12-5 きららとアリシア
「つ、疲れた・・・」
私は人が少なくなった店の中でカウンターに座り休憩をしていた。
普段お屋敷でしている掃除の方が楽なのではないかしら・・・。
ここまで忙しくて辛いとは。
「ご苦労様。少し休みなさい」
ハイムはグラスに飲み物を入れてくれて私の前に置くと優しく笑いかけてくれた。
「どうもありがとう、いただきます」
私は呼吸を整えながら外の様子を見ていた。
昼前とは違い、人の流れが変わった。
道行く人はお城を目指していた。
そららは、帰ってこない。
輝石も来ない。
焦る気持ちが大きくなると、急にやる気もなくなってくる。
「こんにちは。昨日はどうも」
「あぁ、いらっしゃい」
聞きなれない声がした。
ハイムは馴染みの客が来たかのような口ぶりでそれに応えている。
「いらっしゃいま―」
私は席から立ち上がり、お客様を出迎えに行った。
そこにいたのは銀色の髪、私と同じくらいの年齢。スタイルのいいその体。
昨日フランの隣にいた女性だった。
言葉を失った私を不思議に思ったのか、
「あら?昨日はいなかったわね。新人さん?」
ハイムに言葉を投げかける女性。
私は、彼女を知っているが、向こうは私を知らないようだった。
「その人は昨日話した―」
「こんにちは!今日お手伝いしているんです。すいません、新人でぇ」
ハイムが何か言いかけていたが、私はその言葉を遮り冷たい水を彼女に差し出し、何も知らない従業員を装った。
「そうなの、ご苦労様」
彼女が私が差し出した水を飲むところを見届けると、私は後ろにいるハイムへ振り向き睨む。
「・・・」
ハイムは数回頷くと、何も言わなかった。
「お客様!何を召し上がりますか?」
「そうね、適当でいいわ。軽めにしてくださる?」
「軽め??」
「えぇ、これから試合なので、軽めでお願い」
「お客様、もしかして宮廷魔導士の試験の方ですか?」
「えぇ。」
彼女は肩からさげたカバンから髪飾りを取り出し頭につける
「そ、そうなんですかぁ!マスター、軽めにお願いしまーす!」
奥の方で片手を上げて応えるハイム。
ローレンは今エルを連れて休憩中。
いなくて助かった。
「ごちそうさま。」
「うまかったよ」
「まいどー!ありがとうございましたぁー!」
女性の料理が出来上がる頃には店内に他の客はいなくなっていた。
試験の時間が迫っているのだろう。
「はい、お待たせ。きみも、少し休んでいいよ」
ハイムは私と女性の分をカウンターに並べた。
最初は余計なことを。とも考えたけど、彼女には悪いけど知らんぷりして話してみるにはいい機会だった。
「もうすぐ・・・、なんですか?今日の模擬戦」
「そうね、私は2回戦目だけど、1回戦目はあと少ししたら始まるんじゃないかしら」
「お、お客様の相手って、どんな人なんですか?」
正直、食事なんて喉を通らない。
女性はそんな私の気持ちなんて理解できるわけもなく、満足そうに食べ進める。
「ねぇ、そのお客様ってやめない?私はアメリアよ。あなたは?」
姿が似ているだけではなく、名前までアリシアと似てるのね。
「わ、私はきららです。」
「うん、よろしく。」
彼女は薄い手袋をした左手を私へと差し出した。何も考えないで伸ばされた左手を掴もうとした時、静電気のようなピリッとした痛みに驚いて私は手を引っ込めてしまう。彼女は右手に持っていたグラスを下ろすと、今度は右手で握手を求めてきた。
恐る恐る手を差し出した私だったが、今度は何も痛くなかった。
アメリアの表情は何も変わらないままだったけど、私は何かモヤモヤするものを感じた。
「私の相手はね、トキて言う男の子よ。どっかの国の王子様らしいけど」
「えぇ!?王子様なんですか?」
「そう。でも、地位を捨ててきたらしいからなぁ。言うなれば、はぐれ王子様かしらね」
微笑むアメリアの姿は、すごく可愛い、普通の女の子だった。
なんだか、影でこっそり見て、今もこうして知らんぷりして話している自分がすごく惨めに思える。
私たちはそのまま少しの間話に夢中になっていると、遠くの方で数回爆発音が聞こえた。
「な、なにかしら?」
「1回戦がもうじき始まるのね。開場の合図よ。いまから国王様のありがたくて長いお話があるんじゃないかしら」
「わかるっ!偉い人って無駄に話が長いんだよね!」
ため息をつきながらうんざり顔で話すアメリアに私は共感してしまった。
私とアメリアは顔を見合わせて笑い合っていると、外から男の人が入ってきた。
「アメリア様、お時間がありません。一度お戻りを・・・」
北の鉱山で見たルカと同じ銀色に煌くローブ。彼も宮廷に仕える身だろうか?
