10-3 宮廷魔導士試験、2日目 お昼の部
いつも朝は、無意識に来る。
太陽も高くまで昇ってきたころ、ねぼすけ娘は扉を叩く音で目が覚めた。
「アリシアっ!アリシア起きろ!このドアを開けてくれ!」
目覚めてすぐに、アリシアは今自分がどこにいるのか理解できない様子だった。
いつものベッドとはどことなく違う。
見上げる天井、壁、窓も何か違う。
重い瞼を再び閉じようとした時、聴き慣れた声が耳に入った。
「頼む!起きてくれアリシア!」
変わらず、ドンドンと扉を叩く音が部屋に響く。
扉を叩く男、フランはアリシアを朝起こしに来たものの返事がなく、その時は『まぁ、いいか。後で起こせば。』くらいに考えていたのだが、全く起きない現状に焦っていた。
そしてドアから出てこないアリシアに不安を覚え今に至る。最初はあまり焦ってはいなかったが、返事のなさ。呼びかけても起きてこないことに、ここにいないのではないか?と不安を感じ始め、扉を叩くも、叫ぶも中から返事はなかったせいで、軽くパニックを起こしていた。
今では、周りの兵士達もいつ止めに入るべきかと、顔を見合わせながらフランへチラチラと視線を送り迷っているほどだ。
「うにゃぁ・・・」
まだ半分眠りの世界にいるアリシアはベッドの上でコロコロと転がる。アリシアは左右にゴロゴロと体を転がしながら、今の自分の立場を思い返していた。
(・・・ここはぁ、・・・確か昨日は宮廷の書庫で・・)
「っやば!!」
意識を取り戻したアリシアはベッドから飛び起きてドアを開けた。
「お、ぉはょうござぃます・・・。フラン様」
扉を開けると、そこには必死の形相のフランと、廊下でフランに声をかけようか相談している兵士の姿。
アリシアは寝癖もそのまま。服だって、昨日書庫から帰ってきたまま寝たのでメイド服がシワシワになってしまっている。
廊下にいた兵士はアリシアが出てくると、何事もなかったかのように視線を逸らして散り散りになっていく。
フランはアリシアが出てくること確認すると、引きつった口元のまま笑顔で開いたドアを無造作に左手で掴み、
「とりあえず、中に入れてくれる?」
「は、はぃ・・・」
アリシアの部屋に姿を消した。
「それで、今まで何してたの?」
フランはテーブルに腰かけると、アリシアを前に不機嫌そうな顔をした。
「あの、・・・寝てました」
「今まで?」
「はい」
フランの尋常じゃないお怒りモードに委縮してしまうアリシア。
「朝から、何度も起こしたのに、もう昼だよ!?試験の時間も近いのに、君は危機感がなさすぎる!昨日だってそうだ、まさか試験初日に昼寝なんて、過去にそんなやつ聞いたことない!」
「ごめんなさい」
俯くアリシア。
その姿を見て少し言い過ぎたのか気にするフランだったが今後のアリシアのためにもと説教を続けた。
そのフランのお説教は、アリシアにどのくらい響いているのか?
それは、ほとんど響いていない。
アリシアは俯いてあくびを我慢していた。
口元が見えないように下を向いて、大きなあくびを我慢。
そして、アリシアはフランの説教をとめる手段を思いついたようだ。
「君には、宮廷魔導士になるって自覚が足りないんだ。宮廷に仕えるものは、民を守り、常に民から見られている意識が必要で、そんな・・・」
「ごめんなさい。フラン様」
アリシアは顔をあげてフランを見つめる。そこには、目を少し赤くして涙が滲む少女の姿。
その姿にフランは言葉をとめてしまう。
「アリス、お寝坊さんで、ごめんなさい。昨日、緊張してて、夜も寝付けなくて、だから・・・」
アリシアは両手で服の裾をギュッと掴みながら、あくびで出た涙をフランにみせてか弱い女の子を演じてみ
た。
緊張したのは、事実だ。慣れないお城、話し方にはだいぶ緊張をした。
寝付けなかったのも嘘ではない。遅くまで本を読んで部屋に戻った後も興奮していた。
寝坊助なのは、性格のようだけど。
何も知らないフランは、アリシアのあくび涙に躊躇し、大きなため息をつくと右手を挙げた。
「わかった。僕の負けだ。昼食の時間だ。すぐに準備してくれ。部屋の外で待ってる」
フランはそういうとドアノブに手をかけた。
「は~い」
『てへっ』と満面の笑みでフランを送り出すアリシア。
フランは背後で泣いていると思い込んでいるアリシアに視線は送らず、そのまま廊下に出た。
「今日は、何の試験をするんですか?」
