10-5 各々の夜 ~アリシア~
「アリシア、俺と結婚してくれ!」
賑やかなレストランにトキの声が響いた。
食卓には色とりどりの食事と、何本かお酒の空瓶。明日の模擬戦の結果に問わず、現段階で事実上宮廷魔導士としての資格を手に入れたので早めのお祝いを兼ねて。の食事会だった。はず。
唐突なトキの発言でその場にいるフラン、アーク、アリシアは何も言えずそのまま固まってしまう。
「君の月のように輝く銀色の美しい髪。純真なその顔立ち。俺は、アリシアを娶りたい!」
トキは真剣な瞳でアリシアを見つめる。
その目を見て、アリシアも固まったまま動けない。
「トキ様。そのようなお戯れを」
フランが事態の収拾を図るも、トキには通用しないようだった。
「フラン。黙っていろ。これは俺とアリシアの問題なんだ」
「は、はい。申し訳ございません」
トキの本気な顔つきにその場からあっけなく退くフラン。
アークは目の前で起きたことに対し、未だ整理ができていないようだった。
「・・・」
渦中の彼女は、目の前に置かれたアリシアの好物であるお肉をとりあえず頬張ってみる。
うんうん、と頷きながら味の確認をしている。
「美味しい・・・。夢ではないのね。これ」
飲み込むと水を一口。水面に映る自分の顔を見ながらどうしてこうなったのか考えてしまう。
そもそも、トキが晩御飯はいっしょに食べよう。と言い出したことがきっかけだった。
(こんなことなら、来なきゃよかったかも・・・)
今更後悔に苛まれる彼女。
「アリシア、俺と結婚してくれないか?」
「・・・どうして?」
「俺は、君のように強い女性が好きだ。それに美しい。」
「強いなら、アメリアも強いけど?それに、綺麗でしょ。どっかの誰かも気に入っていたみたいだし」
チラッとフランに視線を送るも、彼は気づかないふりをしていた。
「アリスも、アメリアも銀髪。歳はちがうけど。何が違うの?」
「そ、それは・・・」
「言葉に詰まるってことは、アメリアがムーンブルグ出身だから?」
「アリシア、あまり他国のことを詮索するな!」
「いや、アリシアの言う通りだ。アリシアは強いだけではなく頭もいい」
フランが制止するも、トキはあまり気にしない様子だった。
「どうして、アリスと結婚なんて言ったの?」
「惚れたことは本当だ。ただ、急だったな。」
「トキ様・・・」
アークが重い口を開いた。
「アークは、何か知ってるの?」
「トキ様は、サン=ドラゴに戻る前に・・・」
「やめろっ!アーク、それ以上は無用だ。」
「ん?」
珍しく声を上げるトキに首をかしげるアリシア。
アークは気まずそうに黙ってしまう。
「今のは、酒に酔った戯れだ。すまない。忘れてくれ・・・」
「と、トキ様!お待ちください」
トキはアリシアに寂しげに笑いかけると、そのまま席を立ってしまった。
慌てて追いかけるアークはアリシアとフランに一礼すると、そのまま二人の姿はなくなってしまった。
「どうしたんだろ。いきなり」
アリシアが再びリスのように頬張りながら食事をしながらフランに問いかける。
「僕にもわからないけど・・・。まさか、幼女趣味とか。」
「そうですね。フラン様はアメリアがお好みですもんね。きらとねぇねにはキッチリと報告しますので」
なにか誤魔化そうとしたフランの態度でイラっとしたアリシア。
「幼女に話すことはないですもんね?トキにも伝えないと・・・」
「わかった!悪かった!あまり他国の人を巻き込むな!」
「じゃあ、誰にも言わないから知ってること教えて」
「んー・・・」
ここまで押してもハッキリしないと言うと余計に気になる。
「悪魔研究よ」
私の後ろにアメリアがお酒を片手に立っている。
その瞳は恍惚としていて、すでに酔いが回っているようだった。
「悪魔、研究?」
「アメリアさん、その話は・・・」
フランが席を立ち上がり、アリシアを止めようとする。
どうやら、これがフランの隠したかった話なんだろうと確信するアリシア。
「アリシア。ここ、いいかしら?」
「ん」
アメリアはアリシアの隣に腰を落とした。
