16-5 乱戦
状況は、お世辞にもいいとは言えなかった。
相手の陣地での戦い。
どれだけ倒しても減ってると思えない敵の数。
こちらは満身創痍。頼りになるのは2人。
一人は魔剣のないメイド剣士。
一人は魔道士だけど狭い空間だと大きな魔法が使えず苦戦をしている大砲娘。
ほかの4名は逃げるのみ。
私は、弓もない、エルもいない今、本当にただのお荷物状態。危険なことは妹たちに任せるしかできない。
「ねぇね、だいじょぶ?」
燃え盛る炎の槍を放ちながらアリシアがそららにかけよる。
そららは今さっき意識を取り戻したのもあるけど、まだ体が本調子ではないようだ。普段とは武器も違う姉をアリシアなりに心配しているように見える。
「しんどい・・・。剣が、重く感じるし、体も重くて・・・」
「その無駄に発達した胸が?」
「違うわよ!!全身よ!!ぜ・ん・し・ん!!そんな一部なわけないでしょ!」
「まだ、元気そうだね・・・。お姉ちゃんたちが逃げるまで、もう少し頑張ろう」
「あんた、そのうち魔力切れになって『助けてー!!』って言ってもうち助けないからね!馬鹿なこと言ってないでさっさと行きなさいよ!我が家の大砲娘でしょ!」
そららは再び敵陣の中に切り込んでいく。
アリシアは横目でそれを確認すると、再び目の前の敵を焼き払う。
何人もの人間が大穴の中に落ちていき、悲鳴が聞こえ、その声は消えていく。
それでも、彼らは臆することなく決して戦うことをやめなかった。諦めなかった。その姿はとてもまともな精神の人間とは思えなかった。
「もう少し、もう少しよ。こっちまでいけば」
私たちはここに連れてこられた入口の方へ歩いてきた。振り向くと、敵はほとんどがアリシアたちの方へ向かっていて私たちには追ってなんてまったくいなかった。
ティグレが命じたのは2人の撃破なのだろうか。あのジジィが何も考えなしに私たちに攻撃してこないなんておかしい・・・。なにか優先するような理由があるのではないか?
そういえば、あいつの姿が見えないけど・・・。
「どうしたの?真剣な顔・・・いえ、ちょっとブサイクよ。その顔」
目を細めながらそららたちの方を見ているとアメリアが不思議そうな顔で私を見ていた。
ブサイクって・・・ちょっとひどいんだけど。あとで問い詰めておこう。
「いや、そーいえばティグレさんがいないなって。あの群衆の中にいるのかな?って」
喧騒の中、静かなのだ。
あの、狂気じみた声が聞こえない。
アリシアが現れたさっきまで、あんなに叫んでいたのに。
私たちに襲いかかるわけでもなく、先陣切ってあそこで戦っているわけでもない。
あの大混戦の中、流れ弾にでも当たって既に死んだとは考えにくいのだけど。
(どこに行ったのかしら・・・。あーゆータイプって一番しつこそうだから死んでないと思うんだけど)
あの陰湿な年寄りを警戒してしばらく先頭を見てみるも、やはり見つからない。
「あ、あそこにいるわよ」
アメリアが指さしたのは祭壇の方だった。それはそららたちの場所とは少し離れた場所だ。いつの間にあんなところまで行ったのだろう。仲間を盾に、隠れながらいったんだわ。あいつはそうゆう奴よ。
「あんなところへ行って、何してるんだろ・・・。」
アメリアと一緒に彼の行動を見ているも、見当もつかない。
まさか、ここまで場を荒らして逃亡?
アリシアに対して敵意むき出しだったけど、逃げることにしたのかしら?
「あ!!そららっ!!そら!!」
私の大声も、あの戦場の中には届かない。
そうだ、思い出した。あの祭壇には、彼が執拗に欲しがっていたこの教団にとっての崇拝対象の一つ、そららの魔剣が置いてある。さっきあいつが置いてたんだった。
それ以外に、あいつが最優先で動く理由が見つからない。
「そらっ!!そら!!」
アリシアの放つ魔法、剣がぶつかり合う金属音。洗浄には私の声なんてまるで届かないようだ。
相手も、命懸けなんだ。真剣に決まってる。でも、今はそれどころじゃない!!
