8-2 父の言葉に支えられ
「船長がお待ちです。どうぞ、お乗りください。」
桟橋で待つ私たちの元に、覇気のない2人の男性が現れた。
あぁ、私も水着で来ればよかったかな・・・。
私はそららたちが動きやすそうな格好だったので少しうらやましく思った。
だって、このヒラヒラ、とても運動には不向きだから。
「お足元に、お気を付けください」
2人の男性は30代くらいの、無精ひげのある男性だった。どちらも覇気がなく、意思のない人形の様。
私たちがボートに乗ると、ゆっくりと動き出し、ボートは大きな船に向かい動き出した。
近づく船体に少し恐怖を覚える。
木造の大きな船。
今まで気が付かなかったけど、けっこう古そう。
よく沈まないわね。この船。
「あの船には、誰かいるの?」
「・・・」
「あなたたちは、だれなの?」
「・・・」
私の問いかけに2人は返事をすることなく、そのまま黙々とボートを漕ぎ進めた。
私たち3人は顔を見合わせると小さくため息をつき、話しかけることをあきらめた。
ボートは船に横付けすると、上から左右にロープが通された板がゆっくりと降りてきた。
言うなれば、ブランコのような感じか。
「お客人、こちらへ。お一人ずつお願いします。」
ボートを漕いでいた方が板とロープを押さえて手招きをする。
青白い顔、覇気のない顔が不気味さをそそる。
「だ、だれからいく?」
そららが明らかに嫌そうに声を出した。
「私から行くわ。今朝、二人にひどいこと言っちゃったし。」
私は板の上に座ると、両手でロープを力いっぱい掴む。
(この板、割れたりしないわよね・・・)
きしむ音にビクビクしながら私は少しづつ体が上昇していくのをただ、見ていることしかできなかった。
ネスタの町が見渡せて、ところどころにある灯りが綺麗だった。
ゆっくりと一番上まで上がると、また船体から板が1枚出ていた。上にいる男性が私に手を伸ばす。
「ようこそ!こちらに手を。足元が悪いから、気を付けてこっちに来てください。」
私は男性が指さす板にゆっくりと体重を移動させ、差し出された手を掴む。
(あ、あったかい・・・。)
私は正直、手を掴もうとしたらすり抜けたり、冷たい死人のような感じかと思っていたが、その手は私と何も変わらない暖かな手だった。
板の不安定さがまた怖く、腰が引けてしまった私に彼は両手を出してくれて一気に引き寄せてくれた。
私は彼に引きよされるまま、船の上に足をつける。
「わぁ・・・」
私が見たのは、外の様子からは想像できないくらいの賑やかな船体だった。
人が多く、笑っているもの、一生懸命にロープを引き上げるもの、双眼鏡で周囲を見るもの。
そこは普通の船の甲板だった。
「あっ!ご、ごめんなさい。」
私は彼の手を握ったままだったことに気付き、すぐに手を放す。
彼は30歳前後の男性、緑の髪が特徴的な明るい笑顔の男性だった。
「綺麗なお嬢さんに手をつながれて、断る人なんていませんよ!」
笑った顔からは敵意なんてものは感じなかった。
ただ、明るい、それこそフランのように優しい笑顔だった。
再びゆっくりと降りて来る板の下にいる2人に私は声をかける。
「そらー!アリシア―!上には、人がいっぱいいるわよ!大丈夫だから、早くおいでよー!」
手を振ると2人も安心したのか手を振り返してくる。
「かしらぁ!!引き揚げますぜ!!」
ロープを持っている男が彼に声をかける。
「よぉし!!今日はお嬢さんが3人もいらっしゃる!気合い入れてやれよおまえらぁ!」
『うえぇぇい!!』
大きな掛け声が上がると、ゆっくりとロープが引き揚げられる。
甲板から下を見下ろすと、アリシアがゆっくりと近づいてくる。
私に気が付くと彼女は手を振るも、バランスがうまく取れず引きつった笑顔でこっちを見上げている。
