13-3 砂漠へ
私が部屋を出ると、そこにはまるで岩を削って作られたような通路が伸びていた。
ゴツゴツした壁。
低い天井。
外からの明かりは窓がないので入ってこない。
アレクサンドリアとはだいぶイメージの違う王宮だった。
「すまないな、きらら。あまり時間がないから休ませていやることもできなくて」
「いいのよ。私もそらが心配だもの。休む暇があったら早く無事な姿が見たいわ」
先を歩くトキは、私の方へ振り返ると無言で頷いた。
「まぁ、トキはアリシアが怖いのよねぇ」
「バカっ!余計な事を言うな!!」
「・・・アリスが?怖い?なんで?」
アメリアの一言に焦る彼を、アリシアは意味がわからない。と言った顔で見ていた。
本人に自覚がないのも問題ね。
「外でティグレが待っている。あと朔夜まで2日あるが、砂の神殿まで移動、実際に救出するタイミングを
考えれば早いに越したことはない。準備が出来次第すぐに出るぞ」
「あぁ?今回は随分手際がいいわね?」
「アメリア、今は言葉遊びをしているほど俺に余裕がないんだ。今回はしくじれない。そららを救えなかったときはこの国が滅ぶとき・・・。それだけは避けなければいけない」
トキが大きな王宮の門を開けると、あたりはすっかり暗くなっていた。
1回目の夜。
空にはうっすらと細い白銀の月が輝いている。
あと2回。月のなくなる夜にそららが生贄にされてしまう。
明かりが少ないせいか、星がアレクサンドリアよりも綺麗に見える。
トキに先導されるまま城外へ進む。
松明を持った兵士たちがトキに敬礼をしているが、彼はあまり相手にしないで進んでいた。
これも、一度は王族の身分を捨てた。と言う彼の気持ちが何かを表しているのだろうか?
「ねぇ、アメリア?ティグレってだれ?」
「はぁ!?あんた、忘れちゃったの?」
「う、うん・・・。そらがいなくなってから直後の記憶が。」
前を歩くアリシア聞いてみるも、アリシアもアメリアも驚いた顔で私を見ていた。
「あんたがあんだけ取り乱したところ、初めて見たのに。ねぇ?」
「うん、アリスも驚いた。」
あぁ。なんとなくわかった。
あのおじさんか。
脳裏に浮かぶ顔は、なんか言い合っていて怒っている怖い顔だった。
「怒ってる・・・・かな・・・」
「多分・・・ね。大丈夫よ、すぐに謝れば」
「そ、そんな人ごとみたいに言わないでよ」
私の困った顔を見て意地悪そうに笑う彼女。その少しむこうに、数体のラクダの姿と一緒に見える老人の姿。
「若、お待ちしておりましたぞ。」
「すまない、待たせたな。準備は?」
「はい、すべて揃っております。土の神殿までの食料、水、テント一式はこちらに。今すぐにでも出発でき
ます」
「そうか、ありがとう。」
トキは言うなりそのままラクダにまたがる。
こうやってみると、砂漠の国の王子様なのかな?と思えるくらいに似合っている。
「お客人・・・」
「は、はい?」
トキの満足そうな顔を見届けると、彼は言いにくそうに私のもとへやってきた。
あの時の文句か、調子に乗ると牢獄へ入れる、と警告に来たのか・・・。
「先程は、大変な失礼を致しました。この老い先短い老体に免じて、どうか寛大なご対応をお願いします。若のご友人、旅を共にしてきた方とも知らずに、無礼な言葉を上げてしまいなんとお詫びすればよいのか・・・」
「い、いえ。その・・。もう大丈夫ですよ。トキも助け出してくれるって言ってたし」
その場に土下座をされ、どうしていいのか考えてしまう。
こんなことされたことないし、どうすればいいのやら・・・。
「よかったじゃない?また喧嘩にならなくてっ!」
「違いない!いくぞ、汚名はきっちり挽回してやる!」
「はっ!!この命に代えてもさらわれたお嬢様をお助けしますぞ。宮廷付きの子守りの実力、見せつけてやりましょう!!」
「こ、子守りですか?」
「はいっ!この国では王族の子供は多いので1人1人に専属の子守りが付きます。教養、武術などを教えていくのですが、若は少々脱走する癖がありましてな・・・。手をやかされました。」
「なに?あんた、勉強嫌いで逃げてたわけ?だっさー!!」
満面の笑みでトキを見下すように笑うアメリア。
顔を赤らめながらも黙ってそれを聞いているトキをみて、嬉しそうに笑うティグレ。
こうやってみると、怖くもないし、悪い人でもなさそうね。
「兄上には、お声をかけたのですかな?」
「あいつには黙ってきた。どうせ大して相手にはされまい」
「おやおや、それは心外だなぁ。」
私たちの周りが一斉に明るくなる。
松明を持った兵士に囲まれていた。
「アリシア!やるよ!」
「うん!」
アメリアとアリシアが前に出て炎と氷のムチを作り出す。
「まて。敵ではない。・・・俺の双子の兄だ」
『ぇえっ!?』
私たち3人は初めて見るお兄さんに戸惑いを隠せなかった。
言われてみるけど、なんとなく似ているような・・・。
でも、・・・。
「確かに、似てるけど・・・」
「うん、トキより優しそうだけど・・・」
「気品があるけど・・・」
どちらかといえば、こっちの人のほうが王族らしい雰囲気がある。
「お前たち、失礼だぞ!!俺はこいつみたいになりたくなくて王族をやめたんだっ!」
私たちの視線に耐えられなくなったトキは嫌そうに弁解はするも、面倒くさそうに兄、と言われた人のもとへ歩み寄る。
「なんだよ、ハク。俺は自分の責任を果たすつもりだぞ。止めるな」
「いやだなぁ。別に、止めに来たわけではないよ」
ハク。と呼ばれたトキのお兄さんは左手から小さな指輪を取ると、それをトキに手渡していた。
「これ、土の神殿には鍵がないと入れないよ。3つのうち2つは失われてしまって、我がサン=ドラゴが所有するのはこれだけ。無くしたら終わりだからね?」
「鍵?」
渡された指輪を見つめながら理解できなそうなトキ。
おいおい、そんなものが必要であるならば、なんでそれを持っていないのさ?神殿まで行って入れなかったらそれこそアリシアと一緒に暴れまくるぞ・・・。
「ちゃんと勉強しないから・・・。土の神殿のシルウィアの瞳にそれをかざせば通路が開くよ。ティグレが知ってたと思うけど・・・。」
「申し訳ございません、このティグレ。土の神殿なぞ行ったことがないもので迷信かと・・・」
この人、本当に大丈夫?
「神殿の中は僕にも見当がつかない。いいかい?シルウィアの瞳だよ?」
「あぁ、わかった。助かった。砂漠でこいつらに生き埋めにされるところだったぜ」
「あははっ、生き埋めか!1日で干物だね。まぁ、頑張ってきなよ。僕に出来るのはここまでだから」
「これでじゅうぶんだ。また戻ったら土産話聞かせてやるよっ!でるぞ!」
トキは言うなり夜の砂漠へ走り出すしていく。
その後ろをティグレ、アメリア、私たちがついていく。
「あ、あのっ!ありがとうございました。」
「あぁ、トキを頼むよ。すぐに無茶をするから。」
ハクの笑顔に見送られ、私たちは夜の砂漠へと迷い込んでいった。