11-1 宮廷薬剤師トロイヤ
「やっと、帰ってきたわね」
私とそららは長い長い一夜を超えてアレクサンドリアへ戻ってきた。
街の中は昨日の夜の事が嘘のように平和だった。
街のそばできた個人的大事件も、ここでは何もなかったかのように人々は生活している。
今日は試験二日目。まだ朝早いからきっとあの子は寝ているだろう。
「うちも、疲れた・・・」
朝のアレクサンドリアは市場の準備で活気のある町並みだった。まだ朝も早いのにこんな時間から準備しているんだな。
私たちはモンスターに追い掛け回されて、オークに殺されかけながらもどうにかここまで戻ってきた。
途中、そららに馬車から落とされるわ、置いていかれるわで全身ボロボロ。
私は森で拾った愛犬エルを撫でながらそららの横でぐったりとしていた。
よく見ると、馬車もだいぶ汚れている。傷も多いし、修理にお金がかかりそう。
「とにかく、宮廷へ行かなきゃ。輝石を届けて、おねえちゃんもトロイアだっけ?宮廷薬剤師のとこ行ってみたら?」
「トロイヤよ。ヤ。・・・勘弁してよ。私、あの人ちょっと苦手なんだけど・・・」
苦笑いしながら私はゆっくりと体を起こす。
さすがにこのまま横になって宮廷に入るのは気が引ける。
「今日アリシアは二日目だねぇ。無事にクリアできるかな?」
昨日よりもはるかに人口密度の少ないアレクサンダー城を前に少し不安になってしまう。
昨日の朝見た、門の中に入れない位いた人はどうしたのだろうか。一気に試験から落とされたのか、こんな早くからどっかに行ったのか・・・。
私は思わず門の中に視線が言ってしまう。
「大丈夫じゃないかな。フランの言うこと信じてあげたら?うちらが信じてあげなきゃ」
「そうね。きっと大丈夫よね。・・・それじゃそらら、これよろしく。」
私はコーチをパンパン、と叩く。
「これって?」
「私、座ってるのがやっとだから。一人で門兵さんにルカ様からもらった書簡渡したり、いろいろよろしく。エルもいるから、あまり動いたらダメでしょ」
「えぇー。めんどくさいなぁ。うちも疲れてるのにぃ」
そうこう言い争っているうちに、馬車はお城の門に近づいてくる。
外門の警備に当たっている門兵さんが駆け寄ってくるのが見えた。
「おはようございます、お二方。今日は、・・・その、ずいぶん汚れていらっしゃいますね」
何度も来ているせいか、顔なじみになった門兵さんは、私たちを見て言葉を選んでいたようだ。
確かに、こ汚い。
土埃がついて、ヨレヨレの服。あちこち傷だらけだし。
「おはようございます。今日も警備ご苦労様です。」
「ちょっと。ひと騒動あってね。お届け物よ。これ」
そららがコーチを開けてルカからもらった書簡を渡す。
「おぉ。北の鉱山へ行っていらしたのですか!?道中大変でしたでしょう。」
「そうね、こうなるくらいに・・・」
そららは汚れた洋服と私を指差す
「それは、申し訳ないことを言いました。今、門を開けます。中でお待ちください。すぐに別の者が参ります」
「魔導士試験は、大丈夫なの?入ってもいいの?」
「本日の試験は午後から、東門外の広場にて行われます。王国兵の修練場なので一般人は立ち入りできませんので、ご興味があっても絶対に行かないようご理解ください。」
「わかったわ。忠告ありがとう。あと、宮廷薬剤師のトロイヤ様はお手すきかしら?」
「トロイヤ様ですか?」
「姉が怪我をしてしまったので、可能であれば治癒魔法をお願いしたいのだけど、伺ってもらませんか?」
そららの隣であまり動かない私を見て門兵のおじさんは頷いていた。
「かしこまりました。輝石の件と合わせてお伝えしてまいります。どうぞこちらへ」
