4-11 悲しい再会
「え、エド・・・」
そららの声に、自分の眼に映る者を信じることができなかった。
昨日、街ですれ違った私の友人の姿は見る影もなく、生きる力を失い彷徨う屍になっていた。
「ど、どうして・・・こんなことに」
私の前に、変わり果てた姿で現れた少年は私のことが分かるまでもなく、無情にも牙をむく。
フランが剣の峰でエドの応戦をしている。
「お姉ちゃん・・・」
そららも何もできずに戸惑うばかりだった。
私は友人に対し、どうすればいいのか声が出ない。
「こ、こいつ!!ただの子供じゃない!!」
フランの剣を弾き返すエド。
ニタァと笑うその顔には、他のアンデットと違うものが一つ。
瞳にしては大きく、どこまでも黒く、吸い込まれそうな黒き玉。
・・・魔石。
エドの片眼には魔石が埋まっている。
ガン!!
「っくは!!」
フランがエドの腕に弾き飛ばされ壁に叩きつけられる。
「お、ね・・・えちゃ・・・ん??」
黒き瞳は私を見つめて顔を歪め、言葉を発した。
「し、信じられない。アンデットがしゃべるなんて聞いたことないぞ」
フランが口についた血を拭いながら立ち会がる。
「エド、私がわかるの??きららだよ!昨日も街で会ったじゃない!!」
「きぃ・・らあらぁ・・・」
エドは何か言い出しそうになったが、ゆっくりとこちらに歩き出した。
「お姉ちゃん。なんかヤバそうだよ。もう、意識は・・・」
「そんなことない!!私の事、わかってそうだもん!」
私は彼を助けたい。でも、そうすれば助けられるのだろう。
「きらら、きらら。・・・」
エドの口から私の名前が呼ばれた。今度はハッキリと。
しかし、それは恐怖へと変わる。
「きらら、きらら、きららきららきららきららきららきらら・・・」
延々と繰り返されるその光景に私は恐怖を覚えてしまった。
「きぃいいらぁああああらぁぁぁああ!!」
発狂し、狂ったかのように笑いだし急に叫ぶ。
その声はもう私の知っているエドの声ではなかった。
エドは走って私の元へ向かってくる。
相変わらず、ニタァと笑いながら、迫ってくる。
「お、お姉ちゃん!!」
動けなくなった私はただ、エドが迫ってくるのを見ていることしかできなかった。
私の前にそららが立ちふさがる。
「ぐるるるるるぅぅ」
エドはそららの事をゆっくりと見回す。
「えはぁああ」
エドの口から、表現できないような言葉が発せられた。
それはそららが自分よりも弱い。と判断し大きな口でいやらしくニタニタ笑うエド。
その表情はもはや人間ではなかった。
「き、気持ち悪い・・・」
そららが思わず本音を漏らす。フランが私の方に戻ってくる。
「アンデットは、操っている奴を倒すか、操っている触媒を壊さない限り報われることがないんだ。」
「触媒?」
「あぁ。この場合は・・・」
フランがエドの瞳。魔石を指差す。
「これだけの数のアンデットを使役するんだ。さぞ強い魔力を秘めているものだろう。そうなると・・・魔石意外に考えられない。そして操っているのは魔族で間違いないだろう。どっちかはわからないけど、どっちも破壊し、倒せばいい。そうすれば、きららの友人の魂は解放される。」
「解放されないと・・・どうなるの?」
「・・・その魂は癒されることなく、永遠に地上を彷徨い、いずれかは悪魔の元に行くと聞いたことがある。」
「うがあぁぁぁぁ!!」
エドがそららに襲い掛かる。
鋭い爪。口には牙のようなものが生えていた。
「ちょ!!まって、なにこいつ!!」
そららのレイピアがゆっくりとしなる。
「ぅぅ。だめ、もうこれ以上無理!!」
そう言うとレイピアが根元から砕けた。
そららは反動で転がってしまう。
「っぐふ!!」
間髪入れずにエドがそららの腹を蹴り上げる。
壁に叩きつけられた彼女はそのまま意識を失ってしまう。
「そらら!」
駆け寄ろうとした私にフランは手を出し、その場から動かないように抑制する。
