8話 再び挑むため
仲間を揃えて、十分な装備を揃えて再び挑む。10階層を目指して。
なにも難しい話じゃないので、その場で二日後の打ち合わせをしてから街中に戻る。
帰りの軍馬は小さな子供を怖がらせないように――それでも背中にしがみつかれたが――丁寧に走らせた。
着替えや荷物が置いてあるというので、楽芸士組合の建物の前まで送り届けたのだが、別れ際、ぺこりとお辞儀する仕草が頼りない迷子の子供のようで。
僕は不安を振り切るようにトパート商店へと向かう。バプラに用事がある。
「あぁ? ああいうのはちゃんと測らないとないと完璧には無理だぞ?」
「僕が知ってる。測定魔法で見た数字だから詳しくは言えなけど。細かい部分詰
めるのは僕がやるから、大まかな部分は紐で調整できるようにして作ればいいだろ?」
寸を詰めるくらいの裁縫技術はある。僕は本気だ。本気でフルルを連れて、10階層で十分な探索をするための準備をする。
そのためには先ず今回の失敗、服装の改善からだ。
「それにおめぇ、明後日までって……」
「やるのかやらないのか、どっちなんだ」
ドンと帳場台に銀貨を並べながら、つい昔の語気で凄んでしまうくらい熱い物が胸の内にこもっている。
悔しいのも事実なのだ。自分を頼ってくれた人の手助けになれなかったことが物凄く腹立たしい。
「お、おう、やろう」
「じゃあ、遊び人の装備を基本に――」
細かな注文を告げて行く。
最初は驚き呆気に取られていたバプラだが、途中からは真顔であれこれと助言挟んでくれる。やはり職人気質なのだろう、仕事で手を抜くつもりはないようだ。
「甲冑はどんなのが装備出来るのか確認取って来るから。他はさっきの点だけ注意して、飾りなんかは任せるから進めておいて――……どうした?」
「なんだおめぇ、あのねえちゃんに惚れでもしたか?」
それはないだろう、といった聞き方なので僕も自然に応える。
「僕って子煩悩な所あるんだな、自分でも驚いた」
「なんだそりゃ」
意識したこともなかったが、そういえば孤児院で子供の世話も大して苦にならない。その延長のような物だろう。
「困ってる人の手助けは望む所だし。たまには迷える子兎を導こうと思ってね」
ジョブ章を掲げながら。
あまり上手くもないのだが、バプラは気に入ってくれたようで鼻を鳴らしていた。
「金にもならねぇことを、ご苦労なこったなぁ」
布教をして正式な信徒として洗礼を受けてさせれば宣教士組合からの報酬も入るのだが、僕がまともに布教する気がないのを知っているのだろう。
「これが父さんに教わったやり方だからな、心配してくれてありがとう」
「はっ、言うようになってんじゃねぇか」
バプラは吐き捨てるように言い放つが、顔を真っ赤にして慌てている。
昔の僕を知っている商店の主は、昔の僕が知らない皮肉っぽい表情で笑った。
「おう、とっとと必要なもん聞いてこいや」
「他にも寄る所あるから少し遅くなるけど、すぐには完成しないだろ?」
「あたりめぇだろうが、今日明日はこれに付きっきりっだぜ」
それならとっとと行く必要もない。照れ隠しにもなっていないのはいいとして。楽しそうに言っているので、バプラもやる気になってくれているようだ。
「うん、頼んだ」
片手を挙げて店を後にする。
バプラはやれやれと溜め息を吐いて見送ってくれた。
店の外はそろそろ夕暮れへと移って行く空。やる事はたくさんある。
急いで楽芸士組合に装備の件を聞き行き、そのついでに教会で魔導書を借りて行こう。一日で覚えられるだろうか。勢いで予定を速め過ぎたかと少し後悔する。
(いや、覚えてみせる)
のんびりでもない、焦るのでもない、目標に向かって突き進む感覚。
(それと、仲間集めだな)
大通りにはダンジョンから帰って来た冒険者達が数組、身に纏った装備を鳴らしながら行き交っている。背嚢に戦利品を詰んで誇らしげに歩いている冒険者もいれば、満身創痍な様子で重い脚を教会へと向けている冒険者もいる。
仲間集めは必要な用事を済ませてから酒場へ向かえば丁度いいだろう。僕は頷き、走りたくなる気を静めて、でも足早に冒険者街を回って行くのだった。
酒場で声をかけて行けば、魔導士と狩猟士にあたりがついた。
ダンジョンに挑むにあたり、狩猟士は器用で目端が利くし危険察知の技術も長けているので非常に頼もしい。
大規模探索でもあるまいし、あまりぞろぞろとし連れ立って行くものでもないが、一人くらい前衛職が欲しいので、孤児院に帰宅してから思い当たる人物に声をかけることにした。
前衛1、中衛1、後衛2、遊び人。合計五人パーティーの予定。
「明後日なんだが、ちょっとダンジョン探索に付き合ってくれないか。戦士として」
孤児院での食事が終わり、炊事場で一緒に洗い物をしている最中。修道女姿の相手へと打診してみる。
「ん、結婚してくれる?」
「いや、しないけど」
ミノティア・トルマリナ。あだ名はミーティ。