「こぉんのデカチチ女!!こっちむけ!!」
「うっさいわよ!!この貧乳!!」
あ、気づいた。悪口はよく聞こえるのね。
・・・。でも、貧乳って。どーなのよ。それ。
別に、私だってそんな小さいわけじゃないもん。そりゃ、お風呂とか3人で入るとそららの方が大きいし?それは認めるわ。でも、私が小さいんじゃなくて、私が標準なだけで、そらが無駄に大きいのよ。
「そこっ!喧嘩売っといて言い負かされないの!!いいから早く用言いなよ!」
思わず自分の胸に両手を当てて考えていると、アメリアが声をかけてきた。
そうだった。今はこんな事・・・。こんなことじゃないけど、こんなことで落ち込んでる場合じゃない。
呆れ顔のアメリアはため息をつきながら笑っていた。
私は大きく息を吸い込んで、そららへと叫ぶ。
「あんたの剣!また盗まれるわよ!!」
私の言葉でアメリアも、アリシアも、そららも全員が祭壇へ近づき、今まさに魔剣を手に取ろうとしていたティグレを見た。
ティグレもまた、私の声に気が付くと早々に魔剣へと近づいて行った。
そして、私たちの視線を受ける中、魔剣は彼の手に落ちた。
「う、うちの魔剣返せっ!!」
「ふざけるな!!これは元は土龍様のお創りになった魔剣。我が教団こそ所有者にふさわしい!!」
「このっ・・このっ!!邪魔よ!!」
急ぐそららの前を信者たちが文字通り盾となり、その命を使い壁となる。
そららは敵が邪魔で上手く進めないようだった。その視線の先でティグレは魔剣を掲げ自分に酔いしれているよう。
「魔剣よ!・・魔剣よ!!うちの元へ戻れ!!かえってこい!!」
そららが敵を切り裂き確実に距離を詰める。
魔剣へ声をかけ、右手を伸ばすもそれは意味を持たない。魔剣はティグレの手中にあるのだ。
「剣と会話もできておらんではないか。この剣は持ち主を選ぶ、貴様はその器ではないということだ!・・・見よ!!」
ティグレの手中に落ちたそららの魔剣はティグレの声に呼応するかのように黄色く輝き始める。
眩いばかりの光はその場の全員の視界を奪うほどの輝きを放ち、それは全て柄の宝玉へと還っていく。
翠色だった宝玉は黄色く黄金色に輝いている。
「クソじじぃ!!なにしたのよ!人のもの返しなさいよ!!」
「黙れ!!身をわきまえよ!!巖障壁!!」
ティグレの魔法は大地から巨大な檻を形成し、そららたちを信者もろとも閉じ込める。
どうやら、柄の宝玉は魔力の増幅器の役割をしているらしい。今まではそららの風属性。つまり緑色だったが今はティグレが土属性へと変えてしまった、というわけだ。それでこんなバカみたいに巨大な岩の牢獄が出来上がるのだろう。最初にサン=ドラゴで見たものとはレベルが違う。
「アメリア、どうにかできる?」
私はその光景をみながらあてもなくアメリアに問いかけた。
「無理ね。魔力が残ってないもの」
眼前に広がる規格外の戦いにアメリアは参戦する気持ちはなかった。
檻の中では、閉じ込められた者同士でさらに激しい戦いが続く。
「ふははは!!さらばだ、諸君。この地下洞窟と運命を共にするがいい。我が野望はまだ潰えたわけではない!!この魔剣があれば、まだ続くのだ!!」
魔剣の効果を実感したのか、自分の放った魔法の威力に満足し祭壇の裏へと消えていく。この角度だと、あの裏に何かあるのかわからない。でも、この状況で行くところといえば・・・。
「まて!!まてクソじじぃ!!」
そららの声も、彼の高笑いで虚しくかき消される。すぐに、ティグレの気配が完全に消えた。この場所からいなくなったようだ。
やはり、あそこには何かある。
「アメリア、あそこ、裁断の裏が怪しいわ。このまま地道に地上を目指すよりもいいかもしれない。行ってみましょ」
「えぇ?!あそこに?・・・もし、何もなかったら?」
「大丈夫!あの陰湿なジジィがこの状況で行くところだもん、きっと出口だよ!」
特に根拠はなかった。でも、普通この場合は出口であると信じたい。気配が消えたのも気になる。少なくとも、何かはあると思う。
私たちは、ティグレの消えた祭壇へ向かうことにした。