「あの、お名前をうかがっていいですか?」
私は、さっきの彼に声をかける。彼は変わらぬ笑顔で答えた。
「俺はソレード。この船、シルフィーアの船長だ!よろしく、きらら!」
「えっ?」
私がソレード、と名乗った男性に聞き返そうとしたときにアリシアが上に昇ってきた。
「よし!ゆっくりとめるんだ!」
彼が声をかけると上昇する板がゆっくりと甲板から差し出される板の前で止まる。ソレードはアリシアに手を伸ばし、こちらへ誘導する。
「大丈夫、私も手を貸してもらったわ。」
不安そうに、警戒しているアリシアが私の方を見ていたので私は笑いながら答えた。
「きらが、そう言うなら・・・」
「ようこそっ!アリシア!足元悪いから、気を付けて」
え?って顔でアリシアも顔をしかめる。
ソレードは、アリシアが手の届くとこまで来ると両脇に手を伸ばし、そのまま抱っこして船体に下ろす。
(子供みたい)
私はすこし笑ってしまったが、そこを運悪く彼女に見られてしまった。
「んん!?」
「いや、微笑ましいなぁって。」
「きら、アリスがいくつか知ってるでしょ?」
「12歳です」
「子供じゃないので!」
ふんっ!っと怒りながらアリシアはそのまま甲板を少し歩いて他の人のところを見ていた。
「2人とも、仲がいいね!」
「いや、一緒にいると大変なんです・・・」
軽く笑った後に、ソレードさんの号令で板が再び下に降りる。
残るはそらら。下を覗くと一人手を振る彼女。
「だいじょーぶー?」
「うちは平気ー!アリシアは平気ー?」
「へいきー!はやくおいでよー!」
そららが板の上に座り、手を振る。
「最後のお客さんだ!気ぃ張ってけぇ!」
『っしゃあぁあい!!』
掛け声を上げてゆっくりとそららが昇ってくる。
太陽がその姿を隠し、辺りがうっすらと暗くなってくる。
「ようこそ!我が船に。そらら。気を付けてこっちへ!」
私とソレードが手をさし伸ばす。
最初は躊躇していたけど、ゆっくりソレードに手を伸ばす。
そららが、船に乗った。
「ここ、外から見るよりも中はきれいなのね」
「今日が、最後の航海だからね。俺らもやる気満々なのさ」
「最後の航海?」
「今日が俺たち海賊の最後の日。シルフィーアも今日まで頑張ってくれていたけど、もう限界だ」
「あの、ソレードさんってもしかして、昔死んだって海賊ですか?」
そららとアリシアはこのネスタで語られている海賊と交易船の話を知らないせいでいまいち理解できていないようだった。
「そう、俺たちはネスタの有志。海賊だ。俺たちの無念を晴らすには今日しかない。だから、力を貸してほしい。」
ソレードはそういうと膝をついて私たちに頭を下げた。
船にいた人間がみな、気がつけば頭を下げている。アリシアがその光景に驚き急いで戻ってくる。
「お姉ちゃん、どうゆうこと?」
「アリス、よくわかんないんだけど」
2人がコソコソ、っと聞いてくる。
「すごく、簡単に言うとね、このネスタには昔海賊がいたの。それが、ソレードさんたち。それで、ソレードさんたちは海賊なんだけど、海賊じゃないの。」
「どういうこと?」
「このネスタには、昔交易船が来てて、ようは売れないモノや壊れたモノを町の人に売りつけたんだって。それで、怒った町の有志、ソレードさんたちはだまされた分を取り返すために海賊になったのよ。もちろん、帆とを殺したりはしないわ。あくまでも、だまされた分だけを取り返すだけみたい」
「でも、アリスたちが昨日見たクリスタルに映った人の話は?」
「あっちは、まだ推測だけど、多分だました商人じゃないかな。そこまで調べられなかったけど」
「お姉ちゃん、今日一日でよくそこまで調べたね。」
「たまたまじゃない?話が聞けたのよ」