「きみ、昨日も思ったけど寝起きからよく食べれるね・・・」
「成長期なもので・・・」
「いや、その域を超えてるでしょ。これ」
大きなお腹をさすりながらアリシアは椅子にぐったりとしている。
丸いテーブルの上には他の食卓の3倍以上の食器が置かれていた。
「女の子に対して、失礼ですよ」
「女の子って・・・この量で!?」
「でも、フラン様も召し上がってましたよね?」
「この分ね!?ここだけ!」
テーブルの端にトレーに乗った一人分の食器が置かれていた。フランは、これは自分の分!と主張しているようだった。
「ひどい・・・。アリス、昨日から何も食べてなかったからつい」
「つい、で食べる量じゃないし、朝食べれなかったのは自分のせいだから!」
「あはは・・・。すいません。今度、ねぇねにごちそう作ってもらうので今回は大目に見てください」
片付けられていく食器を前に、ウエイトレスにお水を催促するアリシア。
「それで、何の話だっけ?」
「今日の試験の話ですよぉ」
「あぁ。それは、あまり詳しくは言えない。」
「なんでですか?」
「『的に当てるだけ』。としか言えない決まりなんだ。」
「まと」
「そう、的」
「的、まと、まと、的。」
水を飲むと中の氷を見ながら呪文のように的の事を考えるアリシア。
「何の話をしているの?アリシア」
フランの背後から話しかけてきたのは昨日知り合ったアメリアだった。
「アメリア、おはよう」
「おはようって、もう昼過ぎよ?」
おはよう、の言葉に呆れた顔で返事をすると、空いてる席に腰かけるアメリア。
「こんにちは、私はアメリア。ここ、よろしいかしら?」
「あ、あぁ。どうぞ。」
急に現れたアメリアに言葉を迷うフラン。
フランはアメリアの姿を見つめてしまう。
銀色の髪、青い瞳。歳はきららと同じか、もう少し上なのか?しっかりとした話し方と、抜群のスタイルから目を奪われてしまう。
「言いつけますよ」
ボソッと呟くアリシアの声で我に返るフラン。
「だ、誰に!?何を言いつけるんだ?」
「あら、殿方には誰かいいお方がいるのかしら?」
「い、いや、そう言うのは特にいないのだけど」
「い・な・い?そうですか」
「いや、アリシア。いないっていうのはね」
「やはり、いらっしゃるのですか?」
「フラン様、ハッキリお答えください。」
「フラン?」
2人の銀髪娘に言い寄られてタジタジのフランだったが、アリシアがフランの名を呼ぶとアメリアの表情が一瞬変わった。
「あなた、この城の王宮騎士、フラン様なのですか?」
「あ、ぁあ。僕はフラン、フラン・レオロール・バリストロだ。僕の事、知ってるのかい?」
「はい、存じております。若くして王宮騎士になられた天才騎士フラン様のお噂は私の国、魔道都市ルグナリアでも聞き及んでおります。」
「君は、ルグナリアの出身なのかい?」
「はい、ルグナリアで魔道の研究をしておりましたが、此度のアレクサンダー城で行われる宮廷魔導士の試験にぜひ参加したくこの地に参りました。この髪飾りは、我が国の魔道学院を卒業したことが関係ありまして、ルグナリア国から異国の地で行われるこの試験に参加しやすいようにと推薦をいただきました。」
2人の会話に取り残されてしまったアリシアは黙って聞いている。
アメリアはフランと楽しそうに会話していた。フランもまんざらではなさそうだ。
「もしよろしければ、私もご一緒させて頂けませんか?会場で推薦人は書簡ですから、実際にはほとんど一人なもので、昨夜もさみしくて・・・」
「一人って、世話役がついているはずだろ?」
「えぇ、あちらに。監視されているようで嫌なので距離を置いていただいています」
アメリアの指さす方には銀のローブを纏った魔導士の姿があった。
「あ、アリシアはどう思う?」
「アリスは、フラン様が好きなようにされた方がいいと思いますよぉ?」
にっこり。と笑うアリシアの笑顔の裏に、フランは2人の黒い影が見えたような錯覚があった。
自分の立場を思い出し、フランはアメリアに断ろうと決めたとき、フランよりも先に口を開いたのはアメリアだった。
「よかった!アリシアも反対していないようだし、ぜひご一緒にお願いします!王宮騎士フラン様とご一緒出来るなんて、感激ですわ」
アメリアに両手を握られて何も言い返せずに口をパクパクと開く姿を見たアリシアは水を飲み干すと大きなため息を吐きガックリと肩を落とした。