「わかったわよ。まったく、男って野暮よね。せっかく楽しいガールズトークになってきたのに・・・。ごちそうさま、美味しかったわ。あなたは、試合見に来るの?」
アメリアは席を立ち上がり男に言われるがまま外へ向かう。
「え、えぇ。用事が終われば行くわ。」
「そう、話せて良かった。楽しかったわ。ウエイトレスさん」
彼女はそう言い残し、手を振って店を出ていった。
笑いかけてくれた彼女が最後に言い残したウエイトレスさん。の言葉が、アメリアを騙していた自分の心に深く突き刺さった。
「どうしたの?お姉ちゃん」
しばらくすると、そららがファミリアへ戻ってきた。
私はお昼のラッシュで疲れきってしまいカウンターにうなだれている。
「もー、あんたなんか知らない」
私は右隣に座ったそららの顔を見たくなかったので顔を左に向けた。
「いきなり飛び出してって、今更なんだってのよ」
「ごめんごめん、なんかいてもたってもいらんなくてさ。でも、お詫びにアリシアの話しがあるんだけど、聞きたくない?」
「アリシアの話?あんた1回戦見れたの?」
「よく、1回戦だって知ってるね・・・」
私はゆっくりと体を起こすとハイムさんになにか飲み物を注文し、話を続ける。
「お昼の間、私ここでずっと働いてたからいろんな話を聞いたのよ。試験の参加者4人が今日の模擬戦に出ないとか、アリシアは1回戦で、昨日フランにくっついていたのは2回戦で、相手の男の子はトキって名前で、どっかの国の王子様だってことも」
「おぉ!お姉ちゃんすごい!」
拍手されてもまったく嬉しくない。
それどころか、心なしかイライラしてくる。
「では、そんなうちからお姉ちゃんに報告があります!それ―」
「こんにちわー。王宮からおとどけもので~す」
そららが席から立ち上がり今まさに重大発表!って感じだった。私はグラスを持ちながらそれを黙って聞いている。
そこに、ひとりの女性が表れた。
彼女は白い書簡を持っている。
「はいむさん~。王立魔道研究所の使いのものです~。リカ様からお届けものですぅ」
彼女はハイムへと白い書簡を手渡す。
「はい、確かに」
彼女は私たちをここの従業員と思ったのか軽く頭を下げて挨拶してくれたものの、私たちは相手が誰なのか?よりもリカから届けられた書簡の中身が気になって仕方なかった。
「すいません、今日は忙しいのでこれで失礼しますぅ。この度はご苦労様でしたぁ」
彼女は外に待たせていた馬に乗るとそのまま立ち去っていく。
「間に合ったのかな?」
ハイムは得意げな顔で書簡を開けると、中から赤く光る石のついたネックレスを取り出した。
『おぉー!!』
私とそららは目の前に輝く赤い石のネックレスに興奮した。
赤い光。
炎のように燃える赤い輝き。フレイアがこの場にいたらなんて言ってるのかしら。
「あ、そうそう!アリシア、アルビドと戦って買ったよ!次は決勝!どっちも強いって噂!お姉ちゃんもここで聞いてたと思うけど、アリシアにそれを早く渡してあげないと!」
「うんっ!やっときたぁ!!エル!!行くよ!エル!?」
私は姿の見えないエルを呼ぶも、姿を現さない。
「まったく、あんな小動物飼うからよ。おーい!!おいてくよー!!」
そららも店の中や外を見てくれる。
「多分、ローレンと寝てるのかな?こっちで面倒見てるから、二人で行っといで。あと、これ」
ハイムは私に書簡に入っていたネックレスと紙を一枚手渡した。
「なんですか?これ」
私は紙を見てみる。正確に言えば、読むふりだ。
「リカ様が2人に魔導士試験での特別席を用意してくれるそうだ。この書類を門兵へ渡すようにと書いてある。今日手伝ってくれたお礼に、お嬢ちゃんが優勝できた時のために夜はご馳走を用意しよう」
「ほんとっ!?」
「ちょっとそらら!頑張ったのは私なんだけど・・・」
「いーじゃん!一緒にお祝いしようよ!うちも走り回って疲れたしぃ・・・とにかく、行くよ!!」
そららは私の手を掴むと、そのまま外へと走り出した。
「は、ハイムさん、ありがとう、終わったらまたく―」
私の言葉が終わらないうちに、そららに引っ張られる形で私はお城へと向かった。




