8-11 弓と私
「ど、どうなったの?」
私はアリシアの魔法の発動のあと、何も起こらない現状に驚いていた。
さっき、アリシアは魔法を完成し、そのままクラーケンに向かって魔法を放った。
のだと思う。
でも、実際にはあの後、上空にいたドラゴンはそのまま姿を煙のように消し、アリシアはそのまま意識を失ってしまった。
―魔力切れ。
私の脳裏に浮かんだ言葉は、そんな言葉だった。
(そんな、ここまで来たのに・・・)
ここまで頑張ったのに最後の最後に負けるなんて・・・。
アリシアの隣で絶望の淵にいる私の声をかけたのは、懐かしい奴だった。
「だらしないなぁ。妹たちがこんなに頑張っているのに。あきらめちゃうの?」
海に浮かぶ私は急に声をかけられたことに驚きはしたものの、瞳に溜まった涙を拭くと声の主を探した。
(この話し方聞いたことある。)
「だれ?どこにいるの?」
私の問いかけに、答えるものはいない。
「ねぇ!?どこなの?フレイアでしょ!?フレイアなんでしょ?」
私は、さっきの話し方をする精霊を知っている。
紅い炎の精霊。ピンクのモフモフした羊みたいな姿でいつもフヨフヨと浮いていた。
何でも知っていて、優しくて、頼りになる精霊だった。
「・・・違う」
「えっ?」
私の横に気を失っているアリシアが目を開き、ゆっくりと立ち上がる。
「フレイアじゃないよ、アリシアだよ」
その瞳は、邪竜王を倒した時と同じ紅い瞳をしていた。
「なんの冗談なの?フレイアでしょ?」
「ちがうってば!アリシアだよ!フレイアなんているわけないじゃんか」
紅い瞳のアリシアは、その口調も変わっていて、知ってる人が見ればどう見ても違うってことがよくわかる。
「おぉっと!!足が2本ってのは動きにくいな。」
クラーケンがこちらに迫る余波で姿勢を崩し両手をついているアリシア。
足が2本で動きにくいって文句を言うなんておかしい。
「アリシア、いつも足2本じゃん。」
「・・・」
2人の間に短い沈黙が流れた。
自称アリシアはしまった!って顔をしていたけど、もう、この際そこはどうでもいいかな。
「わかった。もうアリシアでいいわよ。何か事情があるんでしょ?」
黙ってうなずくアリシア。
「ずっと、見てたんだよ。あの日から、3人の事。でもこの様子だと、やっぱり僕の声は届かなかったみたいだね」
「そうなの?だったらもっと早く助けてくれればよかったのに」
「そんな簡単な話でもないんだよ。今日は、特別な日だからここにいるだけ。」
「特別な日?」
アリシアは青く光る月を指差した。
「今日は、異世界との扉が開きやすい特別な日。クラーケンが神魔の世界から何かを媒体にこの世界に来れるように、僕たちも媒体があればこの世界に少しなら干渉できる。」
フレイア・・、いや、アリシアはその右手に青い炎を創るとクラーケンに投げつける。
『ギュガァアアァ!!』
クラーケンはアリシアの放った青い炎にその身を焼かれ悶えているようだった。
その断末魔の声に、海岸で気を失っていた者も目を覚ましたようだった。
「その炎はなかなか消えないよ。なんたってこの火の精霊様直々の炎だからね!」
ウシシッて顔で笑うアリシアは私の視線に気が付くと、また『しまった!!』って顔をして視線を外した。
こいつ。いつまでこの設定するのかしら。
「あんた、その設定・・・」
「言わないで!それ以上はダメ!いいから、早くエルフィン出して!僕にも時間がないんだから!」
「時間?」
「そう、今、僕はアリシアの身体に残る【フレイアの魔力】を媒体にこの世界にいるんだ。アリシアの中に残っていた僕の魔力の残りだね。でも、そう長くは持たない。」
「ねぇ、そんなことしてアリシアは大丈夫なの?」
