4-9 魔獣、現る
「あ、あれが悪魔・・・」
王都アレクサンドリアの上空に見たことのない獣が浮遊している。
六芒星の向こうの世界。神魔の世界からきた魔族。
コウモリの羽、ライオンの胴体。蛇の尻尾。
アリシアの召喚した青い獣と姿形は似ていたが、明らかに大きい。
くらい焦げ茶色の胴体からはまったく想像できない深緑の瞳が不気味に光る。
その獣は、静かに、ゆっくりと地上に降りてくる。
「お姉ちゃん・・・」
そららが左腕にしがみついてくる。
その表情からは恐怖の色が伺える。
辺りにいる王国兵もその場から動けず、この世界の終焉をただ、傍観するのみだった。
があぁあっぁぁぁ・・・
獣がゆっくりと大きな口を開く。アリシアなら丸飲みできそうなくらい大きな口。
ベタベタな唾液が大地に落ちる。
「魔獣・・・ダリアンド」
フレイアが低い声でつぶやく。
「火の精霊。久しいな・・・。この世界で貴様に会うとは・・・。だが、貴様だけでは我相手に何もできまい」
大きな口から低く、唸るような声が聞こえる。
フレイアとは知り合いなような口ぶりだ。
「そうだね。まさか君が来るとは。・・・。でも、こっちだってただ負ける訳にはいかないんだよ!!っと」
フレイアの身体から特大の火炎鎗が魔獣ダリアンドに放たれる。
ダリアンドは避ける間もなく正面からフレイアの攻撃を受け、ダリアンドの体は業火に包まれる。
一同の歓声が沸き上がった一瞬だった。
周囲に熱風が吹きすさぶ。砂漠に吹くよりも熱い、燃えるような風だった。
ダリアンドの翼が大きく羽ばたき、自らに纏わりつく炎を消し去った。
「これで終わりではなかろう?」
魔獣の大きな口が喜びと卑屈さに歪んだ笑いを浮かべる。
「・・・まぁ、あんなので死んでくれたら苦労しないと思うけどね」
フレイアも負けじと強がるが、その顔には余裕が感じられなかった。
「我が主も、このような弱きものしかいないのではさぞがっかりするだろう・・・。」
「主?こいつが悪魔じゃないの?」
「気安くしゃべるな!人間!!」
空気が揺れる。そう感じるくらいの獣の雄たけびは、ここにいる人間一同を竦ませるにはじゅうぶんすぎるものだった。
『ひっ!!』
私とそららは抱き合ってその場で縮こまってしまう。
アリシアはフレイアを手に抱いたまま魔獣を見ている。フランも剣を構えているが動けない状態だった。
「あいつは、魔族の使い魔。言えばペットだね。あいつの親玉がいるんだ。まだ気配は感じないけど・・・。後から来ると思う。それまでにあいつを倒さないと・・・」
フレイアが私の腕にやってきた。
【よく聞いてくれ。お城には魔石がある。暗い、常闇の玉。見る者の魂を黒く染めるといわれる深淵の玉。ここは、アリシアと僕でどうにかする。これ以上無駄な血を流すわけにはいかない。みんなを逃がして、フランと二人は城へ行き魔石を破壊してほしい。】
声なき声は私の心に響く。
【え?なに?どうなってるの??】
【あいつに聞こえないように思念で会話しているんだ。いいかい?早く魔石を破壊するんだ。君には光の加護がある。清き一撃で魔石は壊れるはずだ。魔族でも神でもない、二つの心をもつ人間。その中でも神魔に選ばれた特別な存在。君ならきっとできる。・・・あまり持たないかもしれないから、早く頼むよ】
「ま、まって!!」
フレイアはそう言い残すと私の腕の中を離れてアリシアのもとへ戻ってしまう。
「城の・・・魔石」
「どうしたの?」
そららには聞こえなかったのだろう。私の言葉が理解できないようだった。
フランが異変に気付いて近寄ってくる。
「先に謝る。ローラの件はすまない。ただ、この件が終わったらきららの言うことを何でも聞く。だから、今はともに戦ってくれ。」
確かにまだ許せないが、このままあの魔獣を野放しにはできない。そして、確実に私たちも殺される。
私はフランの言葉を信じ頷く。
「まず、みんなを逃がして。これ以上血を流してはいけない。そして、城にある魔石を壊す。簡単に言えばこれがフレイアの話よ」