「まて、様子が変だ・・・。」
エドの瞳にある黒い魔石から黒い光が放たれている。
エドは苦しそうにその場で頭を抱えて悶えている。
ぅぅぅ・・・
低い唸り声が響き渡る。
「があぁあああ!!」
エドが叫ぶと部屋が黒い光で覆われた。
1メートル先も見えないくらいの深い闇。
すぐそばにいるはずのフランの気配、呼吸、声すら届かない。
まさに深淵。
フランを呼ぼうにも声がかき消されるように声が出ない。
とても長いように感じたその黒い光は、たった数秒で消えた。
「フラン!!・・・なに、あれ?」
フランに駆け寄った私が見たのは、エドではなく、赤い瞳、赤髪の男が立っていた。
40代くらい、不精髭があり、中肉中背。身長が180くらい?かなり大きく見える。
手には黒く光る弓を持っていた。
「な、なんだ?今度は」
エドは男の足元に倒れていた。その様子からもう動くことはないだろう。
黒い魔石は砕けたようでエドの顔のあたりに破片が散らばっていた。
「久しぶりの人間界だな。相変わらず、よえーやつがウロウロしてんなぁ。」
男はあたりを見回して私たちの姿を確認する。
「ちっ!男はいらねーんだよ!!さっさと消えろ!」
そういいながらゆっくりとそららの方に歩み寄る
「まちなさい!!何するつもり!!」
男の足は止まることはなかった。
フランが斬りかかるも、片手であっさりと弾かれてしまう。剣が効かない。斬りかかっても傷を負わせることができない。
「止まりなさい!!撃つわよ!!」
私は弓を構える。男は一瞬こっちに視線をやるが、何も気にせずにそのまま進む。
「ほ、ほんとに撃つわよ!!」
男はそららの腕を持ち軽々と持ち上げる。
「やってみろよ。おんなぁ!ここで立っててやるぜぇ?」
男は当ててみろ!と言わんばかりに私に向かって体を広げる。
私は力いっぱい弓をしならせ、矢を放つ。
ドスッ!!
私の矢は男の右腹に命中し、突き刺さる。赤い血がうっすらと流れる。
「こんなもので、俺にたてつく気かよ!!」
男は矢を抜き、握り絞めて折り、その場に捨てる。
「無力なものは奪われる・・・。それが自然の理だよなぁ?」
男は卑しく笑うと力なくぶら下がっているそららの首に噛み付いた。
「ぁ・・うぁ・・・」
うわ言のようにそららが苦しみの声を上げる。
首からは赤い血がゆっくりと滴る。
私はその光景を見ていることしかできなかった。
「その汚い手を離せ化け物!!」
フランが男に斬りかかる。男はそららを床に投げ捨て、大きく後ろに飛ぶ。
そららは力なくその場に倒れこんでいる。
私は急いで彼女のもとに駆け寄ってみる。服にも血がしみ込んでいるが、それほど大した出血ではなさそうだ。
首には二つ、小さな穴が開いている。
「うぅまいなぁ。女の血ってのは、やめらんねぇなぁ」
だらしない口元に付いた血を荒々しく手で拭う。
「き、貴様!!許さんぞ!!」
フランが男に斬り込む!!
「いくらやっても、お前のなまくら剣じゃ俺に傷一つ、つけらんねーよ。」
男の言う通り、フランの剣は男の右肩に直撃した。
だが、肩にぶつかってはいるものの、決して斬れはしない。
「俺たち魔族に、この世界の物質は通用しない。お前の持ってるもんじゃ、何やっても俺に傷はつけらんねーよ」
「あぁ。そうかい」
フランが不敵に笑う。
「光よ!!」
フランが叫ぶと刀身に光が纏う。
それと同時に男の方に剣が突き刺さる!!
「ぐがぁぁあ!!」
男はフランを左手で突き飛ばし、その場から離れる。
「あいにくだったな。剣だけじゃなくて、魔法もちっとばかりは使えるんでね。」
ボタボタと落ちる血を見ると、怒りの色が濃くなる男。
「貴様ら、ただでは済まさんぞ!!」
男の魔力に呼応するかのように揺れる城。
その城はすでに耐久値が限界を突破しているせいか、すでに倒壊を始めていた。
「ま、まずい!!崩れるぞ!!」
フランはそういうとそららを抱き上げ、急いで外へと走り出した。