私は軽くアリシアの頭を叩いてみる。
「痛いな。大丈夫だよ、今は気を失っているだけ。そのうちに目を覚ますよ。」
「そう、よかった。」
私は再び、神弓エルフィンを見つめる。
さっき使えなかったのに、今更使えるのかしら。
「よく聞いてね。きらら、君は、心が弱い。」
「こころ?」
アリシアが弓を構える私の胸に手を当てる。
「人間の心は、脆いものなんだ。でも、君の心は特に脆い。それが悪い、っていうことじゃない。でも、その心は時に魔法を使うときに相手の心も乱してしまう。」
アリシアの身体が赤く光ると、それは私の身体にも伝わってくる。
なんだろう。あったかい。
心が、癒されていくような、体の力が抜けていく不思議な感覚。
「さっき、エルフィンを使おうとしたときにこんな気持ちにならなかった?」
さっき・・・。そういえば、光り出してその時に
「今のフレイアみたいに、弓があったかく感じたわ」
「その温かさが、魔力の同調なんだ。」
「同調・・・」
フレイアの赤い光は、やがて私の中で白い光へと輝きを変えていく。
「武器の声に耳をかたむけること。時空移動の中で教えたでしょ?そららの方は、無事にできたみたいだね。偶然かもしれないけど・・・。」
「武器の声・・・」
「そう、意思のある武器は、持ち主に語り掛けて来る。この弓も、きららに幾度と声をかけてきたはずだよ?君の心に、この武器を扱う本当の覚悟がなかったから聞こえなかったんじゃないかな。」
「私の心・・・弱いから・・・」
「きらら、今回は僕がここでサポートしてあげる。特別サービスだよ。だから、何も気にしないでその弓の声を聴いてごらん。使い方を、教えてくれるから。」
私は深い深呼吸の後に、静かに弓の声に耳をかたむけた。
波の音も、風の音も聞こえなくなるような感覚。
明るくなっていた夜空も、何もかもない真っ暗な世界にいるような感覚だった。
エルフィンを持つ手に、少しづつ熱がこもる。
「悠久の時より現れし聖なる光」
私は、左手に全神経を集中させ、魔力と言うものが私の中にあるのなら、今この左手が温かく感じることが魔力なのかもしれない。
「その強大な光を受け育まれた神樹シルフィード
風と光の恩恵を受け、その身に生まれし聖なる力
深淵の闇に飲まれようと
その身が闇に堕ちようとも
輝きを失わない一条の輝き」
ずっと、黒かったその弓は、眩い光を放つ。それは長い夜に終わりを告げる太陽の様だった。
「我が名はきらら・ウィル・トルヴァニア
混沌に彷徨うこの世界に、終わりを告げよう
我に仇名す者に終わりなき絶望を」
輝きはドンドン強くなり、神弓エルフィンが崩れ始める。
それは、その身にへばりつく泥を落とすかのように、ボトボトと黒い塊が落ちていく。
「闇を払うその力をここに示せ!ひかりよ!」
私の声に神弓エルフィンが応える。
眩い光を放つその弓は、真っ黒だったのに、鮮やかな緑色にその姿を変えた。
「これが、この弓の姿・・・」
私の前に現れたのは黒から緑色に変わり、光る弦がある真の姿を取り戻した神弓エルフィンの姿だった。
「どうやら、ちゃんと認め合ったみたいだね」
「うん、ありがとう!フレイア。弓の声。聞こえたような気がするわ!」
「その弓、邪竜王の魔力で汚れてたみたいだ。今は汚れも落ちたし、使えるようになったんじゃないかな。それでも、あくまできららサイズでね!」
なにか意味深な笑い方をするアリシア。
「なによ。その言い方?なにかまだ隠してることがあるの?」
「ないしょ!今はそれより、時間が来る前に片付けないといけないでしょ?」
迫り来るクラーケンの姿に私は視線を送る。
「そうね、最後の勝負よ!」
「僕は、今この姿だときららのサポートだけで手がいっぱいなんだ。自分でその弓を使ってごらん?」