「あの獣、それまで黙って待っててくれないだろ?」
「アリシアとフレイアが・・・。だから、早く壊して戻りましょう。ここにいても私にできることはないし。」
「アリシア・・・」
「小細工は無駄だ!!人間ども!!」
ダリアンドの口から巨大な炎が吐かれる。
「溶炎壁!!」
アリシアの魔法で赤いカーテンの様なものが私たちの前にうっすらと広がっていく。
ダリアンドの炎は赤いカーテンのようなものの前でくすぶっている。
「早く!!邪魔なの!!・・・無駄に魔力を使わせないで!」
アリシアの叫びが響く。
「全軍撤退!アレクサンドリアの外へ!各自自己の判断に任せる!死ぬな!最後の命令だ!!」
フランの号令を聞いて散らばる王国兵たち。私たち3人はアリシアを残し、アレクサンダー城へいったん戻ることになった。
アレクサンダー城へ戻るのは簡単だった。モンスターが見当たらなかったのだ。アレクサンダー城へ行くまで一体もいなかった。魔獣に恐れをなしたのか、可能性は低いがすべて倒したのか・・・。どちらにせよ拍子抜けするほどだった。
一番の問題はこの先。
「これ、どうやって行くの?」
お城の中はここまでの戦いで崩れているところ、扉が閉まっているところなど、あらゆる面で通行止めが多かった。
「魔石が保管されているのは宝物庫ではない。歴代の宮廷魔導士の部屋に保管されているはずだ。まずはそこを目指そう!」
「って、そんなのどこにあるのよ!?私たち初めてなんだからわからないよ!!」
城に入るのは、私の記憶では初めて。
赤いじゅうたん。立派な絵画。廊下のあちこちに転がっている死体。・・・
「ねぇ、フラン。」
そららが、廊下の隅に何人分か固まっている死体を見て何かに気が付いた。
「どうした?今は死体なんて珍しくないだろう」
「違くて、ここに死体なんてあったらおかしくない?」
「なにが?」
「だって、ここ。フランたち守ってたなら死体があるっておかしいよ・・・」
確かに不自然だ。
私たちが見たときには城門前でフランは戦っていた。
お城を守っていたのだから、ここに死体があるわけがない。
私たちはここに死体があることに違和感、恐怖を感じた。
―真の黒幕はフランではないのか・・・?
そう思った瞬間。フランの剣が私たちに向かい薙ぎ払われる。
私たちは死を覚悟した。
バタン・・・
背後で音がした。
「俺たちがいなくなってからアンデットたちが侵入したんだろう。別に不思議なことではないだろ」
振り返ると死体が1体、また1体・・・。廊下を歩いてこっちに向かってくる。後ろに倒れていたのもその一人だろう。
王国兵の亡骸、ゴブリンゾンビ、アレクサンドリアの住民すらアンデットになり果てている。
フランは何も気にせずに襲い掛かるアンデットを斬り倒していく。
「まだ先は長い。そらら、魔法使って寝るなよ?」
「しっけいな!!そこまで言うなら、うちの分までキリキリ働きなさいよ!」
「はいはい」
そういいながらも廊下にいた最後のアンデットを斬り倒す。
「案外。余裕なのね」
「これでも王宮騎士ってやつだからね。」
フランは剣を鞘にしまうと急にあたりを見回した。
う・・るぅ・・・・あぁ・・・・
どこかで獣の雄たけびが聞こえる。
「先を急ごう!!アリシアもがんばっている。」
私たちは再び走り出す。
お城の中は奥に行けば行くほどアンデットが徘徊し、至る所に血しぶき、肉片が落ちていた。
女性も、子供も、すべて殺されていた。生きる人間の気配がしなかった。
「宮廷魔導士は、どこにいってんのよ」
走りながら私の問いかけにフランは少し困惑していた。
「うちも、不思議だった。こんな時にいなくなるなんて、頭おかしいんじゃないの?」
「か、辛口だな。そららは・・・」
「なんか知ってんならちゃんといってよ」
「宮廷魔導士・・・ねぇ。おぉおっと!!」
曲がり角の向こうからアンデットが6体。今度のアンデットは王宮騎士崩れで武器を持っている。
バタン!!
