6話 ヴルックス迷宮後2
盗賊団なんてものはあっけなく王国騎士軍に討伐されるものだ。
僕は孤児院に保護されたのだが、相手から奪うこと、弱い相手から奪うことしか知らなかった僕が今更まともな生活を送れるはずがなかった。
孤児院の生活に馴染めない僕は貧民街――当人たちは自由区と呼んでいるが――社会に馴染めない者、能力を高めることを怠った者、脛に傷がある者、盗賊になる覚悟もなければ、自分が就けるジョブに就く気も無い、そういった何者にもなれない人々が集まる場所で、互いを貶め合い、奪い合い、自分さえ良ければいい、少ない餌を奪い合う。
邪悪なドブネズミのような連中が集まる場所に入り浸るようになって行った。
秩序から逃れた者が集まる場所に、自由なんてものはなかった。
最初は理想があったのかも知れないが、どんな綺麗な言葉で飾ったところで己の欲求を最優先させる者の集まりは、自分の為に平気で人を利用する連中が集まる場所でしかなかったのが現実だった。
そこで生みの親から教わった記憶を頼りに、ナイフ捌きや目敏さ、気配の読み方、小さな音の聞き取り方といった盗賊の技術を磨くこととなった。
フルルへはぼかして話すが、14歳の頃、3歳年上の見習い修道女に夜這いをかけたことで大騒ぎになり――互いの名誉の為にはっきりさせておくが未遂だ――いよいよ孤児院を追い出されるという話になったときにベリオル神父と出会った。
なにも言わず、小汚い子供だった僕を引き取ってくれて、今まで住んでいたヴルックス市を離れて、王都の教会で生活をすることとなった。
これから毎日神父様からの説教漬けかと辟易していたが、予想に反してまったくと言って良いほど口を聞かず、小言も言われず、ただ毎月小遣いを渡してくれていた。
正直なんてちょろいおっさんなんだ、金持ちは違うな。なんて当時の僕は思い、学舎に通うのもそこそこに、王都でカジノ遊びにハマり込み、稼げばクラブで豪遊して回り、スッっても父に頼めば纏まった金を渡してくれていた。
もちろん未成年、学生の賭け事は違法。本当の意味での、本物の馬鹿な遊び人は昔の僕だった。
準成人となる、16歳になったある日、進路の相談をした。高等専門学舎へと進みたいと騙して銀貨を大量にせしめた。その日の内に、カジノで全部使った。
それがバレて、流石に怒られるかと思ったがなにも言われなかった。
「笑ったね。べリオル神父、どれだけ金持ってるんだって。それで調べたら」
貯えなんて銅貨一枚も無く、全部僕が居た孤児院に寄付していた。
進学のお金も教会の聖具一式を担保に借金をして作ったらしい。王都の教会に移るときの借金も大きかったそうで。無理をしてでも僕を貧民街の無い地区で育てたかったと後に語ってくれた。
普段の日銭は身を粉にして稼ぎつつ、昔の馴染みに借りてやりくりしていたそうだ。
朝から昼までは神父として教会で相談を受け、治癒魔法を施す通常の仕事をこなし、午後から船着場の荷物運びの手伝いをしながら、荷揚げ夫達に身体強化魔法や疲労回復魔法を使い続ける仕事を基本に、様々な人の手助けに勢を出し寄付金を得ていたそうだ。
その時点で父の身体は疲弊しきっていたのに、借金を返すために更に仕事を増やそうとしていた。
あの頃の僕は自分が楽しめることを刹那的に追い求めていただけだったし、父もまったく辛い素振りも見せなかったのだ、気づくはずが無い。
意味が分からなかった。愕然とした。僕は問い詰めた。寡黙な父はしばらく押し黙り。
――お前はお前にしか救えない。私はその手助けするだけだ。
そう、嬉しそうな笑顔で言われて。
その笑顔が凄く幸せそうで。益々意味が分からなくなった。
「父さんはなにも語ってくれないから色々と調べたよ」
思い出の中にあるのは無口な父の背中。