この孤児院の院長の養女。僕より歳が3つ上の彼女はいよいよ婚期を焦っているようで、隙あらば求婚を迫られている今日この頃。
アーリファ王国では女性は16歳から25歳、男性は18歳から30歳までには家庭を築くのが一般的とされている。
今は水仕事をしているので、腕捲りをしていてベールも被っていないが、修道服を着ている女性が結婚するしないの話もないだろう、と傍から見れば思われそうだ。
事情を知らない男性ならば、結婚を迫られても、戦士のジョブ章の裏に彫られている見習い修道士の職歴を見て大いに困惑するはずだ。
「こういう事があってさ――」
三十人規模の洗い物を手早く片付けながら事情を説明して行く。
ミーティは赤毛の髪を後ろでまとめていて、髪留めにしている「戦闘職・斧戦士・七段」のジョブ章――戦闘職特有の階級制度で、段位の数で腕前が分かるようになっている――を揺らしながら、洗い終わった食器を布巾で拭いていく。
「うん、いいよ。私はルシェくんの頼み、断れないからね」
「いや、だからそれはもう……」
ミーティは琥珀色の瞳を細めて温厚な笑顔を見せてくれた。僕は言葉に詰まってしまう。
思い出せば長くなることなるし、昔の話なのだが。
孤児であり見習い修道女だったミーティは、本当は戦闘職に就きたいと考えていたが言い出せず、清い身体でなくなってしまえば修道士の資格が剥奪されると考え、深夜、自室に僕を招き入れて朝まで一緒のベッドで過ごした。
最初は緊張と興奮でガチガチに硬くなっていた僕だが、共に布団の中に入り、当時からかなりの大きさだったミーティの胸に顔を埋め、身体に腕を回されて抱き締められているうちに、その温もりに妙な安心感――母性とかいうあれだと今なら分かるが――に包まれてそのまま眠りに落ちてしまった。
朝になっても起きてこないミーティを起こしに来た修道女に僕達が同じ布団の中で眠っているのを発見されることとなった。
「あんな大騒ぎになるなんて、考えてもみなかったよね」
皿を拭きながら困った風に笑うミーティ。
ああいう場合は問答無用で男が悪い。世の中そんな風潮だ。特に素行が悪かった僕なので孤児院から追い出されるのも仕方がない。
世間的には修道女に手を出したことになっていて、極刑か国外追放の巡礼刑に処されてないだけでも御の字だろう。
「その話はもういいって言ってるだろ」
ミーティはその後、事の弁解をして行くうちに自分の心情を孤児院長に打ち明けることができたそうで。
院長の養子に迎えて貰い、戦闘職へと就くことが叶ったとのこと。
万事めでたしなわけだが、形として僕は知らないうちに利用されたわけで。
「うん、やさしいね」
首を竦めてはにかんで笑うミーティ。子供っぽい仕草が抜けきらないのが、逆に一人の女性として成長しきっている要所を際立たせているような気がして気圧されてしまう。
「いや……まぁ」
その一件以来、女性とどう接すればいいのか距離感が掴めなくなっているおかげで、荒れていた時期も女遊びだけには手を出さず今も聖職者として胸を張れているところもあるのだが。
特に当事者であるに対しての感情は複雑な心境のままとなっている。
母性愛に飢えていた子供の頃の僕に優しくしてくれた、姉のような、母のような存在であり、自分の為に僕を利用した女だと言う苦手意識も確かにあり。
結果としてべリオル神父の元へと引き取られるきっかけとなったので感謝をすべきなのかもとも思うが……よく分からない。
王都からこちらに戻って来て、孤児院を間借りすることになってから事の真相と顛末を知ったのだが、深く考えるのはわりと真面目に面倒なので、もうこの話は考えないことにしている。
「依頼、受けてくれるなら助かるよ」
ミーティはただの同僚。今は名目上孤児院の用心棒として住み込みで雇われている女戦士であり、普段はダンジョンに潜っている冒険者仲間。それだけだ。
「うん。それにしても遊び人ちゃんの護衛なんて初めてやるね。私は観光の人の護衛はよくするけど」
ミーティは拭き終わった食器をしまって行く。僕も最後の皿を洗い終わる。
しばらく無言。陶器の食器が重なり合う硬質な音だけが響く。
「やっぱり護衛の形になるか?」
冒険者として共になにかを成せればと考えているのだが。
「観光の人を護衛するみたいなのがいいんじゃないかな。遊び人ちゃんは戦力に数えないんでしょ?」
「……」
「遊び人ちゃんが役に立つ場面って……あるかな?」
悪意で言っているわけじゃない。冒険者として常識的な言葉だった。
「まぁ、遊びじゃないんだからな……」
軽く頭を抱えたくなるが手が濡れている。
「あの格好もそうだが、真面目な話、普通の冒険者なら戦力以外の人員連れて行きたくはないよな、分け前も減るのに」
「それもあるけど……これも見た目の話しなのかも知れないけど、遊び人ちゃんが若い女の子なのがね、やっぱり皆声かけるの控えてた理由みたいよ?」
戦士達の間でも噂になっていたようだ。