「げっ!!こっちもきた!!」
一番後ろでのんびり構えていたそららが、驚いて走ってこっちへ戻ってきた。
廊下の中ほどにあった扉からも住民のアンデットが3体でてくる。挟まれた。
「がんばれ!!相手は9人よ!王宮騎士の見せどころ!!」
「無理だよ!!そんなに前後からなんて!」
私のエールにフランはあっさりと不可能だ!と言い返してきた。
「僕が6人、二人はそっちを頼む。」
「えー・・・。私に3人やれって言われても。メイドだしぃ・・・」
そららはすごく嫌そうにレイピアを構えた。
一応、私もいるのだけれど・・・。
私の矢が放たれると、手前のアンデット一体の足に命中し体制を崩した。
フランはアンデットの群れに突っ込んでいき、六人相手に奮闘している。
残った二体がそららに襲い掛かる。
「わが身に纏え。精霊の息吹。天翔風」
そららの体に淡い緑色の光が纏う。
アンデットがそららに襲い掛かると、あっさりと攻撃をかわし、アンデットの背後に回り込みそのまま一撃で首を刎ねる。
二体目も目にもとまらぬ速さで斬りつけ、手足を斬りつける。最後にバランスを崩しているアンデットの首を刎ねた。
ここまで10秒かかっていないと思う。彼女の風魔法の一つ。移動速度UPの魔法だ。前回のゴブリン戦でも助けてもらっている。
「ふぅ。疲れた。」
そららは床でもがくアンデットの頭にレイピアでとどめを刺した。
動かなくなるアンデット。
「そっちは、順調だね。少しは助けようと思わない?」
フランが4体目のアンデットの首を刎ねたところだった。
「思わない。疲れるし・・・王宮騎士様は余裕・・なんでしょ?」
そららが意地悪そうな笑いでフランを見る。
「うわ、性格わるっ」
「なんですって!!?」
フランが1体の胸に剣をさす。
その場に倒れこむアンデット。痙攣を起こしているかのように体がビクン、ビクンと動いている。
「これで最後!!」
フランの一撃はアンデットの首と胴体を切り離していた。
うがああぁあ!
フランの背後で大きな声がした。
先ほどの痙攣をおこしたアンデットが立ち上がってフランに襲い掛かろうとしていた。
バスッ・・・
鈍い音を立てて、アンデットの首は床に転がった。
「で?だれが性格悪いですって??」
レイピアを片手にそららは誇らしげに立っていた。
「いや、・・・」
「貸~し、だからね?」
「・・・」
無言でそのまま歩き出すフラン。
アンデットよりも、この子は怒らせると恐そうだな・・・。
「獄炎神召陣」
アリシアの呼び声に応えるかのように青い獣が再び姿を現す。
「アリシア、ごめん・・・。君に重い役ばかりで」
「なにが?」
フレイアはアリシアの腕の中で申し訳なさそうに呟く。
「だって、こんな強敵、人間の君一人に倒せるかどうか。しかもまだ子供の君に・・・」
「だいじょうぶ。アリスは勝つ。まだ、ねぇねにも甘えてないし。お姉ちゃんとも、まだまだこっちで遊びたいし」
「変わった人間だね。君は。ここは泣いて怒る場面だよ」
呆れたようにフレイアが言うとアリシアの耳飾りが紅く光り出す。
「君に精霊の加護がありますように・・・」
アリシアは軽く笑うと、フレイアを頭の上に乗せる。
「行くよ!!フレイア!」
アリシアの掛け声に反応し、青き獣は魔獣に突進する。触れただけでも灰になる程の高温の獣の攻撃を真正面から受けてめる魔獣。
数万℃のタックルを受けても、苦痛の表情すら浮かべることはなく、平然とする魔獣。
「小娘だとは思ったが・・・これだけのモノを作るとは驚きだ。だが、まだその程度では我には勝てん!!」
魔獣の尻尾が青き獣を弾き飛ばす!。
ドゴゴォオォオン!
青き獣は軽く吹っ飛ばされて建物をなぎ倒し城の方へ転がっていく。
鋭く光る深緑の鋭い視線がアリシアを突き刺す。
並みの人間の精神であればここで身動きが取れなくなるだろう。
「これで終わりか?小娘」
少女の数倍の大きさの獣はその臭い息を吐き出しながらゆっくりと近づいてくる。
巨大な足は一歩ずつ、確実にアリシアを絶望に追い込む。
はずだった。
「まだ。終わってない!!」
少女の掛け声と同時に魔獣の体を光が襲う。
青き獣から放たれたその青白い光は魔獣の躰を焼けつくさんと包み込む。
ゴオォォォォォォンン!!
