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賢者とバニーガールと  作者: ふぉー
1章 冒険の始まりとバニーガールと
9/25

9話 トパート雑貨店2

 そして二日後。

 教会で早朝の祈りが終わり、朝を告げる鐘が鳴る時刻。

 冒険者達の朝は早かったり遅かったり、まちまちだが、まともな冒険者なら昼前までにはダンジョンへと向かっている。

 出発時は集合の手間を省き、ダンジョン前で集合したり、どこか拠点となる仲間の元へと集まるなど、これまたまちまちである。

 なので、肌寒く朝靄が残る冒険者街の外れにある、トパート商店の前に冴えない町娘風の女の子が佇んでいる光景を見て、冒険者同士の待ち合わせだと思う者はなかなかいないだろう。


(それにしても)


 普通の服で来るように打ち合わせていたが、バニー装束の印象が強過ぎたせいか、本当に普通の、やや根暗な印象を受ける町娘だ。

 鞄は一応冒険者用の腰鞄を革帯に通して装備しているが、道ですれ違っても絶対に気づかない上に記憶にも残らないだろう。


 フルーレル・クリアスタル。14歳。

 とてもそうは見えないが「娯楽職。・楽芸士・遊装人」のジョブ章を持つ遊び人であり、冒険者志望である。


 猫背気味の背をさらに丸めて、吐く息で両手を温めながら……ひとりでじゃんけんをしているようだ。

 勝った方を温めているのか。そんな幼い様子も合わさり、低い背が更余計に小さく見えていて、ともすれば14歳にも見えない。

 約束の時刻よりも早めに来たのだが、フルルの方が先についていたようだ。


「おはよう。待たせたかな」

「あ……おはよう、ございます……今、来たところです」


 顔を上げれば、さらりと黒髪が頬に零れ、ぎこちなく笑顔を向けてくれた。


「体調は?」

「だ、だいじょうぶ、です」


 やや震える声が不安だが。


「ちゃんと眠れた?」

「……早く……目が覚めて、しまいました」


 にへっと恥ずかしそうに笑っているのは、遠足を前に眠れない子供のようだと自覚があるのだろう。確かに若干眠そうだ。

 顔色は良くもなく悪くもなく。体調は普通といったところか。


 僕は頷いて商店の扉を開いて中へと入る。フルルも後に続いて――息を飲む声。

 店の中は早朝の清浄な空気が残っている。

 木窓から差し込む朝日が、塵やほこりをチリチリと輝やかせていて。


 静寂の中。試着場の檀上。

 鉄枠で組まれた人型は、静かに純白のバニー装束をまとって佇んでいた。

 白いバニーコートの表面は水飴を塗ったような光沢がつやつやとしていて、ともすれば光を受けて虹色に煌めく、月蚕の布で作られた特注品。


 冒険用にスライムだけではない、虫や小石などが入り込まないよう首までを覆う形にして、細剣を使う剣士が競技の際に着る防具のような形となった。

 遊装人の装備基準を満たすために付けた学生服風の襟飾りは、大きく空いた背中を覆えるようにと考慮して、大き目に作られており、背中側にある翼の刺繍が職人技だ。

よく一日でここまで仕上げたものだと素直に賞賛するしかない。


 同様に、空色のスカーフをタイに見立てて装備基準を満たしている。

 足にはタイツの上からもう一枚、月蚕の布で作られた膝上丈の靴下が用意されていて、こちらも翼を意識した縫製が成されている。少女の細い脚を美しく見せることだろう。


 腕にも同様、月蚕の布で作られた長手袋。腕に固定するための、黒い革帯が全体を締める役割を果たしているのは計算だろうか。

 これらは甲冑を装備する為の下履きとなる。

 これだけでも普通に作るなら一週間はかかる物だろうに、さらに手甲、足具、それに胸甲まで間に合せたているのだから、いかにミスリルの加工が鋼鉄よりも楽だとはいえ驚嘆するしかない。

 そう、甲冑は全てミスリル製だ。本気だ。


 銀の輝きに象牙の質感を持つ特殊な金属は鉄よりも軽く、丈夫であり、元々位の高い騎士用だったので金色の装飾が所々に見られる。

 胸甲だけは鎧が許可されていないということで、ミスリルのベストということで形に相当のこだわってもらった。かなりの改修が必要だったことだろう。


 手甲と足具は大きさを合わせただけなので武骨さを残すが、それも全体を見れば奇妙に調和しているように見える。

 その原因とも言える、全ての装備を唐突に、なんの前触れも無く面白い物にしてしまう白いバニーイヤー。


 それら一式が朝の陽差しの中、静かに佇んでいた。


(なんかこう、神々しさすらあるな)


 翼の意匠と鎧の所為か、神話の挿絵で見るような、戦天使が纏う装束にも見える。当然戦天使は浮かれたうさぎの耳は付けないが。

 フルルは噛み合わの悪い水車のように、ぎこちなく首を動かし僕の方を見る。


「早速試着して貰っていいかな、直しがあるなら朝食をとっている間にやるから」


 帳場台の上にうつ伏せて眠りに落ちているバプラの横顔は安らかで、周りには今しがたまで作業をしていた痕跡が残っていて、まさにやり遂げた職人の姿だった。採寸を詰めたりの調整は僕がやることになっている。