「トキッ!!」
アリシアは王宮の門の外にいた黒髪の少年、トキに声をかけた。
食堂を後にした一行は、試験が始まるので場所を移動していたがアメリアは相変わらずフランと楽しそうに談笑している。
話し相手を奪われ、一人蚊帳の外になったアリシアにとって今のトキは願ってもない話し相手だった。
「おぉ!アリシアー!」
アリシアの呼びかけに大きく手を振り返すトキ。
そばには付き人の重たそうな鎧を纏った重騎士がいる。
「こんにちわ!トキも、試験会場へ行くの?」
「あぁ、ギリギリになって慌てたくないからな。それより、そっちはだいぶにぎやかだな。」
トキが指差す方向には笑顔でフランに話しかけるアメリアと多少困惑気味のフランの姿があった。
「ちょっと、いろいろあってね。トキの方は、静かなものね」
「俺の世話役は寡黙な重騎士だからな。話し相手にもなってくれるが、集中したいときとか静かにしたいと時はすごく助かる。騎士として立派なものだ」
「立派な、騎士ねぇ・・・」
アリシアは黒い鎧に包まれた重騎士に軽くお辞儀をすると、自分の推薦人のフランを冷たい眼差しで見つめる。
彼女は、どことなく便りにならない王宮騎士に不満があるらしい。
「フラン様、こちらは異常ございません。そちらは、大丈夫でしょうか?」
「あぁ、アーク。こっちは大丈夫。トキ様は大切な来賓でもある。警護、任せたよ」
「かしこまりました」
「フラン様、この方は?」
アリシアが黒い鎧の騎士を見上げるように立っている。
「彼は重騎士アーク。僕の部下の一人だ」
「お嬢さん、私はアークと申します。以後、お見知りおきを・・・」
「あ、アリシア・ウィル・トルヴァニアです。こちらこそ、よろしくお願いします」
両目を閉じて軽く頭を下げるアークに対し、スカートの裾を軽く持ち上げてお辞儀をするアリシア。
こんな立派な人がフランの部下?とでも言いたそうにアークのことを見上げている。
「フラン様?トキ君が来賓って、どうしてですの?どこかの偉い人なんですの?」
「トキ様は、隣国魔道都市ルグナリアのサン=ドラゴの第2皇子であられる。知らないってことは、アメリアさんはムーンブルグ出身のようだね。」
「サン=ドラゴ・・・」
「ムーンブルグ出身?」
出身の地名が出た途端に2人の視線が火花を散らすように絡み合う。
「トキ様」
「アメリアさん」
フランとアークは2人の間に割って入るが、先に行動をしたのはトキだった。
「3人とも、聞いてくれ。」
トキのことをアメリアが怪訝な顔で睨み付ける。
「確かに、俺はサン=ドラゴの第2王子だ。でも、俺は王族としての地位を捨てて、このアレクサンダー城へ来た。俺は、サン=ドラゴを捨てた。」
「トキ様っ!それは公にしては!!」
「いや、いい。ここにいる皆に疑われたり、せっかくお互いの身分を知らなかったとはいえこの地で初めて出来た友を失いたくない。アメリア、アリシア、それに騎士の2人。俺は、捨てた国よりもお前たちを選ぶ。だからアメリア!」
「な、なに?」
鋭いその眼光にギュッと掴まれ、一瞬たじろいてしまうアメリア。
「ここはアレクサンドリアだ。お互い、ルグナリアの事は抜きして、仲良くやれないか?」
「・・・」
「トキ様。」
安堵の息をこぼすアーク。
故郷の問題があるかもしれないが、トキの方は穏便に進めたい。と願っているようでひと安心したようだ。
「もともと、ルグナリアの内戦は俺たちが始めたわけではない。国外に事情を悟られないように、水面下で動いているものだ。俺は、そんな小さなケンカで人生終わらせたくない。そのために、国を捨ててここにいる」
「信じられないわ。サン=ドラゴの言い分なんて」
「今すぐにとは言わない。でも、俺はお前を一方的に信じる!」
笑うトキの顔に、隠し事はないようにその場の全員が思えた。
アメリアも、なんか気難しそうな顔をして返事に困っていた。
「さすが、王族の器でございます」
「よせ、国を捨てた身だ。それよりも、ここで無駄話をする前に今日の試験を終わらせなければいけないな。」
「本日は街の外に準備ができております。急ぎましょう」
アリシアは歩み始めるトキの隣を歩いた。
「トキ、王子様?」
「いや、アリシアと同じ魔導士だ!気にするな」
屈託のないトキの笑顔をみて、アリシアも微笑む。
アークが先頭を歩く奇妙なパーティーは東門の先にある魔導士の修練場を目指した。