「フラン様。これは、異国の人間がするただの噂話です。お聞き流しください。」
「その噂話、どこまで本当なんだい?」
フランはきつい眼差しでアメリアを見るも酔っ払う彼女にはそれほど効果はない。
「さぁ?私の知る限りの話です。なので、全て真実かどうかは不明です。変に隠すと、逆に怪しまれますのでお気を付けを」
笑って話すアメリア。とっても不満そうなフラン。何も知らないアリシア。昼間とは違う三角関係が生まれた。
「それで、アメリアは何知ってるの?」
「そうね、それじゃアリシアは何を知ってるの?」
「ごめん、なんにも知らない」
食べ終わったアリシアはコップを両手で持ちながらアメリアの話に耳を傾ける。
売り言葉に買い言葉。こんな会話では昼間なら喧嘩になるかもしれないがそこはアルコールのせいでアメリア何も気にせずに話し始めた。
「それじゃ、まず私の国ルグナリアは、このアレクサンドリアの北の山の向こうの国。国土の半分は冷たい雪の国。もう半分は灼熱の砂漠の国。私は雪の国ムーンブルグで育ち、トキは砂漠の国、サン=ドラゴで生まれたのね。ルグナリアって国は、ムーンブルクとサン=ドラゴの2つの国があるの。」
「どうして、同じ国なのに、2つに分かれているの?」
「宗教的な問題ね。私たちムーンブルクの民は月と神々を崇める国。トキたちは太陽とドラゴンを崇める国なの。いつから分裂したのかはわからない。でも、私が生まれるよりもずっと前のこと」
「それで、トキと仲が悪いの?」
「なんでだろ。子供の頃からサン=ドラゴは敵って言われてたから、なかなか難しいのよ。正直、私はどっちでもいいんだけどね」
テーブルの上にあったつまみを食べながらアメリアはつまらなそうに答える。
「フランは知ってた?」
「まぁ、そのくらいのことはね」
黙って飲み物を飲みながら二人の会話を聞いているフラン。
アリシアは初めて聞く事が多く、アメリアの話は興味の対象だった。
「私のいた魔道学院では、ひたすら魔導を追求し、素質、能力がないものは次々と切り捨てられたの。精霊と契約が2体なんて普通。3体、4体と契約をさせられる者もいたわ。属性相性もあるので、時には死ぬほどの激痛を味わうこともあるの」
「どして、そんなことしてるの?」
「したくて、してるんじゃないの。するしかないのよ。私たちは親に売られた身。生活苦で売られたのよ。国にね」
真剣な表情のアメリアに、フランが疑問を投げかける。
「ルグナリアは、そんな貧しい国ではないだろう?人身売買なんてあるのかい?」
「表面上は、成熟した規律ある国家に見えると思うけど、内部は腐りきってるわ。それこそ、武力を強化し、他国へ攻め入る可能性もあるくらい。そのための魔道学院なんですよ。公にはされませんが、国がそれだけ力を入れて行うんです。利益が出ないことはしないでしょう?」
「アメリア、売られたの?」
「そう、妹と一緒にね・・・。」
アメリアは口を紡いでしまう。
アリシアも、『あっ』と気づきアメリアにかける言葉を見失ってしまう。
「ごめん」
俯くアリシアを見て気丈に振る舞うアメリア。
「うん、大丈夫。いいのよ。それで、魔道学院に私たちは連れてこられたわ。そこで、こんな優しい試験ではなくて、本当に死ぬほど苦痛な実験を受けたの。そこに勝ち残れない人間が今度はルグナリアの王宮に連れて行かれるって聞いたわ。中には、サン=ドラゴへ連れて行かれるって話もあったけど・・・。」
「どうして、トキの国が出てくるの?」
「私の推測だけど、戦争になった時に相手に憎しみがあったほうがいいでしょ?憎しみ、恐怖、恨みは戦争の糧になるから・・・。」
「徹底してるな。ルグナリア王は何を考えているんだ」
「わからない。でも、私が魔道学院で監視員たちが話しているのを聞いたの。その時は、使えない人間は悪魔へ捧げる。と聞いたのよ。」
「それで悪魔・・実験」
「なんとも、物騒な響きだな。」
眉間にシワを寄せながら聞くフランも、この話は知らなかったのだろう。フランもアメリアの言葉を真剣に聞いていた。
「アメリアは、その実験のこと知ってるの?」