 フルルは呆気に取られた表情で僕を見ている。


「どうした?」

「こ……これ、え?」

「これだけど?」


 いきなり本気で泣きそうな顔になられる。


「一昨日のお詫びに装備一式、貰ってくれるって話だったよな」


 誰が見ても高級品なのは一目瞭然であり、フルルは恐縮しきっている。


「で、も……これ、すごく……高そう……」

「……いや、うん、正直やり過ぎたのはなんとなく分かってる」


 ミスリルの防具を抜いた材料費だけでも銀貨2、30枚は下らない。売り物にするならいくらの値がつくことだろう。いや、値はつかないか。


「貰ってくれないと、行き場がないぞこの装備」


 ダンジョン探索用のバニー装束を買う人なんて、この世界のどこにもいないだろう。

 フルルはあうあうと口を開くが、言うべき言葉が思いつかないのか声にならない。

 ミーティと話した後、そうは言っても父さんならもっと上手くやっていただろうと思うと余計に悔しくなり、トパート商店へと乗り込んで使う素材を一番良い物で揃えようと提案した。

 その勢いのままそれならばと構想はあれこれと盛り上がり。

 一日空けて冷静になったのだが。僕は新しい魔法を覚えるので手一杯だし、大急ぎで進めて貰っておいて今沢仕様変更も言い出せなかったのでこんなことになった。

 だが物は間違いなく一級品となっている。


「とにかく試着だけしてみてくれ。他の冒険者とも待ち合わせているから、あんまりのんびりしている暇はない」


 ぽん、とフルルの背中を叩いて試着場へと促せば、身体の軽い少女はたたらを踏んで前に出る。一度振り返り、恐る恐るといったふうに靴を脱いで壇上にあがる。

 台座に近寄ってやり過ぎ感を目の当たりにして、泣きそうな顔で僕を見るが、僕は鷹揚に頷いてカーテンを引く。

 あっ、と声がしそうな表情だったが見なかったことにした。


 しばし待つが気配というか、布擦れの音がしないのでカーテンの向こうで迷っているのが手に取るように分かる。


「待ってるからな」

「は、はいっ」


 声をかけるとようやく着替え始めたようで、ごそごそと音が響きはじめた。

 手持無沙汰なので、バプラに毛布でもかけてやろうかと試着場の前を離れて店内を見渡していると。


「……」


 通常こんな時間帯に店を開けることはないので気づかなくても仕方がないのだろうが、薄茶色のカーテンは朝日を受けて、中にいる人物の影を若干浮かび上がらせていた。

 丁度長いスカートを脱いだところで、すとんと足元に落ちるたっぷりとした布。急いでいるのだろう、そのまますっと腰に掛けた手が降りて行き片足が上がり――


「毛布は、どこかに、ないかな?」


 僕はくるりと踊るように背中を向けて――咄嗟に目が離せなかったが――独り言を呟いたりしながら店の中を散策して行く。


(修行が足りないのかね……)


 熟練の聖職者ならこんなときいちいち慌てたりしないだろう。

 無防備で隙だらけの少女を相手にしていると、今まで目を逸らして来た自分の未熟な部分が露骨に露見されているようで、なんというか気恥ずかしい。

 ステータスの項目に、女性慣れ、なんて項がなくて心底よかったと思う。


(いいや、相手は子供だ子供)


 ちらりと振り返って試着場の影を確認すれば、着るのに少しコツのいるバニーコートに手間取っているようで、両手を伸ばしどう着るのか考えているのだろう、身体の側面は反らした背中と、発展をはじめた先端に追従したなだらかな曲線が――さて、毛布はどこだ。

 僕は店の奥へと毛布を求めて彷徨って行く。


(いや、礼儀として。じろじろ見るものじゃないだろう)