重たい金属音を出しながら、大きな扉がゆっくりと開いた。
私たちは門を通り、王宮の扉のそばに馬車を止める。
そららは馬車を降りて馬をなでたり、昨晩ルカにもらったウェアウルフ避けを見つめる。
そこにはすでに光を失った石が二つ入っているだけだった。
「その石、使わなかっただけ良かったわね」
「そだね。ウェアウルフだったら、お姉ちゃん、ほんとに死んでるだろうし・・・」
「それ、笑えないから。」
そららが光の消えた石を見つめていた。
確かに、あの時誰かがオークを倒してくれたおかげで命拾いできた。あれがもっと強いウェアウルフだったらここにいられなかったかもしれない。ウェアウルフと遭遇しなかったのはルカのくれたお守りが効いたのだろうか。欲を言えば、他の魔物を寄せ付けないお守りも欲しかった・・・。
私たちが笑えない冗談を言い合っていると、王宮の門が開き、先にトロイヤが出てきた。
「久しぶり!意外と早速来てくれたんだね!」
最後に見たときと変わらない笑顔。この人、基本的にいつも笑ってるのよね。
「別に、来たくてきたわけじゃないのよ。仕方なくよ。仕方なく」
私は、どうにもこの人が苦手。なんていうか。性格?なんか、冷たい態度を取ってしまう。
「どんな感じの怪我なんだい?」
「そうね、例えて言うなら妹に馬車から突き落とされて、ダッシュの早いモンスターから逃げ惑いながら、凄まじい爆発の衝撃波に吹き飛ばされて茂みに落ちた感じかしら。」
「お姉ちゃん。それ、言い方。悪意を感じるんだけど」
「そう?」
馬の世話をしながら彼女は引きつった笑顔でこちらを見ている。
「と、とにかく全身きつそうだね」
私たちのやりとりを聞きながら少し引き気味のトロイヤ。
「いきなりで悪いんだけど、どうにかなるものなの?」
「全身打撲と擦り傷だからね。このくらいすぐ治るよ。うん、骨も折れてなさそうだし」
トロイヤは馬車の上に乗り、私の隣に座った。そのまま、私の腕を触りながら、何かに気がついた。
「ねぇ、これなに?」
トロイヤはエルを見て指差す。
私の懐に隠れていて気がつかなかったみたい。
「エルよ。私のペット」
「いや、そうじゃなくて。初めて見るんだけど、どこにいたの?」
「どこって。・・・森?」
「それ、モンスターじゃないの?」
「結界石も反応しなかったし、有害な生き物じゃないんじゃない?」
明らかにエルを怖がるトロイヤ。
エルは何も言わずに首をかしげながらトロイヤを見ている。
そんなに、この世界では犬が珍しいのかしら。
「結界石が反応しない・・・。確かに、人に外を与えるモンスターではないのかもしれないけど、・・・いきなり噛み付かないよね?」
「大丈夫よ。そららもずっと隣に座ってたんだから」
「なら、いいけど・・・。まぁ。ちょっとごめんよ」
トロイヤは私の体を抱き抱える。
「ちょっと!なにっ!?なにするの?」
「横になってもらうんだよ。座ってたままだとやりにくいからね」
彼は私をゆっくりと操舵席の上に寝かせた。
「すぐ終わるから、そのまま静かに待ってて」
エルは私のお腹の上に乗っかってトロイヤをじっと見ている。
ほんとに、噛み付かないだろうか。少し心配。
「光の精霊フィリアよ。我が呼び声に答えよ我が求めるは安らぎの光」
彼の体がうっすらと白く輝きだす。トロイヤは両手を私の上にそっと乗せる。
「復活」
彼の体にあった白い輝きがゆっくりと私の方へ流れ込んでくると、腕や足の痛み、体の切り傷が嘘のように治っていく。
「はいっ、これでおしまい!」
彼が私の体から両手をどける頃には、痛みは嘘のように消えていた。
ほんの数秒。それで私の怪我は完全に治った。
「すごい。これが治癒魔法・・・。あんな怪我も治せるなんて・・・」