「んで、どうするの?この状況。」
どうするって言われても、そこには大の大人の男が頭を下げて私たちに何か手を貸してくれって言ってるのに、どうしましょうか。
「そ、その前に頭を上げてください。それと、一つ、教えてください。」
「俺たちに答えられることなら、なんでも」
「あの、なんで私たちの名前を知っているんですか?」
私たち3人の名前を知っているこの人は、何者なんだろう。名乗ってもいないのに。
「あなた方3人の事は、ある方から聞きました。」
「ある方?」
「神樹、トルヴァニア。」
私たちは驚き、言葉を失った。
アレクサンドリアにある、初代宮廷魔導士が作ったとされる神の樹。
でも、その実態は私たちを荒廃した世界から新しい世界へと移動させる禁呪、時空移動を使い懲罰を受けているとされる本物のヴィルサーナ領、領主。エルドロールだった。
先の邪竜王との戦いで彼はその命を使い、私たちを救ってくれた。私たちの主であり、親だった。
「彼がこの時代に、3人の娘が現れる。その娘たちなら、俺たちを救ってくれると言ってくれたんだ。
神樹と同じ名前の少女たち。その名を、
きらら・ウィル・トルヴァニア、
そらら・ウィル・トルヴァニア、
アリシア・ウィル・トルヴァニア。
この世界を変える3人だと」
ソレードのまっすぐな瞳は、嘘をついているようには見えなかった。
きっと、嘘は言っていない。
「他に、その人は何か言っていましたか?」
「いえ、その他には何も言っていませんよ。ただ」
「ただ?」
「あの人、すごく照れくさそうに、あなた方3人の事を言っていたんですよ。自分の事を自慢しているように、なんか、なんて言うのか。うまく表現できないんですけどね。あなた方3人の事知ってたし、あの人とあなた方は接点なんかなかいのに。不思議な人でした。」
「エル様・・・エルドロール様。やっぱり、いらっしゃったんですね・・・」
そららは顔を隠しその場にしゃがみ込み、肩を震わせながら涙を流していた。アリシアはそれに寄り添うように懐かしそうな、嬉しそうな顔をしていた。
「じぃじ、ずっと待っててくれたんだ」
確かに、普通に考えたら1000年の間大樹に姿を変えてこの世界を見守ること。なんて気の遠くなる懲罰に服しているあの人と、私たちを結ぶ接点なんかない。
私たちが、親子のように信頼関係があって、私たちの育ての親で、主だってことも誰も想像できないだろう。
でも、あの人はずっと、誰にも何も言わずに私たちが現れるのを本当に待っていてくれたんだ。
その気持ちが、本当にうれしい。長い間、ひとりぼっちだったのに。
「エル様。やっぱり、この世界にもいたんだ。」
会えたわけでもないのに、不思議とすぐそばにエルドロールの体が、すぐそこに彼がいるような気配がする。
それは、すごく短い時間の錯覚だったにも関わらず、目を閉じると目の前で笑いかけてくれる父親の姿を想像できるほどに温かく、不思議な感覚だった。
「俺たちの事を、助けてくれ。ここにいるみな、魂の消耗が大きく、一昨日君たちを見つけたときに最後の力を振り絞って、今ここにいる。俺たちの力も、明日まではもう持たない。頼む」
「どうする?そらら」
私は振り向き、一応、聞いてみる。
でも、不思議なことに彼女の答えが、まるで以前聞いたことあるかのように、簡単に予想できた。
だって、彼女はきっとこういう時には
「それが、我が主の望みならば従います!」
涙を拭き、立ち上がる彼女の瞳にはまっすぐな光が見えたような気がした。
「アリスも、じぃじが言うなら、やるよ?」
「だって。それが私たちに出来ることならば・・・」
私はソレードの方に向き直ると、予想通りの答えに呆れた笑いを浮かべながら承諾の印に手を差し伸べた。