 大人も子供も関係ない。それだけだ。それだけだ。

 店を一回りして戻って来れば――工房のドアノブに作業着がかかっていたので、それをバプラの肩にかけた――うさぎの耳がカーテンの向こう側で揺れている。

 影の線だけだと素っ裸にバニーイヤーと手甲足具を装備しているような想像が出来てしまいそうなので、とっとと声をかける。


「もういいかな?」

「あ、え、ええ、はい、だいじょうぶ、です」


 ゆっくりとカーテンが開かれて、途中で止まり、カーテンで身体を隠している。

 微笑みながら無言で待っていると、顔を真っ赤にしつつ全て開かれてお披露目となる。


「……」

「……」


 お互い無言。フルルはうつむいて顔を逸らす。

 褒めるべきなのだと一拍遅れて気づいた。

 一瞬思考停止してしまうくらい似合っていたというと大袈裟だろうか。

 いや、実際に白を基調にしたバニー装束と、黒髪に水色の瞳は目論見以上に似合っていて、やり過ぎ感も着てしまえばそれ程でもなく。

 むしろ少女の瑞々しい肌や黒髪と調和しているようで、これから踊りの舞台にでも行くのなら間違いなく注目を集めることだろう。

 綺麗な可愛さとでも言おうか。吟遊詩人でもないので上手く言葉が見つからない。


「いいじゃないか」

「……」


 フルルは耳まで真っ赤にして更に肩を小さくしてうつむいてしまう。


「大きさは?」

「……ぴったり、です」


 やるなぁバプラ。


「あ、あの……これが……」

「ああ、留めようか。後ろ向いて」


 背中で紐と金具で留めるミスリルのベストは一人では着け難いだろう。背中を向けてもらうと大きな丸いしっぽが揺れる。

 長い髪を噛まないよう片側に寄せてもらうと、大きく空いた背中と飾り襟の後ろについた翼の刺繍が目に入る。後ろからの見た目も綺麗だ、どこにも手抜きがない。


「ひゃぁう!」

「っ、わるいっ」

「い、い、い、いえ」


 感嘆の吐息が白い背中に吹きかってしまったようで、フルルの背中がびくっと跳ねた。

 僕は息を止めて手早く留めて行き、ぽんと腰を叩く。


「よし、出来た、少し動いてみて」

「……」


 言われるままに、くるりと一周したり、半身をひねったりして動きを確かめる。


「いい感じだな」


 フルルはこくこくと頷く。顔が真っ赤になっているのは気にしないことにする。たぶん息を止めていた僕も赤くなっているので気にしない方が良い。


「それじゃ酒場に行こうか。他の冒険者達が――あ、鞄はそっちの、白いもこもこのやつを新しく用意しているんだが」


 自分が装備して来た鞄と革帯を腰に巻こうとしているフルルの手が止まる。


「え、あ……あ、あの」

「?」

「こ、これ……使いたい、です……」


 細い革帯を握りながら。


「? なんで?」

「あ、あの、これも、いただいたものなので……せめて、これだけでも……」


 使いたいです……。

 前の装備にも思い入れがあるいうことか。僕とバプラを交互に見つつ。きちんと二人ともに感謝してくれているらしい。なかなか贈り甲斐があるじゃないか。思わず頭を撫でたくなるが、馴れ馴れし過ぎるかな。


「うん。じゃあそれで行こう」

「は、はいっ」


 嬉しそうに頷き、不器用にだが急いで装備して、荷物をまとめて出発の準備を整える。

 踏み出し、フルルの足がもつれる。

 それは予想出来た。ミスリルの装備を初めて着ければ、あることだとバプラも注意していた。壇上から歩き出し、足を滑らせたフルルを優々と腕で支える。

 驚き、大慌てで腕の中から離れるフルル。勢いがついて後ろに尻餅をついてしまい、弾みで抱えていた今まで着ていた服が手放され――


「……」

「っ――ご、っご、ご――っ!」


 僕の肩と頭に引っかかる小さな布。


(そっか、これも履き替えたのか)


 フルルは絶望的な表情で回収しようと飛びかかって来る。その剣幕に思わず顔を背けてしまえば、混乱の極みといわんばかりに目を白黒させ、必死さが増す。


「いやまて、まてまて」


 腕の中、胸元を掴まれて飛び跳ねる様子は頭突きで顎を狙っているのか、もしくは口づけでもせがんでいるかと。顔が近い。涙目で迫られて頬が熱くなる。顔の前に一直線に伸びる手甲も勢いも怖い。


 頭を振って布を遠くに放るように投げ出すと、フルルは訓練された犬のように、まっしぐらに駆け出し滑り込むようにして布を確保した。小さな尻の上で、丸いしっぽが身体の震えに合わせてぷるぷると揺れる。


「……」


 息を吐いて、これは一瞬の油断も許されないな。と、心の中で改めて気を引き締めるのだが、ぺたりと座り込み小さな布を抱きしめて震えている様子に、どうしても苦笑が浮かんでしまう。

 僕は他にも散乱した上着なんかを拾って、促すように肩を叩いて声をかける。


「そんなものは孤児院で見慣れている、気にしてないから」


 どうしたって半笑いになってしまう。


「――ごめ、なさいっ」


 慌てて立ち上がり深々と頭を下げ、勢いでバニーイヤーがずれる。

 町娘の姿は当然冒険者には見えなかったが、白いバニー装束が冒険者には見えるかと言えば、もちろん見えない。


「冒険者になりたいんだろ?」

「……」


 バニーイヤーの位置を直していたフルルは、唐突な問いかけに無防備な表情を見せてくれた。隙だらけで、純真無垢な、ぽかんとした表情。

 なにも持たない子供特有の無防備な顔。


「冒険者になりに行こう」


 僕は歩き出す。珍しく気の効いたことが言えた気がする。


「……は、はいっ!」


 後に続くフルルの表情はうかがい知れない。不安に怯えているか、期待に胸躍らせているか、再挑戦に燃えているか、震えているか。そのどれでもいいだろう。

 全力で挑んだ結果を受けて、どうするか考えるのは彼女自身の役目だ。

 とにかく全力で装備を揃えた。後は壁に当たるまで進むだけ。そこで彼女自身がどうするか、大怪我をしそうな選択を選ぶことが無いようにだけ見守ろうと思う。 




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