凄まじい音を出しながら魔獣へ向けて青き獣は炎を吐き出し続ける。
魔獣の躰が青白い光に飲み込まれる。
「ふふふ・・ははは!!」
羽、尻尾、胴体からブスブスと煙を上げながらも笑う魔獣。
「愉快だ!久々に痛さを感じたぞ!小娘!もっと我を楽しませてみろ!!」
青い獣に襲い掛かる。獣同士は噛み付き、ひっかき、炎を吐きながら王都の街を蹂躙している。
「炎の精霊フレイア。我が望みを聞き届けよ。紅蓮の炎を現世へ。我が望みは世界の滅び。我が望みは世界の混沌」
アリシアの体が赤く光り出す。
火属性の上位魔法、エルサーナでも使ったものだ。
アリシアの周りにオレンジの球体ゆっくりとが現れる。3個、6個、8個・・・。
青き獣は、少女の元に戻り自らの体を炎に吸収させ、球体の中に姿を消す。
そして、球体の色はオレンジ色から淡い青色に変わる。
中心が白く、周りが青い炎で揺らめいて見える。
「そのような火の玉、かき消してくれる!!」
魔獣ダリアンドが少女に突進してくる。
揺れる地面。獣が近づくたびに呼吸が早くなる。
「紅蓮爆砕陣!!」
アリシアの放った火の玉一瞬宙を舞うと、一つ、また一つと迫りくる魔獣を襲う!
ズガアァアアアァアァァァアンン!!
ドオォォォォオオオン!!
ゴオォォォォォォンン!!
それは、地面をえぐり、建物を吹き飛ばし、大地を溶ける溶岩へと姿を変えた。
うぅぅぐるぅぅあああぁあぁぁぁぁぁ!!!
魔獣が発する苦痛の声がアレクサンドリアへ響く・・・。
「やった?・・・かな。」
「・・・」
フレイアは無言で燃えさかる溶岩に浮かぶ魔獣の姿を見ていた。
「お姉ちゃんたち、無事かな」
「それは大丈夫じゃないかな。お城には強い魔力は感じない。いても低級モンスターだからあの騎士がいれば負けることはないと思うけど。でも―」
「つけあがるなよ!!にんげんんん!!」
溶ける大地から怒り狂った魔獣の雄たけびが聞こえると、再び燃えさかる炎の中から姿を現した。
片翼は失われ、熱のせいか残された翼も歪んだように変形している。
魔獣の躰は当初の焦げ茶色からはみればだいぶススが付いたように黒くなり、所々が赤紫に滲んでいる。尻尾も途中で切れてしまったようだ。先端の蛇の頭はすでにない。
溶ける大地の中を一歩。一歩。確実にこっちに向かってくる。
「あれでも、倒せないのか・・・」
フレイアの言葉が重くアリシアにのしかかる。
少女はここに来て恐怖に怯えていた。
見知らぬ獣。
初めて見る強敵。
自分の攻撃が効かない相手。
今の一撃はアリシアの中でも極大クラスの一撃だった。なのに、
まだ、奴は生きている。確実にダメージは与えているのに・・・。
無意識のうちに一歩、また一歩と後ろに下ってしまうアリシア。
「あ、あうあ・・・」
「アリシア、アリシア!!負けちゃダメだよ!!あいつらは生き物の恐怖が力の源なんだから!!」
そのまま、地面に座り込んでしまうアリシア。
魔獣は、その巨体をゆっくりと近づけてくる。
「残念だったな。フレイア。その人間。より成熟していた時は我の負けだったかもしれん。だが、今回は時が我を生かした。貴様たちの負けだ」
「アリシア!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・
フレイアの叫びとほぼ同時だった。
溶けた大地が隆起する。
大地がうねり、一つの形を造形する。
「大地の精霊、シルウィア。」
魔獣の背後。アリシアの視線の先から聞きなれた声が聞こえる。
「我は汝の加護を受けし者、我が魔力を糧に汝の力を開放せよ」
術者の体が黄金色に輝く。
「常闇の中に差す一条の光から生まれし者
星より生まれし神の龍」
大地が大きく動き、溶けた大地から1匹の龍が現れる。
「悠久の時より出でしその力
魔の神アビスの名において
古き契約の印をここに捧げん」
それは、魔獣と同等、いや、魔獣よりも大きく、鋭い牙、硬い鱗に覆われ、固まった溶岩が龍の体の表面を覆いさらに強固なものとした。
「我が願うは世界の滅び
我が願うは世界の混沌
我等に仇なす全ての者に、終わりなき絶望を」
ぐぅうわぁああああああああああ!!!
「地龍破翔撃」
大地から生まれた龍は大きな口を開け咆哮し、その大きな体をくねらせながら魔獣の頭上を浮遊している。
「私の娘に手を出すとは、度胸だけは買ってやる。だが・・・死んで償える罪ではないと知れ」
そこにいたのは淡い黄金色の光に包まれ、怒りに震えるヴィルサーナ領、領主。エルドロール・ウィル・トルヴァニアの姿だった。