「驚いた?君も光属性なのに、知らないんだね。よかったら教えてあげるけど・・・」
「ほんと?教えて。私、魔法の使い方もよくわからないし、すごく助かるわ」
「じゃ、じゃあまず、治癒魔法ってね、2種類あるんだ。」
私は彼の好意に甘えて、輝石の受け取り人が現れるまで話を聞くことにした。
トロイヤの方は私の予想外の答えに一瞬驚きはしたものの、治癒魔法の講義をしてくれる。
仮にも宮廷に仕える身。聞いといて損はないでしょ。
「2種類?」
「外傷を治すだけの軽度な治癒魔法。ヒール。これは、ちょっとした怪我とか、骨折したとか、そんな時に使えるかな。」
「もう一つは?」
「僕の魔力を分けて、回復を促す魔法。リザレクション。今君に使った魔法だよ。対象が魔力不足でも、僕の魔力を分けて発動するから負担は一切ない。怪我が多いとか、重傷者に使う魔法かな。でも、これは僕の魔力にも影響が来るから気をつけて使わないといけないんだけどね。戦争中とか、連続で使用するときとか・・・。必要な時に魔力切れになったら仕方ないし」
「でも、今の言い方だとヒールはトロイヤの魔力をほとんど使わないみたいじゃない?それは回復魔法なの?」
「そうだね、難しいかもしれないけど、ヒールは自己治癒能力を上げる魔法になるから、自分の生命力が源になるんだ。怪我の度合いにもよって違うんだけど、直したあとに全力疾走したくらい疲れるとか、あとで、回復のツケが回ってくる。ヒールはあくまでも、回復のきっかけを与える魔法なんだ。だから、僕の魔力っていうよりも、本人の生命力、体力を消費する感じ。さっきの君は結構疲れてたからヒールではなく、リザレクションを使ったってわけ」
「そうなんだ。意外と考えてくれてて、優しいとこあるのね。トロイヤって」
「いや、第一印象が悪かったのはわかるけど、そろそろ見直してくれても・・・」
「まぁ、最初あった頃いきなり土下座してたものね。あの時より、だいぶ見直したわ。」
「あはは。まぁ、またなにか困ったら声かけてよ。助けになるから。あと、服は直せないから早めに着替えなよ。血もついてるし、ボロボロになっちゃったから。使い方の講義は、また次回ね。」
馬車から降りるとそのまま王宮の方に戻るトロイヤ。
案外、いいやつなのかもしれない。本当は。
「うん、いろいろありがと。また頼りにさせてもらうわ」
私はトロイヤに手を振って別れる。
「ありがとうございます。トロイヤ様」
「っひいぃ!!」
そららがトロイヤに向かって頭を下げ、お礼を言う。
そららの姿を見たトロイヤは驚きのあまり一歩ずり下がりそのまま体勢を崩し膝をついてしまう。
「いかがされましたか?」
そららが不安そうな顔で首をかしげる。
「い、いや。なんでもない。なんでも、はは。じゃ、じゃあまた」
トロイヤはそららの顔を一瞬見て、視線を合わさないようにそそくさと門を開けて中に入ってしまう。
「そら、最初トロイヤたちにかなりひどいことしたからねぇ」
「そう?昔のことは覚えてらんないしなぁ」
こいつ、都合の悪いことは直ぐに忘れるダメなタイプだ。
トロイヤとほか二名をボコボコにして、挙句には『このゴミ連れてすぐに街から出てけ!』なんて言っといて忘れるなんて・・・。
そんな奴がいきなりにこやかに迫ってきても恐怖でしかないだろう。
アルビドはアリシアと喧嘩していないだろうか・・・。
我が家の大砲娘が揉め事をお越していなければいいけど。
「待たせたな。」
王宮の扉が開き、どこかで聞いたような声が聞こえた。
私が広場からもしかしてアリシアが歩いてるのではないか?と、王宮を見ていた時にその人、私たちの依頼人はやってきた。




