入ってくるみたいだし、それで知性が上がるんだと思う。

 記憶がたくさん入ってきてよく頭がパンクしないなとは思うけど、そこは何故か問題ないようだし。



「ラスさんにゴンさん……二人とも、よろしくお願いしますね」

「うん、よろしくー。えっと、だれだっけー?」

「わたしはテイニーですよ」

「あっしはレクだニャ! 同じ魔物同士、仲良くやっていこうニャ!」

「ウチはメルというねん。よろしゅう頼みますわ!」



 僕の従魔とあいさつをするみんな。

 従魔とあいさつって何か変な感じだな……。

 まあ、レクみたいに話せる事前提で考えるならばおかしくはないのか。

 今まで僕の従魔は話せないのが当たり前だったけど、いつかはこういう事に慣れるのかもしれない。



 僕の従魔とのあいさつを終え、再び帰路につく僕達。

 すると途中で、出会いたくない奴と会う事になる。



「おっ、これはこれは弱小魔物使いとダメダメ魔物使いじゃねーか。こんな所で何してんだよ?」



 声をかけてきたのは例のオーク使いである。

 コイツ、本当にむかつくんだよな。


 ちなみにテイニーはそいつと出合うと同時に、ごめんなさいごめんなさいと謝り始める始末。

 いや、別に僕達、コイツに謝らないといけない事はしていないだろう……。



「別に何をしていてもあなたには関係ないじゃないですか」

「ははーん? もしや、そのダメダメ魔物使いと初めての依頼を頑張っているという所かな? いやー、頑張るねー」



 ふっと呆れたような仕草を見せるオーク。

 あっ、つい本音がでちゃった。

 というかコイツの事はもうオークでいいや。

 だって見た目がオークそっくりなんだもん。


 この話しぶりからして、オークはもういくつか依頼をこなし終わっているという所だろうか?



「あなたはいくつか依頼をこなしたんですか?」

「ふっ、愚問だな。オレは今の依頼でもう三つ目さ。どうだ、すげえだろ?」



 なるほど。

 どうやら着々と依頼をこなしているらしい。

 こりゃ、僕も負けてはいられないな。

 明日はお金稼ぎもかねて、ギルドの依頼をどんどんこなす事にしようか。


 それからオークの話を適当に受け流して、再び帰路についた僕達。

 そして町へと到着して、テイニー達と別れる事になったのだが。



「アークはん、明日どこかへ出かける事になったらウチに必ず声かけてや! 協力は惜しまんで! ウチはいつもの店の近くにおるからな!」

「ありがとうございます、メルさん。助かります!」

「気にせんでええって。これから長い付き合いになるんやからな。あと、ウチに対して気を使ってもらわんで構わん。タメ口で気楽に話してええで!」

「えっ、でも……」

「ウチ、そういう気遣い、実は苦手なんやねん。だからお願いや、アークはん!」

「えっと……そこまで言うのなら……」

「決まりやな! なら、これからはウチに対して敬語使ったら逆に怒るでー? それじゃ、また会おうや!」



 そう言って慌ただしく店の方向へと走り去っていくメル。

 本当、忙しい人だなぁ。



「えっとアークさん、わたし達とはどこで会いましょうか? やっぱりギルドがいいんでしょうか?」

「いや、ギルドを集合場所にしてたら、テイニーがまた迷ってしまうだろう? 僕がテイニーの家の前まで行くよ。そうすれば迷わないよね?」

「あっ、確かにそうですね! でも、本当にいいんですか? お手数おかけしてしまうんですけど……」

「いや、いいんだ、気にしないでよ。それより、肝心なテイニーの家がある場所が分からないから、一回家まで案内してもらってもいいかな? 家の中までは入らないからさ」

「あっ、はい、分かりました! こっちです!」



 テイニーはそう言って歩き始めるのだが……



「テイニー、そっちじゃないニャ! 家はあっちだニャ!」

「あれっ、そうでしたっけ……? あっ、大丈夫ですよ、アークさん。必ず着きますから!」



 僕の表情を見て、慌ててそう言うテイニー。

 自分の家の場所も分からないって、やっぱりある意味スゴイな。

 というかレクも方向オンチだからいまいち信用出来ないし、本当にたどり着けるんだろうか?

 すごく不安だ……。

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