「詳しくはわからない。でも、ルグナリアの地下では魔石の精製、悪魔の召喚、悪魔転生とか、人の手に余ることをしているのは確かだと思う。」
「悪魔なんて、どうするの?あんなの呼んで」
アリシアの苦い思い出がフラッシュバックする。
赤毛の邪竜王。コテンパンにやられて手も足も出なかった。世界でもトップクラスの魔力を誇るエルドロールでも勝てない相手。そんな敵にもう会いたくはなかった。
「いつからムーンブルクは崇拝先を神様から悪魔に乗り換えたんだい?月と神、精霊の加護のある白銀の美しい国だと文献にはあったけど」
「ルグナリアの先代王女。ぺトラ様が病に伏してから本格的におかしくなったわ。いつの間にか隣国との交易も減り、鎖国的になり、サン=ドラゴともまったく話をしなくなり、お互いが敵と認識する始末。国民も神々への信仰を忘れ、力が、強者が生き延びるのが世界の理りと認識され始めてる。私は、そんなルグナリアが嫌で、この国に逃げてきた。ルグナリアの監視付きで」
「か、監視ぃ?今も、この場にいるのか?」
驚きフランは剣を片手に辺りを見回す。
アリシアも自分の背後や外に視線を送ってみるも、誰の姿も見当たらない。
「いないわ。ここに来る前に始末したから。ただ、ルグナリアは私を裏切ったと判断するでしょうね」
「始末って・・・人を殺したの?」
「人じゃない。低級の悪魔よ。使い魔みたいなものね」
「悪魔を、使役しているっていうのか?」
使い魔。悪魔を使役すると言う発言に驚きを隠せなかったフラン。
「昨日も、昼間も僕らのそばにいたのか?」
「えぇ。いたわ。だれも気づかないように、私が意識を逸らしていたけど。まさか、あなたが王宮騎士様とは思わなかったから」
(だから、帰りは一人で帰ったのか・・・)
なんで帰りはフランに付きまとわなかったのか不思議だったアリシアの疑問は意外なトコロで解決した。
「信じるかどうかは二人次第だけど、私の国は、それくらい危ないところよ。」
「どうして、アメリアはその話をアリスたちにしたの?」
「そうね・・・正直言えば、助けて欲しい」
彼女は手に持ったお酒を置いて、私たちをジッと見つめる。
「僕たちにルグナリアへ戦争しろ・・・と?」
恐る恐る。フランが口を開いた。
「・・・えぇ。そうね。そういうことかもしれない」
「でも、アメリアは逃げてきたから、関係ないでしょ?」
「まだ、妹が残されている。無事なら、アリシアと同じくらいの女の子。」
「無事・・・なら?」
無事なら。と言う言葉に違和感を感じるアリシアは首をかしげてしまう。
「アメリアの妹は、今どこにいるの?」
「あの子は王宮へ連れて行かれたの。どんなことになっているか想像ができない。生きているのか、死んでいるのか・・・。どんな仕打ち受けているのか。今もこうしている間に、あの子を助けられない自分が悔しい・・・。私には、あの子をどうすることも出来ない。」
話しながら堰が切れたように涙を流すアメリアにかける言葉がなく、ただ、アリシアは黙ってその姿を見ながら聞いていた。
フランはアメリアを落ち着かせようと言葉をかけるも、彼女の涙は止まらない。
自分にも何もできないアリシアは、今どこにいるかも知れない姉のことが無性に気になった。
(また、なんか無茶してないといいけど・・・)
異国の話を聞いて、自分にできることが見つからずモヤモヤしたまま、アリシアはコップの水に反射する自分の顔を静かに見つめていた。
レストランの周りは、だいぶ人が少なくなっていた。
「落ち着いたの?」
「あぁ。世話役の魔道士に任せてある。本人も、取り乱して済まなかったと言っていたよ。アリシアにごめんって」
「そう・・・」
夜風が抜ける夜の市場を、二人は歩いていた。
雲が少し多いが、銀色の月が空に輝き、風が少し火照った体に心地いい。
「ねぇ、寄り道したい」
「別にいいけど、どこへ?」
「東門へ・・・」
アリシアはそう言うと分かれ道を王宮ではなく、人気の少ない東門の方へ歩き出した。
市場の明かりが風で揺れる中、二人はまっすぐ進んでいく。