「昔は冒険者だったみたいでさ、ダンジョンで恋人と隠し子を亡くして以来黙々と神の救いを求めるようになって、過剰なまでの奉仕の精神に目覚めて、自分の子供に似ていた僕に面影を重ねていたらしい」
寡黙なのは神に後ろめたいところがあったからで、子供に似ていたから過保護にされたのかなど、思う所はあるが、どんな理由だろうと受けた恩は本物だった。
それに助けていたのは僕だけではなく、少し調べれば山のように出てくるべオルブ神父の善行を語る人々。
人望が厚く、人々の心の支えとして親しまれていた。
そんなことに興味すら示さず、僕は毎日自分だけの楽しみを求めて生きていた。
自分がやっていることの幼稚さが唐突に恥ずかしくなったと同時に、父を誇らしく思うようになった僕は自然と父に憧れを持つようになる。
弟子入りと言う形で聖教士の見習いから助祭へと職位を上げようとした18歳の頃、思い至って聖教士組合から宣教士組合に移り、祓魔僧のジョブを選んだ。
全ては教区に縛られず、冒険者になるために。
「少し反対されたけど、やっぱり父さんの背中を見て人生が大きく変わった僕はダンジョンを目指して見たかったんだ」
その後、父は僕が独り立ちしたのを見送ってから、眠るように息を引き取った。
葬儀には戻ったが、いつも無口な父がいつもと変わらない姿でそこにいて、本当に喋らなくなったのだと実感するまでにはしばらくかかった。
遺言状で――焦らなくていい。お前を信じている。お前のおかげで救われた。と僕に残してくれた。
「それからは、まぁこんな感じでさ」
父の残した借金は、葬儀に集まった街の人からの寄付で満額返してお釣りがくる上に、まさかの金貸しから帳消しにしても良いと申し出があったが、僕のために作った借金なので僕が全て返却することにした。寄付金はそのまま父の教会を引き継いでくれた人に活用してもらった。
あとは、住んでいる孤児院に入れる毎月の家賃や生活費を稼ぎつつ、冒険者の手助けをしながら、困っている人に手を差し伸べる、父の真似事をしながらクランに所属せずに幅広く冒険者の手助けをしている日々。
父が無言で用意してくれた道具一式の中にあったダガー。正しく扱えるなら持っていろと言って、持たせてくれた。
「僕は神の教えよりも、父さんの背中を追って聖職者としての道を選んだから、これを使う」
怒っているのだろうか、フルルは相槌一つ打ってくれない。
それとも、静かに聞いてくれているのだろうか。
いつも無言で僕の話を聞いてくれていた父を思い出すような、静かで、穏やかな時間。
僕は顔を上げてフルルの様子を確認する。
「……すぅ」
……。
……あれ?
え、寝てる?
え。
寝てない? この子寝てない? 人が真剣に、お詫びの意味を込めて語っていたのに。
目を閉じて、膝を抱えた腕に頭を預けている。その横顔は生乾きの髪も相まって川遊びで疲れきった子供のようだ。
「……んぅ……すぅ」
寝てる。
春の陽気の中、毛布を体に巻き付けてすやすやと寝息を立てている。白い蝶々がどこからともなく飛んできて、フルルの頭の上に乗った。
「……ふっは」
思わず笑ってしまった。
いや、泣き疲れたのだろう。体調も良くなかったのだろうし、慣れない馬にも乗って、ダンジョンでは池に落ちてスライムに食われそうになるわ、精神的にも肉体的にも疲労困憊だったのだろう。
(天気もいいし、少し待つか)
毛布に包まって、くたくたな表情で小さく寝息を繰り返している様子はちょっと声をかけ辛い。バニーイヤーを付けたままなのが、またなんとも。
とりあえず辺りに散らばる装備を拾い集め、岩の上で乾かすために並べる、
腹部の裂けたバニーコートの応急処置をするとしよう。
それが終わるまで、しばしの間眠らせておくことにする。