6-1 海だ!うみだ?水着回!?
「アリシア。今回ばっかりはうちの、いえ、ヴィルサーナ領領主、そらら・ウィル・トルヴァニアの名において許可する!全魔力を持ってあの憎き敵を蹴散らせ!!」
「マテまて待て!!何言ってるの!?」
私は早速暴走している娘を後ろから取り押さえる。いきなり魔法全開でぶっ放せって。どうゆうことよ。
「だって、だってお姉ちゃん!あいつがうちのバカンスの邪魔するのぉー!!」
海を見渡せる高台の上で、涙を流しながら目の前に広がる黒い雲。波しぶき舞う荒ぶる海を指差す彼女。
アリシアもぶどう片手に馬車の窓から無言で嵐の様子を見ていた。
雨こそ降ってはいないものの、そのうち豪雨がくるのは雰囲気でわかる。
「とにかく、先に宿泊できるところを探しましょう。雨が降ったら馬車で移動なんてしてられないわよ」
「だから、全部まとめて魔法で吹き飛ばせば・・・」
「そんなことしたらダメ!とにかく、先に宿をみつけましょ」
この世界の旅行は、行き当たりばったり過ぎる。
宿泊施設の予約はない。
天気もわからない。
移動は自分でご自由に。
なに?この適当な旅行。もう少し、どうにかならないのかしら。
今私たちがいるのはエルサーナよりも南に位置する漁師の街ネスタ。港街って言うと大げさだけど、小さな漁村程度に思ってもらえばいいと思う。
後から知ったんだけど、この漁師の街は私たちの納めるヴィルサーナ領の一つだったの。でも、今回は領主だってことは内緒でお忍びで・・・。それに、面倒ごとを押し付けられても困るし。
ここ、ネスタは漁で取れた魚介類を王都へ卸す貴重な商業のポイント。人の行き来も多いと思ったんだけど・・・。予想とはだいぶ違っていた。
「なんか、殺風景なとこね」
そららが王都とのギャップに驚き、つまらなそうに街を見ていた。
海に流れ出る大きな川を越えると、そこには見渡す限りの青い海!!・・・のはずだった。
ゆっくりと下る坂道。坂の下には家屋が見える。ここからネスタの半分は見渡すことができる。ここから見える範囲に商業施設や、目立つ建物はない。道路の端には物置が乱雑に置かれて、漁で使うような道具が無造作に置かれている。
時間はお昼、まだ寝るには早いし、そんな誰も歩いてないんて。なんだか不気味だわ。
「そうね、誰も歩いてないなんて。なんか不気味。」
私たちはゆっくりと馬車でメイン通りの方に向かった。
ドンドン海が近くなる。時折、強い風が吹き馬車が揺れることもあった。
「あっ!、あれ見て!」
そららが指さしたところにはなにか看板が風に揺られている。
「宿・・・?」
「開いてるかわからないけど、とりあえず行ってみよ!」
私たちは宿へと馬を走らせた。
「どう?」
「ちょっと中に入ってみようか」
「アリス、ここにいる」
私とそららが見つけたのはどうにも寂れた感じがぬぐえない宿。
窓は曇っていて中が見えない。作りも、そんなきれいなものとは思えない。
(まぁ、漁師の街、何て言いながらも実際には漁村だし。こんなとこかな)
ゴロゴロゴロ・・・。
風が強くなり、雷も鳴り始めている。
「と、とにかく行ってみよ!」
きぃぃ・・・
キシんだ扉を開けて、私たちは中に入る。
中には使い古されたテーブル。応接セット。受付のカウンターらしきものが奥の方に見える。扉が3ヶ所。扉の向こうはどこかに・・・きっと食堂やリネン室などに繋がっているんだろう。
「誰もいないのかな」
そらの後ろに隠れて進む私。彼女も剣の柄を握りいつでも戦えるように準備をしていた。
右奥に2階に上がる階段が見える。
上を覗いてみても、人の気配がない。
・・・。
「どうする?お姉ちゃん」