「じぃじ・・・」
アリシアは東門を出ると、神樹トルヴァニアを見つめていた。
フランは少し離れたところからアリシアの姿を見ている。
「いいとこ、親へ相談ってところかな・・・」
フランの見つめる先ではアリシアがトルヴァニアの根元に座り込み、なにかブツブツ言っていた。
「今日、アメリアって友達が泣いてた。その子、アリスと同じ魔道士で、宮廷魔導士の試験にも出てる。明日、戦うかも知れない。でも、今日ライバルのアリスに助けてって・・・。どんな気持ちだったのかな。」
指で地面をなぞりながら考え込むアリシア。
トルヴァニアは葉が風に揺られてサラサラと音を立てている。
「アリスは、友達を助けたい。でも、相手はまた悪魔とか言ってるし、怖いな・・・。」
膝を立てて、じっと座っている。
「アメリア、妹がいるんだって。アリスにはいないけど、いたら、・・・どんな気持ちかな。」
答えるものは誰もいない。
「無理やり精霊契約なんかさせられて・・・そんなの、魔導士として楽しくない。」
「親にも売られたって言ってた。前、ローラも死んじゃう前に言ってた。・・・すごい。寂しそうに、悲しい目をしてた。アリスは、フレイアがいたし、きらやねぇねや、フランもいる。みんなが助けてくれる。でも、もし、アリスがルグナリアで、アメリアみたいに売られたらどうだろうって・・。ねぇねに捨てられたらって考えると、すごい悲しくて・・・なんか、胸がきゅうぅって締め付けられるみたいに苦しくなって、なんか穴があいたみたいに虚しくて・・・。すごい、一人ぼっちになったみたいだった。」
「世界で、アリスしかいなくなったみたいな・・・。」
風の囁きのみが聞こえる、静寂がアリシアを包み込んだ。
「でも、どうしたらいいのかわからないよ・・・。アリスが、まだ子供だからなのかな・・・」
涙を瞳いっぱいに溜め込んだアリシアは、そのまま顔をうずめて動かなくなってしまう。
見かねたフランが、ゆっくりとアリシアに歩み寄る。
「もし、じぃじならアリスにどうして欲しい?・・・教えてよ。おじいちゃん・・・」
言葉をかけようにも、気の利いた言葉が見つからず、その場に立ち尽くしてしまう。
風だけが、そのまま虚しく吹いていく。
「アリシア、遅くなったから。帰ろう?」
フランがアリシアに手を伸ばす。
アリシアはゆっくりと顔を上げて、フランの手を見ると、涙を拭きその手を掴む。
「大丈夫、きっとエルドロール伯爵もアリシアの事を見守ってるし、君の行動を支持してくれる。それが親なんだから。アリシアは、アリシアの決めた道を進めばいい。きららも、そららも、僕も。みんな君のことが大好きだ。だれも、君を見捨てたりしない」
アリシアに笑いかけるその姿は、昼間の情けない姿とはまた違った。
「フランのくせに、かっこつけないでよ」
アリシアは立ち上がると、トルヴァニアへ両手をいっぱいに広げて抱きついた。
「じぃじ、あそこの女好きの騎士様がアリシアに迫ってるから、後で懲らしめといてね?」
神樹が風で揺れると、空が晴れ、月が雲の間から顔を出した。
「おいおい、ひどい言い草だな。仮にも神樹なんだ。本当に何かあったらどうするんだよ」
苦い顔でアリシアに笑いかけるフラン。
「あ、フラン見てっ!!」
その顔を見て思わず笑ってしまうアリシアは、フランからトルヴァニアへ視線を戻すとき、何かに気がついた。
アリシアの座っていたところとは違う角度の根元にはなにか文字が書いてある。
「がん・・ばれ?・・あ・・りし・あ」
そこには汚い字で書かれた、アリシアへのメッセージが書いてあった。そばには枝が1本。
地面に、トルヴァニアの枝で掘っただけの何でもないアリシアへのメッセージ。
「誰が・・・こんなこと。」
フランは辺りを見回すも、そこには誰もいない。
さっきから警戒して監視はしていた。見過ごすはずはない。
「汚い字・・・」
「あぁ、ほんとだ」
「でも、なんでかな。すごく。・・・あったかい」
アリシアはその文字をしばらく見つめていた。
心には、ひとつの答えを持って。