「自分で!?」
「大丈夫、弓の声を聴いて!」
弓の、声。
【新しき主よ・・・】
「な、なに!?」
「弓が語りかけてるんだ。ちゃんと会話してごらんよ!」
そんなこと言ったって・・・。その声は私の頭に直接響くものだった。
【我が主よ・・・。汝は、何を願う】
(願う?私は何もほしくないわ。ただ、みんなを守る力が欲しい。戦う力が)
目を開けるとそこは見たこともないような大きな樹があり、空が見えないくらいの木々で覆われた不思議なところだった。
生物の気配はしない。目の前にあるただ、存在感のある大樹。
【我は神樹シルフィードから創造されし武具。エルフ族の女神が所持を許されし神の弓。汝は、我が主としての器なのか?】
(・・・わからない。私は神様でもなんでもない。1人の人間。でも、私は神でも魔でも、どっちのおもちゃじゃないの。私の生きる道は自分で決めたい。自分でやりたいことを見つけて、私は私であるために、後悔のない道を選びたいの)
【我が問いに応えよ。人の子。我が主にふさわしい器なのか。汝は我に何を願う。】
(私があなたの器にふさわしいかわからない。それはあなたが決めればいい!私は私の信じた道を進むだけ。私に力を貸しなさい!神弓エルフィン。)
【魔力少なき人の子よ。選定の意。確かに聞き届けた。己が魂に恥じぬ生き方をすればよい。我は汝の力となろう。長き混沌の世界に終焉を・・・。闇を払う力を】
(力を貸してくれるの?)
【我が力で闇を払え、人間!】
おどろおどろしい声が響くと私の視界から大樹が、森が消える。気が付くとそこには海に浮かぶアリシアと迫りくるクラーケンの姿。
(幻覚?)
「おかえり、うまくいった?」
「どうだろ。でも、この弓。悪魔退治には積極的みたいよ?」
私はアリシアの顔を見ながら少し笑って見せた。
「それじゃ、僕にその弓の力を見せてよ」
「しっかりサポート、頼むわよ!」
私はクラーケンに向かって弓を構える。
その指先には、何もない。ただ、緑に輝くその弓からは輝く弦が張られている。
魔力でできた弦。この魔力も、きっとフレイアがサポートしてくれている。
弦に手を伸ばし、そっと触れると光り輝く矢が現れる。
「これが、エルフィンの矢・・・」
その矢は眩しいばかりの光を放っている。
右手に輝く矢を持つと、私は普通の弓矢を射るように構えた。
「よく狙って・・・。朝が来る。これで長い夜も、青い月にの奇跡も終わりだ。」
アリシアの顔が苦痛に歪む。
空には青い月がうっすらとその姿を消そうとしていた。
「ありがとう、フレイア。アリシアにはちゃんと言っとくわ。最後に、見てって」
アリシアは一度だけ、小さくうなずくと、そのまま力なく片膝をついた。
私はクラーケンの眉間に向かって矢を放った。
何も考えずに、弓があそこにあたるのが当たり前だと、確信して放った。
バァアアァンン!!
矢はクラーケンの眉間に命中した。
クラーケンの頭部は風船の様に大きく膨らみ、そのまま破裂し、その肉片をまき散らす。
「やればできんじゃないか・・・」
「フレイア!!」
力なくその場に倒れ込むアリシアの身体を抱きかかえた時、フレイアはそう言い残してアリシアの身体から離れたようだ。
吹き飛ばされたクラーケンの頭部はボタボタと空から降ってくる。
ほとんどが内臓のようなものではなく、なにか白い塊のようなモノがたくさん降ってきた。
残されていた赤い瞳も、その輝きを失い白くなり海中に沈んでいく。
胴体より下の触手も頭部を失いウニョウニョと動いていたがそのまま動かなくなり、海中へと沈んでいった。
水平線から朝日が昇る。
暁に照らされた海岸では、クラーケン討伐の勝利を祝う声で溢れていた。