一通り1階部分は探したけど、この後どうすればいいのかわからない。
変なとこに入っちゃうと万が一従業員がいたら怒られちゃうし。
「あっ」
私はカウンターのところにあった呼び鈴を見つけた。そういえば、アレクサンドリアでケーキ屋に入った時もこんなのあったわね。
チイィィン
静かな建物内にベルの音が響き渡る。
「だれも、いないのかな?」
ベルの音が消えると外の風の音が聞こえるくらい静まり返ってしまう。
「も、もうつぶれたんじゃないの?」
「どこのボロ屋がつぶれたって!?」
カウンターの奥にある扉が開くと、背に小さな小太りの男性が現れた。べつに、ボロとはまだ言ってない。
「うきゃあ!!」
そらが叫んで飛びついてくる。
あ、あんた。基本的に急に現れるものに弱いわよね・・。
「い、いえ。誰もいないようだったのでお留守かと」
「お前さんたち、こんな時にこのネスタに何しに来た?」
鋭い眼光にたじろきながらも、私たちは顔を見合わせる。
「なにって。ちょっと観光に・・・。」
「遊びに・・・。」
外には大粒の雨が降ってきた。
窓にバチバチとぶつかる雨。風も強くなり、このままいくと嵐になるだろう。
私たちのバカンスは、雷雨と恐怖のオジサンでゆっくりと幕を開けたのだった。
「はぁ。」
「このあと、どうするの?」
部屋に入ると、思わず安堵のため息がこぼれる。
私たちはここの店主、フロッグさんに普通の観光に来たと説明したところ無事に話が通じ、宿を貸してもらえるようになった。なんでもこの時期の観光は少ないからよそ者に厳しいらしい。
宿泊は3泊まで、朝ご飯は出る!晩御飯は言ってくれれば用意する!よければ街で何か探してみるといい。といろいろ教えてくれた。
この時期は局地的な暴風、大雨が降ることが多いらしく、夕方には収まるんじゃないか。と話してくれた。そう言われると、確かに少しづつ空が明るくなっているような気がする。
「今日は海無理そうだけど、明日には行けそうでよかったじゃない?」
「アリスのバーベキューが」
外に停めた馬車を切ない瞳で見る彼女。馬車に残してきた彼女のバーベキューセットは、この天気では今日使えないだろうな。
窓の外は多少明るくはなったものの、相変わらず雨がバチバチとぶつかり、風が吹き荒れている。
「とにかく、宿は確保できたわ。まずは、安心ね。あと3日間。どうやって過ごそうか?」
「海!!」
「にく!」
あんたたち、他に選択肢はないの?そこのちっこいの。あんたの場合は庭でもできるじゃない。ここでなくとも。しかも『にく』って、どんだけ肉食なの?
「はい、わかりました。まずは、今後の予定を発表します。」
この子たちに聞いてもダメだ。特にそららはここ最近アリシアに合わせて幼児化が半端ない。最初はもう少しできる子だったのに・・・。
「今日はこのネスタの街を探索しましょう!」
「えー、アリスめんどい」
「そこ!めんどいとか言わない!!せっかく来たんだからぶらつくの!決定!!」
こいつ、どこに来てもぐーたらしすぎでしょ!?そらが甘やかすから。
「そのあと、どうするの?晩御飯は??」
「晩御飯は外食します!どこかで美味しいご飯があるところを見つけます!それで、明日には晴れているだろうから明日は海へ行ってみます!」
「やったぁ!!うみうみ!!」
「ご飯無かったら?」
「ご飯無かったら肉焼きます!」
「肉・・・」
頷いて黙るアリシア。海に行けるとはしゃぐそら。ほんと、子供だわ。
「今2時だから、5時になったら雨もやむといいね。3日目は適当に遊ぼう!!」
私も狭いベッドにいる2人のところに飛びつく。
この世界に来て初めての平穏な時間。旅行なんてして、姉妹で暮らせるってなんて幸せなのかしら