「戦闘職の連中は若いうちからダンジョンで訓練やってるだろ。あれでも10階層まで行くよな?」
「早い子は中等学舎に通いながら騎士見習いやってるよね」
学舎を辞めて、貧民街でブラついている子供が戦士に弟子入りするなんてこともよくある話だ。賢さは低くとも体力や筋力が高ければ問題ない。
ダンジョン探索は体力仕事でもあるので、若者の方が多いくらいだ。
「……ルシェくんはさ、自分が子供の頃、自由区に入り浸ってた頃、言ってたこと覚えてる?」
「……」
覚えてないなと言いたいところだが。
「街の連中はちょろい。って言ってたよね」
ミーティは前掛けで手を拭いながら。
恥ずかしい過去だ。
「国の外で育って、貧民街の怖そうな人達と対等にやり合ってたルシェくん、あの頃ただ大人に言われるがまま見習い修道士をやっていたわたしには憧れだったなぁ」
対等ではなかったと思うが。
自分は強者であり、騙す側であり、狡猾に裏社会を暗躍してるつもりになっている連中の中から、特に頭の悪いやつを選んで奪い、更に頭の悪いやつの所為にして衝突させたり、自己嫌悪で苦しんでそうな奴を狙って施しを強請っていたので、盗賊団にいた頃よりは楽な物だった。
「……へえ」
それだけなんとか呟く。頭を抱えたい。
子供の頃のミーティにとって、あの頃の僕は随分悪影響だったらしい。それなら僕が利用されたのも自業自得な部分もあるので怨むのも違う気がするし、僕自身昔は荒れていたので、他人をどうこう評する資格があるのかと――ともかく。ミーティは続ける。
「他にも、孤児院の子達はもうしっかりしてる年頃だけどね、普通の女の子で14歳ってまだ子供だよ? その辺はちゃんと考えてる?」
言い聞かせるような問いかけと共に両手で差し出してくれたタオルを受け取る。
見習いとは言え元修道士だった過去はジョブ章以外にも色濃く残っているようで、慈愛に満ちた気遣いは様になっている。
僕はタオルで手を拭う。これで思う存分頭を抱えられる。
「本気で10階層まで行けるとは思ってない」
片手で髪をかき上げるように頭を覆っているのは、偽善臭くて自己嫌悪しているから。
「でも本人が本気で願ってるなら、こっちも本気で手助けする。そこに子供とか大人関係ない。だからちゃんと駆け出しの冒険者として扱いたい」
大人だろうと子供だろうと助けを求めているなら手を貸す。それだけだ。
神の理想のように、誰もかれも救えなんて言わないが、目の前で困っている冒険者仲間に手を差し伸べるくらいするものだろう。
「結果が見えていても、頭ごなしにあれこれ言われたところで本人が理解しないと意味がないからな。諦めるにしても、冒険者として前に進むにしても、失敗から学んで考えるしかないさ」
体験談である。冒険者に限らず、何事にも言えることかも知れないが。
「だから、大怪我しないようにだけはしてやらないと」
顔を上げて、真面目に言う。
10階層に行けるとは思わないし、賢者の石なんて絶対に無理なのはわかった上で、全力で手を貸す。どうしたって偽善に近い。
「ん。それならいいんだ。そういうところ、ルシェくんの良い所だよね」
自責を見透かされているのだろう、ミーティはやんわりと嬉しそうに言う。
「全力で手助けするのは、父さんの受け売りだよ」
「そっかな、べリオル神父はもっとこう、自主性に任せてなかった?」
「? どういうことだ?」
「うーんと、上手く説明できないんだけど、ベリオル神父はそんながむしゃらだったかなぁって。もっと達観してたみたいな、それでいて苦しそうな……上手く説明できないや」
ミーティは困ったように笑い、首を竦める。
どうだろう。引き取った養子の子供に騙されて、ぽんと大金を渡すくらい加減を知らない所があったのは間違いないが。流石に僕にはそんなことはできない。
「父さんの域まで達してないってことかな」
「べリオル神父と違っても、ルシェくんにはルシェくんの良い所があるって話だよ」
母のような姉のような、安心する笑顔を僕に向けてくれる。その笑顔になんと応えればいいのか、やはり距離感がいまいち掴めず、僕は曖昧に後ろ頭をかいたりする。
「だから結婚しよ?」
「いや、しないけど」
可愛く言われたところで無理な物は無理だ。言うまでもないが、聖職者はその身を神に捧げているということになっているので婚姻は認められない。
いくら父を尊敬していると言っても、聖職者の大原則を破ってしまえばどれだけの過酷な道がその先に待っているか、父の背中を尊敬しているからこそ感じ取るものがあり。
信心は厚くないが率先して神の教えに背く気もない訳で。先人と同じ失敗をしない、と言ってしまうのも失礼なのかも知れないが、とりあえず僕は独り身でいいかなと思う所存である。
「えー」
ミーティは不満気に唇を突き出す。
そんないくつになっても変わらない子供っぽい仕草に、僕は安堵とも苦笑ともつかない溜め息を吐くしかなかった。